Mr.エレクトの独り言 2006年03月24日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

オシリペンペンズVSあぶらだこ

では、音楽の話なぞ。

先日の、高円寺クラブライナーに於けるライヴ評。

一番手。バンド名は忘れたが、トリオ編成のバンドで、リーダーであろうギター&ヴォーカリストは、なかなかのテクニシャンであった。具体的に言うなれば、自分の歌声や鳴り響くギターの音色が、実際に、観客にどの様に聴こえているかと言う点を、非常に意識し、それを完全にコントロールしきっていた様に感ぢた。とは言え、歌自体はかわいこぶりっこと言うか、かわいそ(可哀相)ぶりっこな、「弱いボクを見て」的な、キャラ演出過剰な点が、私の好みでは無く、縁の無さを感ぢた事も事実。また、MCにもファニーな小ネタと挟んだりするもんだから、狂信的なあぶらだこファンからブーイングを受けていた。しかし、後半、それまでとは打って変わって、本音のメッセージらしき、硬派チックな歌を披露。察するに、アングラ的な世界が嫌いな様で、ある種、“ロック=生きざま”的な風潮の中で、ドロップ・アウト的ロック志向のリスナーからの迫害に遭いながらも、洗練されたポップス志向を追求し続けた、山下達郎のシュガー・ベイブを思い起こさせた。この様なバンドにとって、当日の企画は不向きであったかも知れない。器用貧乏と言うか、色々出来る能力があるゆえに、欲張り過ぎて、目的を絞りきれていないのだと思うが、もっと堂々とメジャー志向にやれば良いのに、今のままではどっちつかずな中途半端な印象しか受けない。もっとも、ギター・サウンドの音色造りに関しては、かなりのものがあるので、惜しい逸材ではある。

二番手は、オシリペンペンズ。先のバンドとは打って変わって、無意識過剰、否、“超意識”憑依なバンドである。前回観た時は、楽曲が異常にスピード・アップしていたが、今回は、逆にスローな演奏であった気がする。何と言うのだろうか、ペンペンズのライヴと言うのは、こうやればこうなると言った、計算されたものでは無く、モタコ氏をシャーマンに見立てた儀式とでも言うのか、現実認識なり、正常な意識を朦朧とさせる事によって、何かが降りてくるのを待つ、否、モタコ氏の描くイラストにも象徴される、何だかとんでもなくありえへんもの(関西弁?)を呼び出し、非日常的空間を現出させる事を目的にしているかの印象を受ける。よって、あぶらだこ信者の多い、この日に関しては、会場内の空気がイマイチ、適していなかった様にも思われる。彼らの生み出す、非日常的空間、すなわち、“サイケデリックな空気”が現出する瞬間を、また観たい。

トリはメインのあぶらだこ。私自身は、彼らを観るのは超久々である。満員大入りと言う事もあるが、クラブライナーは観客フロアの途中に段差があるため、そこで観客の足が止まってしまい、フロア後方は非常に窮屈であったが、ライヴハウス側からの、「前に詰めて」のアナウンスがある事で、若干救われる。あぶらだこの楽曲は、“変拍子のための変拍子”と言う気がして、私はあまり好みでは無いのだが、ヒロトモ氏の絶叫型ヴォーカルの乗せ方等は、相変わらずの“あぶらだこ節”で、おそらくファンの方々は、必ずしも変拍子が好きな訳では無く、そんな、“あぶらだこらしさ”に惹かれているのだと推測される。いつも観ていないので解らないが、ヒロトモ氏の別ユニット“長谷川静男”的な効果音も導入されていた気もするが、これは気のせいか?何にせよ、長く続けている上に、それでも、“あぶらだこらしい”と思わせる事が出来ると言う事は、それだけのオリジナリティを確立しているのだと言えよう。何故なら、今、思い出してみても、「う~ん、あれは確かに、“あぶらだこ”以外の何者でも無かったよなあ。」・・・としか言い様が無いのであるからして・・・。

(テナトコ)