Mr.エレクトの独り言 2007年07月11日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「死刑の是非」②

さて、そもそも、刑罰とは、何のためにあるのだろうか?

過去の行いに対する懲罰か、あるいは、二度と同ぢ過ちを犯さないための戒めか?

前者であれば、反省や改心の言葉や態度などとは無関係に、行った結果に基づいて、平等に判決を下すべきであろう。

しかし、後者であれば、あくまでも犯人に反省や改心を促すために行うべきであり、もしもそれが成し遂げられない程度の刑罰であれば、それでは足りないのだとも言える。

よって、本来ならば、たとえ同様の罪であっても、被告の気質や反省の度合い(再犯の可能性の有無)によって、収監する期間にも差をつける必要があるのではなかろうか。

・・・とは言え、それらはあくまでも、“罪を犯してしまった後”の処理であり、“してしまう前”の“抑止力”として、刑罰があるのだと言う考えもある。

ただし、その懲罰を圧してでも、・・・もしくは言い方を変えるならば、「死刑に処されても良いから、あいつを殺したい」・・・と言う様に、それが抑止力足りえず、むしろ決意(殺意)を固くするための“覚悟”として機能してしまう事も充分に在り得る。

ところで、日本には、死刑と無期懲役はあるが、終身刑と言うものがない。

しかも、実際には、無期懲役とは言えど、たいてい何年かすれば出てこれると言う。だったら、無期などと言う呼び方はせず、きちんと、最低禁固する期間なり最短懲役何年を明示し、それ以降は条件が合いさえすれば釈放するかも知れない・・・とでも、しておくべきではないのだろうか?

あるいは、真の意味において無期懲役と呼ぶためには、「何年で出られるか解らないまま、獄中で過ごさせる」事が必要不可欠であろう。いや、実際にはそうしているのかも知れないが、私には、「刑務所内で大人しくしてさえいれば何年で出られる」・・・と言う印象が、どうしても拭えないのである。

・・・いずれにせよ、反省した振りをすれば良いだけ・・・との見方もあるが・・・。

また、終身刑を採用すると、更に無駄な費用が、しかも税金から賄われるらしいので、どうせ娑婆に戻さないのであれば、いっそ死刑にしてしまった方が良いとの考えから、死刑制度と終身刑を両立させる事は難しいのかも知れない。

何にせよ、済んでしまった事は仕方ない(・・・と言うか、被害者にとっては、それによって受けた傷が消えたり、元から無かった事になる訳ではないと言う意味において・・・)にせよ、刑罰を課す意義とは、犯人に「もう二度とイタシマセン」・・・と思わせるためであり、そうでなければ、まるで意味が無いのではないだろうか。

(つづく)
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