Mr.エレクトの独り言 2005年06月02日
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Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

関東地獄地震

水曜日は店が休みなので、朝から昼過ぎまで寝て、夕方の出張買取りのため起きるが、明日に変更とのメール。よって、夕方まで寝てコマスが、地震によって何度も揺り起こされる。

“自信”が無いのも、それ以前に“自身”が無いのも困るが、地震は怖いにゃ~。

何が起きても揺らぐ事の無い、自分自身への自信があれば良いが、あまり硬直し過ぎると、ポキッと折れるので、それもマズイ。

ああ、来るのだろうか。関東大震災並の地震は・・・。

そう言えば、コナイダ、やはりヤフオク再出品作業のため、ネット喫茶に行き、長年の宿願であった、永井豪「バイオレンス・ジャック」完全版を全巻読破終了す。

う~む、身も蓋も無い暴力と殺戮と破壊の嵐の渦、そしてそれらと対比させるかの様に描かれる、人間の美しさと、そのもろくはかない存在。

残酷にして凄惨な描写がリアルであればあるほど、美しいものが更に尊く感ぢられるのは、単なる錯覚であろうか?

しかしまた、美も醜も糞も無く、現実は容赦無く弱者をひねり殺し、叩き壊し、滅ぼし尽くす。

美意識無き力を行使するのも人間ならば、美しいものを大切にしようとするのも人間。しかし、美しきものを守る事さえままならず、あっけなく亡び去るのもまた人間。

美があるから醜はあり、醜があるから美があるのか。

否、美も醜も無いのだ。美を美と感ぢる何か、醜を醜と認識する何かがあるのみ。

そしてそれは、生き物が生まれつき備えた感覚なのか、あるいは、生後に植え付けられた価値観なのか?

美しく生きようとも、醜く生きようとも、人は必ず死ぬ宿命(さだめ)。

美とは、一瞬、死を忘れるための“気休め”でしかないのだ。

死者は醜く腐り果てるのみ。

よって、外見や内面の質を問わず、生命ある事こそが美なのだとも考えられる。

ゆえに、とどのつまり、生き物にとっては、生こそが“美”であり、死こそが“醜”そのものなのかも知れない。

更には、いつか必ず死ぬからこそ、滅びるからこそ、守らなければならない程に弱く、はかないからこそ、美しいのものなのだとも言える。

それゆえ、生に美学はあれど、死に美学など無いのだ。
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