Mr.エレクトの独り言 2006年05月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

ライヴ告知

■木幡東介(マリア観音)・ワンマンライブ「日本絶滅動物記 其の9」
[ゲスト] ビル(exコケシドール)
[日時] 2006年5月31日(水)
[会場] 吉祥寺シルバーエレファント
[住所] 武蔵野市吉祥寺本町2-10-6-B1
[電話] 0422-22-3331
[開場] 19:00
[開演] 19:30
[料金] 前売2,500円 当日2,700円※ドリンク代別
[問合] 吉祥寺シルバーエレファント 0422-22-3331
★ ゲストとして、ビル(「自主レーベル・いぬん堂」社長、いぬん堂氏によるバンド/exコケシドール)の出演が、急遽、決定イタシマシタ!!

★この告知は、常にブログのトップに掲載されておりマスので、以下の記事は、常時更新されておりマス。

人間万歳

エヘへ・・・。

人間ってやつは、面白いでガスな。

自分可愛さのあまり、間違った考えを平気で推し進めるでヤンスから。

危ない危ない・・・。

地図無しで進んでるんだから、太陽や星の位置とか、植物の生え方とか、色んなものを参考にしなけりゃね。

とは言え、暗闇ってのは不安だから、闇雲に突っ走るんだろうな。

いつか出口が見つかる事を、光が射す日を願って。

途上である事は、恥ずかしい事でも何でもない。

穴の盗撮

どこぞのテレビ局のアナウンサーが、女子高生のスカートの中身を盗撮したそうで、そのジャーナリスト魂を表彰された・・・のでは無く、お叱りを受けた様である。

もちろん、自分が、盗撮される立場であれば、とんでもなくいやであり、ごめんこうむりたい話ではある・・・と言う前置き・・・と言うか、言い訳・・・と言うか、よくある反論に対する防衛線を張っておきつつ・・・。

しかし、ちょっと風が吹けば見えてしまう様な、ミニ・スカートの中身に、護られるべき権利などあるのだろうか?と、思ったりもする。

また、これがもし、電車内において、髪の毛の薄い男性の頭頂部分を盗聴ならぬ盗撮すると言う話であれば、如何であろう?

とは言え、こちらは、そもそも露出しているのだから、撮影されても仕方無い事なのであろうか?

いやいや・・・。そう考えると、やはり、“無断で撮影する”と言う行為自体が問題なのだと思われる。

トナルト、パンツやハゲに関わらず、顔を撮られたくない人も居れば、クリーニングが間に合わず仕方無く着てきた今日の服装を撮られたくない人、更には、その時間にその場所に居た証拠を残したくない人なんかも居る訳で・・・。

とまあ、そこまで面倒は見切れないが、無断で撮影されたくないのであれば、外出しなければ良いのではなかろうか。

・・・と言うのも暴論であるが、中には、先の理論では無いが、自分の商品価値を高めるために、見られるのを覚悟の上で、露出度の高い服やミニスカを着用している女性に対し、「そんなスカート穿いてる方が悪いんだ!!」と、開き直る人も居るであろうし、更に、男性の頭頂部分の盗撮に関しては、「ハゲてる手前が悪いんだ!!手前のヘアスタイルが面白過ぎんのがワリイんだよ!!」とさえ、言われそうである。

要するに、見られて恥ずかしい部分は、何としても隠しておくべきなのだ。

「そんなにハゲを見られたくないんなら、帽子でも被るか、ズラでも付けとけや!!」・・・と、電車内において、頭頂部分を盗撮した事を毛髪の薄い男性から咎められた女子高生が、逆ギレしている姿を想像したりなんかして・・・。

プププ・・・。

いやいや、そのうち、盗撮どころか、想像罪と言うか妄想罪と言うか、「あんた!!今、私のスカートの中身を想像したでしょ!!」・・・と、男性がお叱りを受ける日も近いかも知れない。

「証拠は、あんたのその・・・」

いかんいかん。妄想罪に問われるので、このへんでやめにしておくか・・・。

公開処刑

最近の事件報道を読んでいて面白いのは、犯人が、反省の言葉を口にしたか、あるいは、その逆に、反省した様子が全くないか、って事を、ことさら伝えようとしている点だ。

世間の皆様に対し、「謝れ!!」って事か?

被害を受けた人の身内ならともかく、皆、悪い事はしないで我慢して生きているのに、その約束を破ってしまう人間を許せないってか?

反省の言葉を口にすれば、罪は消えるのか?

死んだ子供が戻ってくるのか?

無関係な我々が溜飲を下げる事に、何の意味があるのか?

反省した態度が、本当なのか嘘なのかを、誰が見破れるのか?

そう考えると、むしろ犯人が反省してない方が、悪人や、悪事に対する怒りが増して良いのではなかろうか。

・・・って、実はどっちでも良いんだけど。

要するに、犯人が反省してるからって、それがどうした?・・・って事。

それで満足するのは、事件に無関係な人間達、すなわち野次馬だけだ。

禁未来小説「ドラへもん」その31「スネトの苦悩」の巻

ところが、そんなスネトにも、同情と言うか、同類相憐れむ部分もあり、ボクの激しい怒りは、やり場の無い怒りへと、姿を変えていった・・・。以下、スネトのブログ「蛇の穴」より引用・・・。


「だけど、ボクも、本当は解ってるんだ。ボクのパパが大会社の社長だって事も、ママの家系の家柄が良い事も、そして、そのおかげで、ボクの家が裕福で、ボクが何不自由無い生活が出来るって事も、みんなすべて、ボクの努力なんかぢゃ無く、パパやママや、先祖の努力の賜物なんだ。ボクはただ、その威光をかさに、強がっているに過ぎないんだ・・・。」

「クラスの人気者のあいつもあいつも、もちろん、それなりの資質なり素質が、元から備わっていたとは言え、持って生まれた才能に甘んぢる事無く、それを自分の努力によって輝かせているからこそ、みんな、あいつらに憧れるんだって事も、よ~く解ってる・・・。」

「あ~あ、ボクだって、あのダメオほど、駄目ぢゃないんだし、金持ちにしか解らない、一流品を見抜く審美眼だって、そこらの小学生よりはあるんだから、何とか自分の才能を開花させたいよ。でもさ、パパもママも、金で何でも解決出来る、金さえあれば、この世で幸せになれる・・・ってな、超現実主義者だからな~。ボクが、こんな悩みを打ち明けたところで、高価な玩具やテレビ・ゲームを買ってきて、ご機嫌を取ろうとするだけだもんな。ボクが欲しいのは、そんな代用品ぢゃ無いってのに・・・。それに比べて、ダメオみたいなヤツの家庭は、そもそも贅沢ってもんを知らないんだから、貧困にあえいでいても、きっと、それなりに幸せなんだろうな~。」

以上、引用オワリ。


フン!!貧乏で悪かったな!!スネトのヤツ、いつも一言多いんだよな~。ボクの家が貧困だなんて、余計なお世話だよ。自分は好きなだけ玩具買ってもらえるほど幸せなのに、贅沢言ってんぢゃ無いよ!!うちだって、ママは出て行くわ、ボクはヒキコモリだわで、どっからどう見ても、完全なる崩壊家庭だっちゅうの!!

あ~あ。でもさ、あんな裕福なスネトでも、悩みがあるってんだから、このボクなんて、一体全体どうすりゃ良いのさ。

だけど今更、学校に戻ったら、またスネトの代わりにシャイアンの生贄にされちゃうし・・・。

ねえ、みんな!!ボクはどうすれば良いの!?

(つづく)

★果たして、この先、のひ太に幸せは訪れるのであろうか・・・。

殺意健康法

くっそ~!!

なんだか解らないが・・・

「殺してやる~!!」

・・・てな気持ちを糧にして

仕事がんばろう・・・。

獣に飼われる家畜<改訂版>

人は誰も、真理なぞ求めてなんかいない。

何故なら、本当に真理であれば、それは時として、自分を殺す刃ともなる可能性を秘めているからである。

すなわち、人は誰しも、自分の存在を肯定してくれる理論を求めているに過ぎないのだ。

それが悪いと言う訳では無いが、それを絶対普遍の真理だと思い込むのは、早合点か、傲慢な考えに過ぎない。

現代社会の奴隷は、鎖や縄で縛られている訳では無い。支配者側にとって都合の良い様に設定され、植えつけられた、倫理観とやらによって縛られているのである。

実際、見てみろよ。支配者達のやっている事が、私達に押し付けた倫理観に適っているのかどうかを。

倫理観を振りかざす獣。それが支配者の正体であり、やり口である。

人間社会も、しょせんは弱肉強食。

そして、倫理観にがんぢがらめにされた、獣に飼われる家畜。・・・それが、私達の本当の姿なのである。

殺人予備論

これは、言葉遊びでも何でもなく・・・

人間は、自分に出来る事しか出来ない。

もしも、昨日まで出来なかった事や、出来ないと思っていた事が出来たなら、出来ないと思い込んでいただけか、それとも、出来る様になったと言うだけの話である。

ところで、やりたいと思う事が出来ないのは、つらい事である。

しかし、出来ない事が出来ない事は当然なのであり、出来ていないからこそ、やりたいと思う訳で・・・

出来ない、あるいは、やりたくないと思っていても、やってしまう事がある様に・・・

誰もが、人を殺す可能性を秘めているとも言える。

人間は、人間を殺せる。

人を殺す理由など、いくらでもあるし、人を殺せない理由など、何ひとつ無い。

特に、人を殺さなければ、自分が殺される・・・と言う場合においては。

君知るや、ブログの効能

ブログの効能と言うものは、計り知れないものがある。

まずは、自分の考えている事を、部屋の中で、ぶつぶつ、つぶやいたとて、大した満足は得られないが、やはり、誰かしら他人に読まれるかも知れないと言う前提で発表すると言うのは、非常に良い気晴らしになるものなのだ。

更に、何と言っても、記録に残すと言うにこそ、大きな意味があり、あまり何度も、同ぢ内容の文は書けないし、書くにせよ、視点を変えたり、もっと解りやすい説明方法を思いついたり、そして何より、以前の考えをベースに、それをもう一歩推し進めた考えをしなければならないゆえ、自然と思考を突き詰める事が出来る様になると言う点が挙げられる。

すなわち、同ぢ愚痴でも、最初は自分の鬱憤を吐き出す憂さ晴らしにしか過ぎないが、そのうち、いかに障害を取り除くか、あるいは乗り越えるかと言った、現実的かつ前向きな方向に向かわなければ、自分もいやになるし、読んでいる他人は尚更であろうと言う危惧が、自然とそうさせるのである。

とは言え、それも人それぞれで、私にとっては、自分のサーヴィス精神がそうさせているだけなのかも知れないし、いつまで経っても、同ぢ場所をぐるぐる廻る事しか出来ない人も居るかも知れない。だが、ここでも、記録に残すと言う事の意義が生きてくるのだ。何故なら、自分の過去の文章を読み直す事によって、いかに自分が進歩、あるいは変化、しているのかいないのかと言う点を、非常にリアルに認識出来るからである。

私は何も、変化しなければならないと言っている訳では無い。しかし、思想や思考は、いつか必ず現実と向かい合わなければならない時が来るし、その時が来ないとすれば、それらの思想は絵空事、あるいは妄想でしか無いと思うのだ。

否。現実に不満が無いのであれば、それはそれで、「ニワにニワのニワトリがおりマス」などと言った、何でもない日常でも綴っていれば良い。

しかし、私にとって、ブログとは、世の中に物申すための手段であり、現状を何とかしたい、あるいは変えたいと言う意志の表明なのであるからして、得る情報が増えれば増えるほど、あるいは現実の手ごわさを知れば知るほど、自分の考えも変化させていかなければ、絶対におかしいのである。

よって、今が最高だとか、完璧だとか言う事は有り得ず、いつも途上ではあるが、しかし、常に現時点ではベストだと思える考えを模索し、提示し続ける事が重要なのである。

現実は、そして他人と言うのは、計り知れないものである。しかし、現実と対峙する事をやめた時、人間は、たとえ生き物としての命は繋いでいようが、人間である事の意味を放棄したと同等に、自らの存在価値を失う事となるだろう。

何にせよ、問題が本当に解決するまで、あるいは、その反対に自分が息絶えてしまうまで、人間の“生きる”と言う仕事に、オワリなど無いのだ。

そう。人間の仕事は、“生きる”事である。

ゆえに、私はいつでも、“生きたい”と、そしてそのために、このうざったい現実ってヤツを変えたいと、心底願っているのだ。

それを、もっと具体的に言うなれば、私を死に追いやる“目には見えない何か”、そいつの正体を突き止め、この世から消し去ってしまいたいと言う事であろうか・・・。

被搾取人種総決起論

私達、被搾取民族に、最も必要なのは、「何かを得るためには、何かを犠牲にしなければいけない」と言う発想を、根幹から改める事である。

否。改めるのでは無く、“受け入れない事”・・・か。

支配者と奴隷の間で結ばれる、不平等条約において、“等価交換”など、決して有り得ないのだから。

とは言え、もちろん、価値観は人それぞれ異なり、“未来を失う事と引き換えに、刹那の刺激を得ようとする人間”も居る訳だから、一概には、そうとも言い切れないが・・・。

ともかく、子供の頃に教えられた(刷り込まれた)常識を、もう一度、疑ってみる必要があると言う事である。

「働かざる者、食うべからず」。そんなのは大嘘である。そもそも、土地を持っている人間は、家賃収入で食っていけるのだから、誰もが働く必要なんて、どこにも無いのだ。

「資産も持たぬくせに、働かざる者は、食うべからず」が、正しい。

そう考えると、家賃収入で食ってる奴も、ある種のニートだな。先祖の脛を齧って生きている訳だから・・・。

あまりにも短い人生の貴重な時間を切り売りし、流す汗と引き換えにして得た金で、本当に求めていた“願い”が叶うならまだしも、その反対に、日頃の苦労や疲労を回復するためや、憂さ晴らしのために、買い物をしたり、娯楽やギャンブルやら何やらへ、身をすり減らして働いて得た、なけなしの金をつぎ込んでいたのでは、何が何やら解らないではないか。

それなら初めから、給料は少なくとも、好きな仕事や、ストレスの溜まらない仕事をした方がマシである。

もちろん、やりたい事や、欲しいモノを得るためには、金がかかる場合もあるゆえ、どうしてもお金と言うものも必要ではある。また、高価なモノが好きなら批判のしようもあるが、諸々の理由から、自分の好きなものが、たまたま高価であったと言う場合もあるだろう。

だけど、何と言うのだろう。やりたい事にせよ、欲しいモノにせよ、結局はそれらも、“自己の満足や喜び”を得るための手段に過ぎないのであるからして、厳しい見方をするならば、ここでもまた、本当に欲しいものを得るための、回りくどい方法が用いられているとは言えまいか。

すなわち、私達は、自分の欲する目的のために、何度も手順を踏み、その度、本来ある欲望や情熱を、薄められ薄められ、最終的には、ほんのわずかの報酬や、満足を支給されているに過ぎないのが現実なのである。

そして、それらの換金時、あるいは交換時に、労せずして利益を吸い上げようと言うのが、支配者達のやり口なのだ。

もう一度言う。「働かざる者、食うべからず」なんて言葉は、支配者や搾取する側の洗脳によってもたらされた迷信、否、策略に他ならない。

また、当然、親も子を支配するために、これらの常套句を用いるが、そもそも常識や良識なんて、その時代、その地域における、支配者にとって都合の良い理屈でしかないのだ。もちろん、私達、弱者も、時にそれらによって護られてはいるが、それは単に、“家畜が死んでは、飼い主も困る”と言うだけの話だからである。

フフフ・・・。素晴らしい。実に立派で、理想的なご主人様ではなかろうか。

ゆえに、私達、被搾取人種は、自己の持つ欲望や情熱を、本来の目的達成に向けて、もっとダイレクトに反映させる必要がある。

道徳心に訴えたり、罪悪感を背負わせるかの様な、偽善的な搾取商法には、もう、うんざりなんだ。

自分の満足のために、他人を犠牲にする事は良くないが、自分を満足させるために、自分を犠牲にしてどうする。

ましてや、あちら側は、私達の事を、家畜としか思ってやしないのだから。

超洗脳小説「勝手に世直し ヘ~カくん」④「奇妙な転校生」の巻

その日の夕食時。

しばらく我が家にホーム・ステイする事になるヘ~カくんは、すっかり、俺のパパとママとも打ち解けていた。相変わらず、料理の名前に始まって、使われている食材だとか何とか、細かい質問が多いのには閉口させられたけど、実は、その時、俺は奇妙な点に気が付いたのだった。

そして、その夜。

子供部屋で、ヘ~カくんと一緒に寝るハメになった俺は、早速、その疑問をぶつけてみた。

キチロー「おい、ヘ~カ!!おめえ、宇宙人だの天王陛下だの言ってるけどよ~。なんで箸の使い方知ってんだ?あ~!?」

そう。地球に来て間もないはずなのに、奴は何故か、箸の持ち方は既に習得していたのだ。

・・・本来は、日本語・・・ちゅうか、地球語だって、何で喋れんのか良く解んねえけど、まあそれは地球に来れるぐらいの知的文明がある訳だから、科学技術の進歩やら何やらで、まあ何となく何とかなる様な気もするけど、箸ってのは、日本や中国とかのアジア圏に特有な、人類の文化的な発明品なんだから、そんな上手い具合に、「天王星でも箸を使ってた」なんて言わせねえぜ。

・・・とは言え、知的生命体の考える事だからな。偶然の一致てのも有り得なくも無いが・・・。

ところが、そんな俺の問いに、ヘ~カくんは、驚くべき返答を寄越したのであった・・・。

(つづく)

禁未来小説「ドラへもん」その30「スネトの不満」の巻

ボク、のひ太。現在、ヒキコモリの真っ最中。最近見つけた、おそらくはスネトだと思われる、ヘビオと名乗る小学生のブログ「蛇の穴」の内容について、紹介するね。まったく、スネトの奴と来たら、ホント、頭にきちゃうよ!!プンプン!!


以下、ブログ「蛇の穴」より引用・・・。

「しかし、学校教育ってやつは、根本から間違ってるよ。世の中は、そして人間は平等なんかぢゃないのに、皆同ぢに扱うなんて。特に給食がそうだよね。ボクの様に、毎日高級食材を使った料理を食べている人間が、なんであいつら庶民と同ぢ、粗末な昼ごはんを食べなくちゃならないんだ。鎖につながれた囚人ぢゃあるまいし・・・。まったく、こんな理不尽な事が許されて良いものか。ボクの様なエリート階級の、金持ちの息子は、一人だけ特別に、個人的に高級な料理を外注して食べたって良いぢゃないか。だって、それが現実の社会なんだし、嘘の平等で子供を騙すのは良くないと思うンだよね。それで余った給食は、やたら図体のでかいヂャンボの奴にでもくれてやれば良いし。そしたらボランティアにもなって良いんぢゃない?だいたい、このヘビオ様と、あの駄目人間のダメオが、同ぢ釜の飯を喰うなんて、冗談ぢゃないよ。やっぱ、王様と奴隷の身分はハッキリ区別してもらわなきゃね。」

「あ~あ、それに問題なのは、クラスの女子だよ。ルックスの良いヂャネ~ズ系や、スポーツの得意な奴や、勉強の出来る奴ばっかもてはやすけど、ホント、ガキンチョだよね。もう少し大人になれば、理想の結婚相手の年収1億だとか2億だとか言って、結局は金持ちや資産家の玉の輿に乗ろうと必死になるくせに・・・。そう考えれば、大会社の社長のご子息である、このヘビオ様こそ、クラスの人気者に相応しいっつうのに、何で、このプリンス・ヘビオ様の魅力が解らないかね?いくらルックスが良くたって、いくら運動神経が良くたって、いくら頭が良くたって、結局あいつらは金のために、金に使われ、死ぬまで金の奴隷になるしかないんだし、資本主義社会においては、資産こそすべて、家柄こそすべて。だ・か・ら・こ・そ、真っ先に尊敬すべきなのは、このヘビオ様だっちゅうの・・・。」

「それに、何と言っても最悪なのは、あのヂャンボの奴だ。あいつ、学校の勉強は出来ないくせに、実は知能指数が高いって言うか、狡猾でずる賢い所があって、しかも腕力まであるもんだから、ボクにとっては天敵と言うしかないよ。PTA会長のママに頼んで、退学にでも追い込んでもらおうかな~・・・って、小学校は義務教育だもんな~。無理か。」

「そう考えると、最も憎むべきは、ダメオだよな。どんな集団にも、必ずああいう奴は居るって言うか、そもそも人間社会には生贄が必要不可欠なのさ。だから、せっかく、このボクが、誰にも相手にされない駄目人間に、この世に生きている意味と存在価値ってやつを与えてやったってのに、バックレやがって。何がヒキコモリだ。あいつはヒキガエルの様に、社会に出ても忌み嫌われて生きるしか無いンだから、本来は、素直にヂャンボの性欲のはけ口の役目を務めて、ボクの様なエリートが、もっと良い暮らしをするための踏み台になってくれなきゃね。」

・・・引用オワリ。以下、再び、のひ太の独白。


んもう!!何て奴なんだ!!何て傲慢な、何て自分勝手な・・・。

ボクは、込み上げる怒りと殺意に、気も狂わんばかりに取り乱していた・・・。

(つづく)

ため息地獄

深夜からヤフオク出品用のデータ作成中。

今週かなりやっておかないと、また、月末大変な事になる。

・・・って、いつも月末みたいなものだが・・・。

もう、ホント、ヤバイ。

昨日、金使っちゃったし。

は~あ・・・。

ふぅ・・・。

広島パンク~ハードコアの歴史⑩

今回は、大雑把に記録のみ記載する消化試合。

そんなこんなで、1982年9月、先の「高校バンド合戦」の予選ライヴの審査結果が発表され、これは見事に落選。翌10月、「Jr.ROCK・Ⅱ」のテープ審査に、やはりオリジナル曲で応募するも、これまた落選するのであった。

そして10月17日、またも「木定ミニコン」。今回の共演は、ヘリオン、ウィンクルの2バンド。

その1週間後には、ライヴスクエアQUESTにおける、「無名人コンサート」に出演。この日の対バンは記録が残ってないが、観客には、ドラムのナガモトが在籍していたジョニー・ブルーの元メンバー等、出演者以外にも結構(・・・と言っても20人弱)、観客が居たようだ。

11月7日、ヤブキの通う広島県立工業高校にての学園祭「県工祭」にて、体育館と教室の2ステージをこなす。「おまえらいつでもハエだぜ」と指差され、喜ぶ客数名。

11月28日、廿日市中央公民館大ホールにて、「第6回ふるさと廿日市町 音楽のつどい」出演。前半は、<フォーク・ロック>廣島総合病院音楽同好会(南こうせつ&オリジナル)、<フォーク>珍竹林(女性ニュー・ミュージック他)、THE GOLDEN SKY(オリジナル)、<ロック>THE HEAET NOISE(佐野元春)、NO!(ザ・スターリン&オリジナル)、の5グループが出演。ちなみに、後半は、尺八クラブやママさんコーラス、山陽女子短大箏曲部、廿日市邦楽連合、廿日市吹奏楽クラブ、他。THE GOLDEN SKYとは、社会人バンドで、ドラムも居たはずだが、プログラム掲載のジャンルはフォークとなっている。そんな時代。

12月。ドラムのナガモトが、Ltd!(リミテッド)と言うバンドでドラムを叩く。メンバーは大学生か社会人だと記憶しているが、ピストルズのコピーとか演ってたと思う。

12月19日、(山口県)岩国商工会議所4Fホールにて、「PERFECT COMBUSTION(完全燃焼)」。フォーク3人、バンド2つ共演。これは、誰がとってきた企画なのだか記憶に無いが、ホールと言っても、少し広めの会議室と言うか、幼稚園のお遊戯会場程度の広さの部屋に、パイプ椅子を並べて行われた。「観客が露骨に逃げた・・・」とノートには記録されている。

★当日のチケット
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★この頃の音楽状況。筆者は、1982年の半ば~後半には、雑誌DOLLで知り合った、東京や九州の人とテープ交換を始めており、紅蜥蜴から午前四時、チフス、ゼルダ、ほぶらきん、その他、DOLL誌に掲載されていたほとんどの自主制作盤を聴きあさり、同時期に同誌から火のついた、日本のハードコア・パンク黎明期の音をリアル・タイムで耳にする事となる。まずは、録音してもらったオムニバスLP「CITY ROCKERS」収録のガーゼを手始めに、ヤブキが通信販売で購入した(←筆者は当時、スターリンを批判する日本のハードコアに嫌悪感を持っていたため、すぐには購入しなかった)ライヴ・オムニバスLP「OUTSIDER BOOTLEG」収録のカムズに衝撃を受け、更に、翌年初頭、筆者自身が通販で購入したエクスキュートの1stソノシートを聴いて、すべてが吹っ飛んだ。それ以前に、既にヤブキ宅で、ディスチャージやクラス、エクスプロイテッド等の、UKハードコアを聴いてはいたものの、エクスキュートを聴いてしまっては、もう後戻りする事は不可能であった。筆者にとっては、スターリンでさえ、もはや過去のものとなっていたのである。

永らくお待たせイタシマシタ・・・。次回から、いよいよ1983年に突入。やっと、ここからが本題でありマスぞ!!

(つづく)

超洗脳小説「勝手に世直し ヘ~カくん」③「謎の転校生」の巻

やっと下校時間になったか・・・。

と言うのも、あいつときたら、授業中から休憩時間から、トイレに至るまで、俺のそばから離れず、下らねえ質問ばっかしやがるんだもの。ホントに何も知らねえのかな・・・。

ところが、学校を出ても、あいつは俺のそばから離れようとしない。

キチロー「おい、宇宙人!!もういい加減にしてくれよ。俺は家に帰るンだからさ。」

ヘ~カくん「え~!!ボク、キチロー殿の家に行ってみたいデス~。地球の小学生が、どんな家庭生活を送っているか、興味深々なのデス。」

キチロー「は~・・・。ぢゃあ良いけどさ、遅くなる前に帰れよ。」

そして俺は、ヘ~カくんを連れて、自宅に戻った。

キチローのママ「あら、キイチロウ(本名)。お帰りなさい。言い忘れてたけど、今日からホーム・ステイの子がうちに来るから、仲良くしてあげてね。」

キチロー「ええっ!?まさか!!」

俺は振り返って、ヘ~カくんを見つめた。

ヘ~カくん「ウフフフ・・・。」

そう。そのまさかであった。自分を宇宙人だと称する謎の転校生は、今日から我が家に居候する事になっていたのであった。

こいつは、先が思いやられるぜ。トホホ・・・。

(つづく)

国分寺超山田堂より、緊Qのお知らせ!!

以下、国分寺超山田堂の掲示板「超山田黙示録」より転載。

。。。実は
超山田堂のお隣の古着屋さんが
急遽撤退することになってしまい
共同で借りている超山田堂も
移転しなければならないことに
なってしまいました

もしお隣を
すぐにでも借りたいという
テナント出店ご希望のお方様が
いらっしゃいましたら
是非 お知らせくださいませ

もしくは
国分寺近辺で
ちょやま堂にちょうど良い空き物件の
ご情報がございましたら
お教えくださいませ

皆様 なにとぞよろしくお願い申し上げます!!!

国分寺超山田堂/
超山田SAD-HERO
<電話:042-329-3966>

ユルセナイ

「○○を、許せない」

・・・と思い、感ぢ、考えるのは、すべて個人のエゴである。

もちろん、エゴを悪いと言っているのではない。

例えそれが、人殺し等、生き物としてあってはならない同種族同士の殺傷行為だとしても、人類と言う種族の中に、人を殺す者が存在すると言う事実は抗しがたい真実であり、人殺しが実在すると言う現実においては、いくら、その存在を否定しようが、自然界においては、“有り”なのだと、私は考える。

ましてや、神?ならともかく、同ぢ人間同士。人殺しの存在を許せないと言う事は、人類と言う種族の中に、同種族の者を殺す(あるいは殺した)人間を認めない、あるいは否定すると言う事であり、すなわち、既に殺人を犯した者、あるいは人を殺す可能性のある者を、種族内から抹殺したいと考える事なのであるからして、それはそれで、同種族同士における殺傷行為だとは言えまいか。

よって、こう言い換えるべきだと思うのだ。

「○○とは、相容れない」・・・と。

そもそも、貴方が許そうが許すまいが、居る者は居るし、あるものはあるのだ。

かと言って、“許せない”と感ぢる者を、“許す”必要も無ければ、ましてやエゴを無くす必要など無い。

むしろ、人からエゴが無くなる事ほど、怖いものは無いのだ。

何故って、エゴを無くした時、人は何(者)かの奴隷になるのだから。

仮にそれが、全宇宙において、善なる方向性を持った真理、あるいは、神?の意思だとしても・・・。

私は許せない。

・・・否。私とは相容れない。

努力や情熱の価値

努力や情熱は、必ずしも報われるとは限らない。

・・・と思っておいた方が、失望したり悲しまずに済む。

必ずしも報われるとは限らない・・・と言う事は、報われる場合もあるって事だし。

とは言え、もしも貴方が、報われない努力や情熱には意味が無い・・・と思っているのであれば、今すぐやめた方が良い。

何故なら、貴方は、努力や情熱より、そうする事によって得られるはずだと思い込んでいる報酬の方に、より高い価値を置いているからである。

要するに、本心から、努力や情熱が好きな訳ではないのである。

もちろん、それが無駄であるとか、悪いとは言わないが、本当に欲しいものを手に入れるにあたって、最も有効な方法であるとは言い難いであろう。

実は、私もそうである。

仕事漬けなせいで、良く誤解されるのだが、本来の私の望みは、「毎日楽しく遊んで暮らしたい」である。

ただし、それは決して、「何もしたくない」と言う意味では無いし、「働きたくない」と言う事でも無い。

では、「楽しくない理由」とは何か?

それはおそらく、私が、自分自身を偽って生きているからであろう。

本当は無責任な怠け者のくせに・・・。



・・・と、自分に正直なふりをして見せたりなんかして。

ソンな人

私の知人に、似たような人達が居て、彼らは、いずれも、相手の気持ちなど考えず、自分の要求を主張するのだ。

もちろん、それだけ追い詰められていると言うか、生き物として切実な希求なのであろうと、私も出来るだけ歩み寄るのではあるが・・・。

そして、その強引な論法には、同様に、自分を偽る嘘や矛盾点がいくつか見受けられるのだが、なぜか彼らは、まるでその事には気づいてさえいないかの様に、さも自分の要求が正当なものである様に、論ぢるのである。

「そんな人間」が、一人であれば、私も、その解釈にとまどい、理解不能なために頭がパニくって、ノイローゼにでもなったかも知れない。しかし、運の良い事に、「そんな人」が身近に二人居たお陰で、私は気が狂わずに済んでいる。

しかし、何故、あの人達は、殊更に「自分は、間違っていない」「自分は、そんなに悪い人間では無い」と言う事を、強調するのであろうか?

私には、“そんな人”にしか見えないのだが・・・。

また彼らは、「自分だけが損をしている」と言い、他人を嫉む傾向が非常に強い。もちろん、それが悪いとは言わない。嫉妬は時に、人間を驚くほど成長させるから。

・・・とは言ったものの、確かに、“損な人”達なのかも知れないな・・・。

美しき植物人間を育てよう

「あなたのためを思って言ってるんだ」

と、他人に向かって言ってる人が居たとして・・・。

本当に、“あなたのために”なのだろうか?と思う時がある。

それは単に、“自分が良いと思う形”に、相手を当てはめようとしているだけでは無いのか。

本当に、“あなたのために”と思っているのであれば、無理矢理、何かをさせたりする必要があるのか?

否。ある時期までは、それなりの強制も必要であろう。

ただ、人はそれぞれ、資質も能力も、信条も願望も違うのだから、“自分が良かれと思い込んでいる形”よりは、その人には、何が一番適しているのかを最優先に考え、なおかつ、最終的には、自分で選ばせ決めさせる事が大事ではないだろうか。

まるで、親が子にする様に、強い者が弱い者を、ただ一方的に“理想形”に当てはめるだけでは、主体性の無いロボットが、また一体増えるだけの事だ。

本人に意思と言うものが無いのならともかく・・・。

自立心無き土地に咲く花は、皆一様に美しい。

否。“美しいとされる形”に、忠実である。

糞食らえだ!!少々捻ぢ曲がってたって、良いぢゃねえかよ!!

パチン国家<若干改定済>

私は現在、貴重な時間を、そして何より、自由を切り売りする事によって、肉体を最低限、死から遠ざけるため、更には、死から目をそらす(生きている事を確認する)事を目的とした何らかの代償行為をするために必要な自由(時間)を獲得するために、日々、お金(と言うか、貨幣)を稼ぐ作業に追われている。

しかし、自由な時間を獲得するために、お金を得ようとしていると言うのに、そのせいで自由な時間が削り取られて行くと言うのは、非常にナンセンスな話である。

しかも、5時間の労働で得られるお金は5000円なのに、5000円で買える時間は、たったの1時間なのだ。

換金レートの差額まで搾取しやがるとは、まったく、この国はパチンコ屋かよ!!

ところで、パチンコと言えば、私のやくざな友人(←職業名としての“やくざ”では無い。念のため・・・)に、昼過ぎから夕方までパチンコ、夜は自宅で電話番をしながら、ケーブル・テレビで古い時代のドラマの再放送を見たり、CDを聴いたりと、自由気まま(←に見える)な時間を過ごしている人間が居る。ちなみに、その電話番と言うのが、彼の本職であるが、雑誌の広告で募集したバイトの女の子を常時数人雇い、やはり雑誌の広告を目にした、アダルトな会話を楽しみたい殿方達(古くからの会員も居るそうだ・・・)からの電話注文を受け、その時間に待機している女の子、あるいは指名された女の子とのテレホン・タイムをセッティングすると言う、言わばレトロな風俗業ある。(しかし、今の様にネット全盛ぢゃなかった頃は、これで、かなり儲けたらしい。)

私は、その友人宅に行くと、必ず、「あ~あ。昼過ぎに、のこのこ起き出して来ては、ぶらぶらパチンコ行って、夜はケーブル・テレビで懐かしドラマ見ながら、毎日ノンキに、自由気ままな生活を満喫出来て良いな~。」・・・と、つぶやくのだが、いつも決まって、こう返されるのだ・・・。

「ぢゃあ、自分もそうすりゃ良いぢゃん」

・・・と。

まっ、そりゃそうだけどさ~。

そこで、考え方を少し変えてみた。

仮に、前出の例えを用いるならば、5時間の労働を4時間に減らせば、1時間の自由な時間が浮き、一見、5時間働いて1時間の自由時間を得る(買い戻す)よりも、効率的だと思いがちであるが、世の中、そう上手くは行かないものなのである。実際、フリーター時代にも実行済みなのだが、仕事を減らすと、自由な時間こそ増えるが、今度はお金が足りないゆえ、何処にも行けず、部屋に居るしかなくなってしまい、結局、それなら働いてた方がマシって事になるのだ。

もちろん、インドアでの趣味があるなり、何らかの創作活動を生きがいにしている人間ならば、それは有効であり、是非ともそうすべき(労働時間を減らす)である事を、私は推奨する。

しかし、当時はインター・ネットなんて無いに等しく、音楽が好きならば、部屋でレコードでも聴いてれば良さそうなものだが、その当時の私は、まだ、自分が本当に求めているものを捜している途上であったゆえ、FUJIYAMAへ自主制作盤を買いに行くなり、中古レコード屋をハシゴしたり、実際にライヴ・ハウスへ足を運ぶ事によって、未知なる音楽に出会う事による刺激を受けたり、自分の存在を確認したい気持ちが強くあったがため、“部屋に居るだけ”などと言う事は、死んでいると言う事にも等しかったのである。

ゆえに、持ち得る時間のありったけを換金し、そうして得た金で、自由な時間を満喫すると言う悪循環が、今も続いている訳なのだ。

そもそも、本来、休日と言うものは、労働と労働の合間にあるものであるが、私の場合、労働によって得られる金銭が、一定のノルマを越えた時点で、初めて休日を獲得出来るので、休日を得るために、更に休日返上で働くと言う、もう何が何だか解らない状態に陥っているのである。

だから、私は、今流行りのニートを、肯定もしない代わりに、完全否定もしない。何故なら、ニートも人それぞれであり、単に、夢を(見る事だけは許されているが・・・)叶えようが無い現実社会に対し、熱中出来るものが見つからないだけかも知れないからである。確かに、生きがいを自分で探そうとしない怠け者も居るだろうが、中には、幼少期に、自ら楽しみを探し出す事を覚える機会を与えられなかった、不遇な環境に生まれ育った人間も居るのである。

私にせよ、今頃になって、そんな国家(支配者)の罠に気づき、時間や情熱を無駄に費やした事を悔やんでいるにも関わらず、かと言って、今さらニートになる事も出来ず、恥知らずな愚痴や醜態をさらし続ける事しか出来ないのだし・・・。

とは言え、不眠不休で働けるはずも無いゆえ、睡魔に勝てずバタンQする事もあれば、ノルマなんて無視して(借金を少しずつ増やす事によって・・・)、ライヴに出かけたり、酒も飲む訳である。

ただし、昔に比べれば、自分が何を好きで何を必要としているかを、多少なりとも明確に自覚(やむを得ない選択の結果とも言う・・・)しているとは思えるがゆえ、無為に時間を浪費する事も減っている事とは思うが・・・。

(若い頃は別だ。何が無駄かを知るためには、無駄な時間を過ごしたり、無駄な人間と付き合う事も必要であろう。)

だが、何と言うのだろう・・・。もうそろそろ、自分のした行為が、ダイレクトに、自分のための満足や、休息に結びついても良いのではないか・・・と思うのだ。

しかし、それも無理な注文と言うものか・・・。

この、パチン国家(搾取国家)に居る限りは。

現実は真実より苦なり

真実、真意、真理と言うものがあるとして。

現実問題、それを信ぢられない、受け入れられない、適応出来ない場合もある。

そして、それは良くない事であり、駄目な事であり、悪い事であるとして。

ならば、それを直すべきなのか、改善する事が出来るのか、それとも、いっそ死んだ方が良いのか。

真実は時として人を殺す。

その真意がどうあれ・・・。

人は真理のみには生きられないがゆえ。

否。真理なんぞに救いを求めるがゆえに・・・。

紅白裏合戦~③「組織暴力幼稚園」

4番手は、当ライヴ企画主催者である、組織暴力幼稚園。

組織暴力幼稚園のメンバーは、白塗りしてたりコスプレしてたりと、一見、ヴィジュアル系だかナゴム系だかであるのだが、もっと解りやすく言うなれば、丸尾末広の漫画に出てきそうなバンドとでも言えば、伝わり易いだろうか。

よって、歌詞や楽曲も、現実をありのまま歌うと言うよりは、むしろ、シュールな表現がメイン・・・であった(過去形~その理由は後述する)。

ただし、ヴォーカルの園長先生によるMCは、建前社会ではタブーとされている本音丸出しで、日々、多くの人が見てみぬ振りをして誤魔化している暗黙の了解事項を白日の下にさらけ出すため、バンドが持つ、作為的な見世物のイメージとのギャップに、観客が引いてしまう事もしょっちゅうであるようだ。

園長先生「こっちはライヴハウスに金払って出演してんだから、自由にやりたい事やらせてもらうだけですよ。」

この日のライヴも、割とそんな感ぢであった。

ところが、その後、神楽坂DIMENTIONにおいて、私が観たライヴでは、歌詞や楽曲に、日頃はMCによって吐露される園長先生の本音が色濃く反映されており、“シュール”から“リアル”へと、その表現方法が変化してきた様に思われた。

園長先生「バンド活動なんて、下らない人生を、更に台無しにするための、単なる暇つぶしですよ。」

思えば、あのシュールさも、どうせ理解なんてされやしないのだと言う、一種の諦念と言うか、虚無感を笑いとばすための、屈折した表現だったのであろうか。

厳しい目で見れば、今はただ、割れたガラスの上に身をさらし、好き勝手に暴れるだけのバンドでしかないのかも知れない。しかし、その良し悪しを、あえて私は問わない。

何故なら、人のこころの中に吹き荒れる嵐を止める事など、誰にも出来やしないのだから・・・。

果たして、この純粋無垢なる破壊衝動は、自虐行為のままで終わるのか、それとも、今後、何らかの意味を持ちうるのであろうか?

否。彼ら自身に、“やる意義”さえあれば、それで充分なのである。私達は、この自由にして正直な生き物の生態を垣間見る事の出来る、“時と場”を与えてもらっている立場でしかないのだ。

そして、後は、その権利を、貴方が行使するか、無視するか。ただそれだけの話なのである。

園長先生「観に来れば分かるし、観に来なければ分かりません。」

・・・トノコト。

(つづく)

★組織暴力幼稚園「破壊と高円寺」
DVD-R¥1000
ライヴ会場、及び、当店にて販売中!!

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望むと望まざるに“は”関わらず

他人の人格に、自分が好まぬ要素を見出した時、それを指摘したり、そこを直して欲しいと要求した経験が、貴方にはないだろうか?

大丈夫。私も、そうしてしまう事、あるいは、そう考えてしまう事が、往々にしてある。

でも、ある程度の事ならば、何とか改善する様、努力も出来るが、どうしようもない場合もあると思うのだ。

「そんなに言うなら、俺を、もう一度、子供の頃から育て直してくれよ!!」

・・・なんて言われたら、どうしようもないもんな~。

誰も好き好んで、人から嫌われようなんて思っちゃいない。

生きるために身に付けた習性と言うか、覚えた、あるいは教え込まれた(追い込まれた)習性は、終生、修正出来ないものである。

おあとがよろしいようで。

禁未来小説「ドラへもん」その29「スネトの傲慢」の巻

ボクは、早速、ヘビオと名乗る小学生による、「蛇の穴」と題されたブログを、過去に遡って読み漁った。

こいつ、やっぱりスネトなんだろうか・・・?

しかし、このブログ、その内容を読めば読むほど、むかつく記述でいっぱいだ!!

例えば・・・

注:(  )内は、のひ太による推測。

「ヂャンボ(シャイアン)と言うのは、いわゆるガキ大将みたいな存在で、その巨体と腕力にものを言わせ、ボク達のボス面をして君臨している男だ。しかも、単なる腕力バカならかわいいものだけど、妙に知的なところもあって、言葉巧みに構築した理論を振りかざして、自分本意な欲求や身勝手な要求を正当化するのがすごく上手いんだ。ボクは何度、あいつのために、買ってもらったばかりの玩具や漫画を取り上げられた事か・・・。しかも、あいつは、シャーク団(ショック団)なる組織を結成する事によって、ボクから何かを取り上げた事も、組織維持のためだとか、財産は共有すべしだとか何とか言って、その罪さえも隠蔽しようってんだから、大人顔負けのワルだよ。」

「あ~あ、せっかく、ダメオ(のひ太)って言うスケープ・ゴートを差し出す事によって、ヂャンボのフラストレーションのはけ口を、自分からそらす事に成功してたのに、ダメオの奴がいなくなったせいで、毎日毎日、来る日も来る日も、ヂャンボにカマを掘られて、もう、ボクは死んでしまいたいよ・・・。あいつの性欲と来たら、もう、おぞましい程に強烈なんだから・・・。」

「そもそも、ヂャンボなんて、浅知恵を付けただけの下品なゴリラだし、ダメオなんて、生きている価値さえ無い人間のクズなんだから、低レベルな人間同士、仲良くやってりゃ良いんだよ。それに比べて、このボク、ヘビオ(スネト)様と来たら、パパは大会社の社長だし、ママは超家柄の良い家系の出身だし、そんなエリート階級のボクが、何であんな奴らのために、こんな悲惨な目に遭わなきゃならないんだ・・・。」

キ~!!なんて傲慢な奴!!もう、許せない!!

ボクは、自分の事を棚に上げ、スネトに対して、怒りの炎を燃え上がらせていた。

しかし、更にブログを読み進めるうち、ボクは、自分の感情が微妙に変化していく事を余儀なくされるのであった・・・。

(つづく)

悪夢

「あら、素敵なお召し物ざます事。オホホホホ・・・。」

と、言われた場合。

それを誉め言葉と取るか、嫌味と取るかによって、その人の人生は、大きく変わってくるだろう。

先ほど、少し寝た時に、悪夢を見た。

夢の中と言うのは、日頃、抑圧された本心が、形を変えて表れる・・・と、良く言われるが、その通りかも知れない。

欲望、不満、驕り、うぬぼれ、殺意、失意、被害妄想・・・。

ああ、しんど・・・。

映画「欲望」のポスター

昨日、欲望の強さに自分を見失っている男を、成敗・・・とまではいかないが、微力ながら、鎮圧してきた。

いやはや、彼自身は、自分の行っている事が、どう言った意味を持っているのかと言う事に、少しは気づいてくれたであろうか?

利己的な欲望は、私にも、誰にもある。

しかし、それを指摘された時、悪い意味で開き直るのでは無く、素直に認める事は必要だと思う。

善意を装った、自覚無き欲望で、知らず知らずのうちに、他人を見殺しにし、死人の皮を剥ぎ、残された死体の後始末を私にさせる事で、罪悪感を軽減するつもりか。

私は何も、自己中心的である事を否定しているのでは無い。

自己中心的な人間の、自覚無き欲望の犠牲になるのが、いやなだけだ。

君はちっとも悪くなんかないよ。もっと堂々とすれば良い。

ただ少しばかり、自分の欲望に正直なだけだ。

駄目人間を利用して、自己の欲求を満たすも良し。

だけど、殺した後の罪悪感くらいは、自分で引き受けるべきだろう。

殺した後で医者(私)を呼びつけ、(病人を救えなかったと言う)罪悪感を、まるまる転嫁されたのでは、こっちはたまったもんぢゃない。

君が本当に救おうと思えば、あの駄目人間を救う事・・・とまでは行かなくとも、少し楽をさせてあげる事くらいは出来るはずだ。

しかし、君は、自分では絶対にそれをしない。

その時点で、君は既に、彼(友人)を見殺しにしているのだ。

ただし、何も私は、駄目人間を救えなどと言っているのではない。

私はただ、自己本位な欲望を優先し、自分の欲求に対して正直に生き、更に、それらがもたらす残酷な結果からも目をそらす事の出来る君を、妬ましく思っているだけなのだ・・・。

超洗脳小説「勝手に世直し ヘ~カくん」②「うぜえ転校生」の巻

そして、宇宙から来たと公言する、謎の転校生は、俺の隣の席に座る事となった・・・。

ヘ~カくん「ウフフ。ボク、地球の事、良く解らないんで、色々教えてたもれ。」

キチロー「あのよ~。地球の事・・・て、お前、ふざけるのもいい加減にしろや。どこの世界に、宇宙から来たなんて戯言、マジで信ぢる奴が居るかって~の。ゲームのやり過ぎで、現実認識出来なくなってんぢゃねえよ。この妄想野郎がよ!!」

ヘ~カくん「・・・鈴殿。かような事を申されても・・・。」

キチロー「鈴殿?殿って、おめえ、何時代の人間だ、コノヤロ!!」

俺は、ヘーカくんの頭を、軽く小突いた。

ヘ~カくん「ぐすん・・・。知ってるでござる。これが地球で言う所の、イジメでござるね。地球では、転校生はイジメの対象だって、パパ上からも聞いていたでござるが・・・。」

キチロー「し~・・・!!馬鹿言うなって、この程度の事でイジメ呼ばわりされた日にゃあ、かなわね~ぜ。解った解った。地球の事で知りたい事があったら、何でも俺に聞いてくれや。」

ヘ~カくん「ホントでござるか!!やはり鈴殿はやさしいクラス・メートでござる!!」

キチロー「何だよ。調子の良い奴だな~。まあ、いっか。それよか、苗字を殿付けして呼ぶのはやめてくれよ。俺にはキチローって言う、あだ名があるんだから。」

ヘ~カくん「解ったでござる~。キチロー殿。」

キチロー「だから、殿はやめろって・・・。」

やれやれ、この調子で、このうぜえ転校生と仲良くやっていかなきゃいけね~って思うと、先が思いやられるぜ・・・。

とは言え、退屈過ぎる学校生活には、飽き飽きしてた所だからな。

「まっ、いっか。」

(つづく)

礼節をもって悪事をなす

基本的に、私は、やさしい(=駄目な)人間なので、被害者の悲しむ顔が思い浮かぶと、そこから目をそらしてまで悪事を働く事など、とても出来ない。

かと言って、悪事を全くしないのかと言うと、必ずしもそうでは無い。・・・と言うか、時にはしている(・・・と言う事にしておこう)。

よって、私が悪い事をする時と言うのは、「してはいけない事をしている」と言う自覚ぐらいはあれども、「誰かを苦しめている」と言う感情の無い状態であると言える。

そもそも、「誰かを苦しめている」と言う確かな罪悪感がありながら、こころの中では「ゴメン」と謝りつつ、まともな人間の振りをしながら悪事を働くなんて器用な真似は、私には出来ない。

ゆえに、私が悪事を働く時は、本気で、迷いが無く、自己本意な欲求や、生き物の本能に忠実な、自分に正直な状態なのである。

「悪い事」だと知りつつ、それが「他人を苦しめる事」だと解っていながら、更に、「自分は悪い人間」であると感ぢつつ、それでも悪事を行うと言う事は、いわば、「自分をも欺く行為」である。

そんな中途半端な気持ちで、悪事を行使されたんでは、それによって被害を被る方は、たまったもんでは無い。

人を傷つけるのなら、人を苦しめるのなら、人を食い物にするのならば、本心から、本気で行なって欲しい。

悪事をするにも礼儀あり。・・・である。

戦争しかり、凶悪犯罪しかり。

殺すなら、「本当に憎いから」・・・と言う理由で、殺して欲しい。

この世から消し去らなければ気が済まない程、その存在を強く認識されていると言うのならまだしも、虫けらを踏み潰すかの様に、力ある者の、「遊び半分」な気持ちで殺されるのはかなわない。

確かに、殺しても殺さなくてもどっちでも良い存在であるのかも知れないが・・・。

広島パンク~ハードコアの歴史⑨

永らく永らくお待たせダス・・・。

さて、時は1982年8月。既に高校生活最後の夏を迎えた筆者達の世代は、先に開催された「無名人コンサートS」にて、ある種、高校生活の思い出作りを終えた奴等と、しぶとく音楽活動(・・・なんて言うほど偉そうなものでは無いが・・・)を続ける者とが、ふるいにかけられる事となった。

そして、一度は、ザ・スターリンのコピーをやろうと、即席バンドを組んだ事もある、筆者、ナカガワ、そして、本来はギタリストであるものの、あえてベーシストにとパート・チェンジしたヤブキ、の3名に、「無名人コンサートS」にて知り合った、ジョニー・ブルーのドラマー、ナガモト(通称:クマ)を迎え入れ、「NO!」は結成された。バンド名の由来はもちろん、ザ・スターリンのメジャー・デビュー・アルバム「STOP JAP」発売前の仮タイトルからの拝借である。

ちなみに、当時のメモによると、正確な結成日は、8月13日の金曜日。そして4日後にミーティングをし、8月18日には、廿日市町にある平良公民館と言う施設の会議室(←防音設備など無いと言うのに、ありがたい話である・・・)を借りて、初練習を行った。メンバーの中に、平良中学の卒業生が居た訳では無いが、廿日市フォークファミリーと言う、(おそらく)廿日市中学出身の社会人による音楽サークルが、ここを利用しており、入会すれば、自由に練習が出来ると言う話だったのだ。また、ここの用務員の人は、原爆によって、顔のほとんどが焼け爛れ、ケロイド状になって固まっており、広島ならではの、戦争の悲惨さを思い知らされるに余りある環境ではあった。

そして、今回のバンドが、今までと大きく異なる点は、スターリンのコピーも演るが、基本的には、オリジナル曲を作って演奏しようと言う野望があったと言う事であろう。

実際、夏休み中と言う事もアリ、私達は、18、20、21、22日の4日間で計4曲(うち1曲はお蔵入り)のオリジナル曲を作った。そして、いつの間に決まったのだか、25、26日の練習の翌日、すなわち結成の2週間後には、YAMAHA主催の「高校バンド合戦」の予選に出場したのだった。

そして、更に更に、31日には、広島市内にある木定楽器店と言う楽器屋の何階だかにある、10坪程度の狭いスペースにて、定期的に行われている「木定ミニコン」と言うライヴに出る事が決まり、オリジナル3曲では足りないと言う事で、スターリンの曲を数曲、レパートリーに取り入れる事とあいなった。しかし、思えば、これが間違いの元だった。だって、当時は、オリジナルを作るより、コピーする方が楽しくて楽だったから。事実、その後、1~2曲のオリジナルを作ったものの、しばらくは、演奏曲の80パーセントはスターリンのコピー曲ばかりであった。

ちなみに、8月31日に出演した「木定ミニコン」の共演バンドは、星くずもんろー、CHRIST、グルーヴィー、???(←不明)EVEの4バンドで、すべて女性グループであった。今にして思えば、広島ってのは、意外にアマチュア・バンドの活動は盛んだったのかな?とも思うが、そんな女性グループばかりの中、「メシ喰わせろ」や「解剖室」を演ったらどうなるか?極一部の情報通の音楽マニアを除き、スターリンどころか、パンクすら普及していない時代。スターリンのスクラップ・ブックに付いているDVDに収録されている、テレビ埼玉の映像を思い出してもらえば、話は早い・・・。

そして、しばらくは、そんな不毛なバンド活動が続くのであった・・・。

(つづく)
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