Mr.エレクトの独り言 2005年05月30日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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自己表現における狂気

狂気とは、正気を失った状態であるが、確かに、一般的、及び医学的には、そうであろうとも、私が自己表現において求める狂気とは、あくまでも正気の延長線上にあるものであり、正気、及び常軌を完全に逸脱した状態の事では無い。

何故かと言えば、正気や常軌を完全に逸脱した行為と言うものは、他者からの、ある一定の判断基準を全く受け付けず、自己の表現内容に対する責任や覚悟が無くとも成り立つ行為であり、従来の価値基準に基づく評価そのものを否定し、一瞬にして、さも自分が別格な存在であるかの様に見せる事も可能であり、要するに、それが真の狂気であるのか?と言う検証作業さえも、はなから拒否し、自分を何か特別な存在に見せるためだけの演技であったり、見せるに値しない本当の姿を覆い隠す手段として用いられている事が多いからである。そもそも、本当に狂っているのであれば、前もって定められた場所において、何らかの目的のために表現行為を行なう事さえ困難なはずであるのだから。

私の考える、自己表現における狂気とは、人間が本来持ちうる感情のいくつかが極端に増幅された状態であったり、ひとつの思い、その思い込みが異常に繰り返される事によってもたらされる、“過ぎた”状態の事を指す。

私は、その様な、考え過ぎ、思い込み過ぎ、悩み過ぎ、落ち込み過ぎ・・・、自己の内面に対しての感情移入過多な人間による、トゥーマッチな表現が大好きである。

ゆえに、その思い、その苦悩、その傷口、その病状が、深ければ深いほど、重ければ重いほど、なお良し。

そう。私はそんな、“生きにくくてしょうがない”困った人達、“ただ生きる事さえ苦しくてたまらない”繊細な人達の演る音楽が、大好きなのである。

自己と真剣に向き合う事を放棄した様な、人間としての感情、正気を失った、人間として壊れた生き物、更には、壊れたふりをする人間には興味が無い。

正気であり続ける事、現実と向き合い続ける事、宿命を背負い続ける事、自己の内面を見つめ続ける事、そして、それを誰かに伝えようとする事。

狂気とは、私の求める自己表現の形態とは、そんな、正直過ぎる程の、純真なる感性の延長線上にしかあり得ない。
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