Mr.エレクトの独り言 2006年08月
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Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

幸福幻想の崩壊

世の中も不景気になって、やっと、幸福幻想も崩れつつある様だ。

そう。就職している人は偉いだとか、結婚している人は勝ち組だとかの・・・。

もはや、既に多くの人が気づき始めている。私達を集団に属させ、家庭に縛りつけ、安定と安心(の幻想)を与える事と引き換えに、効率良く搾取、人間を家畜化しようと言う、支配者のやり口に。

実際、就職してたって、会社が倒産、あるいはリストラされりゃあ、明日には宿無しか借金地獄だし、結婚してたって、会話の無い食卓、言う事を聞かない子供、家庭を顧みない旦那、冷えた家族関係・・・と、不幸の種は尽きないのである。

もちろん、自己実現を叶える事の出来る仕事に就いている者も居れば、幸せな結婚生活、家庭に恵まれている者も居るであろうが・・・。

要するに、もはや、肩書きや属性や地位だけでは、人それぞれが個別に、そして本当に求めてやまない幸福など得られないと言う事である。

とは言え、確かに、社会的地位が低い、もしくは無いと、ただそれだけで疎まれたり蔑まれたりする事も多い。

だけど、もう一度、原点に返って考えてもらいたい。

そもそも、平気で他人を見下す様な、しかも表面的なうわべだけの成功の度合いで、人間の価値を判断する様な奴の言う事を真に受けて、自分を卑下する必要がどこにある。

どうせ、奴らの本音は、「自分はこれだけ我慢して、これだけ従順に、世の中の常識や良識に隷従しているのに、それすら出来ないお前らは社会の屑だ」・・・テナトコであろう。

そんな、現世において力のある者に降服する事によって、幸福を得ようと言う、他力本願、他人任せ、奴隷根性の奴らに、何を言われたって構わない。

自主性の無い人間は、それ以下であるが、自分の力で、何かを成し遂げようと、つかもうと努力し、苦しんでいる人間に対し、手を差し伸べたり応援する事こそあれど、それを非難したり邪魔する権利は誰にも無い。

自分で物事を考え、自分から進んで行動し、自分が本当に欲しいモノを手に入れようとする事。それ以外に、マトモな生き方なんて無い!!

思春期に、ロックやパンクを聴いて、一体何を感ぢ取ったのだ!?

「もうたくさんだ!!」「もううんざりだ!!」って言う、こころの叫び、抑圧への反発では無かったのか!?

せめて、ロックやパンクをやろうと言う人間であれば、死んでも折り合いなんかつけちゃあ駄目だ!!

禁未来小説「ドラへもん」その38「背中のソイツ」の巻

破局は、突然訪れた。ボクは、何者かによって、自分の部屋から1階の居間へと、無理矢理連行されたのだ。そして、そこにはパパと、家を出ていたママの姿が・・・。

のひ太「ママ!!ママ、助けて!!」

ママ「ごめんなさいね、のひチャン。このままでは、貴方もママも駄目になってしまうのよ。」

すると、ボクの背中に馬乗りになっているソイツが、ボクの頭を小突きながら、こう言った。

「ママさんは、お前のせいでPTSDになってしもうたんやで。そこん所、よ~く自覚しとけよ。」

のひ太「だって、だって、ボクは悪くないよ!!ボクは、ボクは・・・。」

パパ「ごめんな、のひ太。本当は、私がやさしすぎたせいで、お前を駄目にしてしまったのかも知れないな・・・。」

のひ太「そうだ!!そうだよ!!パパが悪いんだ!!ボクはちっとも悪くないよ!!ボクはまだ子供なんだし、すべての責任は、ボクを生んで、こんな風に育てたパパにあるんだ!!」

「何やとう!!自分の悪事を棚に上げて、何の罪も無いパパさんを批判するとは何事や!!」

・・・と、ソイツは猛烈に怒り狂うや、ボクの首根っこをつかんで、風呂場へと引きずりこんだ。

「こりゃ~!!このガキャ~、こっちに来い!!その腐った根性と頭を叩きなおしちゃる!!」

ソイツは、ホースでボクの頭に冷水をぶっかけた。

「ほりゃ~!!これでちっとは頭を冷やせ!!」

のひ太「冷たい!!冷たいってば~!!やめろ~!!このくそドラへもんめ~!!」

「ドラへもん?アタシはドラへもんぢゃあないわよ。」

のひ太「ええっ!?お前は、ボクが階段から突き落として壊してしまった、ドラへもんだろ!?」

「残念デシタ!!それぢゃあ、そろそろ自己紹介しておくとするかしら。」

そして、びしょぬれのまま、ボクは居間の床に正座させられ、ソイツと初対面する事とあいなった・・・。

(つづく)

禁凶崩国

今月から定休日にした火曜日と水曜日の2日間に、猛烈に仕事をしたせいで、木曜日と金曜日の夜は、殆ど何も出来なかった。

しかし、昨日の土曜日は、夕方は遠方へ仕入れに出かけた上に、22時から深夜2時までの4時間寝て、その後、現在までバリバリ仕事をしておりマス。

あとは、今週の火・水曜日にも、かなり出品しないと、また月末に地獄を見る事になりそうだ。

ああ、しかし昔は、自転車で、あちこち買出しに出かけたよな~。

例えば、いつもの場所へ行くにしても、裏道を通ってみたり、わざと道に迷ったりするのも楽しいものだが、やっぱ何と言っても、見知らぬ土地、見知らぬ風景に出くわす事以上の快感は無いね。

それも、電車やタクシーや人の車で行くんぢゃ駄目だ。自転車や自分の足、すなわち自分独りの力で、日常から解き放たれ、未知なる世界へ足を踏み入れる。ああ、この道路も、あの建物も、空の色さえも皆、生まれて初めて味わう新鮮な空気、空間、時間、瞬間。その刹那、私は、自分が自由である事を、確かに生きているのだと言う事を、強烈に実感するのである。

ああ、こうして頭に思い浮かべてみるだけでも、最高だ。快感だ。爽快だ。鮮烈だ。

私は、その風景に股間・・・もとい、こころを刺激され、思わず、“写生”してしまいそうになるのであった。(←しね~よ!!)

・・・って、ゴメンゴメン。独りで妄想の世界に浸ってしまってたよ・・・。

まあ、何ていうのか、生きている限り逃れる事の出来ない囚われの身から、抜け出したい、解き放たれたいって願望の表れかな?

結局、肉体と精神がワン・セットって言うのが、葛藤や苦悩の元凶なんだよな。

身体は重力のせいで地面から離れられなくとも、こころだけは自由でありたいものだね。

あ~ねむ・・・。

あれ?あ~ねむ国王って居なかったっけ?

居ね~か。

僕心愚論

結局、不景気が不景気を呼ぶと言うか、現支配体制におけるご主人様が、経営不振であるにも関わらず、自分の利益を死守したいがために、奴隷への賃金が行き渡らなくなり、それゆえ、奴隷も買い物出来ず、ゆえに不景気が一層深刻になると言う悪循環。

本来は、ご主人様自身が、不景気であると言う現実を受け止め、自分が少々我慢して、利益を奴隷達にも分け与えれば、奴隷はそれで買い物し、最終的に、その利益は再び、ご主人様に還元されると言うのに・・・。

ところで、ボクシングが流行らなくなったのも、「ハングリー精神があれば何かを変えられる」と言った愚かな幻想が、近年の裏情報暴露社会において、木っ端微塵に打ち砕かれたせいであろう。

突き詰めて考えれば、QPちゃんと亀の試合における裏工作や、金や権力にものを言わせた過剰な演出も、すべて、大衆が求める理想像に応えただけに過ぎない。

何故なら、多数の人間が群がるもの、行列の出来る店、華やかに勝ち続ける者、ワールド・カップやら何やらの大イベント、そんな派手な催し物や、お祭騒ぎばかりに夢中になって、「勝ったり負けたりしながらもツコツと夢を叶えていく」と言った、“泥臭く地味な努力”になど、殆どの人間は見向きもしないのが現実ではないか。

もちろん、それらを煽るマスコミにも責任はあるだろう。だが、彼ら(マスコミ)も商売であり、客商売であるからには、報道の姿勢やモラルすらも、しょせん、客(大衆)のニーズに応えているに過ぎないのである。

そう、すべては商売。・・・と言うか、多額の金銭を徴収するため、より多くの人を振り向かせるためには、仕方の無い事なのだ。

ただし、勘違いしてはいけない。「金儲けが悪い」と言いたいのだと、そう短絡的にとってもらっては困る。そもそもの諸悪の根元は、“貨幣制度”なのだが、その問題に触れるとややこしくなるので、今回の所は置いといて・・・。

要するに、勝ってる時だけ応援して、負けたり人気が衰えたら、さっさと離れて行く様な、勝敗や流行や風潮や権威ばかりに囚われ流され群がる人達を相手に商売するのは、大変だって事だ。

確かに、人は勝つために努力するのだし、努力の末に勝利を手にした者が褒美を得る事、そのルール自体を否定はしない。

しかし、対戦相手に勝敗を左右されるスポーツ、すなわち、自分が努力しただけではどうにもならない事もある競技、お互いの殴り合いの末に勝敗を決定する熾烈なボクシングにおいて、試合に負けた人間が、本当に“負けた”のであろうか?と、私は常々考えていた。

むろん、対戦相手に負けた事は事実。しかし、その試合を観て、「結果的には負けたけど、よくあそこまで闘った」と、観客が感ぢたならば、観ている者のこころを打ち負かしたその男を、誰が敗者と呼べるだろうか。

感動や“こころの充足”よりも、勝敗や人気重視、すなわち本当にボクシングを好きでもない観客の顔色ばかりを気にした挙句、ボクシング界は荒廃したのである。・・・とは言え、それも不景気ゆえ、生き残るためには仕方の無い事であり、滅びるものは、滅びるべくして滅びるのかも知れないが・・・。

また、確かに、上位にランキングされている強い選手同士の試合の方が、技術やかけひきのレベルも高く、観る価値があると言うのも事実であろう。だけど、ベルトを賭けた派手な世界戦ぢゃなくたって、深夜にテレビをつけて、たまたま観た試合に、こころを揺さぶられる事だってあるはずだ。

もっとも、こんな私の意見は、単に“負け犬の遠吠え”ならぬ、“負け組の言い訳”にしか過ぎない事くらい、充分自覚しているつもりである。

だが、既に到達し完成された人間よりも、目的の達成を目指す途上にある未熟な人間の流す血と汗、涙や鼻水、どうにも安定しない不完全なこころの葛藤や振動にこそ、私はどうしても、こころを揺り動かされてしまうのだ。

何とも愚かな話ではあるが・・・。

ウ詐欺とカメ

QPちゃんと亀の試合が、八百長だと騒がれている。

いやはや、ボクシングの世界まで・・・か。

とは言え、その真偽の程は定かでは無く、また、“八百長”と言う言い方は、当たっていない気もする。むしろ、これは“ハンディ・キャップ・マッチ”とでも呼ぶべき性質のものであろう。

何故なら、QPちゃんも亀も手抜きや手加減をした訳では無く、亀はそれこそ、「真剣かつ必死に闘ったが、しかし、力が及ばずQPちゃんを倒せなかった」・・・のが現実であり、その試合経過に対し、両選手を公平に評価、判定するべき審判員(あるいは、その背後にある権力)が、亀を英雄にするために、正義(その競技における基準なり倫理)を捻ぢ曲げたと言うのが、世間に与えた偽らざる印象なのだから。

事実、試合を放送(及びバック・アップ)したTBSに対し、試合開始が遅れた事も含めてだが、この不正なジャッジに対する疑惑や怒りの苦情が、4万件も来たと言う。しかもTBS側は、「野球のナイター中継でも、このくらいの数の苦情が過去にあった」と、いけしゃあしゃあ、反論したそうな。

また、亀にしてみれば、これは保険付の試合、すなわち「判定に持ち込めば、審判員が味方してくれるのだから、元より本気でなど闘っていない」との声もあろうが、それにせよ、ノック・アウトを喫してしまえば判定も糞も無い訳で、そう言う意味でも、仮に、「QPちゃんもグルだったが、いかんせん八百長芝居が下手だった」・・・のでは無いとするならば、少なくともリング上の二人は、真剣に闘っていたものと推測される。

そう言う意味では、亀をKO出来なかったQPちゃんが悪いのだ。

・・・否。もちろん、QPちゃんが悪いはずはなかろうが、これは、ボクシングの試合と言うよりは、この社会の縮図、すなわち、「結局、資本(金)と権力(資本を元に利益を上げる事の出来る能力なり地位)を持つ者が最終的には勝つ」・・・と言うルールに基づく対戦だったのだから、そんな構図の中で、「人間と人間の魂のぶつかり合い」だの、「日々、汗水たらして鍛え上げた力と技の比べ合い」を期待する方が、そもそも無理な話なのである。

ゆえに私は、“八百長”ではなく、“ハンディ・キャップ・マッチ”と言う言い方をしたのだ。

何にせよ、今回の一件の様なあからさまな不正が無くとも、受験戦争しかり、世襲制度しかり、金やノウハウのあるものが勝利を得る可能性が高いのは、ジムの財力やコーチの力量、その他、本人の才能や努力以外のものが勝敗を大きく左右するボクシングの世界も同様。

よって、ハングリー精神で下克上を果たすなどと言う夢物語は、2対1、あるいは3対1のハンディ・キャップ・マッチを乗り越えぬ事には、とうてい実現し得ないのだ。

また、それ以上に私が強く感ぢたのは、何としてでもヒーローを作り上げようとする権力者側の思惑よりも、そう言った発想に至る動機の根底に横たわる、「華々しく勝ち続ける絶対的な強者の姿」を求め、「負ける事は恥ずかしい」とか、「負け組には存在価値が無い」と言った、“何者かの都合に合わせて植えつけられた一方的な価値観”を妄信する大衆の、“潜在的な願望”である。

そこには、無力な自分への絶望と将来に対する不安から、自ら進んで檻と鎖を求める、社会的弱者特有の、権力や権威に依拠する屈折した心理が見てとれる。

しょせん、「勝ったり負けたりしながらも、最終的には栄光をつかむ」、あるいは、「目的を完遂する事が出来ず、その途上で力尽きて倒れる」、そんな泥臭い、否、人間臭いストーリーは、今時流行らないって事だろう。

要するに、「それを美しいと感ぢるかどうか」と言う、“こころの振動”よりも、勝つか負けるかと言う“現実”の方が、重要なのだ。

もっとも、それだけ日本は・・・否、日本人は、現在、貧しいのであろうが・・・。

潔い敗北より、不誠実かつ強引なやり口も厭わぬ、醜く恥ずべき勝利。

勝利者だけが愛されるに値し、負けた者は疎まれ嫌われ蔑まれ忌み嫌われる。

・・・良いぢゃないか。力のあるものが勝つ。それがこの世の掟ならば。

そもそも、ボクシングと言うスポーツ自体が、弱肉強食の世の中を、四角いジャングルの中において再現した競技なのだから・・・。

2連休政策は順調!!

2連休にする事により、スケジュールに左右されず、マイ・ペースで仕事が出来るので、非常に効率良く、順調である。

もっと言えば、楽しい!!(^^)/

そもそも、別に、仕事をしたくない訳でも無ければ、この仕事を嫌いな訳でも無い・・・と言うか、むしろ本来は、大好きなのである!!

要は、眠いのを無理に我慢する事や、支払いに追われ、自分のペースで仕事を出来ない事が苦痛だったのだ。

ところで、階段の途中を、定休日を明記した看板で通行止めし、更に、仕事に没頭するために、入り口ドアの前もゴミ袋で通行止めしているこんな状態で、何故にドアを開けようとする人間が居るのか!?

もっとも、火曜日であれば、元は営業日であるからして、百歩譲って勘違いと言えなくもないが、本日は、元々定休日であった水曜日であるし、夏だから遠方からお越しであるにせよ、入り口の前をゴミ袋で通行止めしている店のドアを、何故に開けようとするのか!?

一体、何が目的なんだ!!わざわざ5階まで上がって来たから、あきらめきれないのか?

それにしても、常識的に考えて、“察して”欲しいよね。

なんで、そんなに強引なんだ!!

こっちはリラックスした状態で仕事に集中するために、ゴミはとりあえず床にポイ投げ散乱してるし、パンツ一丁でパソコンに向かってるんだから、ドア開けられたら困るっての。

「鶴の恩返し」ぢゃあるまいし。

★基本的に、定休日及び営業時間外は電話には出マセンので、ヨロシクお願いイタシマス。

週休二日

本日より、火曜と水曜の二日間が定休日となりマシタ。

ワ~イ!!これで週休二日だよ!!丸二日遊べる!!(^^)/



・・・な訳ね~だろ!!

48時間、仕事(ネット業務)に没頭するために店を閉めるんだっちゅうの!!
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