Mr.エレクトの独り言 2006年10月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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結婚色情の欠陥

更に、よくよく考えてみれば・・・。

そもそも、結婚とは、まず初めに相手が居てから、行き着く終点(あるいは途中経過)なのに、「結婚したい」と言う目的を達成するために、その相手となる人間を探すとは、本末転倒?

もしも、「生涯の伴侶が欲しい」と言うセリフが恥ずかしくて言えず、その照れ隠しのための「結婚したい」であれば、それも解らなくもないが、そもそも、結婚の制度と言うか、その契約自体が、「絶対的な永遠の約束」などでは無いと言うのは、離婚の盛んな現代社会を見れば火を見るよりも明らかな訳で・・・。

トナルト逆に、彼はきっと、未だに「結婚」と言うものに「絶対的な価値」を見出しているのであろう。何故なら、「○○な彼女が欲しい」と言う事よりも、「結婚してくれる相手が欲しい」と言う事の方が先に来るのであるからして・・・。

テコトは、これは非常に権威主義と言うか、その女性の個性よりも、結婚と言う幻想を完成させるために必要な登場人物を求めているに過ぎない訳で、女性に限らず他人の人間性を無視するにも程があるし、結婚に絶対的なものを、ましてや他人に対して、一方的な価値観を押し付ける様な考えを持っていたのでは、双方のコミュニケーションが上手く行くはずが無いのではなかろうか。

ところで、あんな事(前回の文章)を書くと必ず、男性からは「お前は男のくせに、男と女のどっちの味方なんだ!!」とか、友人からは「あんたは一体、誰の味方なんだ!!」と、お叱りを受ける事が多々あるのでありマスが・・・。

それでは、お答えいたしましょう。

私は、「自立している人」、あるいは、「自立しようとしている人」の味方なのでありマス。
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血痕は汚点か?

「結婚式は人生最大の幸せの瞬間」みたいな事をテレビで言ってて、この離婚率が増加の一途を辿る現代社会に対するイヤミかと思ったが、もしかしたら、結婚するのは良いが、その後の実生活は、幸せばかりでは無いと言う事を言わんとしていたのだろうか。

言わんのバカ。イワンのバカ。イワン、バカン、ダメ~。(←何となく思いついたのでメモ。本文とは無関係なり。)

ところで、ある友人が「結婚したい」ともらすので、別の友人に、「あの人、結婚したいんだってさ」と言ったら、「相手もいないのに?」・・・トノコト。なるほど、「結婚したい」のではなく、「相手が欲しい」のだな・・・。

それも、老後、自分を介護してくれるような・・・。

そもそも、多くの男性は、自分の世話を焼いてくれる“母”を求めて結婚するのだが、逆に女性は、自分を養ってくれる“父”を求めている訳で、どちらも相手に依存する“子供”だから、上手くいかないのかも知れない。

また、男性は結婚し家庭を持つ事によって、プチ支配者気分を味わう事が出来、女性は結婚し子供を得る事によって、これまたプチ支配者気分を味わう事が出来るため、国家としては国民を管理するに当たり、結婚と言うのは非常に有効な政策であったのだが、その幻想が崩れてしまった今、国民のエゴイスティックな欲望をいかにコントロールして、国家の利益に集約するかと言う事が、今後の重要な課題となって来るだろう。

戦争でもやるしかないか?

「俺のためになんでもしろ」と「あなたのためになんでもするわ」が上手く行っていた時代は終わりを告げた。

「あなたのためになんでもする」ような女性は減少しているのに、男性は相変わらず「俺のためになんでもしろ」と考えている。

とは言え、それらはそもそも、男性が女性を(経済的に)養う事が前提だった訳で、女性が一人でも生きていける世の中になればなるほど、結婚してもらえなくなる男性が増えるのも、いた仕方の無い事なのである。

よって、今まで通り、国家が、結婚し家庭を持たせる事によって国民を管理しようと言うのであれば、女性の自立なんぞ徹底的に阻止する必要があるのだ。

かと言って、殆どの男性が自立しているのかと言えば、決してそう言う訳ではない。男性は男性で、自立する・・・と言うより、たいていは、社会の奴隷となって働くしか道が無いから、やむを得ずそうしているだけなのである。

ゆえに、結婚したくてたまらない男性は、自分の経済力を安定させるよりは、むしろ、自立した(~する事を目指す)女性を助けるため、料理学校に通って料理を習い、掃除洗濯等、家事の一切をこなせるように、花婿修行をするべきなのだ。

よって、娘を持つ父親の方は、娘の彼氏が「娘サンを下さい」と、結婚を申し込みに来たら、こう言って追い返せば良い。

「料理どころか、掃除や洗濯もろくに出来ない奴に、うちの娘はやれん!!」・・・と。

学校(恰好)の餌食

生徒が生徒をいぢめ、教師が生徒をいぢめ、校長が教師をいぢめ、教育委員会やマスコミが校長をいぢめ・・・。

みんな、首吊って死んでしもた~。

学校なんか行かなくたって、死にやしないのに~。

むしろ、学校に行く方が、死ぬ確率が高まったりなんかして・・・。

ガッコ~、ガッコ~、泣いて~る~。

↓訂正

↓文中、「自閉症~」→「鬱病患者の独白」に訂正。

ごく最近知ったのだが、自閉症ってのは、「自閉」と言う言葉から想像されるイメージとは大幅に異なる、大変な病気なんだね。うっかりしてた。

ぐしゃ人間「グシャノウタ」新装プレスCD版入荷!!

先にCD-Rで発表されていた同内容のアルバムが、プレスCD化、ジャケ及びブックレット新装となって、新たに発売されマシタ!!

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★ぐしゃ人間「グシャノウタ」(CD)¥1194
収録曲:パラリンピック、ロリコン愛歌、或る日、オパーイ愛歌、わんにゃんロケンロール、ぐしゃ城、不歪曲、愚者ガール、クズ唄、キムと結婚、少女魚雷。

曲目のタイトルからも想像がつくだろうが、彼女らは愛を歌う。ただし、歪んだ愛、屈折しきった愛を・・・。

ここに描かれているのは、邪悪な思考、禁忌な妄想、シュールなメルヘン、鬱病患者の独白・・・等々、負(腐)のオーラ満載の陰惨たる少女地獄絵巻。しかし、そうかと思えば、その逆に、この世の浄化を求める純粋な魂や自己犠牲的な特攻精神までもが節操無く混在しており、しまいには、一つの楽曲の中にさえ様々な音楽性を違和感無く同居させてしまうと言った具合に、千変万化の曼荼羅模様が、ごく当たり前の事の様に展開されている。おそらく、この美醜混在、正邪混濁ぶりなど、彼女らにとっては日常の心象風景なのであり、言わばそれこそが、ぐしゃ人間の世界、すなわち“ぐしゃワールド”と呼ぶべきものなのであろう。

ところで、カマトト的ロリータ・ヴォイスと阿修羅の如きデス声を平然と使い分ける表現力豊かなヴォーカリスト、楽曲と心中するかの如き激しさと繊細さを併せ持つギタリスト、邪悪な音色によって不穏な空気を紡ぎ出すベーシスト(先頃、脱退してしまった様だが)・・・と、何も喋らずニコニコしていればアイドルとしても通用しそうなフロントの少女3名は、何故に、現代社会を蝕む精神病をすべて背負い込むかの如く、かように歪んだ愛、屈折した感情、イタい題材ばかりを取り上げるのであろうか!?

その答えは、本CDを聴いて、あるいはライヴを観て、貴方自身が判断して欲しい。笑顔を振りまくだけのお人形さんでは無く、現実に生きている生身の人間、そう、ぐしゃ人間の、己の本性を偽らぬ、その勇気ある姿を・・・。

最後に。歌詞の題材や、ガールズ・バンドである事ばかりに目が行きがちだが、フロントの彼女らを安定した演奏力で支える男性ドラマーの存在、及び、その多大なる功績も忘れてはならないだろう。

■上記のCDは当店にて販売中!!通販も可能!!この内容で、1194円は安過ぎる!!

冥土喫茶・イン・ジャパン

幼少期に親から脅迫されて育った子供は、「認められる」ために必死で生きている。

だが、親を憎んではいけない。彼らもまた、世の中のルール(支配者に都合の良い仕組み)に脅されながら(踊らされながら)生きているのだ。

また、その要求や期待に対し、常に水準以上の結果を出して応える事の出来る能力を備えていた者は、そうする事によって賞賛なり報酬を得る事が身についてしまっているから、なかなかその呪縛から逃れる事が出来ない。

しかし、その逆に、私の様な駄目人間は、何をやらせても、ことごとく挫折するがゆえに、その要求に対し、疑問を抱かざるを得なくなる。

「何でそんな事する必要があるのか!!」・・・と。

ふうむ・・・。

ところで、「認められる」って?

何のため?誰のため?

他人から?世の中から?

誰が、いつ、他人から認められたいと、あるいは、社会参加なんぞしたいって言った?

決めるのはこっちだよ。

こんな不公平(不平等ではなく)な世の中、誰が参加するか。

そっちがこっちを審査するつもりで居るんぢゃねえ!!

それ以前に、こっちがそっちを認めてたまるか。

そんなに認めて欲しければ、今すぐ、その不公平なシステムを是正する事だ。そしたら認めてやっても良いし、参加を検討しても良いぜ。

ひとりでも多くの人間を奴隷にしたいのであれば、もっと魅力的なご主人様にならなきゃね。

あんたらが、この世の支配者に相応しいかどうか、ジャッジしてやる。

だから、必死で隠せ、必死で騙せ、必死で欺け、必死で奪え。

王が居るから奴隷が居るのではない。奴隷が居るから王が居るのだ。

奴隷を粗末にする王。

奪うだけの王は滅びる。

そんなにご主人様扱いして欲しければ、社会に参加したくない人間の居場所くらい作っとけ!!

自主制作商品新入荷情報(2006年10月27日号)

①SWINDLE BITCH(CD-R)¥1000
★現ブルース・ビンボーズ/OVERHANG PARTYの秋山氏(Ds)在籍。1993~1995年に、静岡を中心に活動していた伝説のハードコア・パンク・バンド。当時、僅か100本程度しか発売されなかった幻の1stテープからの8曲と、BLURREDレコードから発売されたRUSTLERとのSPLIT EPからの3曲に、代表曲「LONELY WOLF LIKE A STORM」の未発表ヴァージョンを加えた、全12曲を収録。内容的には、しっかりした構成の楽曲とハードボイルドなリフが印象的な、’90年型ハードコア・サウンドとなっておりマス。なお、ヴォーカルのゴリラー・マン氏は、週刊ヤング・マガジン主催、第1回「ゴリラーマン・コンテスト」の優勝者だそうデス!!(←実話)
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②ガキドロン「ガキドロピータン特攻指令!」(CD)¥1000
★キッチュな“うたものテクノ・ポップ”。電気グルーヴなんかが好きな人にお薦めなのかも。私の世代だと、LIZARDのセカンド・アルバム「バビロン・ロッカー」のキラキラ感や、AUTO-MODのセカンド・シングル「LAST PUNK HERO」のB面などを思い出しマシタ。
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③ザ・キッドロウ「アイ・ホープ」(CD)¥1800
★全10曲収録。東京・吉祥寺パンクロック、ザ・キッドロウ。2年ぶりのニュー・アルバム。スリー・ピース編成、シンプルかつストレートなギター・サウンド主体のパンク・バンド。
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■いずれも当店にて販売中!!通販も可能!!

人生を三倍生きる

左耳にイヤホンを差し、パソコンのブラウザ右下の小さくした画面にて、ネット配信の映像を観つつ、右の耳ではオーディオから流れるジュン上久保のアルバムを聴き、両手は、アナログ・レコードのコンディションを綿密にチェックしながら、ヤフオク出品用のデータを打ち込んでいる最中(←正確に言えば、今はブログ作成中だが・・・)。

う~む。

これで更に、何かを食べながらであれば、四つの行為を同時にこなす事になるな。

あとは・・・

小便も尿瓶(しびん)か何かに漏らしながらであれば、五つの行為を同時にって事も夢では無い。

はぁ~・・・。

ウイルスレーベル作品在庫一覧

前回紹介済のもの。
■オムニバス「深海を泳ぐ怨念の群れ」全14アーティスト収録。(CD-R)¥800
詳細

上記以外の、ウイルスレーベル作品在庫一覧。
①殺虫テクノ怪奇団「endanded life」(CD-R)¥200
★ファースト・アルバム。
詳細

②魔界教室「地獄の果てまでスベリダイ」(CD-R)¥200
★ドクドク社長によるアコースティック・ギター弾き語りソロ。全26曲収録。(画像左上)

③喪服陣&殺虫テクノ怪奇団「KILL THE MUSIC」(CD-R)¥300
★ドクドク社長のソロ・ユニットをカップリング。小学生の時から録りためたテープからの編集作品。(画像左下)

④V・A「PURPLE BRAIN SPLIT!!」(CD-R)¥300
★お肉、ラリベラーズ、アビシェイカーの3ユニットを収録。(画像右上)
詳細

⑤殺虫テクノ怪奇団「Grace of mystery」(CD-R)¥200
★全25曲収録の、セカンド・アルバム。(画像右下)
詳細

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いずれも当店にて販売中!!通販もオッケーでガス!!(^^)/

禁未来小説「ドラへもん」その45「仮面の家族」の巻

その日の夕方。

家族三人、水入らずの夕食の時間。

あんな出来事があったからって、パパ、ママ、そしてボクとの間に、会話が無い訳ではなかった。「新しい学校はどうだ?」とか、テレビのニュースに対しての意見だとか、何かの不安を隠すかの様に、パパは饒舌だ。そして、ママはそれに相槌を打ち、ボクは差し障りの無い返答をする。

ウフフ・・・。これぞ、一家団欒。まさしく、憩いの一時とでも呼ぶのだろうか・・・。

もしも、窓の外から、ボクたち家族の食事風景を覗いたら、さぞ、幸せそうな家庭に見える事だろう。

ウフフ・・・。ウフフフフ・・・。

とは言え、あちらサンはどうだかは知らないが、既に、パパとボクの間には、こころの交流など皆無だった。

ただ、ママに対しては、申し訳無いと言う気持ちと、もう一度甘えたいと言う本音が、ボクのこころの中には未整理のまま、渦を巻いていた。

だけど・・・。そう、ママは、あの日以来、一度もボクの目を見て話をしないのだ。

ボクのママは、あのやさしいママは、既に死んでしまった・・・否、ボクが殺してしまったんだろうか・・・。

いや、違う!!ボクぢゃない!!ボクのせいぢゃない!!ボクは悪くない!!

みんなパパの、そして、パパの連れた来たドラへもんのせいだ!!

ボクは、ママの愛情を失ったショックを隠すために、パパを憎む事で、自分の不安定なこころを、何とか抑えつけていた。

ボクたちは、もはや、形だけの家族であり、互いにこころを閉ざしあったまま、ただただ、仮面の家族を演ぢているに過ぎなかった・・・。

(つづく)

緊Qライヴ告知!!

11月11日(土)、池袋CLUB ADDICTにて、マリア観音のライヴがありマス!!

「頽廃芸術展」第一夜~異形復活祭~
http://lorelei.jp/taihai.htm
場所:池袋CLUB ADDICT
http://www.addict.jp/
展示:カリスマミー、堀江ケニー、富崎NORI。
出演:マリア観音、高橋よしあき(exテーゼ)、犬神サーカス団、AUTO-MOD。

■展示のみのチケット
前売、当日とも ¥1,000(D別)
■展示&ライヴのチケット
前売¥3,500(D別) 当日¥4,000(D別)

展示のみ 13:00~17:30
ライヴ 18:00 OPEN 18:30 START

展示は、13:00~のものとライヴが始まってからのものは、内容を変えるそうデス。
展示&ライヴのチケットでも、13:00~の展示には入場出来マス。

チケットは、ローソン、CLUB ADDICT店頭にて発売中!!

商売の鉄則

本当に賢い(狡猾な)人間は、ヒトをバカにしたりなんかしない。

何故なら、バカに、自分がバカである事を自覚させてしまっては、金品なり財産を、巧妙に掠め取る事が出来なくなるからである。

ゆえに、ヒトをバカにすればするほど、自己の利益は目減りしていく。

それで得られるのは、一瞬の優越感だけである。

現実には、安定して優越感を得られる者こそが、この世の真の支配者なのだ。

ただし、この物質至上主義社会においては・・・との注釈付であるが・・・。

順応と言う自殺行為

ある価値観に照らし合わせれば、非常に有能な人間も、別の価値観に照らし合わせれば、全く無能だったりする訳で・・・。

好奇心旺盛な人間を萎縮させたり、臆病な人間に無理をさせる事よりも、彼らの特性を活かす事を考えた方が有意義である。

生きるって事は、自分を活かす事。

成績表は、自分でつければ良い。

好きでこの世に生まれたんぢゃないんだから、無理して生きる必要など無い。

居心地の良い場所を探すか、自分で造れば良いだけの話である。

逆に、誰かに誉められたいために生きている人は、それのみのために人生を捧げれば良い。

たとえ、自分を殺してでも・・・。

続「FREAKS OF LEGEND」

二番手、M.J.Q。これは、遠藤ミチロウ、山本久土、クハラカズユキによる、アンプラグド・パンクを謳い文句にしているユニットで、主に、ザ・スターリン時代の曲のセルフ・カヴァーをレパートリーとしている模様。この日は、ミドル・テンポで長めの曲が多かったのだが、久しぶりに聴いた「溺愛」が良かった気がする。ミチロウ氏の、他の人に無い魅力は、あの独特な節回し(なまり?)だと思うので、バンド編成による音が大きいだけの単調な曲より、静かめでも良いから、メロディに抑揚のある曲の方が、私的には好みなのだ。なお、M.J.Qは、初のフル・アルバムが、先日、発売されたばかりである。

三番手、モモヨ&リザード。前回同様、現AUTO-MODのメンバーのバッキングに加え、今回は、オリジナル・メンバーであるキーボードのコウ氏も復帰し、全面参加。前回の復活を観ていないので比較は出来ないが、あのアクの強いベースのフレーズと共に、リザードの要であったキーボード・サウンドを聴く事が出来た。モモヨ氏は、声があまり出ておらず、現役を遠ざかっていたブランク感は否めないが、選曲やMC等に、観客を楽しませようとの意志が強く感ぢられた。実際、前向きなエナジーとポップさに溢れた楽曲群は、実に明快で、非常に魅力的であった。唯一異色だったのは(個人的にはツボであったが)、紅蜥蜴時代の楽曲「白いドライヴ」の再演であったろうか。また、ライヴの途中、近年の創作曲をモモヨ氏がギターで軽く弾いてみせたのだが、ドアーズの「THE END」のイントロを思い出させるインド音楽風(?)のインスト曲で、こちらも、なかなかに興味深いものであった。

以上。報告オワリ

「FREAKS OF LEGEND」

10月20日、新宿LOFTにて、AUTO-MOD、M.J.Q(遠藤ミチロウ、山本久土、クハラカズユキ)、モモヨ&リザード、高木完(DJ)ら出演のイベントを観て参りマシタ。

ところで、先週は、おそらく過食が主な原因であろう過労のせいで仕事にならなかったので、昨日から食事を減らしたら元気になった!!よって、さっきから本業の方が忙しいので、簡単にレポしマ~ス。

開場直後、階段を下りて行こうとすると、過去に雑誌やなんかで良く見たお顔。テレグラフ・レコード(自主レーベル)~EATER(音楽雑誌)の地引雄一氏でありマシタ。思わず、しどろもどろな挨拶を交わし、「あの本、何度も読みマシタ。ツネマツさんが表紙の・・・」(←「ストリート・キングダム」の事)と、訳の解らぬ唐突な感想を述べてしまい、我ながら自己嫌悪・・・。だって、あの午前4時やノン・バンド、その他多数の思い入れ深き自主制作盤を多数リリースした方デスから、私にとっては、ある種、ミュージシャンより偉大な人なのでありマス!!

・・・しかしながら、本日のジュネ氏の企画の主旨自体が、“東京ロッカーズ”のリザード本格復活的なものなので、これで良いのデス!!・・・と、自分を慰めつつ会場内へ・・・。

また、今回は、大昔のDOLLのテープ交換欄の常連の方と初めてお会いすると言う、こちらもこちらで20年前にタイム・スリップ的な日であったのだが、光陰矢の如し。時の経つのは早いものでヤンスね~。

・・・と、意味無く長い前振りはこのへんにして・・・。

DJの高木完氏(元FLESHですな。この場合)、ストラングラーズやらマリア023(AUTO-MOD以前のジュネ氏在籍のバンド)等、かけておりマシタ。

一番手、AUTO-MOD。実は私、ジュネ氏のあの爬虫類みたいな歌声が大好きデシテ(←しかし、AUTO-MODを嫌いな人は、あの声が苦手と言う人が殆どなのだ)、ハードコア・パンクにハマッてた当時ですら、ラスト・アルバムの「バイブル」とか、結構好きデシタ。1999年頃にAUTO-MOD名義で出たアルバムも期待せず聴いたら非常に良かったし、結局、曲がどうであれ、あの歌声とメロディが心地良いんデスな。そう言う意味で、この日は、ジュネ氏の歌声が爆音に消され、あまりクリアに聴こえず、少し残念。でも、メンバーにカウンター・テナー(←オペラとかクラシックの声楽みたいな高い声出す人ね)の方と演奏とのからみが、西洋のホラー映画風なゴスの世界を、効果的に演出しておりマシタ。

二番手、M.J.Q。

・・・と、ああ、やっぱ長くなって来た。今日から木曜の朝まで、超ハードに仕事をこなさなきゃあならないので、続きはまた後で!!

(つづく)

自戒システム(手動)

結局、ぎりぎりになるまで焦らず、間際になって慌てて、ついには手遅れとなるパターンが、ず~っと続いている訳で・・・。

そこで今月は、毎日の売上及び累計から、日々の平均売上を算出し、一日の平均売上が目標値から離れる度に、ふんどしを締め直そうと(←実際に着用している訳では無い。念のため・・・)言う方法をとってみた。こうすれば、「月の後半で取り(盛り)返そう」などと言った、馬鹿げた妄想に身を任せずに済むはずだ。

ホント、いつも行き当たりばったりで、計画性のかけらも無い・・・と言うか、計画の方が多過ぎるがゆえに、金も時間も体力も足りなさ過ぎなだけなのではあるが・・・。

しかし、足りない、出来ない、間に合わない、届かない。

とは言え、これはあくまでも言い訳であるが、根本からだらしない訳では無いのだ!!

あるライン、許容量を越えた部分から、だらしなくなるのだ。

出来る範囲内の事だけやっていれば、きっと完璧にこなせるはずだ。

出来る事だけ細々と、こそこそと、地味にコツコツやってれば良いのだ。

・・・そう考えると、出来る事だけやれば良いのに、“出来もしない事をたくさんやろうと計画する事”、それ自体がだらしないと言えなくもない。

達成出来ない計画は、無計画に等しい。

我ながら、だらしない・・・。

何をどう釈明しようが、“だらしない事”は、間違いなく批判されるべき事柄であろう。

溺れる者は、笑われる。

ご利用は計画的に・・・。

禁未来小説「ドラへもん」その44「魔王の退屈」の巻

ドウラミちゃんの横暴な仕打ちによって、入院を余儀無くされていたボク、のひ太は、身体もすっかり回復し、無事に退院の運びとなった。そして、パパとママに懇願し、以前に通っていた小学校を転校させてもらい、ヒキコモリと言う、重く長い夏休みにも終止符を打ったのだが・・・。

新しく通う事になった学校は、可も無く不可も無く、電車で通う面倒臭さを除けば、いたって快適だ。土地柄、同級生達も、あまり他人に干渉しないタイプが多いせいで、ボクは何事もなくクラスに溶け込んだ。

ただし、こいつらのガキっぽさと来たら・・・。

そう。ヒキコモリの経験、そしてその最中、インター・ネット漬けだったボクには、動物の様に生き・・・否、ただただ動き廻るだけのこいつらが、まるで虫けらの様な存在に思えてならなかった。

あ~あ。この世は、人生は退屈過ぎるよ・・・。

家庭崩壊の挙句、あまりにも感情をすり減らしたボクは、いつしか不感症とも言える精神状態に陥っていた。

ああ、刺激が欲しい・・・。

こんなおぼろげな気分のまま、一体いつまで命を繋げば良いってんだよ。

ボクは生きる目的を見出せぬまま、虚ろな気分で日々を過ごしていた。

あの幼稚で愚かな同級生達の様に、何にも考えず、日々、楽しい事ばかり夢想して生きていたかったよ・・・。

フフ・・・。とは言ったものの、ヒキコモリ以前のボクもきっと、あいつらみたいに、ただ何となく、パパやママに言われるままの人生を過ごしていたんだろうな。

あ~あ・・・。

つまんねえな~・・・。

(つづく)


★まるで魂の抜け殻となってしまった、のひ太。ああ、こんな調子で、あと156回続く連載を全う出来るのか!?作者のワタクシも不安でキュウ!!(^^;)

冤罪

結構疲れてたので、ライヴ中に時々目を閉ぢてたら、「寝てたでしょ」と、友人に指摘されたが・・・。

「一秒も寝てないよ!!」

あんな不安定な椅子に座って寝れマスかいな!!

でも、信ぢてもらえなかった。

「それがどうした?」って話ではありマスが・・・。

冤罪デス!!

谷岡ヤスジ

ブック・オフの105円コーナーで、「谷岡ヤスジ傑作選/天才の証明」と言う、超分厚い漫画の単行本を購入。

しかし、ブック・オフでコミック本を立ち読みしている人間のマナー、時に酷いデスね。コミック本の棚の前に立っているなら良いけど(←それにせよ、他の人が選ぶ時くらいよければ良いのに)、はみ出して、隣の雑誌コーナーの棚の前に立ってる奴とか、しまいには、コミック本の棚から離れすぎて、背中が、通路の反対側のCD棚の前に超接近している奴とか・・・。

いずれにせよ、他の人間が来たら、“サッ”とよければ良いんだけど。気が利かないと言うか何と言うか・・・。

とまあ、それは置いといて、この本の、特に、巻頭に掲載されている「メッタメタガキ道講座」が素晴らしい。もう無茶苦茶と言うか、ホント、このアナーキー&デストラクションぶりがサイコーなのだ。

しかし、こんな漫画を平気で子供に読ませてたんだから、良い時代だったよね~。

日常(例:サザエさん)、あるいは非日常(例:デビルマン)を味わって楽しむためにあった漫画が、あまりにも現実化(夢が無い)、あるいは非現実化(ただの夢物語)してしまった事は、現代の荒んだ世の中と、何らかの因果関係があるのであろうか。

否か?

・・・っぺ大将。(←若い人は知るまい・・・。)

また、この単行本の巻末には、生前の谷岡ヤスジへのインタビューや、他の有名漫画家による、谷岡ヤスジ漫画のパロディ作品などもたっぷり掲載されていて、非常に読み応えがあるのデス。

まっ、要するに、谷岡ヤスジくらい刺激のある漫画を読まなけりゃあ、もはや狂気としか言いようの無い、この人間社会では生きる事さえままならぬ・・・テナトコなのでありマス。

ブートレグ商法に見る音楽の価値の変遷

ブートレグ(海賊盤)と言うモノに関して、コレを私は必ずしも完全否定する訳ではなく、たまに個人的に購入する事もある訳で、むしろ面白がっている部分もあるにはある。

ただし、ただCD-Rやビデオ・テープにダビングしただけのモノ、すなわち、プレスによる先行投資や不良在庫を抱えるリスク無く、一点の現物から何枚でも何枚でも複製出来る、打出の小槌的な“商法”に関しては、“嫉妬”を抱かずにはおれない。

新品にせよ中古レコードにせよ、苦労して仕入れた一品モノの現物を売ってしまえば、後には何ひとつ残らない訳で、それを、ただ単にダビング作業を繰り返すだけで、お宝を手放す事無く無限に販売出来るなんて、うらやましくてしょうがない。

いずれにせよ、ブートレグを作る人間は、絶対に自覚しておかなければならない事柄がある。

それは、彼らは決して、“ブートレグ(違法複製品)”自体を肯定しているのでは無いし、ましてやブートレグ文化(?)を愛している訳でも無いと言う事である。

要するに、ブートレグ業者にとっては、秘蔵音源を一般解放する事や、複製の自由化を謳う事などが目的なのでは毛頭無く、ただ単に商売として成り立つからやっていると言うだけで、そこにはただただ、「文句言われなきゃ何をやっても良い」と言う精神が映し出されているに過ぎないのである。

何故なら、彼らは、必ず訴訟を起こすであろう○沢永吉や、○○○をふんだくられた上に○○に○○を○○させられる○○○○のブートなど、決して作らないからだ。(←たまに無謀なお方も居る様デスが・・・。)

とは言え、趣味でブートレグを作成しているならともかく、コストやリスクも念頭に入れなければ商売は成り立たないため、安定かつ安全な方策をとるのは、当然とも言えるが・・・。

何にせよ、昨今の音楽配信事業隆盛の兆しを見るに、音楽の価値は、ますます下がる事だろう。何故ならば、簡単に手に入るものに、ありがたみなど感ぢようもないからである。

もっとも、元を辿れば、それらは、そもそもが音源を複製する事の出来る技術が発明された事による弊害であるとも言えるが、気軽に音楽を楽しめるだけでなく、時代や地域を越えて、地上に存在する(した)音楽を誰もが楽しめる訳だから、必ずしも否定されるべき問題ではないが・・・。

トナルト、やはり“実演”。音楽を聴くに当たって、これに勝る“至福”はないであろう。だから、私は出来るだけライヴ会場に足を運ぶのである。

ヒトは、老後、ましてや死後のために生きているのではない。今生きている人間を、今聴かずして、今観ずして、一体いつ観ると言うのだ?

広島パンク~ハードコアの歴史⑫(1983年春)

「わりゃ!いつまで待たせるんや!!」(←広島弁)

・・・と、怒られそうなので、そろそろ書きマス~!!なお、読みやすくするために、右下のカテゴリーに「広島パンク~ハードコア」と言う事で、当連載とGASの再結成ライヴのレポートをまとめたので、ヨロシクです~!!(^^)/

さて、2月のQUESTにおける「無名人コンサート」を終え、ギターのナカガワの大学進学が決定したため、「木定がんばるコンサート」落選者を集めて行うライヴが、筆者達のラスト・ライヴとなるのであったが・・・。

その間。3月15日@WOODY STREET、既に就職が決定していたドラマーのナガモトが掛け持ちで参加しているバンド、ヒズミ(先に登場した“Ltd”が改名)のライヴを観に行く。筆者のメモによると、“前座”:ザ・ルーディーズとなっているが、これは、ヒズミのメンバーが、ナガモトを除き、既に大学生か社会人であったためであろう。実際にはザ・ルーディーズの方が知名度はあったはずだ。・・・とは言え、後のストリート・ビーツなんかの時代に比べれば、ホントにマイナー・・・と言うか、そもそもシーンなど無いに等しかったが・・・。

そして迎えた、1983年4月2日@WOODY STREET。もちろん、筆者達は皆、高校を卒業し、筆者とヤブキはとりあえず無職透明状態(←古臭い表現やな~!!)。ナカガワは大学進学のために数日後には上京予定(実際には一年目は静岡校舎)。ナガモトは先に述べた通り既に就職が決定していたので、もう働き始めていたのかな?

ところで、この日のライヴのタイトルは「THE GANBARU CONCERT」となっており、昼から夕方にかけて高校生以下のジュニア部門、夕方以降は大学生や社会人等のシニア部門となっていた。そして、筆者達は何故かジュニア部門のトリだったため、出演スケジュールのバンド名から推理し(・・・たのだと思うが・・・)、いかにもパンクを演ってそうな二つのバンドだけ観る事にし、その二バンドを観てから、メシでも喰いに行く事にした。

その二バンドのうちの一つは、フロントにギタリストとベーシスト、そしてヴォーカルはドラマーが兼任すると言う、珍しいトリオ編成で、すべてアナーキーのコピーを演っていた。当時、ドラムを叩きながら歌うバンドを観るのも珍しかったが、彼らを観ていると、音楽雑誌で写真を、そしてテープ交換で音源を入手して聴いたミラーズが、筆者の頭をよぎった。なお、勘違いで無ければ、この時のドラマーが、後に自我に加入する“ミキ”氏だったはずである。

更に、もう一つのパンク・バンド。それが、GASだった(←連載開始、約1年半。やっと登場したね。ぐっすん・・・)。筆者達より一学年下の彼らは高校3年に進学したばかりであり、その日はまだ、村田氏や後藤氏の参加前、いわゆる結成当時のメンバー編成だった様である。彼らはザ・スターリンのコピーを演っており(・・・もしかしたら「CITY ROCKERS」収録のガーゼのコピーも演っていた可能性もあるが、記憶に無い・・・)、すべて聴き覚えのある曲だったため、この時点では、まだオリジナル曲は演っていなかった。

そして、いよいよ筆者達のラスト・ライヴである。この日はオリジナルの持ち歌全曲を演奏する予定だったので、「夕方からのシニア部門のスタート時間が差し迫っているから、あと一曲で終了せよ」とのスタッフの指示を無視してまで、残り2曲の演奏を強行し(←まあ、パンクだから曲は短いけどネ)、珍しく歌詞も演奏もほとんど間違えず、自分達としても納得の行くライヴあったにも関わらず、ライヴ終了後、実に悲しい報せを受けるのであった。・・・と言うのが、テープ録音を頼んでいたコモリが、当日出演していたプログレ・バンドの演奏を筆者達に聴かせたかったと言う、死ぬほど余計でおせっかいな理由で、用意していたテープに不要な音源を自分勝手に録音した上、更に、肝心の筆者達の演奏を操作ミス(←そのテレコは小型なものだったので、一時停止ボタンを一度押すと、もう一度押し直さないと元に戻らないのだが、奴は停止ボタンと間違えて一時停止を押したままにしていたため・・・)のせいで、録音し損ねると言う大失態をやらかしたのである。ああ、がっくし・・・。(←今だに根に持ってる模様・・・。)

その後、再びGASを観るのは、それから半年後の事となる。

(つづく)

★当日のチケット
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小林薫は二度殺す

今回の幼女殺人事件において、冤罪の可能性は限りなくゼロなのだから、小林被告には「死ぬ権利」どころか、「発言する権利」すら与える必要などないのではないだろうか?

幼女を殺した上に、「自分を殺す権利」まで与えるのか?

“罰”を与える事の意義とは、一体何であろう?

過去の行いに対する清算か、未来の行動を制限する足枷か?

裁判官が、如何なる判決を言い渡すかどうかは、まったく別の問題として、未だ刑罰の確定していない(償いを終えていない)殺人犯には、「未来に何かを望む権利」どころか、現状の権利すら何一つ与えない状態が望ましい。(・・・とは言え、問題なのは、冤罪の可能性であるが、それは置いといて・・・。)

今後、この様な悲劇・・・すなわち、社会的弱者である幼児が殺傷されると言った残虐な事件が起こらぬ様、社会に貢献しろなどと言った、キレイゴトは言わない。

小林薫よ。お前自身が味わった苦しみ?それと同様の苦しみを味わう人間が一人でも減る様、何か出来る事はなかったか?・・・否。むしろ、お前はそうすべきであったのだ。

そうしなければ、殺された幼女はもちろん、誰一人として救われ(報われ)ないではないか。

誰のため、何のための死刑制度?

ところで余談だが、ヒトの肉体を殺せば罪になるのに、ヒトの精神を殺しても罪にならないのは、国家が必要としているのはヒトの精神などではなく、ヒトの肉体(労働力)だけだからである。

もしも私が、殺された幼児の父親であれば、小林被告の願いなど叶えて(死刑にして)やったりはしないし、ましてや更正など望まない。本人に罪の呵責に苦しむ感情が無いのであれば、常に居場所を公開し、世間の後ろ指や白い目に晒されながら生かし続け、“死ぬ事以上の苦しみ”を味合わせてやりたい。

また、仮に死刑にするにせよ、一瞬では殺さない。時間をかけ、命乞いをさせつつ、残忍になぶり殺す。何故なら、奴に、自分がした事の意味を自覚させ、“本気で後悔”させたいからである。

そもそも、小林薫が死刑になっても、今後、幼児殺人・・・と言うか、弱者(自分より弱い者)への八つ当たり的な犯罪が減る事は有り得ない。

他人の命を理不尽に奪っておいて、死ねば(死刑になれば)許されるなんて、人間の命は、なんて軽く、安っぽいものなのだろうか。

つまる所、小林薫は世間に対して、こう言いたかったのかも知れない。

「人を殺しても、(自分が)死ねば済む」・・・と。

昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵。

初めは、価値観を共有出来る、気の合う友だった。

しかし、だんだん、小さな差異が許せなくなってくる。

「直せ」と言っても「直らない(直さない)」。

ましてや、あちらもこちらに小さな不満をぶつけてくる。

そして、小さな差異と小さな不満は、やがて大きな亀裂と化す。

・・・かくて、昨日の友は今日の敵となってしまう。

「好きになる」と言う事は、相手の中にある、自分に都合の良い部分を好きになると言う事ではなく、相手と自分との差異を認める事なのかも知れない。

相手が自分の思い通りにならないからと不満を抱くのは、自分のエゴでしかない。

きっと、貴方が好きだったのは、共通点はいくつかあれど、どこかしら自分とは異なる部分を持った“他人”ではなく、“自分自身”だったのだろう。

人と人には、“違い”があるから、面白いのにね。

“ウイルスレーベル”商品新入荷情報

★オムニバス「深海を泳ぐ怨念の群れ」全14アーティスト収録。(CD-R)¥800

中学生社長“ドクドク”氏の運営する自主レーベルの、オムニバス第2弾。ジャケット画:石井モタコ(オシリペンペンズ)。

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収録アーティスト:TOPSUISIDE(純然たるハードコア・パンク)、魔ゼルな規犬(夫婦喧嘩?をそのまま収録した?しゃべくり芸)、ん(←“ん”デス。ほのぼのした曲調でキチガイ批判を歌うデュオ)、ANALPOCKETS(わら人形に釘を打つかの如き、ヒキコモリ系多重録音)、菅井亮(シングルマンの頃のRC風な飄々とした弾き語り)、悪霊おばけ(打ち込み系ノイズ・コア破壊集団)、No.305(電波系一発芸テクノ・ポップ)、坂本移動動物園(行進曲調ポジティヴ・ソング。本作中、最も明るいデュオ)、TASKE(リスナー完全無視、酔っ払いの独り言的自己完結ぼやき歌。ド初期の大槻ケンヂっぽい。)、ぱんすとくっきんぐ(若気の至り爆発のストレートなハード・パンク)、嫁蔵(オシリペンペンズ、石井モタコ氏の別ユニット“手ノ内嫁蔵”の、代表作ダイジェスト・メドレー)ラリベラーズ(ドクドク社長率いる現役中学生達による、“毎度お騒がせ”校内生録ハプニング集団)、ぐしゃ人間(別記)、中学生棺桶(別記)。

今回は、活発なライヴ活動を行っているバンドもいくつか収録されており、前オムニバス作品に比べ、内容も、更に多彩かつ充実しておりマス。特筆すべきは、やはり、ラストを飾る2アーティスト。邪悪な念と不穏な空気を漂わす“ぐしゃ人間”は、彼女らの多面性を生かした、屈折度の濃い2曲を収録。トリの中学生棺桶は、g.g.allin作品に日本語詩を乗せたカヴァー・ヴァージョン。ライヴでも聴き覚えのある曲だが、まるで、冤罪で死刑となる囚人が独房の壁を爪が剥れるほど引っ掻きながら叫んでいるかの如き、“怒り”“怨み”“憎悪”に満ちた、背筋が寒くなる程の名演。


★その他、ウイルスレーベル作品リスト。

(今日は、もう時間が無いので、後日、掲載イタシマス・・・)


★いずれも当店にて絶賛販売中!!通販も可能。

自主制作商品新入荷情報(2006年10月7日号)

★ミヤマGt.「ガッカリシタカ?デモ、アキラメロ!」
全12曲+カラオケ1曲(CD-R)¥500

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ライヴで無料配布されているデモCD-R音源を集めたもの。RCサクセションの超改造車ヴァージョン2曲、他収録。いぬん堂より発売中のアルバム「侵略者を撃て」(当店でも取り扱い中)やライヴ生演奏においては、常に全力全開全速力、直球勝負で押しまくる印象が強い、彼ら異星人三兄弟であるが、本作では、悪意満載の強気な侵略魂はそのままに、野球で言う所のチェンジ・アップ投法や変化球を織り交ぜ、これまで以上に言葉(メッセージ)が突き刺さってくるサウンドとなっておりマス。<注意>成分中に、「弱気」「迷い」「悩み」の類は、一切使用されておりマセンので、気の弱い方にはお薦め出来マセン!!

★死神「第三作品集/知恵遅れ国家ならびに真性非国民に対するはやし歌と憂国の一人部隊」
全6曲(DVD用トール・ケース入りCD-R)¥500

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作詩作曲から演奏まで、すべてを一人でこなした多重録音作品。とは言え、これらは、ライヴ生演奏においても、SE等を使用する事によって実際に披露されているものである。「愛国」と言う、その強烈なる主義主張の題材によって敬遠されがちな死神、そして本作の魅力とは、不純物の徹底的な排除と、試行錯誤を繰り返した末にのみ達成し得る、綿密なる構成力にあると言えよう。時間的にはミニ・アルバムと言える作品ではあるが、その流麗な展開が、飽きさせる事なく全編を聴き終えさせてしまう。これは、音響系、コラージュ・ミュージックとしても、クオリティの高いものではなかろうか。また、ジャケットのアート・ワークも実に素晴らしく、死神と言うアーティストのイメージを如実に描写している。

★いずれも当店にて絶賛販売中!!通販も可能。

“思考”錯誤(あるいは、自“悶”自答・・・)

このブログの意義とは・・・?

言葉などと言う不自由なものでは表現しきれない、こころのモヤモヤや、日々の諸々(モロモロ)を、出来うる限り、言葉で表そうとする試み?

そう言う意味では、ある種、自分の感情や日常の出来事を伝える事よりも、むしろ、言葉選びにおける試行錯誤の過程を記録しているのだとも言える。

・・・と言うのは、少々、ひねくれた物言いではあるが・・・。

しかも、出来るだけ簡潔に、伝えたい事を短い台詞、あるいは一言で言い表すための訓練?

・・・と言いつつ、ひとつの事柄を、異なる様々な言葉で言い表す実験の場であると、言えなくもない。

ところで、それを他人に見せる(読ませる、伝える)事に、意義はあるのだろうか?

・・・とは言え、あると思うからやっているに決まっているのだが。

公園の池に石を投げる様なもの?

別に、その行為によって、ことさら何かを起こそうと思っている訳でもなく?

否。意義と言うからには、たとえ自分に利益が無くとも、何らかの変化が無ければ、それこそ意味が無い。

そこに何らかの石(意志)があるから、投げるのである。

・・・と言う推測は、当たらずも遠からぢ。

とは言え、そもそも、何か伝えたい事があるのならば、身近な人には口頭で、知人にはメールなり手紙を送れば済む話なのであるからして・・・。

そう考えると、ブログとは、まだ見ぬ友(あるいは敵)に対し、石を投げている様なものなのだろうか?

自己の“価値基準”なり、“存在証明”と言う、石を・・・。

ちなみに、私のブログは、文章の書き始めと書き終わった後では、表向きの意見が180度変っている事も珍しくない。

もちろん、意図的にそうする事もあるし、考えを推し進めて行く事によって、必然的にそうなってしまう場合もある・・・。

また、その理由は、私が本当にやりたい事とは、おそらく、誰かに何かを伝える事よりも、自分自身が納得の行く理屈を紡ぎ出す事であり、そこに至る思索の過程、物事の本質を追求せんとする思考(志向)のあり方に意義を見出しているからであろう。

・・・テコトは?

すなわち、先に述べた通り、このブログは、私の頭の中における試行(思考)錯誤や自“悶”自答の一部始終を捉えたドキュメンタリー番組を、一般公開している様なものである。

・・・とでも言うべきであろうか・・・。

タイガー・ホース

店に泊り込みで仕事をするため、コンビニ商品定番の、顔を拭く使い捨ての洗顔ペーパーを愛用しているのだが、さっき顔を拭いていて、配合されているメントールの匂いがなかなか刺激的である事に改めて気がついた。

そこで、「この匂いを嗅げば眠気覚ましになるのでは?」と思い立ち、早速試してみたのであるが・・・。

すると・・・。

「死、死ぬ!!」

鼻から脳裏をつんざく、その過剰な刺激たるや、「死ぬ~!!」なんて「~」を付ける余裕も無いほどであり、ホント、窒息するかと思ったよ。

そして、その瞬間、私は、とある出来事を思い出した。

あれは、一ヶ月くらい前の事だろうか。風呂の掃除などする暇も無いゆえ、風呂に入ったついでに壁のタイルのカビ落としをしようと、何とかって言う液体のスプレーを買って来て、湯船に浸かってる間に壁に噴射しまくった事があったのだ。しかも、こう言う性格なので、スプレー全部使い切るほど、壁のタイル全体にたっぷり撒き散らしたのであるが・・・。

すると・・・。

「うわ!!息出来ねえ!!死ぬ!!」

途端、風呂の中はものスゴイ匂いに包まれ、呼吸さえままならない状態に・・・。すぐさま窓を開け換気をするも、まるで衰えぬ、鼻をつく異臭・・・。

あの時は、お湯で何度も顔を洗い、ホースで水をかけ、壁の液体を洗い流して事無きを得たが・・・。

ホント、死ぬかと思いマシタ。(^^;)

皆様、真似しないでネ。

・・・って、する訳無いか。

言葉遊び

★あまり真面目に読まないで下サイな。

例えば、友人に苦言を呈したり、イヤミな物言いで批判をしたとしよう。

その際、その提言内容の主旨には返答せずして、「そう言う貴方はどうなの?」と、こちらの問いかけをそのまま返す人間がいるのだが、私はこれが嫌いである。

何故?って、こちらは、頭の中をフル回転させ、いかに相手を説得すべきか、あるいは、いかにして相手を「ギャフン!!」と言わせようかと、知恵を絞り心血を注ぎ込んで生み出した情熱溢れる台詞を贈呈していると言うのに、あちらは、その労力に見合った誠意ある返答を寄越すどころか、そのまま丸投げで返すだけなんて、これを冷たい仕打ちと言わず、なんと表現すれば良いのであろうか。また、たとえ腹を立てて言い返すにしても、もう少しその人のパーソナリティなりキャラクターを発揮してくれなければ、本音のぶつかり合いどころか、コミュニケーションすら成立しないではないか。

・・・とは言え、それは、「そんな小言、聞きたくない」と言う気持ちの表明なのであるかも知れないので、そうそうこちらの不満ばかりをぶつける訳にも行かないと言う事も、事実無根では無い事は否めない事実である事も事実無根では無いのであるが・・・。(←どっちやねん!!)

また、実は私の方こそ、言葉に真心など込めてなくて、ただ単に、苦労して編み出した名ゼリフ(←自分で言うか!!)、すなわち“必殺技”の効き目を試したいために、友人をスパーリング相手に仕立て上げているだけと言う指摘も無きにしもあらずんば誇示を得ずってな塩梅でもあるので、あまり偉そうな事は言えないのであった。

要するに、私の言いたい事は、こう言う事である。

言葉とは不自由なもの。自分の感情の機微の100分の1もリアルに言い表す事さえままならぬ。それならば、もっと言葉を玩具にして、エクセレントかつエグゼクティヴな会話(←意味不明)を楽しもうよ・・・と。

なんて事を、友人に対して真顔でまくし立てる私は、本当に、真剣そのものなのである。

ところが、その時の私は、既に、対話を開始した当初の目的をすっかり忘れている事はもちろん、討論すべき本題を外れ、ただただ自分が構築した屁理屈に酔っているだけの状態なのであった。

ウフフ・・・。

言葉ってのは、人間に与えられた最大の玩具でヤンスね。

恋敵・・・。

例えば、友人と、好きなアイドルについての会話をしたとする。

自分はAと言うアイドルが好きで、友人はBと言うアイドルが好き。

その際、その友人から、「お前、なんでAなんか好きなんや。頭おかしいんちゃうか。」・・・と言われたとしよう。

すると、自分のこころの中に、自分の好きなAと言うアイドルを貶められたと言う思いと、更には、自分自身の価値観をけなされた気持ちから、非常に腹立たしい感情が芽生えてくる事は、否めない事実である。

ん?・・・だが、待てよ。

これが仮に、クラス・メートの女子についての話題であれば、どうだろう?

もしも、自分と友人の好きな女子生徒が、共にAであれば、ライバルとなった二人が火花を散らす恋の争奪戦が勃発し、将来的には、これまた自分と友人が憎みあう結果になってしまうやも知れない。

(この時点で、対象となる女子の好みや意思を完全に無視している事の方が大問題ではあるが、それは置いといて・・・。)

トナルト、逆に、自分と友人の好きなアイドルが、それぞれ異なると言う事は、むしろラッキーであると喜ぶべき平和的な事柄なのである。

何故ならば、友人の好みが自分の好みと異なれば、それだけ独り占め出来る可能性も増える訳で、それに伴い、恋が成就する確率も高まるはずなのだから。

そもそも、考えてもみよ。自分の憧れの異性(あるいは同性、異性人含む)の事を、今この瞬間、友人に限らず、自分以外の誰かが思い浮かべているとしたら、これほどに耐え難い事があるだろうか?

ゆえに、相手の好みをけなしたり、自分と異なる価値観を自分と同ぢに変えようなどと言う行為は、単にライバルを増やすだけの自滅行為でしかないのである。

よって、今後は、自分と友人の好きなアイドルが同ぢだったり、自分と友人の価値観が似通っていても、決して喜んだり、意気投合などしてはいけない。むしろ、それは恋敵の登場であり、同ぢ獲物を奪い合うライバルとして、いずれは反目し合う可能性さえあると、警戒すべき事象なのだから・・・。

しかし、好みや価値観が同ぢだろうが異なろうが、結局、最終的には争う事になるのだから、人間と言うのは面白い。

と言うか、愚かしい・・・。

クレヨン晋ちゃん

安倍晋三首相が、中国を訪問し、日中首脳会談を行うらしい。

晋ちゃんだけに、「クレヨンしんちゃん」の権利を取り返しに行くのだろうか?

詳しくは、「クレヨンしんちゃん」+「中国」で検索を・・・。
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