Mr.エレクトの独り言 疑問~20070614まで

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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ほげ~!!

捕鯨禁止について。

鯨を獲って食べてはイカン・・・と言うよね。

ぢゃあ、なんで牛は喰っても良いの?・・・と返すよね。

狂牛病とか鳥インフルエンザとか、こっちの方が怖くない?

何を喰って良くて、何を喰って悪いか?

ライオンがシマウマを喰うのも、シマウマが、かわいそうだから駄目?

あと、自然に生きてる動物や植物を喰うのは良いとしても、わざわざ喰うためだけに産ませる事こそ、生命に対する冒涜だって意見もあるよね。

百歩譲って、地球上から、その生物が絶滅するほどに獲って喰うのは駄目だとしても・・・。

何を喰って良くて、何を喰っては駄目か?って事を、誰が断定出来るのだろうか?

食べたらお腹を壊すとか、気分が悪くなるものは、もちろん駄目だとして・・・。

猫を喰って良い国もあれば、毛虫を喰う習慣のある国もあり、そこでは何のお咎も無い訳で・・・。

要するに、原則、地球上に共通の戒律などない訳であるからして、喰って良いか悪いかは、各国・・・あるいは各人の価値観に委ねられている訳であって・・・。

そう考えると、そもそも、「何を喰え」とか、「何を喰っては駄目」と、他人に強制する事自体が、要するに、「俺の価値観に従え」と言う自分勝手な意見に過ぎないのであり、そんな、“ヒトがヒトにひれ伏す事を強要する”様な、弱肉強食的価値観を持った人間が、動物愛護だとか何だとか、平気で言ってくれちゃってるのが現実なのである。

・・・ただし、他人に強制さえしなければ、その思想も、また自由である。

そのヒトは、ヒトよりクジラを大事にしたいだけ・・・。

否。他人より自分の方が偉いと思っているだけなのだから、そっとしておいてあげよう。
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悪いのは誰?

立て篭もりの件ね。

Kサツのやり方に問題は無かったのかね~?

決め付け

例えば、私が、「○○サンは暗い」・・・と言ったとする。

すると、ある人物は、「そんな、人を勝手に決め付けて、ひどいな~!!」・・・と言うのだ。

その人物は、私が、「○○サンは暗い」と言った後に、「だからカッコ良い」とか、「だから素晴らしい」と言葉を続けるかも知れないと言う事を、想像すらしないのであろうか・・・。

仮に、私が「暗い」と言っても、それは貴方の考える「暗い」では無い。

まずは、自分の趣味嗜好や世間に流布されている価値観を排除した上で、対象物を見つめ、その後で、自分の趣味嗜好や世間に流布している価値観で判断すれば良いのに。

誉め言葉は一種類ではないし、けなし言葉も一種類ではない。

否。一種類・・・と言うか、一方的に決め付けられ得る事柄ではない。

誰かの都合で、誉められたりけなされたり、生かされたり殺されたりと、まったく、ご苦労な事だ。

そもそも、物事を「自分で考えない」と言う事は、「何も考えてない」のと一緒である。

例えば、○○サン本人に対して、「○○サンは暗い」と言ったら、○○サン本人が「ボクの事を解ってくれてありがとう」と答える事だって、充分にあり得るのだ。

当たり前の事だが、他人は自分ではない。

もう少し、他人の気持ちに対して、想像力を働かせてみても良いのではないだろうか?

・・・と、思ったり、思わなかったり。

・・・などと、考えてみたり、考えなかったりしてみたりなんかして・・・。

・・・ぞなぞなもしかして~。(←ニャンコ先生風)

“至高”錯誤(修正済)

★今回は、実験的に、思いつくままにバ~っと書いてみた。よって、文法のおかしな部分、意図の伝わり難い部分は、ご容赦願いたい。私の頭の中を覗いて見たつもりで・・・ネ。

仮に、人より優れているものの方が、“良いもの”であるならば・・・。

“優れた人間”になる事や、“良いもの”を所有する事は、素晴らしく望ましい事であると言う事でもあろう。

また、そこに介在する努力のプロセスや志向性もまた、素晴らしいものであるはずである。

・・・にも関わらず、何故に異性、それも伴侶、更には自分の子孫を残すに当たり、“優秀かどうか?”と言う志向性よりも嗜好性、すなわち好みが優先されるのであろうか。

もちろん、嗜好においても、“優秀かどうか?”と言う条件が含まれもするが・・・。

もしも貴方が、自分の家系に取り入れるDNAにも“優秀さ”を求めるのであれば、“自分の好み”などと言う、時に支配者の意図や世間の多数決とは無関係な条件を持ち出すのはおかしな話であるし、人間に成長や進歩を求めると同様に、駄目な相手はどんどん取り替えて、ヴァージョン・アップを図るべきではないだろうか。(←現に、そうしてる人も居るだろうが・・・。)

とは言え、“自分の好み”などと言うものは、住んでる地域や時代性と密接に関わっており、無意識のうちに植えつけられた多数決の価値観に洗脳されている事も多い訳で・・・。

そう考えると、見合いや政略結婚と言うものは、自由恋愛による結婚とは異なり、自分の家系に足りないものを補うと言う明確な目的を達成するに当たっては、感情に左右されずに済む、非常に有効な方法であるとも言えよう。

要するに、何が言いたいのかと言うと、“人より優秀である人間の方が素晴らしい”と言う価値観の持ち主は、“好み”すなわち異性を選ぶ条件にも、やはり“優秀さ”と言う項目があるのかな?・・・と、ふと思った次第なのである。

さて、それでは、優秀になると、どんな良い事があるのか?いかなるご褒美がもらえるのか?目的には、必ず動機があるゆえ、そこが最も重要な点だ。

つまり、そう言う人にとって、この世は、リターンと言うか、自分が何かをする事によって何かを与えてくれる、神様?あるいは社長サンみたいな存在なのであろうと思われる。

それとも、この世を支配する立場になるために(他人から合法的に何かを奪うために)、人より優秀になろうとしているのだろうか?

ともあれ、指向性でも嗜好性でも何でも良いが、結論として一つだけ言える事は、“この世は優秀な人間ほど得する様に出来ている”と言う事に間違いないと言う事であろう。

万国の持たざる者よ、努力、精進、昇級せよ。

バベルの塔を、もっと高く積み上げろ。

そして、この階級社会を牛耳る支配者の椅子を、更に磐石なものにするための“礎(いしずえ)”となるのだ。

“優秀”の美を飾れ!!

★あ~あ。結局、殆ど手直ししちゃった。(^^;)

楽しいことは、なんて悪いことなんだろう。

他人に咎められる様な事をするのであれば、ともかく・・・。

自分が楽しいと思う事よりも、他人の目を気にしたり、他人に認められる事を優先するのは、如何なものだろうか。

そう言うヒトは、よっぽど、その存在、思考、行動を制限され、抑圧され、素直な気持ちを踏みにぢられてきたんだろうな・・・。

そして、悲しいかな、その呪縛、洗脳、強迫観念は、そう簡単には解けない。

しかし、楽しい事をするのは、そんなに悪い事なのだろうか・・。
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