Mr.エレクトの独り言 2006年02月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

ウイルスレーベル作品いろいろ入荷!!

紹介遅れてゴメンナサイ。岐阜の現役中学生、ドクドク社長主宰の自主レーベル“ウイルスレーベル”より、各種作品が入荷しておりマス。

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左上/ラリベラーズ 右上/殺虫テクノ怪奇団 下/オムニバス

①ラリベラーズ「BEST OF RALIVERARS」¥350(CD-R作品/全80曲以上収録)
ラリベラーズとは、ドクドク社長を始めとする、総勢20人以上の中学生メンバーによる即興録音集団である。ところで、先日、自室を捜索していたら、私が高校生の時、放課後にクラスの有志(暇な奴)を集めて録音したテープが出て来た。これは、私が脚本を書いた創作劇や、でたらめなニュース、いんちきなドキュメンタリー等を、リハーサルもせず本番一発撮りで収録したもので、自分もアホだったな~と思うが、参加したあいつらもアホだよな~と、苦笑を禁ぢえない内容であった。ゆえに私は、ラリベラーズにも、その様な、無垢な情熱と表現衝動を感ぢてあまりあるのである。さて、それでは、その収録内容はと言えば、教室やトイレ(!?)で一発録音されたコントや、アカペラによる合唱等、言うなれば悪ふざけのオンパレードで、稚拙と言えば稚拙だし、下らないと言えば下らないのであるが、私はこれを、楽器を持たぬPOP GROUP(←マーク・スチュワートのね)だと評したい。表現行為の始まりにおいて、最も重要なのは、演奏技術よりも純粋なる衝動なのである。(なお、殺虫テクノ怪奇団の演奏も、数曲収録されてマス。)

②殺虫テクノ怪奇団「endanded life」¥200(CD-R作品/全23曲収録)
ドクドク社長率いる岐阜の中学生テクノ集団。ノイズかと思いきや、アンビエント風な音色が意外に心地良い、自宅録音作曲サンプル集の様なストイックな作品。くつろぎの一時に流すBGMとして使用しても違和感が無く、それゆえ、1曲1曲の演奏時間が短い点が、少々残念ではある。

<新入荷>
③ウイルスレーベル・オムニバス「脅えて居る反逆者の異臭(にお)い」¥500(CD-R作品/全29曲収録)
アクマダイコン、殺虫テクノ怪奇団、肉棒兄弟、魔界教室、ラリベラーズ、菅井亮、魔ゼルな規犬、茨城カテキン協会、チコピドー、thee suicide splooges、以上10アーティスト収録のオムニバス盤。まるで酒鬼薔薇聖斗の様な禍々しいイラストやメッセージ満載の紙製袋型ジャケ仕様。ノイズ、打ち込み系、しゃべくり系の他、初期RC風の弾き語りや、オリジナルINUを連想させるバンド等も収録されており、実にバラエティに富んでいる。ここに何かがあるとは言わないが、ここから何かが生まれるのだと思いたい。

以上、当店にて通販も可能。以後も続々入荷予定デス!!(^^)/

いきもののこえ

爆音礼賛の昨今、古いと言われるかも知れないが、現在、新しいものも、いずれは古くなるのであり、いくら古いったって、正倉院や、はぢめ人間の頃に比べれば、全然新しい訳で、只今、プレ・スコーピオンズの「ロンサム・クロウ」を聴きながら、これを書いている訳だが、やはり各メンバーの姿が思い浮かぶと言うか、バンド・サウンドであれば、そこに生き物が居ると言う事を認識出来る様な音が好きなのだと言うだけの話である。

別にロックが聴きたい訳でも無ければ、音楽を聴きたい訳でも無い。

刺激を求めるのは、安心したいからで、不安を増したいからでは無い。

しかし、だるい・・・。慢性的に・・・。

駅前旅館の新作をやっと聴く。これ、非常に良い!!・・・て言うか、好き!!

見たうえで跳べ

能力の偏りこそ、才能。

しかし、能力が偏ると、生きにくい。

とは言え、何故生きにくいのかと問われれば、色々と困る事があるからで、何故困るかと言えば、多くの人間が居る中で暮らしているからである。

動物も虫も、それぞれ特殊な能力を糧に生きている。

何故、人間だけが、あれもこれも出来ないと、人より劣るとされるのか?

何故、人間だけが、“違い”や“差異”を許容出来ないのか。

何故、異なる考え方の持ち主との会話を楽しむ事が出来ないのか。

それが、あまりに聞き飽きた下らない考えであれば別だし、自己の思想との違いや差異を許さず、他人を強制的に、自分と同化(あるいは隷従)させようと言うのであれば、もっての他ではあるが・・・。

そもそも、(自分から見た)他人を認めないと言う事は、(他人から見た他人である)自分を認めないと言う事でもある。

何故なら、この世に、未来永劫不変な絶対的な価値基準など無いのだから。

人は、それぞれ違うから、面白い。

人と人とは違うゆえに、自分の存在にも意味があるのだ。

自分の存在が認められない、あるいは、他人の存在を許せないからと言って、大声で、あるいは力ずくでそれをねぢ伏せた所で、それが何になろう。

それでは単に、強い者が勝つと言う、弱肉強食の論理を振りかざしているに過ぎない。

そして、また、数(多数決)の理論も同様である。

・・・だけど、それで良いのかも知れないな。

こっちはこっち(自分は自分)で、意味のある無しを判断する様に、あっちはあっち(他人、あるいは世間)で、意味のある無しを判断する訳だし。

仮に、私自身が少数派であるとして、もしも私が、自分が少数派である事を悲しく思っているとするのであれば、結局の所、私も多数決の理論に服従しているに過ぎない。

ゆえに、それを認めはするが、それには従わない。

よって、強制的な圧力には、断固、屈したくない。

足らんちゅら

今月も、全然足りない。

2005年12月3日「GAS再結成ライヴ」~その④

いよいよライヴも後半。ここで、おそらく、この日のハイライトであろう、狂平氏とナルミ嬢の共演が実現した。狂平氏在籍時は「健全悪用」として、ナルミ嬢歌唱の2ndソノシート以降では「FUCK THE SYSTEM」とタイトルされた同曲を、異なる時期に在籍した2人のヴォーカリストが交互に歌うと言う、粋な試みである。これは、お祭り気分を盛り上げると言う意味でも、実に効果的な、こころ憎い演出であった。

え~と、その後は、確か「WORLD PEACE」なんかを演った気がするが、もはや記憶薄である・・・。

そして、アンコール。村田氏の「GASちゅうたら、やっぱこれじゃろう」と言うセリフと共に、「NO MORE HIROSHIMA」を再演し、ライヴは盛況のうちに終了した。

いや~、しかし、ホントに楽しかった。何と言うか、ノスタルジーだとかでは無く、最近、こう言ったシンプルなアンサンブルによるストレートなハードコアって少ないからな~。バンドもライヴハウスのミキサーも、爆音主義って言うか、ギターもベースもドラムも音がでかくてごちゃ混ぜで、このギタリストは繊細だとか、あのドラマーはどうだとか言った、各人の個性と言うか持ち味が伝わって来ないちゅうか、ああ、あの頃のライヴハウスの音は良かった・・・って、まあ、そんな年寄りの愚痴は置いといて・・・と。

既にそれぞれの道を歩んでいる彼ら、各メンバーにとってみれば、今回の再結成は大変な一大事業であったろうが、個人的には、是非もう一度観たいので、また何年か後にでも集まって再演して欲しいものである。

考えてみれば、そもそも、楽しくなりたくて始めたバンドが、色々な理由で楽しくなくなり、分裂してしまうと言う事は日常茶飯事ではあるゆえ、彼らの様に、こうして再び集う事が出来たと言うのは、実に幸福なケースであろう。

集団ってのは、所属している人間のうちの誰かが、楽するために努力を放棄していると、他の人間もだんだん楽しくなくなってくるものだ。でも、楽しくなるため、楽しくするために、所属する皆が努力するってのは良い事だなって思う。

極一部の人間の私利私欲のために、何の罪も無い人間の命が理不尽に奪われる。そんな事が許されてなるものか。だから私も、柄にも無く、「NO MORE HIROSHIMA!!」なんて言ってみたりして・・・。

そして更に、最後に、もう一言・・・。

「ONE MORE GAS!!」

(おわり)

PPMを聴きながら・・・

・・・て言うか、初めて聴いたっちゅうの。

しかし、仕事柄、盤面キズのチェックのため、別に聴きたくもない音楽を聴く事もしょっちゅうであるが、つい、そのままBGMにして、片面聴き終えるものもあれば、ひっくり返して全部聴くものもある。・・・かと、思えば、チェックすべき箇所を聴き終えたら、さっさと止めるものも・・・。

別にPPMがどうって訳ぢゃないんだけどね。たまたま、今、チェックしてたから。これは悪くないね。このまま、しばらく聴いていよう。

ところで、これはキズのチェックでは無いのだが、極たまにだが、聴いた事の無いジャンルの音楽を聴いてみる事もある。仕事柄、わざわざ購入せずとも、偶然、入荷するので、そう言うチャンスは、実は多いのだが、たいていめんどくさくて聴かない。だって、どうせ過去にどっかで聴いた事あるか、退屈なんだもん。

でも、昨日聴いた、これは面白かったな。鳥養潮って人のCD。なんか久々に何度も聴きたくなったよ。現代音楽の人だけどね。

PPMは?まあ、悪くは無いけど、自分の人生には必要無いかな。

今のところは・・・。

2005年12月3日「GAS再結成ライヴ」~その③

さて、それでは、当時のGASに対する私の印象・・・と言うか、気持ちについてであるが、今思えば、それは“嫉妬”以外の何物でもなかった。まあ、もう少しカッコ良い言い方をするならば、“ライバル意識”とでも言うのだろうか・・・。

とは言え、私もまだ18であったし、それらは理性ではコントロール出来ない、生き物が本来持ちうる素直な感情ゆえ、制御しようが無い事であったとも思う。

当時、私は高校を卒業し、今で言えばフリーターの状態であったが、発売されたパンク系の自主制作盤は、通販で購入するかテープ交換によって、ほとんど聴き、それらの虜になっていたため、一刻も早く東京に行って、実際にハードコア・パンクのライヴを観たり、自主レコードを自由に購入出来る環境を手に入れたくて仕方無かった。もちろん、親元を離れたかったと言う事も大きいが、本当に、当時の広島には、私の欲求を満足させてくれるものは、何ひとつとして無かったのである。

唯一、GASや自我を除いては・・・。

しかし、やはり、彼らは私より年下(1~2学年下)と言う事もあり、私もバンドをやりたいと思っていたのに出来ない状態であったため、GASの存在は、不毛な地方都市・広島に現れた救世主であり、その自主的な活動は、今も高く評価出来るにも関わらず、当時の私は、素直にそれを認め、こころから楽しむ事が出来なかったのであった。そして、それは、後悔と言うか、自責の念として、長年、私のこころの中で、くすぶり続けていたのである。

そう言った経緯を踏まえつつも、この日の再結成ライヴを、私は本当に楽しむ事が出来、そして、それをこころから祝う事が出来た。ゆえに、今回の一連のイベントは、私にとって非常に有意義なものであったし、こころにわだかまっていた思いを吹っ切るための、絶好の機会でもあったのだ。

例えるならば、伝え損ねた言葉を、20年越しに、やっと口に出す事が出来た・・・とでも言うのだろうか・・・。

(つづく)

2005年12月3日「GAS再結成ライヴ」~その②

そして、ヴォーカルが狂平氏、ギターが後藤氏にとチェンジし、いよいよ1stソノシート発売時期のメンバーによる、GASの再現である。

実はこの日、東京での再結成ライヴに於いて、狂平氏は不参加の予定だったらしいのだが、ライヴの数日前に、急遽、出演が決定したらしい。今回の再結成の目玉は、何と言っても、この時期の再現なので、これは嬉しいと言うより、一安心と言った所であろうか・・・。また、上京後はギターをベースに持ち替えて久しい後藤氏も、今回のために、永らく触ってなかったギターを猛練習したと聞く。

ちなみに、当時、私が見たGASのライヴでは、オープニングで狂平氏が「戦争にFUCK OFF!!」と連呼して、「反戦」~「反日本」・・・と、1stソノシートに収録されている曲を連発した事はあったが、ライヴ中のMCはほとんど無かったと記憶している。しかし、今回のライヴでは、現役を長く遠ざかっていたにも関わらず、狂平氏の客あしらいと言うか、観客を煽るMCは実に達者で、これには少々驚かされた。ナルミ嬢に刺激されたか、あるいは、自我に加入してからは、その様なライヴも行っていたのだろうか。そして、ドラムの村田氏もまた、リーダーである畑中氏をおちょくりつつも、客席に何度もダイブをかますなどして、ライヴの盛り上げ役に徹していた。

ところで、この日、「奇形」を演奏しなかった様な気がするが、何か意味があるのだろうか・・・。

ああ、だけど、狂平氏参加の初期GASの演奏には、やはり感極まるものがあった。それは、“懐かしい”などと言った感傷的なものでは無く、なんと言うのだろう・・・。おそらくは、(広島時代の)GASが、インディーズ・ブームもバンド・ブームも無かった不毛な時代の、しかも単なる一地方都市・広島に於いて、その積極的かつ自主的な行動によって、世の中に対して真剣なメッセージを放っていたにも関わらず、現実には、それらはハッキリとした形で実る事は無く、唯一の記録であるソノシートさえも、その希少性から、今回CD化されるまで、多くの人に聴かれると言う事も無く、時代の彼方に埋もれてしまっていた訳で、しかし、今この時、やっとその価値が認められた、否、むしろ熱烈な歓迎をもって受け入れられ、あの日あの時の、彼らの熱意なり衝動と言うものが、今ようやく報われたのだと思うと、私は何だか、胸に込み上げるものを、抑える事が出来なかったのである。

しかし、当時はどうであったかと言えば、私はGASに対して、必ずしも良い印象を抱いていた訳では無かった・・・。

(つづく)

儲け話

本当に儲けてる人間は、その方法を他人に教えたりなんかしないものだ。

芸術家論(芸術論では無い)

今の世の中に適応出来ている芸術家なんて、ロクなもんぢゃねえ!!

芸術家と犯罪者は紙一重。

ただし、芸術家きどりは詐欺師であり、芸術家もどきは犯罪である。

私には、芸術作品を批評する能力や審美眼は無いし、特に欲しいとも思わない。

しかし、その人間が、芸術家かどうかを見分ける“目”だけは養いたいと思う。

芸術を商売にする事と、商売のために芸術をする事とでは、その意味や意義は180度異なるのだ。

そしてまた、ある種、芸術家とは障害者でもある。

とは言え、その障害は、必ずしも、克服しなければならない種類のものでは無い。

人は誰しも、己の持ちうる能力で生きる事しか出来ない。

だからこそ、その“偏り”を、武器として生きるべきなのだ。

日常生活を営む上では別(損)だが、表現の場においては、角(ツノ)も尻尾も、隠す必要なんか無い。

ミステリー小説「恐怖映画」その①

その映画は、いつ作られたともなく、誰も知らぬ間に、映画会社のフィルム倉庫に保管されていたと言う。

物好きな男性社員が、古いフィルムを検査する際、ほんの興味本位で、その映画を観たのが、すべての始まりであった。

それは、何と言う事の無い、古典的なホラー映画だったのだが、その男性社員は、その映画を観終わるや、急に具合が悪くなり、珍しく早退したのである。

翌日。男は、その映画に、何か不吉なものを感ぢつつも、どうしても、もう一度観たくなり、仕事の合間に、またもその映画を観てしまった。

ところが、その日は、身体の具合も悪くならず、むしろ、昨日は気づかなかった、その映画の魅力を発見し、男は来る日も来る日も、その映画を観続けた。

しかし、そんな所業が、何日も続けられるはずも無い。ほどなく、その奇行は、男性社員の上司の知る所となる・・・。

上司は言った。

「お前、なんでそんな映画ばっかり観てるんだ。」

男性社員は、こう答えた。

「それが、私とイタシマシテも、何とも不思議としか言いようが無いのデス。しかし、どうしても、もう一度、またもう一度と、観たくなってしまうのでありマス・・・。」

何を言っとるか・・・と言わんばかりに、呆れ顔を露にした上司だったが、それでも、どこか好奇心をくすぐられたのか、それぢゃあワシも・・・とばかりに、部下に指示を出し、その映画を鑑賞する事と相成った。

・・・すると、映画が進行するにつれ、上司の顔つきが、みるみる変わって行くではないか・・・。

「こっ、これは・・・!!」

(つづく)

ライヴハウス“EARTHDOM”オープン!!

昨日、休業していたライヴハウス“新宿D.O.M.”が、装いも新たに、“EARTHDOM”として、新大久保にて再オープン。早速、その初日(鉄アレイとFORWARD出演)に行って参りマシタ。

店内は二つの部屋に分かれており、ライヴが行われるスペースは以前の2倍以上の広さ。もう一部屋は、これまたかなり広いスペースのBAR空間となっておりマシタ。

これだけの規模を維持するのは大変だと思いマスが、是非とも頑張って頂きたいと思いマス!!

本日は、山口冨士夫、ブルース・ビンボーズが出演。当日券も若干出るそうデスよ。

2005年12月3日「GAS再結成ライヴ」~その①

★遅ればせながら・・・。

2005年12月3日、新宿クラブドクターに於いて、国内4ヶ所で行われた、GAS再結成ライヴの2発目が開催された。

当日は、GASをリスペクトする日本脳炎などの若手バンドや、当時のGASとの付き合いから、原爆オナニーズ、カラード・ライスメン(LIP CREAM、OUTOのメンバーや、宝島つながりのレイカ氏在籍)等も出演。当然、トリはGAS。

東京でのライヴは、初期と後期にドラムを担当した福重氏は不参加で、村田氏と、エキストラのドラマーの二人が参加。

★もう3ヶ月近く経ってしまったので、ライヴの構成等、おぼろげな記憶を頼りに書いておりマス・・・。あと、ドラムの位置が見えなかったため、特に記載の無い場合は、その曲をどちらのドラマーが叩いたかは不明。

まずは、ZOMBIE氏、山上氏、ナルミ嬢らによる、上京後のGASメンバーが登場。ナルミ嬢のヘア・スタイルは、GASのハードコア時代にお馴染みのウニ頭。これは、当時を知る者に対する、ささやかなファン・サーヴィスであろうか。そして、2ndソノシートの曲や、岡山の肉弾とのカップリングEPの曲を演奏。現役を退いて久しいナルミ嬢に、ハードコア系の歌唱はキツそうではあったが、流石に、観客とのコミュニケーションは手馴れたもので、なごやかなムードのまま、ライヴは進行。

村田氏のタイトかつシャープなドラムももちろんだが、2ndの曲では鋭くソリッドに、カップリングEPの曲ではサイケデリック調にと一変する、山上氏の変幻自在かつイマジネーション溢れる丁寧なギター・ワークは相変わらずで、広島では行われたと言う、C.O.P(GASの歴代メンバー3人が在籍)の再結成が、東京では披露されなかったのが、個人的には非常に残念であった。

また、全体的に感ぢた事だが、悪い意味でなく、実に暖かい雰囲気のライヴであった様に思われる。それは、観客、共演者、その他すべての関係者が、20年の時を経ての初期GAS音源のCD化を、心から祝福していたからであろう。例えば、誰かが死んでの追悼だとか、メンバー間の不仲によって、半分以上がオリジナル・メンバーでは無いと言う様な事もなく、活動当時の主要メンバーのほとんどが参加したと言う事は、奇跡的でもあり、リーダーであるZOMBIE氏の人徳のたまものであろうか・・・。

そしていよいよ、ヴォーカルとギターが、それぞれ、狂平氏、後藤氏にチェンジし、初期GASの再現である・・・。

(つづく)

元気デス!!

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グレイ・ゾーン

人は

グレイ・ゾーンで悩む

グレイ・ゾーンで苦しむ

グレイ・ゾーンでもがく

しばらく、グレイ・ゾーンについて、思索なぞしてみるか・・・。

考えるに・・・

最も重要なのは

「似合っているかどうか?」

・・・テコトぢゃなかろうか?

必要なのは

自主性

主体性

独自性

ホリエ問題(後始末)

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ホリエ問題(本編)<改訂版>

ホリエモンについて、何か書けと言われた。

ひねくれ者のこの私である。ホリエモンを完全否定はしない。とは言え、ホリエモンの事を好きでも嫌いでもない。ただ、私とは価値観が大きく異なる事は確かだ。

ホリエモンとは、資本主義社会における、テロリストである。ゆえに、法律なんか守ってちゃあ、革命なんて起こせっこない。極端に言えば、そもそも、資本主義社会において法律を尊守すると言う事自体が、資産家の財産や地位を尊守する事と、ほぼ同意であるのだから。

・・・と言うのも、かなり言い過ぎではあるが、金や土地を持つ者だけが、更に資産を保有拡大し、持たざる者は、いつまで経っても、己の肉体と時間、すなわち“命”を換金するしか、手だてが無い世の中。

ホリエモン逮捕に対し、額に汗して働くのが本当だと、訳知り顔に言うのは簡単だが、一部の人間を除き、どこの資産家が額に汗して働いてるってんだ。あいつらは、ただただひたすら、人の汗を搾り取る吸血鬼の如き生き物ぢゃねえか。

ライヴドア株を買って損した一般投資家にせよ、本当にホリエモンが好きで応援したいのなら、今こそライブドア株を買うべきであり、株の投資家なんて、単に儲かりそうだからとか、資産価値があると言う、金の匂いを嗅ぎつけたハイエナに過ぎない。ホリエモンが罪人ならば、投資家も同罪である。

とは言うものの、確かに、金のみに執着する事は醜いかも知れない。しかし、金のかからぬ趣味を持つならともかく、何をするにも、まず金を用意しない事には何も出来ない、そんな社会、金持ちや資産家にのみ都合の良い社会を作っておいて、金を追い求める者を、本当に非難出来るのだろうか?

どんなに才能があっても、どんなに頭が良くても、どんなに努力しても、どんなに情熱があっても、たくさんの金を持ってる奴にはかなわないのだ。なんせ、金があれば、才能のある奴、頭の良い奴、努力する奴、情熱のある奴を、買う(雇う)事が出来るのだから。ゆえに、いかなる能力も、金の前には無力であり、そもそも、そのため(支配者や権力者を守るため)に作られた貨幣制度なのだから、そんな世の中で、資産家の財産や地位を守るためにある法律(不公平条約)を尊守した上で、実力のみを頼りに、現在ある支配体制を脅かす事は容易ではない。

だいたい、今の社会や世の中が、情熱や努力、すなわち、その人間が流した汗の量や注いだ熱意に対し、本来得るべき見返りや正当な報酬を与えた事があるか!?

限られた時間と金で、短い人生の中で叶えられる夢なんて、たかが知れている。もちろん、夢と言うものは、叶える事がすべてでは無い。しかし、明らかに、大金が無ければ無理な夢と言うものもある。

確かに、ある程度の金を用意すると言う事も、ひとつの誠意であり、決意や覚悟の表明ではあるが、宇宙旅行くらいのでっかい夢を持った場合、ちょっとやそっとのお金を貯めたくらいでは、それが実現不可能である事くらい、少し考えれば解る。それとも、貧乏人は夢を持つなとでも言うのか?

「金で買えないものはない」と言った、ホリエモンの考えは間違っていると、私も思う。しかし、「金で買えない(尊い)もの」が、そこらぢゅうに転がっていれば苦労はしない。

金が無ければ舞台に立てない。金が無ければ衣装も買えない。金が無ければ部屋の外に出られない。金が無ければ動けない。

金は“目的”では無い。しかし、金は“手段”でも無い。金は“目的”を達成するために必要な、“手段を得るための手段”なのである。

更に言えば、金を得るための“手段”を手に入れるためにも金が必要なのだ。

わかるかな?この多重搾取の構造。

初めから、金(貨幣なり資産)のあるものは、苦労しない。

しかし、持たざる者は、その流した汗を、何度も何度も換金させられる事によって、尊い“命”を理不尽にすり減ら(ピンはね)されて行き、短くも、はかない一生を終えるのみなのだ。

おお!!なんと素晴らしい集金システム!!ライブドアも真っ青だ!!

この世はまるで農場である。このままでは、我々、持たざる者は、永遠に家畜か奴隷のまま、抑圧された人生を送る事になる。


最後に、資本主義農場における、ご主人様からのメッセージをお伝えしよう。

「逆らうな。」

「あきらめろ。」

「黙って従え。」

「死ぬまで働け。」


そう考えると、「ホリエモンとは、資本主義社会におけるテロリストであった」と言う、私の持論が、あながちデタラメでも無いと言う事が、ご理解頂けよう。

そして、またその逆に、あちら側からすれば、恰好の生贄でもあったと言う事も付け加えておかねばなるまい。

蛍雪時代

耐えがたきを耐え

忍びがたきを忍び

親の仇(かたき)を討つより

親の肩を叩こう・・・

「軽率時代」にて連載中

不事故無事雄(フジコブジオ)原作

「まんが道」ならぬ

「がまん道」より転載

死の美学

考えてみたら、苦しい時に、更に何かをやろうとしたって、本来の力は出ないし、余計消耗するだけだ。

とりあえず、これ以上、後退しない様に足を踏ん張って、機を伺うしか無い。

さっき寝たから、今日は体調も良好である。

さて、今から仕事するぞ!!

特攻隊の美学と言うものに対しての理解はあるが、自ら志願したのでなければ、それは無駄死にである。

自らが選んだ道で殉死するのであれば、本望ではあるが・・・。

オオカミ少年

ああ、面白くね~!!

さて、何故面白くないかと言うと、この世で大手を振っている価値観のほとんどが、私の価値観とは相容れないからである。

そして更に、自己の限りなき欲望を満たすだけの能力が、私には備わってないからである。

理想を言うなれば、ほっといても、誰かがお金を届けてくれたり、食べ物を差し入れてくれたり、ナニをナニしてくれれば最高である。

しかし、現実に来るのは、各種支払いの催促や、借金返済の督促ばかりではないか・・・。

しかも、水さえも止めると言いやがる。

ああ、この世がすべて、自分の思い通りになれば良いのに・・・。

そう。この支配者体質的思考。これこそが、人間の本来の姿であり、私の正直な本音である。

そして、これは、私がいかに人間らしいか、自分に嘘をついていないかと言う事の証明でもある。

そう考えると、常日頃、私が、如何に他人に対して気を遣っているかと言う事が、自ずと理解出来ると言うものであろう。

俺の大嘘つき~!!

おとなとこどもの差(追記)

あと、やっぱ、正確な判断を下すために必要な、情報量かな?

物事を正確に判断するには、出来るだけ多くの情報を得て、その上で判断しないと、生れて初めて見た生き物を実の親だと思ってしまう動物と一緒であろう。

ライブドア見てても、なんかオウムみたいって言うか、世間知らず、浮世離れした感ぢするもんね。狭い世界で、自分達の信ぢているものがすべてだと思い込むって言うか・・・。

まっ、資本主義社会の落とし児ちゅうか、犠牲者っちゅうか。

金が無ければ、抱く夢も制限されてしまう世の中を作り上げておいて、金を信仰するものを否定するのも、おかしな話である。

お金をかけなければかけないほど美しく、お金を使わない事こそが美徳である、と言う様な価値観が市民権を得ない限り、無理な話であろう・・・。

身分不相応な夢は持つな。・・・そう言う事か?

おとなとこどもの差

大人っぽいとか、子供っぽいとか言うけど、自分で決めない人間は、皆、子供だろ?

大人っぽいかどうかなんて、やっている事柄や、興味の対象自体が問題なのでは無いと思う。

要は、その対象に対し、どれだけのこだわり、どれだけの思い入れ、どれだけの熱意を注いでいるか?どれだけの決意をもって臨んでいるか、その部分を指すのではないだろうか。

子供が飽きっぽいのは、それが、本当に求めていたものでは無いからである。

もしも、本当に求めていたものであれば、そう簡単に好きになったり嫌いになったりなんかしないはずだ。

人はそれぞれ、自分の置かれた立場、能力、財産、好み等によって、進む道を定めなければならない。

いつまでも決めないのが子供。

一度決めたら、そう簡単にあきらめないのが大人。

もちろん、くぢける事もあるだろうし、方向転換を余儀なくされる場合もある。

しかし、やるもやらぬも、決定するのは自分である。

やりたければやるし、やめたければやめる。

色々な事柄を、自分で決める事が出来る能力なり、決断力。それらを備える事、鍛える事が、大人になると言う事である。

60歳になっても、70歳になっても、自分で決めない限り、その生き物を大人とは呼べない。

2月の抱負

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