Mr.エレクトの独り言 2005年05月08日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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早川義夫/インストア・イベント“感傷”記

HMV渋谷へ、早川義夫のインストア・イベントを観に行った。

(正確には、早川義夫+佐久間正英によるユニット)

音楽を聴きに、うたを聴きに行くつもりだったのだが、そこで、私が見たものは、泣いているひとりの人間の姿だった。

装飾を出来うる限り排除した裸の言葉、嘘の含有量が極めて少ない(ゼロとは言わないが)真剣な思いの込められた肉声、共演の佐久間正英もそうであったが、気持ちを伝えるために必要な最低限の音を奏でる演奏。娯楽としての音楽として見れば、あまりにも質素すぎるかも知れない。しかし、30分程度のライヴではあったが、選曲も含め、早川義夫のうたは、私のこころを直撃する純度の高い要素のみで構成されていた。

JRの事故で100名の人が死んだと言うニュースを聞いても、何も感ぢない私だが、ブラウン管に映し出された遺族の涙や、声を荒げて抗議する様を見ると、何故かこころを揺り動かされ、泣いてしまう私。

そう、抑圧された人間のこころが昂ぶっている姿、日頃は押し隠した激しい感情を露にする様な音楽に、私は弱いのだ。

今回のライヴも、それに似ている。早川義夫は泣いていた。結ばれぬ恋、報われぬ願い、届かぬ祈り・・・、その題材に共感せずとも、その様な状況に置かれた時の気持ち、その瞬間のこころの震えを知る者であれば、きっと共振せずにはおれないはずの・・・。

そして、そう感ぢたのは、早川義夫が本気だったからに他ならない。

否、私には、早川が本気である様に思えたから・・・と言い直しても良い。

仮に、彼の歌ってる詩の内容が、つくり話やフィクションであったとしても、そんな事は関係無い。彼は本気で歌っており、本気で伝えようとしており、それが泣いている様にも見えたのだ。

いや、よくよく考えてみれば、泣いていたのは私で、早川義夫は、泣き出したいのを堪え、涙を言葉に変えて、うたを、願いを唄っていたのだ。その、やせがまんの美学に、私はこころを打たれたのだった。

早川義夫はズルイ。人間の、私の、感ぢる部分ばかり、刺激するんだもの。

もっと、どうでも良い事や、たわいの無い事も歌えば良いのに・・・。

私の好きな音楽とは、色んな音色がある事や、多彩なリズムがある事や、流麗なメロディーがある事では無い。否、それも、確かに良いし、楽しい。しかし、私が本当に必要とする、欲している音楽とは、抑圧され続け(し続け)た、自分(演奏者、そして私)のこころを激しく震わせ、解放させる様な音楽である。

こころの水瓶が揺らされれば、涙も溢れ出ようと言うものではないか。

そう、私は、本当はいつだって、今にも泣き叫び出したくてたまらないのだ。いつもは、まともな社会生活とやらを営むために、その本性を抑え続けているだけなのだ。そう、毎日、苦しくて気が狂いそうでたまらないのだ。

本気の言葉は伝わる、本気の声は届く、本気のこころは通ぢる。

ただし、それが相手に受入れられるかどうかは別問題であるが・・・。
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