Mr.エレクトの独り言 2006年07月04日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「マリア観音」ライヴ報告書(2006年5月31日)~前編

<第一部>
前半はSE+ドラム・ソロ。前回もそうであったが、以前に披露されていた様な、パワフルかつテクニカルなプレイを観せる事を重視したかの様な作風ではなく、あるテーマを決めて、それを忠実に描写するために技術は用いるのだと言う主張を体言するかの演奏。いやしかし、バックに流されるSEに、尺八こそ用いられているとは言え、生演奏のドラム始め、すべて西洋の楽器による演奏であるにも関わらず、何故にこうも“和(日本)”を感ぢてしまうのだろうか。その、細やかで緻密な演奏は、音の大小に無関係に、決して“大人しい”のではなく、むしろ饒舌であり、目を閉ぢれば情景が浮かび上がるかの、イマジネーション豊かな演奏は、ある種、絵描きが一枚の絵を描きあげる様子を、実際に見せられているかの様でもあった。また、木幡の音楽に通底して在るのは、確たる規律に支配され、かつ一瞬足りとも緊張感を失わぬ、“身嗜み”と“洒落っ気”とを併せ持った、洗練された構築美であるが、これらの“粋”な試みを、“風雅”(意:高尚で、みやびな趣のあること)と呼ばずして、一体、何と評すれば良いのであろうか。そう言う意味でも、ここに来て、ドラム・ソロ・パフォーマンスにおける、ある一つのスタイルを確立し得たと言って、過言は無いであろう。また、バンド編成時代は、木幡の、汗が飛び散るステージ・アクション等から、とかく“体育会系”との印象が強かった“マリア観音”であるが、ソロになってからは、木幡の“美術家的”素養が、楽曲や演奏に極自然に反映されていると言う点も、見逃せない事実である。

<第二部>
ゲストである、パンク・バンド“ビル”の演奏。ヴォーカルにはリバーブがかかり過ぎていたきらいがあるが、観客が座席に座ったままで観ると言う、いつもとは大きく異なる環境にも関わらず、貫禄の演奏。楽曲にも、“ビルらしさ”と言うか、バンドのカラーが、確実に備わって来ており、今後は、スタジオ・レコーディングされた音源の発売等が期待される。

ちなみに、いつも音響及び照明を担当して下さっている、曽我氏の力量が、大音量のロック・バンドを扱うにあたり、如実に垣間見えた事も、意外な発見であった。

<第三部>(後編につづく)

★今回、モダ~ン・ミュージック(PSF RECORDS)発行の音楽雑誌「G-Modern」26号(当店でも販売中)において、マリア観音の約1年分のリリース作品のディスク・レビューを、1ページの誌面を割いて紹介して頂きマシタ。編集長の生悦住氏、レビューを書いて下さった吉澤氏に感謝イタシマス。

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SHIT!!

消化不良な糞を撒き散らしやがって!!

こっちがヤリ玉に挙げてんのは、奴隷は奴隷でも、その奴隷ぢゃ無いっちゅ~の!!

まさしく、糞喰らえだ!!

(食糞女性のブログに、当ブログへのリンクを貼られたため、突然、100人以上の方が訪問して下さりマシタ。でも、宣伝?になるから良いのかな~・・・。)

私は、今にも“壊れてしまいそうな”人間に興味があるのであり、“壊れた”人間には興味無いんだけどね~。

トホホ・・・。

禁未来小説「ドラへもん」その34「死神の謀略」の巻

フフフ・・・。無能・無気力・無感動の3拍子揃ったこのボクが、無意味・無価値・無期懲役のヒキコモリ地獄の果てに、やっと見つけた、生・き・が・い・・・。

スネトと言う生贄を、自ら自殺に追い込む事は、ボクの絶望的なまでに呪わしき人生を劇的に変革するに余りある、とっても刺激的な儀式になりそうな予感がするよ。

フフフ。フフフフフ・・・。

翌日。ボクは早速、行動を開始した。まずは、スネトのブログ「蛇の穴」にコメントし、名前を覚えてもらわなくっちゃ。待てよ。ところで、ハンドル・ネームはどうしよう。のひ太はもちろん、ダメオぢゃ意味無いし・・・。

そうだ!!良いアイデアがある!!

ボクは、自分が、スネトを地獄に堕とすための“死神”役であるとの考えから、“シニガミ”をもぢって、“ニシガミ”と名乗る事にした。

さて・・・と。次は、仲間探しだ。いくらボクでも、たった独りで、スネトを自殺に追い込めるはずが無い。同ぢ様にイジメにあって、鬱になってる小学生を探し出すんだ。そして、自殺願望のある者を集め、その中の誰かをリーダーに祭り上げ、ネット上に自殺サークルのサイトを開設させ、集団心理によって、本来、個別であるはずの死への恐怖を取り除き、その後は・・・。

そしてボクは、やはりイジメを苦に、ネット上の掲示板に、自殺願望をほのめかせる書き込みをしていた、“鬱ノ宮”と名乗る小学生を発見した。

こいつは使えそうだ・・・。

後は、スネト、そして鬱ノ宮、そして、もっと多くの、イジメに苦しむ、精神の不安定な奴らを集め、そのこころを操り、惑わせ、狂わせ、死を賛美させ、集団自殺をそそのかし・・・。

フフフ・・・。楽しい。生まれてこの方、こんな楽しい気分を味わうのは、初めてだ。

こんなに、人の死が待ち遠しいなんて・・・。

どうやら、この世に、復讐を成し遂げる事以上の快感は無いって言う話は、ホントだな。

ウフフ。ウフフフフフ・・・。ウフフフフフフフ・・・。

アハハハハハハハハハハハハ・・・!!

(つづく)

「Mr.エレクトの本音」②

さて、自分の“支配者体質”が、どう問題であったのか?と言う点だが、まだ人生の途上なので、具体的な話は、いずれ・・・と言う事にして。

結局の所、この奴隷農場での本当の勝利とは、この不毛なレースへの参加を拒否する事なのである。優越感などと言う下らない(しかし、甘美な・・・)感情を得るために、自分だけが苦しむなら良いけど、家族や、子供まで巻き添えにして、そんな人間の、何処が優秀だと言うんだ。たかが奴隷の王様のくせに。

ところで、私は、20代前半まで、もし将来働けなくなったら、泥棒になろうと、真剣に考えていた。何故なら、当時は深夜のコンビニのバイトをしていたのだが、車の免許すら無い上に、体力も無く、ただ頑固で意固地な所だけが取り得みたいなもんだったから、もしも雇ってもらえなくなった時に、自分で金を稼ぐ能力や自信など、全く無かったからでである。

とは言え、生来、人から命令される事は嫌いゆえ、就職などとんでも無いし、仮にバイトするにしても、なるべく独りで出来る仕事にしたかった。実際、10代の頃は、右も左も解らず、コンビニでのバイトも、先輩の真似をして適当にさぼったりしつつ、怠惰に時間を過ごしていたに過ぎないのだが、あるきっかけから、進んで仕事をする様になり、更に、率先して作業を行う事によって、結果的に命令される事を減らしていったのだ。

ほんで、まあ、自分で言うのも何だが、たかがバイトなのに、異常な程に真面目に仕事をしていた功績を買われて、26才でコンビニのオーナー店長をやらせてもらえる事になったのだが・・・。(何だか自慢話みたいだな。タイトルを「Mr.エレクトのサクセス・ストーリー」にすりゃ良かったか・・・。)

で、あぶく銭が入ってきたため、自主レーベルなんぞ立ち上げたが、その後、コンビニの景気も悪くなって来て、かけもちで中古レコード屋を始め、ただ忙しいだけのコンビニからは足を洗って、不景気のどん底へまっしぐらの現在に至る訳なのである・・・。

しかし、コンビニは最初こそ儲かったけど、やっぱ面白くない訳よ。接客業だし、好きなもの売ってる訳ぢゃないから、生きがいも感ぢられないし、更には家族も無く独りでやってたから、深夜のバイトの急な休みの穴を埋めたり、まるで24時間監禁されている様で、こころの休まる暇が無くて・・・。

まあ、そんな事は良いとして、今後、もし自営業をやめなければいけなくなっても、人に使われるのは絶対いやだから、それならホームレスになろうと、マジで思うね。泥棒よりは良いでしょ?奴隷よりは野良犬の方がマシだよ。いつでも自由に、何処にでも好きな所に行けるし。(ただし、徒歩か自転車でね・・・。)

病気になったらどうするって?知らないよ。やりたくない事ばっか、毎日やってる方が病気になっちゃうよ。

動けなくなって、誰かに世話してもらうつもりも無いしね。死ぬ時は、猫みたいに、どっか人の居ない場所で朽ち果てるんぢゃないの?

誰か女の人に世話してもらうのも良いけど、それぢゃ、その人を奴隷にしちゃうしね。

あっ!でも、1週間日替わりで7人の女性に世話してもらうのなら良いかもね。それなら、一人一人の負担も軽いでしょ?(←バカ!!)

まあ、そんな感ぢで、泥棒になる夢はあきらめざるを得ないけど、ホームレス人生も悪くないって言うか、地球全体が家みたいなもんだから、むしろ憧れちゃうね。

誰からも、何も、命令される事なんか無いし。

VIVA!!ホームレス!!

自由万歳!!

(おしまい)

天才バカ論

バカに対して、「お前はバカだ!」と言う事に、何か意味があるだろうか?

バカに、自分の事をバカだと自覚させるため?

しかし、バカは、自分をバカだと自覚出来ないから、バカなのでは?

・・・と言うか、そいつは本当にバカなのか?

更に、バカは自分をバカだと自覚出来ないのならば、そんなバカに「バカ!」と言う事に、何の意味あるのか?

そう考えると、バカに「バカ!」と言う事の意味は、自分が、バカに対して「バカ!」と言いたいからだと言う結論に達する。

トナルト、バカに「バカ!」と言う様な、無意味な事をしている自分も、バカでは無いのか?と言う疑問が湧いてくる。

いや、待てよ。バカは自分がバカだと自覚出来ないのであれば、自分はバカだと自覚する人間はバカでは無いと言う事であるからして・・・。

バカである事を自覚出来ないバカになりたくないのであれば・・・。

「お前はバカだ!」なんて、言うだけ無駄な事などせずに・・・

「俺はバカだ!」

・・・と言うべきであろう。


「人をバカにする奴こそ、バカだ。」と言う喩えは、ここから来ているのだろうか・・・。
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