Mr.エレクトの独り言 2005年11月15日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

ミス・コンプレックス

法政大学の学祭に関するBBSを覗いてみたらば~。

ミスコンは差別か否かについて議論されていた。もちろん、暇が無いので、適当にパッパと読み流しただけだが・・・。

ミスコンが差別だなんて、そんな馬鹿げた話があるか!!

大学だって高校だって、極一部を除き、これこれを覚えなさいと言われた事をたくさん覚える事が出来た者しか入学させないくせに、ミスコンが醜に対する逆差別ならば、入学試験も記憶力差別ぢゃ無いのか?

否、記憶力のある無しでは無く、体制に順応出来るかどうかの度合いの差別?(もちろん、ある明確な目的のために学歴を取得せねばならないゆえ、やむを得ず記憶力を駆使している自発的な人間も少なく無いであろうが。)

ルックスやスタイルしか取り得の無い女性は、それを競ったり、目立ってはいけないのか?

と言うか、ルックスやスタイルの良い女性は、既に世間から格別なる好待遇を受けているのだから、それ以上、栄誉を与えるなと言う事か?

要するに、こう言う事でしょ?男性(社会的強者)主導で、女性の持ちうる魅力の対象を、ある一部分に限定するかの様に、それを煽り、世間一般に認められた常識であるかの様に規定してしまうから、良く無いってんでしょ?

でも、それこそ、人の好みは十人十色で、確かにミスコンは盛り上がって、美人は多くの人にもてはやされるけど、それを絶対的な価値とするか否かは、個人の判断に委ねられている訳で、もちろん流行や大多数の支持するものに人は集まり、刺激され、洗脳されてしまうと言う現実も無視は出来ないけれど、そんなのミスコンに限らず、いつだってどこだって行われてる事ぢゃないか。

そりゃあ解るよ。記憶力が悪い奴だって大学に行きたいし、ルックスが悪くたって玉の輿に乗りたいし、何の取り得も無くたって人からチヤホヤされたいだろうしさ。

・・・って、うるさいよ!!そんなにすべての人間の自分勝手な欲望が叶ってたまるか!!

もう、他人から認められるとか、そう言う事は良いよ。

どんなエリートも、どんな美人も、どんな金持ちも、どんな優しい人も、どんな不細工な人も、どんな貧乏人も、どんな極悪人も、こころに宿した苦悩や葛藤の量が違わないんぢゃあ、どっちでも大して変わんねえよ。

己の欲望と言う空瓶の容量が小さい者、あるいは、如何なる大きさであろうと、その空瓶をいっぱいに出来る能力を持った者は幸せである。

でも、どこの誰の空瓶が大きかろうと、その瓶にどれだけ幸せが詰まってようと、自己の充足度とは何の関係も無い話だ。

そもそも、誰が美人で誰が美人でなかろうと、他人が大勢集まって決めた事にいちいち左右される人間が居るからいけないんだ。

ミスコンは、各自、こころの中で行えば良い。そして、その対象となる部分は、見かけだろうが、こころの内面だろうが、自由である。

悪いのはミスコンでは無い。それがたとえ全世界の人類すべてのジャッジであろうと、他人の価値観に惑わされる事自体が間違いなのだ。

将棋の駒みたいに、生れたときから動き方が限定されている様な生き方はまっぴらだ。もちろん、家系や血等、自分では抗い様の無い宿命と言うものも存在するが。しかし、時には将棋盤から床にこぼれ落ちたって構わない。自分で好きな事を考え、行動し、判断したいものだ。

・・・と言うのは、私個人の固有な考えであり、あんたはあんたで決めなはれ。

女性は受身的体質だから仕方無いが、そもそも男性にミスコンを仕切らせるから良くないのだ。ぐだぐだ言う前に、女性が持ち得る、ルックスやプロポーション等の、“見かけの美”以外を対象にしたコンテストでも行えば良いのだ。美とは能力の一種に過ぎず、魅力の一種にしか過ぎない事を証明するには、ミス・コンテストを廃止したぐらいでは駄目なのだ。

そして、そうすれば自ずと理解出来るはずである。如何なる美も、他の能力や魅力同様、一日にしてならず・・・と言う事が。

既存の価値観を否定するだけでは、単なる愚痴に過ぎない。真の反逆とは、従来のそれとは異なる、新しい価値観(様式)を提示する事にある。