Mr.エレクトの独り言 2007年03月16日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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広島パンク~ハードコアの歴史⑭(1983年夏)

え~、時は1983年、夏の事でありマシタ。

ある日の事。私と一緒に、あるいは別個にバンド活動をしていた高校時代の友人らが、今度、新たにバンドを結成してライヴを演ると言う。・・・って、ライヴと言えば聞こえは良いが、ライヴハウスに出る訳ではなく、夏祭りみたいなものに出るトノコト。そこで、暇な私も見物に行く事に・・・。

1983年7月30日、大野公民館前(野外)「のーりょー祭」での出来事。

さて、彼らの組んだバンドの名前は、“SKIN-HEAD”と言うものであったが、私の記憶では、メンバーの誰一人として坊主頭はおらず、もちろん、Oiパンクなぞ演ってるはずも無い訳でありマシテ、しかも、演奏曲はスターリン2曲とモッズ2曲をコピーすると言う、両バンドの立ち位置を正確に把握している者であれば、絶対にあってはならない組み合わせなのでありマシタが、当時の一般ロック・ファンの認識とは、およそ、そんな所でありマシタ。

しかし、そこで私は、歴史的に貴重なバンドを目撃する事とあいなったのである。

当日の出演バンドは、ハートノイズと言う、以前にも登場した佐野元春のコピー・バンドの他は、SKIN-HEAD以外に、もうひとつ、パンク・バンドが出演している事が、私のノートには記されているが、それが、今回の主役となる、“CORE”であった。

そのバンド名の由来が、“ハード・コア・パンク”の“コア(CORE)”からであろう事は、当ブログをご覧の皆様とて、想像に難くないであろう。

また、この日の資料は、どうしても見つからなかったのだが、当日には、全出演バンドの演奏曲目を書いたチラシかパンフが配られ、COREの演奏は5曲記載されており、1~2曲目と4~5曲目は見覚えのあるタイトルだったので、時期からして、おそらくガーゼやカムズのコピーであったはずだ。そして、残りの3曲目だが、これは推測するに彼らのオリジナル曲で、「こけティッシュ」と言う、コケティッシュとティッシュ・ペーパーをひっかけたと思わしき曲名であった。ご存知の通り、駄洒落好きな私は、そのセンスにいたく感心し、それゆえ、そのタイトルだけは、記憶の片隅にしっかりと刻みこまれていたのだ。

・・・でも、どんな曲だったかは、全然覚えてないんだよね~・・・。(^^;)

ところで、私の友人の説明によると、COREのドラマーは、大竹駅(私の地元ね)のすぐそばにある、宝石屋の息子だと言う。ちなみに、その宝石屋とは、3階建てくらいの細長いビルの1階にあり、3階を見上げると、窓からドラム・セットが見える事から、以前から私達の間では話題の的になっていたのだ。そして、その宝石屋の息子こそが、GASの初代ドラマー(~最後期にも再び参加)である、福重氏なのであった。

なお、観には行かなかったものの、翌月、大竹市総合市民会館にて行われた、「大竹市勤労青少年ホーム ’83LAST! SUMMER CONCERT」にもCOREは出演しており、何故か、私の手元にパンフレットが残されていた。更に、同パンフの、COREの紹介ページには、「大竹で数少ないパンク・バンドです。よろしく。」とのメッセージの他、メンバー全員の、おそらく本名であろうフル・ネームが掲載されており、そのお陰で、COREのギタリストが、元GASの初代ギタリスト氏であった事も判明したのである。

よって、最近になって初めて解った事なのだが、要するに、COREとは、GASを抜けた彼ら、初代ドラマーの福重氏と初代ギタリスト氏の二人が新たに組んだバンド・・・と言う事になるのであった。

念のため、当日の共演バンドを記しておくと、アディアプトロン、ウイザード、足跡バンド、CORE、CRAZY TRAIN、OSB、紫姫舞、OFS、栄町エキスプレス、居候、以上10バンド。CORE以外には、パンク・バンドらしき出演者は居ないが、割とロック系のバンドが多く、強いて挙げるならば、アディアプトロンはキーボード3名にドラム1名、うち3名がヴォーカルと言う編成で、なかなか異色な存在と言えるだろう。

★以下は、文中に登場するパンフレットの表紙と目次ページ。
P101000100051.jpg

(つづく)

★次回、いよいよ、“自我”の前身である、エクスクレイトのライヴを観る事に!!
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