Mr.エレクトの独り言 2005年08月31日
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Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

ガン漂流~追記の追記の追記

考えてると、思考が反転を繰り返し、どうどう巡りして眠れなくなってしまった。

やっぱ、あれはあれで良いのか?

死んだ彼は、死までの短い時間に、作家になると言う夢に挑み、それを果たしたのだから。

仮に、小説を書き上げる前に死んだとしても、残りわずかな時間で、夢を叶えようと努力したのだから。

死を前にして、あがいたのだから。

充実した生を過ごしたのだから。

要は密度の問題か・・・。

ただ長生きすりゃあ良いってもんでも無いし。

しかし、やっぱ人は死ぬのか・・・。

いやだなあ・・・。
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ガン漂流~追記の追記

とは言ったものの・・・。

2年後に死ぬと言われりゃなあ、死後の準備もしたくなるか・・・。

ちょっと、言い過ぎた。

でもな~。こうも思うのよ。

2年後に死ぬ事が解ってるんだったら、死後の事より、もっと、今生きていると言う事を思いっきり味わうべきなんぢゃあないかって・・・。

死んだ後のために、生きていられるわずかな時間を費やす事が、本当に正しいのかってね・・・。

だから、初めに言ったのよ。(以下、カッコ内は補足。)

(自分が死んだ後の)この世には、この短い一生を捧げる意義、この尊い命を賭ける価値など無いと思える。

生きている事そのもの、それ以外に、生きている意味など無い。

生きる事以外に、生まれた意味など無いのだ。

どうせ死ぬのに、今、死ぬ(死後の準備をする)やつがあるか!!

今は生きる時なのだ。

死ぬのはもっと後で良い。(もうすぐ死ぬのに、死後の準備なんてしてる場合か!!)

・・・と。

死んだ後に残すべき事は、もっと別に何か、そう、自分のためにでは無く、生きている人間にとって必要な何かであるべきなのでは?

死とは、とことん個人的なものである。

生きている人間よりも、死んだ奴を大事にする風潮には、どうしても納得行かない。

とは言え、死んだ彼の事をどうこう言っているのでは無い。

ただ、どうしても、生きている時に“生きる”事以外に、生きている意味なんか無い・・・と思えて仕方ないのだ。

俺は死なんて認めない。だから、死んだ後のために生きるなんて、絶対に出来ない。

死ぬ瞬間には、人は必ず死ぬと言う宿命を呪ってやる。

人は死ぬのが当たり前だなんて、そんな理不尽な事、受入れられようはずが無い。

ガン漂流~追記

番組見てない人は誤解を受けたかも・・・。

いや、別にね、そのドキュメントの主人公は自殺した訳ぢゃなく、ガンを告知されてから死ぬまでの生き様をブログに綴ったり、小説に残して死んで行った訳なんだけど。

彼に対しては、可哀相だとしか捧げる言葉は無いが、何と言うのか、確かに死は怖いし、死後にもこの世に何かを残したいと言う気持ちも解らないでは無いのだが、何となく、ウザイっちゅうか、まあ、彼には死へのタイム・リミットがあったからってのもあるけど、死後に何か残すつもりで生きるのって、どうなのかな~って言うね・・・。

死後、自分の入る立派な墓を建てるために生きると言うか、あまりにも死と言う逃れられぬ宿命に対し、服従しすぎなんではないか・・・と。

この世に生まれたって事は、生きるって事は、死後のためにあるんぢゃ無いっつうか、今日はもう眠いんで、頭が回転しないが、少なくとも、「俺は死ぬために生まれてきたんぢゃなければ、ましてや、死後のために生きてるんぢゃない!!」と言う気持ち?

死んだ後の事なんてどうでも良いっちゅうか、知ったこっちゃねえっちゅうか、誰かが覚えていようが忘れようが、死んだ身では知る由も無いし、まあとにかく、死んだ後の事なんて考えて生きてはいられないって事。

死ぬ時は、ただただ、途中で死ぬだけだ。

死後の準備なんて、してる暇ね~よ!!