Mr.エレクトの独り言 2005年05月22日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

木幡東介・ライヴ告知

いよいよ、今週金曜日デス。

■木幡東介(マリア観音)・ワンマンライヴ「日本絶滅動物記 其の5」
[日時]2005年5月27日(金)
[会場]吉祥寺シルバーエレファント
[住所]武蔵野市吉祥寺本町2-10-6-B1
[電話]0422-22-3331
[開場]19:00
[開演]19:30
[料金]前売2,500円 当日2,700円※ドリンク代別
[問合]エレクトレコード新宿店 03-3362-6181

★皆様のご来場、こころよりお待ちイタシテおりマス。(^^)/

★なお、お引っ越しされた方で、最近、DMが届かなくなったと言う方は、御一報下サイませ。

★後程、前回のライヴの簡単なレビューを、↓にて掲載イタシマス。

2005年4月16日(土)木幡東介(マリア観音)ライヴ

遅ればせながら・・・。

この日は、武蔵小金井アートランドと言う、フリー・スペースでの自主企画ワンマン・ライヴ。

アートランド自体が、運営している佐久間サンと言う方の、舞踏のワーク・ショップ等、音楽に限らず、幅広いジャンルの表現者に舞台を提供する場所であるので、その存在意義からも、ロックのライヴハウスよりは、木幡には合っているかも知れない。

とは言え、音楽ライヴ用の機材が揃っている訳では無いので、殆どの機材は、持ち込みとなる。マリア観音の場合は、随分前のバンド時代に、東高円寺文化フォーラムと言う、やはり、その意味合いがアートランドに近い存在の地下スペースにて、夜間は合宿練習、月に1・2度は自主企画ライヴを行なっていたので、その時に使用していたスピーカーやPA機材があるのだ。ちなみに、アートランドでも有料のPAオペレーターさんが居るのだが、今回は、PA・ミキサーの操作等も、ステージ上の木幡自身が行なった。

また、今回のライヴで特筆すべき点は、通常、エレキ・ギターの弾き語りと言っても、ステージに演奏者用のモニターをも兼ねたスピーカーを左右に設置するのみで、音的にはしょぼいものになりがちなのだが、この日は、客席の後方にも2台の大きなスピーカーを設置し、サラウンド効果?と言うのか、音が部屋を満たす感ぢで、非常に心地良いリスニング環境を生み出していた。

また、弾き語りとは言え、唄以外にも、自作のSEにギター・ソロを重ね併せるパフォーマンス等では、一般に想像されている木幡のパブリック・イメージには無い、非常にメロウかつ哀愁漂うギター・プレイを、久々に聴く事が出来、サウンド・内容共に、実に充実した演奏を味わう事が出来た。

また、“弾き語り”と言う表記も、実際には、もっと色んな要素を含んでいるがゆえ、今後は、“ギター・パフォーマンス”に変更する事も、既に決定している。

今週は、シルバー・エレファントでの「日本絶滅動物記」があるが、こちらは毎回、観せる要素の多いステージで、アートランドでのライヴとはまた違った雰囲気となるが、私も詳しい内容は知らされていないので、今から楽しみである。

虚無真理狂

人は誰も、本当の意味での真理など求めていない。

人は皆、自分の存在を肯定してくれる“基準”を求めているだけなのだ。

真実はいつも残酷だ。

現在の自分に満足している人間は、真理など求めない。求める必要が無いのだ。

満たされていない人間にとっては、今のこの世界が狂っているのだと思いこまない限り、こころの整理、収まりがつかないのである。

私を含め、人は、真理を語る時、こうあって欲しい、そうあって欲しいと言う、自分にとって都合の良い論理を述べているに過ぎない。

ただし、決して、それが悪いと言いたい訳では無い。

本当の“真理”であれば、それは、今の自分を否定するものであったり、自分を変える努力をしなければならないものであったりもするはずである。

しかし、真理を求める者は、苦しみ多き者。

これ以上、苦労を増やしたくないために、救いを求めているのだからして、死ぬ事以外に、自分を救ってくれるものが、他に無いとは思いたくないし、救いなど無いと悟った者は、とっくに死んでしまっているだろう。

人にとって、真理とは、救いであり、まだ見ぬ希望であり、“願い”なのだ。

金が欲しい、名誉が欲しい、地位が欲しい、異性が欲しい、家族が欲しい、子供が欲しい、生き甲斐が欲しい、自由が欲しい、刺激が欲しい、安定が欲しい・・・。

そもそも、真理とは、不変であり、普遍的なものであるはずなのに、実に自分勝手、自分本意、自己中心的な欲求なのである。

それもそのはず。人は誰もが、自分の存在と価値を認めてもらいたい生き物なのだ。

子供の頃、甘えたい時期に、充分甘えさせてもらえなかった人間は、その欲求が強い。

ゆえに、甘え損ねた人間は、真理・・・すなわち、自分自身の存在意義を求めてやまないのだ

だが、その要求は、永遠に満たされる事は無い。

しかし、生きている以上、その苦しみから逃れるためには、無理を承知で求め続けるしか無いのだ。

だから、そう言った人間は、自分に目を向けさせるため、他者に働きかけるために、各種の表現行為をするのである。

誰もが苦しまない世の中とは、誰もが何も求めない、真理など必要の無い世界の事だ。

何故なら、すべての人が満たされ、満ち足り、真理を求める必要など無いからである。

禁未来小説「ドラへもん」~その①「奴とボク」の巻

ボクの名は、のひのひ太。勉強もスポーツも駄目な、何をやっても長続きしない、ひ弱な小学生。

あの日、あいつは突然、ボクの前に現われたんだ・・・。

ボクがいつも通り小学校から家に帰ると、二階にある一人っ子のボクの部屋に、奴は居た。

ボクが勢い良く部屋の扉を開けると、いびきをかいて寝ていたそいつは、なんとも下品なダミ声で、開口一番、こう言った・・・。

奴「お~う、おめえがのひ太か!!こんの野郎、見るからに駄目そうな顔してやがるぜ。おう!?この駄目人間がよ~!!」

ボク「な・な・な・・・何だよキミ~!!ボクの部屋に勝手に入ってさ~・・・」

すると、奴は面倒くさそうに身体を起こし、首の後をかきむしりながらこう言った。

奴(小声で)「たく・・・、うっせえなあ、こんガキャア・・・」

奴「ああ、ほんぢゃあ、改めて自己紹介と行くか?」

そのずんぐりむっくりな体型に似合わぬ、正座っぽい?姿勢をするなり、奴いわく・・・。

奴「あいよ、おこんばんわ~・・・とくらあ!!わしゃあのう、ドラへもんちゅう、チンケな猫型ロボットよ。のひ太サンよ~、ほな、今後もよろしゅうタノムわ。」

今思えばそれが、奴、ドラへもんとボクとの、初めての出会いだった・・・。

(つづく)

ソドム「聖レクイエム」

最近、久しぶりに、ソドムの「聖レクイエム」(OKレコードから出たCDの方)を聴いている。しかも、かなりのヘヴィロテで。

当時は、通信販売(もう上京してたか?)でオリジナルのカセット・テープを購入して聴いていたが、上京してからすぐに観に行った時のソドムは、既にバースディ・パーティもどきになっていた(・・・とは言え、当時はバースディ・パーティを聴いた事無くて、ずいぶん後に、マリア観音の木幡宅にて、レコードを聴かされて知ったのデシタ)。

ハードコア・パンク時代のソドムは、実にシンプルかつオーソドックスなハードコアで、同ぢシンプルなハードコアでも、白(KURO)の様な暴力的な所は無く、洗練されており、実にあっさりスッキリしているのだが、ナチュラルで流麗なコード進行が特徴で、非常に聴きやすく、そこが好き嫌いの分かれる所であろうが、私は好きで、当時もしょっちゅう聴いていた。

ギズムの様に暗く無く、ガーゼの様に凝った曲調でも無く、エクスキュートの様に激しくも無く、カムズの様に突き抜けた爽快感も無く、クレイの様に重い構造美も無いが、ソドムには、他のバンドに無い魅力がある。

しかし、改めて聴き直すと、ドラムも下手だし、微妙にずれてるのが気になって仕方ないが、ギミックが無いと言うか、このストレートな疾走感が実に心地良い。

ソドムと言うバンドは、その後、ポジパンやハウスやら何やらに、音楽の形態を目まぐるしく変えて行くのだが、その流行にミーハーな敏感さ、好きなものにすぐ飛びついちゃうピュアな精神が音楽にも現われていて、それが、解りやすく取っ付きやすい楽曲の基なのだろう。

若さゆえの一瞬の気の迷い。若気の至り。それらは、例え勘違いであろうが、嘘が無い分、美しい。

徒花ならば、潔く散れば良し。

突き詰めるならば、命の続く限り・・・。