Mr.エレクトの独り言 2005年09月16日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

究極の平和主義者

しかし、面白い。

って、面白がってばかりだね、この人。

でも、面白いんだから仕方ない。

だってさ、平和主義者のジョン・レノンを馬鹿にしたら、やっぱ平和主義の、ジョン・レノンのファンに殺されちゃう~!!ってんだから。

面白い。

まあ、でも、平和のためには戦う事も必要で、時には人も殺さなきゃいけないってのも事実。

て言うか、そもそも平和主義者が存在出来ると言う事自体、平和な証拠だよね。

逆に、平和主義者を見つけ出しては殺すって言うのも面白いかもね。

だって、平和主義者は居ても居なくても、この世を平和にする力なんて無いんだからさ。だって、彼らには、戦争している人間を止める事など出来ないし、戦争を止めさせるには、戦争をしている人間と戦争しなければいけないんだから・・・。

むしろ、人を殺したり戦争している人達の方が、この世を平和に出来るわな。

否、平和っちゅうか、世界を安定させる事が出来ると言うべきか。

でも、その安定した世界に住む人々がすべて幸福とは限らない。

同様に、現在の不安定な世の中から戦争だけが無くなったからとて、それが全人類にとって幸せな状態なのかと言えば、必ずしもそうでは無いだろう。

だから人間は、地球、そして世の中を、自分にとって住みやすく変えて行くしかないのである。

要は、殺し合い以外に、その手段を思いつかないと言う事が問題なのだ。

トナルト・・・。(ここでもう一歩踏み込む。)

この地球上から、戦争とか人殺しをする様な人間を、片っ端から皆殺しにして抹殺してしまえば、戦争や人殺しの無い平和な世の中になるってコッタ。

よって、それを実現出来る人間こそが、究極の平和主義者だと思わない?

そんで、最後は自殺すんのね。だって、そいつ自身が、この世で最後の、ただ一人生き残った人殺しなんだからさ。

誰かに殺させたら、そいつがまた、最後の人殺しになっちゃうしね。

Mr.エレクトの「人間万歳」

しばらく、ペシミった話題が続きマス。

いや~、悲しいね~。ああ、つらいつらい。あ~んあ~ん(泣)!!・・・グッスン。

どう?僕って、実に人間らしいでしょ?やっぱ人間ともなれば、憂鬱や悲嘆のひとつくらい暮れてみなきゃね?これで僕も、堂々と胸を張って生きていける立派な一人前の人間様だ。ああ、ホント、人間って良いな~。人間万歳だね。アハハ・・・。

ハハハ・・・。あ~ん(泣)!!

あ~あ、首でも吊って死にたいよ・・・。

なんちゃって(^^)/

死ぬわけないぢゃん。

でも、そうか。解ったぞ!!首吊りとか、死とかを頭に想い浮かべると、それより今の方がマシだと思えて来た。

すなわち、頭とか身体の一部が痛いときに、別の部分を自ら強くつねったりして、更なる痛みで元の痛みを忘れさせようとする事ってあるぢゃん?あれと一緒で、今よりもっと不幸で悲惨状況を思い浮かべる事によって、「今のママの方が全然マシ」、あるいは「現状の方が全然幸せ」と、改めて感ぢる事が出来るのだ。

これが、落ち込んでいる最中に、自分が幸せを感ぢる状態を想像したとしよう。すると、「あれがこうでなかったら、今の苦境は無いんだ」とか、「俺が不幸なのはあいつのせいだ」と、現在のつらい状況に対する苛立ちが余計に増してしまい、更に、その原因を自分以外の外部に求めてしまうってコッタ。

だから、悲しい時は、「あの頃は良かった」なんて、過去を振り返ったり、「いつかきっと良い事がある」なんて、保障の無い未来の幸せに想いを馳せるより、今よりも更に悲惨な、もっと破滅的な状態を想い浮かべれば良いのだ。

そう。「もっと地獄を!!」・・・の精神である。

しかし、ここでふと思った。

・・・テコトは、首吊りを想い浮かべたその時、自分が置かれている状態によっては、現在感ぢている苦しみと比較した結果、こんな想いをしてまで生きているよりは、首吊りでもした方がマシだ・・・と、思える場合もある訳で、そんな時に人は死を選ぶんだろうな。・・・と、その瞬間の心境がリアルに実感出来、過去に自殺した人の心中を少しばかり垣間見た気になって、少しばかりゾッとしたりなんかしたりもして・・・。

ああ、しかし、この悲しい気持ち、切ない想い、つらい心境、苦しいこころ・・・。こんな感情を抱けるのも、人間ならではだもんな。言わば人間である事の醍醐味っつうの?いや~、人間っぽいね~。うんうん、それでこそ人間ってもんよ。ああ、人間で良かった~!!人間大好き!!アハハハハ!!

ハハハ・・・。あ~ん(泣)!!

しばらくこればっか続くと思われ・・・。