Mr.エレクトの独り言 2007年08月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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これでいいのだ

そもそも、幼児が虐待されようが、弱者同士が不毛な奪い合いや罵り合いを繰り返そうが、何の問題もないのだ。

マスコミや庶民がいくら騒ごうが、本質的な問題改善のために、この社会の歪みにメスが入れられる日など、未来永劫、訪れないのだ。

儲かれば、それで良いのだ。

楽しければ、それで良いのだ。

極一部の既得権益者と、その家系、そして権力者の太鼓持ちどもの懐が潤い続ければ、それで良いのだ。

虐げられた者達は、醜い足の引っ張り合いをするのみで、結束する事など、金輪際、在り得ないのだ。

弱者が、その怒りを強者・・・すなわち支配者や抑圧者に向ける事こそが“勇気”だなんて、誰も教えないのだ。

運が悪けりゃ死ぬだけで、運が良くても生ける屍に過ぎないのだ。


ノー・プロブレム。

そして、ノー・フューチャー。

これでいいのだ。
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「親子のキズ・・・な」

我が子のパーソナリティの一部に、(自分の価値観との・・・であるならまだしも、)世間の価値観との差異を見出し、それを決して許さず(許せず)、強制的に矯正しようとする、父。

我が子のパーソナリティを形成する様々な側面の、良い部分だけしか見ようとせず、自分にとって都合の悪い部分に関しては、一切見ようとしない、母。

これらは、いずれにせよ、我が子の人格を認めない・・・と言う点において、一致するものである。

更に、我が子のパーソナリティを、すべて自分の思惑通りに作り変えようとする父以上に、もっと性質が悪いのは、何ら一貫性無く、それを行う、感情の浮き沈みに支配された、自己本位かつ気まぐれな、母・・・だ。

それらはすべて、我が子を私物化しようとする親の典型的な行動パターンである。

きっと、彼らは、子供が自分の思い通りにならないと、「裏切られた気分」になり、虐待したり、○したりするのであろう・・・。

あるいは、その逆に、子供から怨まれて、○されたり・・・ね。

ああ、しかし、親を憎んではいけない。何故なら、そう言った親こそ、この管理社会の一番の犠牲者なのだから・・・。

そして、恐ろしい事に、その一番の犠牲者達こそが、実は、この社会におけるエリート、すなわち模範生であると言う事実。

・・・とは言え、実際には、エリート=収穫に最適な品種、模範生=模範囚・・・に過ぎないのだけれど・・・。


子供にとって、本当に大切なのは、“許す”事でも、“見逃す”事でもなく、その差異(人格)を“認める”事なのだ。


かわいそう・・・。

負の連鎖を断ち切れない人々・・・。

かわいそう・・・。

生まれてくる子供が・・・。

おんがくはぼくのともだち

おんがくはぼくのともだちだから・・・。

容姿の良し悪しや、能力の有無、ましてや、世間の評価に左右されて、好きになったり嫌いになったりなどしない。

ただし、異性の容姿に関しての好みってのが、無い訳ではないが・・・。

そもそも、価値観があまりにもかけ離れていたり、共感出来る所がひとつもなければ、元より、ともだちにはなれない。

だから、たとえ私から好かれなくても、悲しむ事など何もない。

世界の何処かに、貴方と気の合う人も居るさ。

きっと、必ず・・・。

10日前・・・

未だ現実受け入れ難く、意気消沈の日々・・・。

10日前、PAINTBOXのギタリスト、チェルシー氏が、この世を去った。

私は、彼の作るうたや曲が大好きだった・・・。

また、チェルシー氏は、マリア観音/木幡東介の数少ない理解者でもあった。


今はまだ、何かを書く気分ではないゆえ、後日、必ず・・・。

タノシイジンセイ

個人的には・・・。

音楽を演る人は、余計な事を考えず、自由に勝手にやりたい様に、しかし真剣にやって欲しいと、私は考えておりマス。

よって、音楽でお金を儲けようが、別に構わないのでありマスが・・・。

お金が続かなければ、音楽活動を続けられないと言う現実が、面白くないのでありマス。

その理由としては、音楽を演るために、他の仕事に時間や労力や情熱を費やさねばならないと言う事が、まずひとつ。

そして、人気や評価がある基準に達しないものは、存在を許されない訳でありマスが、その基準の大半を占めるのが、集客力や集金力であると言う現状。

・・・とは言え、確かに、誰からも評価され得ないものが、その存在を許されないとしても、それはそれで理に適っているのではありマスが・・・。

もう少し、他の基準はないものか?・・・と。

ただし、これらの考えは、少数派である私のエゴである・・・とも言える事も否めない事実。

しかし、だからと言って、口をつぐむ訳にも、無抵抗に殺される訳にも行かない訳でありマスからして・・・。

しょせん、この世は、生存権を賭けたサバイバル・ゲームであり・・・。

少数派の私が、殺されまいと、やっきになった所で、しょせん、血と汗を吸われる側の存在である事に変りなく・・・。

きっと、このまま死んでいく・・・。

そう考えると、牢獄の中での限られた自由を疑問も持たず享受し、享楽的に生きれば良いだけの事なのかも知れない。

楽しければ、それで良い。

楽しければ・・・だ。


そう。それで本当に楽しければ、それでも良いの・・・だが・・・。

失敗しない「会話教室」

会話を楽しむための基本。

目の前に居るのは、自分ではないし、ましてや、自分の奴隷ではないと言う事実。

それさえ踏まえておけば、会話・・・すなわち、双方が持つ価値観の差異を、存分に楽しめるであろう。

・・・とは言え、あまりにも、それがかけ離れている場合は、その類いではないが・・・。

家畜失格

老いた家畜は、いつもこう言う。

「それぢゃあ駄目だ。そんなんぢゃあ、いつまで経っても、世の中からは認められないぞ。」

・・・と。

だから私は、こころの中で、こうつぶやく・・・。

「そんな事ばっか言ってるから、いつまで経っても、お前らは家畜なんだよ!!」

・・・と。

世の中を形作るのは、一部の既得権益者ではない。この大地の上で息をしている、私達、人間なのである。

無題

友人や知人が死んでいくのを見送るのは、なんとやるせなく、たまらない事なのだろうか。

私には、もう耐えられない・・・。

この悲しい事態を避けるには、友人知人の誰よりも、自分が先に死ぬしかない。

・・・って訳にもいかないか。


そうだ!!慣れだ。死に対面する事に慣れてしまえば、悲しさも半減するはず・・・。

だから・・・。

私の友人知人にお願い。

私より先に、次々と・・・(以下自粛)。

「私が奴隷(もしくは家畜)扱いをいやがる本当の理由。」

私が奴隷(もしくは家畜)扱いをいやがる本当の理由。

それは・・・。

私自身が、この自分に、もっと才能や地位があれば、必ずや第二のヒトラーになる事を目指したであろう、支配者的精神構造の持ち主だからである。

「世界制服の野望を持った人間が、何でちんけな山賊の末裔にひれ伏さなきゃいけねえんだ!!」

・・・て話。


冗談冗談!!(←って言う時は、たいてい本気・・・。)

強欲(ごうよく)、柔を制す。

地球に君臨する生物としての人間が、互いの優劣を比較する事、そして競争する事によって、今日の繁栄を築いたのだと言う事も、ひとつの事実であるならば・・・。

仮に、現在蔓延っている、その風潮が、支配者どもによって仕組まれた罠だとしても、実はそれは、人間に元から備わっていた習性や本能なのではないだろうか?・・・と言う、疑問も芽生えてくる。

そう考えると、比較と競争をボイコットすると言う事は、人間の生き方としては、間違っているのだろうか?

・・・否。比較は良いのだ。そして競争も・・・。

問題なのは、その対象となる事物である。

そう。私達は、今こそ、「やさしさ」や「思いやり」の度量を競うべきであり、そこに重きを置いた価値観を持たねばいけないのではないだろうか?


・・・と、一瞬は思ったが・・・。

やっぱり駄目だ。

そんな事したら、すぐに強欲な奴らに滅ぼされてしまうだけだろう・・。

揺るぎない怒り(更に訂正済)

自分に不幸があった時、幸福そうな人間を見て、怒りの感情が芽生えたとしよう。

しかし、自分が楽しい時、幸せな時も同様に、そう感ぢないのだとしたら、それは本当の怒りではない。

自分の感情の揺れや振れ、充足の度合い、それらがすべて、いかなる位置にあろうとも、決して変る事のない怒り。それが、堂々と胸を張って言える、正当な怒りと呼べるものである。

・・・とは言え、突き詰めてみれば、しょせん一個人の怒りに過ぎない訳であるからして、それが絶対に正しいと言う訳ではない。しかし、自分の感情や気分次第で簡単に変化する様な曖昧な基準から導き出される怒りよりは、なんぼかマシであろう。

・・・テコト!!

夢の機械

もっと科学が発達すれば、近い将来、こんな機械が作られる事だろう・・・。

死んだ故人の脳にある記憶を抽出し、生きていた時と同様に、会話や受け答えが出来るロボット。

これさえあれば、通夜や葬儀の最中、参列者が故人と、こころおきなく、悔いを残す事なく、最後の会話を楽しむ事が出来るのだ。

まっ、残された者の、わがままな注文ではあるが・・・。

サトリ

あ~もう!!こんな生活、いつまで続くんだ!!

・・・と、思っていたが・・・。

“いつまでも”・・・続く事など、在り得ないんだった!!

虚しき追悼

報酬なんかは、死んだ後で良い。

だけど、生きている間に、持ち得る能力のすべてを発揮出来ないのであれば、それは実に悲しい事である。

天才を凡夫化せしめる、支配と搾取のシステムを、私は憎む。

人間の汗と情熱を吸い取る、吸血鬼どもの・・・。


私には、あの男の悔しさが、我が事の様に解るのだ。

駄目人間の定義

“駄目である事”が悪いのは、ある“特定の目的”において、それを速やかに成し遂げるに当たり、不都合が生ぢるからであり、その際、時として他人にも迷惑をかける可能性があるからである。

よって、その“特定の目的”とやらを目指さない場合は、別に駄目でもなんでも構わない。

しかるに、何故、そんなに“駄目である事”を知られる事を必要以上に怖れるのか?

奴隷の番長に馬鹿にされ、家畜の群に蔑まれる事が恐いのか?

それとも、本当のご主人様から見限られ、この社会における、自分の存在を否定される事が恐いのか。

・・・とは言え、確かに、一度、“駄目である事”のレッテルを貼られてしまうと、それを返上するのは難しく、自分のやりたい事に挑戦するチャンスが奪われたり、仲間外れにされたりもするだろう。

まあ、“駄目である事”よりは、“駄目でない事”の方が良いに決まってはいるが・・・。

問題は、その“特定の目的”とやらに、何でそこまで執着するのか?・・・と言う事である。

自分が本当にやりたい事が出来ないと言う事は悲しい。

しかし、それは本当に自分のやりたい事なのであろうか。

もちろん、商売であれば、誰かに買ってもらわない事には、始まらない。

ただし、本来、好きで始めた事ではなく、元々、自分のやりたかった事が商売なのであればの話だが・・・。

好きな事をやるための努力や苦労は楽しい。

それが報われるなら、人生は、なお楽しい。

要するに、好きでもない事で、駄目人間呼ばわりされたって別に困りゃあしないっテコト。

欲しいモノが、他の誰かと競合してしまう(奪い合わなければならない)場合は別だが・・・。

好きな事だけ・・・とは言わない。だけど、もっと、好きな事をたくさんしたい。

好きな事より、好きぢゃない事をする方が多いなんて、どう考えても、まともな生き方とは思えない。

あるいは、それだけ、この国が貧しいのであろうか・・・。


本当に駄目な人間とは、好きでもない事に忠誠心を捧げ、自分の大事な命をすり減らす事さえ厭わない、その様な人間ではないのか?・・・と、私は考える次第である。

親の言う事や、先生の言う事を、いつまで信ぢてるんだ・・・。

死は誰にも等しく訪れる

自分で物事を決められる様になればなるほど、他人を尊重出来る様になる。

ただし、他人を尊重すると言う事は、その人を好きになるとか、その人の行いをすべて良しとみなすと言う事ではない。

・・・むしろ、絶縁する事だって、あり得るのだ。

何故なら、自分固有の価値観や基準を持つと言う事は、他人の持つそれをも認めると言う事であり、そんな、自分の考えとは相容れない他人の考えを認め、共存するためには、「そばに近寄らない」事、そして「積極的に関わらない様にする」以外に、方法はないからである。

比較、そして競争。今こそ勇気を出して、そんな、支配者の謀略に脅かされた不毛な連鎖を断ち切らない限り、我々が人間の尊厳を獲得する事など出来ない。

我々には、人間の尊厳が備わってない訳でもないが、元よりあったそれが奪われたと言う訳でもない。

我々は、人間の尊厳を獲得する“機会”を、ことごとく奪われてきたのである。

勇気を出せよ。

他人を傷つけたり、他人から何かを奪う人間より、他人にやさしくしたり、他人の事を思いやる事の出来る人間が、肩身の狭い思いをしなけりゃならない理由なんて、何処にもないではないか。

自信を持てよ。

自分より弱い者を見つけ出さなければ(作り出さなければ)、自分の存在価値を認められないなんて、みっともないにも程がある。

まっ、自分に言い聞かせている部分もあるが・・・。


人間、いつ死ぬか解らないから、やはり、言いたい事は言っておくべきかと思い、これを記すものである。

無題

食べたいものが100種類ある人は良い。

だけど、食べたいものが10種類しかない人間にとって、そのうちの1つが亡くなってしまうと言う事が、どれほどの深い悲しみと絶望感をもたらすか、貴方に解るだろうか。

たかが、音楽とは言えど・・・。

夏風邪日記

先日、大ショックな事件が起きた。

それが原因と言う訳でもないが、ただでさえ体調悪いのに、夏風邪を引いてしまう。

冷房病による下痢にも慣れっこになっていて、その日も下痢してたのだが・・・。

帰宅後、何だか気分がすぐれず、だるくて仕方なかったのだが、夕方になり、やはりこれは駄目だ・・・とダウン。

さっさと風呂に入り、店に戻ろうかとも思ったのだが、断念し、しばらく寝てみる事に・・・。

夜になっても、体が超ダルイままなので、あまり動きたくなかったのだが、水分補給のため、何とかコンビニに出かけ、色々買って来る。

その後、ついに高熱が出て、額がフライパンみたいに熱くなる・・・。

ちょっとダルイだけで「死ぬ~」って思っちゃう駄目人間の私。こんなに頭が割れる様に痛いって事が、どれほどの不安な気分をもたらすかと言う事を、少し想像してみて欲しい。

そして、何故!?・・・外国のホラー映画の様に、外でカラスが「カ~カ~」鳴き喚いている。こんな夜中に・・・。なんて不吉な!!

・・・翌日、店番しなきゃあいけない日だったのが、昼過ぎに起き、風呂に入って店に向かう。汗をかく事によって、いくぶん具合も良くはなったものの、まだダルイ。

何とか店番を終え、寝る。

しかし、深夜に目が覚め、今度は逆に眠れなくなる。微熱と倦怠感があり、横になったりパソコンの前に座ったりを、夜明けまで繰り返す・・・。

今日は夕方から、友人の葬式があると言うのに・・・。

結局、寝たのは朝9時過ぎ。とにかく汗を出し、目覚める頃には何とか体調も良くなっていた。

とは言え、相変わらず、下痢は治ってはいなかったが・・・。

おわり

悲しき夏風邪

ダウン中。

PAINTBOX(2004年3月27日の日記より。)

★2004年3月27日の日記から、再掲載イタシマス。(一部修正済)

①<後編>

PAINTBOXの2ndアルバム、「EARTH BALL SPORTS TOURNAMENT」。

本作を初めて聴いたのは、ほんの数ヶ月前の事であった。1stアルバムに少々失望していたので、正直それほど期待はしていなかった・・・。

まずは1曲目、「百糸一繭」。むむっ・・・、何やら異様に気合が入っているぞ。イントロは、これから何かが始まる事を期待させる、実に重々しい様相だ。挿入されてるトランペットは少々ベタなアレンジと言えなくも無いが、新しいハードコアを創ろうとの意欲はひしひしと感ぢられる。そして、曲が始まる・・・。これは良い!!この1曲目で、すべてオッケー。聴いてもらえば一発なのだが、なんとも回りくどい複雑なコード進行、それも猛スピードでの。これこれ、これだよ、チェルシーさん、貴方に求めていたのは。少々の速い曲もさらりと弾きこなしてしまう貴方なんだから、普通の人にはとても弾けない程の難しい曲を創ってもらわなくちゃあ。こんな曲を創れるのは、しかも弾けるのは貴方しか居ない。人間の複雑なこころ、難解にして微妙な感情を表現するには、このくらい難しい曲ぢゃないと・・・。偏執狂的なまでの、当て字による語呂合わせ連発の歌詞は、少々しつこいきらいもあるが、他の人がやっていないと言う事で、素直に評価したい。英語と日本語のちゃんぽんは個人的には好みでは無いが・・・。

2曲目「切迫」。一曲目もそうだが、明らかに具体的な対象に向かって作詩されており、こころの葛藤が反映された曲調もそれに伴う切迫度ゆえ、言葉もリアルに響く。こう言う曲もあるからこそ、ハードコアの速いリズムも必然性を帯びてくるのだ。

3・4曲目、「Round & roll」~「ケモノ」。しゃにむに突き進む様な、典型的なハードコア・パンク・サウンド。「ケモノ」には、パンクにありがちな、既存の社会体制や権力者へのありきたりの反抗では無く、更に一歩踏み込んだ、地球的規模の、人間と言う生き物に対する批判がなされている。

5曲目、「傷跡」。失意と絶望、何とも言えぬ虚しさや哀しさが如実に表されている。しかし、怒りの根元に目を向け、単なる勢いだけでは無く、現実を直視した上で、日々襲い来る“あきらめ”の感情を克服せんとする反逆心が心地よい。ギター・ソロの、大空に絵を描く様な、生き生きとしたダイナミックな音色も、実に爽快である。

6・7・8曲目。7曲目などは、GBHタイプの、オーソドックスなハードコア・パンクだが、彼らのこだわりの表明と、アルバムを通して聴く時のスパイス、あるいはブリッジ的役割だろうか。8曲目、「W.W.W.W.」のコード進行は、弾いてみれば解るけど、実にユニークでしゃれており、思わずニヤリとさせられる。そして・・・、

9曲目、「彩果て」。流石、イントロ職人(?)のチェルシー氏、実にカッコイイ、イントロである。更に聴き所は、激しい曲調から、一転、ミドル・テンポとなる、中盤の挿入部分の終わりから、堰を切るかの様に突入する間奏部分。まさしく塞き止められた水が一気に噴き出すかの様に繰り出される、空気を切り裂くかの様なギター・ソロ等は鳥肌モノである。

(中略)

12曲目、「惑惑(マドワク)」。激しいサウンドだが、特筆すべきは、サビの強引なコード展開。この辺りに、チェルシー氏の、他のハードコアには無い、感情移入的作曲能力の真骨頂を見る。

ラスト13曲目、「罰災」。「切迫」の葛藤を表現した曲調と「ケモノ」の大きな視点の詩、「傷跡」の微細な感情表現等が生かされた、彼らならではの曲。

若さゆえの怒りや不満を、ストレートなサウンドに乗せた、やけくそでがむしゃらな音楽も好きだけど、いつまでも世間知らずや無知ではいられないし、体力も衰えて来る。音楽に限らず、表現者たるもの、人間としての成長が作品に反映されなければ意味が無いと、私は考える。そう言った意味で、人間らしい感情に溢れた本作は、紛れも無く、ハードコア・パンクの進化形であると断言出来よう。とは言え、音楽と言う大海では、ハードコア・パンクと言う港から船出をしたばかりに過ぎない事を、彼ら、そしてチェルシー氏が自覚しているのならば、今後も期待して間違い無いはずだ。

他人の歩いた道を行くのは、つまらな過ぎる。音楽に限らず、自分にしか出来ない事をやらずして、一体何のために生まれて来たのか。リスナーと言う楽な立場からの勝手な言い分とは解っているが、もっともっと、こころを震わせ血をたぎらせてくれる様な音楽を、私は聴きたいのである。

②<総評>

あくまでも個人的な嗜好であるが、彼らの1stが物足りなくて、2ndを大絶賛する理由は何故であろうか?私は、自分の直感的な思考が間違っていないかどうかを、ずっと考え続けて来た。そして、一応、結論らしきものが出た。

1stの良さは、猛スピードで走るレーシング・カーが、他の車をスイスイと華麗に抜き去ってぶっちぎる感覚。もっと言うなら、車がふわっと地面から浮く様な軽妙洒脱なポップ感覚も有している。だから、決して悪くは無い。しかしながら、抵抗や障害が無いゆえに、軋轢、摩擦も少なく、反逆心があまり感ぢられないのだ

その反対に、2ndは、わざわざ困難な壁や障害に自ら挑み、力任せにぶち当たったり、なんとか越えよう、どうにかして壊そうと無理していると言うか、努力、挑戦、反抗、反逆心があり、それゆえ、それに伴って、苦悩、葛藤、失望、絶望と言った感情も、必然的に生まれてくるのだと言えよう。

そもそもパンクと言うものは、既成のスタイルに対する反逆であり、自己主張のため、価値観の変革のための破壊なのだから、完成したり、満足してしまったらオシマイなのだ。また、必然性の無い怒りをひねり出した所で、そんな付け焼刃など簡単に見破られてしまう。現実を直視し、問題意識を持つ事、あるいは、自らに使命を課すなり、実現不可能な理想でも掲げない限り、今の世の中は何でも手に入る様に見えるから、すぐに挑戦心や開拓精神なんて日和ってしまうのである。

もっと、もっと、もっと、もっと、本当に過激な、単にうるさいだけでは無く、こころの振幅の激しい、人間の生々しい感情をリアルに反映させた様なエモーショナルな音楽を、私は求めてやまない。誰かが既にやった事、誰にでも出来る事をやってる様な音楽はつまらない。今まで見た事も無い、聴いた事も無い、強烈かつ鮮烈な刺激が欲しいのだ。

「そんなの俺でも出来るよ~」なんて思われたら、ミュージシャンは死ぬしかないでしょ。

しかし、それは、表現者として人前に立つ人間の責任であり、宿命でもあるのだ。


★2007年8月18日追記★

上記、若気の至りで、今より更に偉そうな事を申しておりマスが、ご容赦下サイませ。m(_)m

このアルバム、初めて聴いた日から半年間、毎日、一日も欠かさず聴いてたな~。

グルメ日記

★何だか暗い日記が続いたので、少しお茶目な話題など・・・。

あ~あ、もう。昼はむちゃくちゃ暑いし、夜は眠いの我慢して仕事せにゃならんし、ホント、いやんなっちゃうよ。

しかも、ずっと前からあったにも関わらず、全然利用してなかった近所のホカ弁屋を、ここんトコ、良く利用する様になった途端、潰れてやんの。

そもそも、食べられるもの・・・もとい、食べたいものが異常に少ないんだからさ、またレパートリーが減っちゃったよ・・・。

ところがさ、三日前に、一軒、新規開拓したのよ、これが。

ハナ○ルだかなんだかって言う有名なうどん屋のシステムを真似してるっぽい店なんだけど、ここの何とかって言うメニューがすごく美味いのよ。

・・・って、まだ、店の名前はおろか、品名さえも覚えてないんだけどね・・・。

要は冷たいうどんに、スクランブル・エッグがたっぷり乗っかってるんだけど、いや~!!スクランブル・エッグって、サイコ~に美味しいよね~。なんだかふわふわしてるし、口に入れると、ほわほわのむひょ~・・・ってな具合に、幸せいっぱいな気分になっちゃうよ。

ああ、スクランブル・エッグ・・・。

思い出しただけで、もうたまんね~!!

あのふわふわした佇まいと、ほわほわのむひょ~な食感。

それでさ、あいつったら、黄色いくせに、ところどころ白かったりするんだよね~。(←うっとりしながら・・・。)

ああ、考えただけで、こころがほにゃら~っと、へろへろのめろめろになっちゃう!!

待てよ!!そう言えば、柳○みきおの、「スクランブル・エッグ」って漫画、あったよね。確か、高校生くらいの男の子が独り暮らしするストーリーぢゃなかったっけ?あれ、最初だけしか読んだ事無いけど、なんか好きだったんだよね。その時は、まだ実家に居る頃で、早く家を出たくてたまらなかったから・・・って、ああ、いかん!!またこの話題やねん!!

この世で一番醜い争い

ある特定の人物(なり事象)に対し、その人物が持ち得る悪い部分を一切見ようとはせず、ただただ絶対的な信奉を捧げる者と、ある特定の人物に対し、その人物が持ち得る良い部分を一片足りとも認めようとしないで、ただただ批判的な意見を述べる者との、決して交わる事の無い不毛な論争。

いやな夢

悪夢の途中、思わず叫びそうになって、目が覚めてしまう事はないだろうか?

しかも、例えば、「助けて!!」だとか、「やめろ~!!」と、叫び出す直前に目が覚めてしまったものだから、ホントに口から声が出てしまい、しかし起きた瞬間だから身体が思うように動かず、変な発音で、しかし勢いがついているため、「たふけて~・・・」と、その台詞を最後まで言い切ってしまう事って・・・。

先日の事である。私は夢を見た。

そこには、私の姉と弟、そして映像としての出演はなかったが、おそらく両親も居たのだろうか?

・・・詳しい内容は説明すまい。思い出すのがいやで、2~3年前に記憶が蘇えるまで、無意識に封印していた出来事(←と言うか、時期)が主題となっている夢だったのだから・・・。

私にとって、実家を出て上京した理由は、親の元・・・と言うか、親のそばを離れるためでもあった。

もっと正直に言えば、親の監視下、・・・否、支配下から逃れるためであろうか。

元凶は、間違いなく、そこにあった。

・・・とは言え、一般的に見れば、おそらく良い親の部類に入るだろうが。

話を元に戻そう・・・。

夢の途中で、私は激昂のあまり、目を覚ました。

そして、起き抜けの、ろれつの回らぬ口調で、こう叫んだ。


「おえがあのほき、ほれだへふらかったか、わかってんろかよ!!」・・・と。


(訳:「オレがあの時、どれだけつらかったか、わかってんのかよ!!」)


もう30年近くも前の事なのに・・・。

未だに根に持っているとは・・・。

禁未来小説「ドラへもん」その59「意外な展開」の巻

あの日。そう、ボクの恋心を悟られてしまった日から、シズコちゃんの様子が一変した。

例えば、前は割と大人しい子だったはずなのに、休憩時間、ボクの席のすぐそばで、これ見よがしに大きな声で女友達と談笑してみたり、何だかんだと、ボクの視界に入ってくる事が多くなったんだ。

そして、それは明らかに、ボクの存在を意識した行為の数々だった。

「もしや、シズコちゃんも、ボクの事を憎からず思っているのかしら?」

「いやいや、そんな夢の様な事。きっとボクをからかってるか、思春期特有の照れ隠しに決まってる。」

・・・そんな自問自答を繰り返しつつも、シズコちゃんの、その明らかな変化、あからさまな行為の数々に対し、ボクの方こそ、照れを隠す事が出来なくなっていた。

ボクはわざと無愛想に振舞ったり、シズコちゃんを避ける素振りを繰り返した。

ホントは、シズコちゃんのそんな態度が、嬉しくて堪らないくせに・・・。

そんなこんなで、結局、何も起きないままに日々は過ぎて行く。

だけど、その反対に、ボクのこころの中でシズコちゃんが占める比重は、日に日に増して行ったんだ。

「シズコちゃん・・・。ああ、シズコちゃん・・・。」

かと言って、何ら積極的な行動を起こせないボクは、シズコちゃんに話しかける事すら出来ないでいた・・・。

なのに、そのくせ家に帰れば帰ったで、すぐにシズコちゃんの事を思い出し、その苦悶とも悦楽とも知れぬ葛藤に、この身を溺れさせる毎日なのであった・・・。

(つづく)

寒い夏

部屋ん中で仕事してマスわな。

当然、暑いデスわな。

クーラー点けマスわな。

28度にしマスわな。

寒すぎマスわな。

30度にしマスわな。

それでも、しばらくすると肌寒くて堪らなくなりマスわな。

そんで、クーラー切るか、送風にしたりしマスわな。

そしたら、またしばらくすると蒸し暑くなりマスわな。

そんで、またクーラー点けマスわな。

そしたら、またしばらくすると寒くてやってられなくなりマスわな。

そんで、またクーラー切りマスわな。

そしたら、また暑くなってきマスわな。


・・・って、一晩中、その繰り返しでんがな!!

もう、超暑かったり、超寒かったり・・・。

何とかならね~のかよ!!

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★ウイルスレーベル作品各種、在庫僅少。

★オシリペンペンズ関連品、在庫僅少。

■各新作の詳細はそのうちに~。(^^)/

“心境”報告

不思議だ・・・。

例の、ホームレスのおっちゃんが、最近頻繁に本を売りにくるのだが、もちろん、金にならないクズ本が多い事も事実。

しかし、今回、その中でも売れそうなコミックス数冊の価格相場を調べようと、いくつかを選び出し、ついでにチラッと読んでみたのであるが・・・。

ううむ。面白い。・・・と言うか、何と言うか・・・。

ひとつは、映画化もされた、とある小説の漫画版。これは第一巻だから、在りえなくもないのだが、もうひとつは、とある漫画の第9巻。・・・すなわち、物語の途中も途中な訳なのだが、そこには、まるで私に読めと言わんばかりな内容が書かれていた。

それが本当に必要なものであれば、必ず得られると言う説があるが、これがまさにそうであろうか。

・・・とは言え、この漫画の作者自身によるカバー裏掲載のコメントを見る限り、この人自体が面白い・・・と言うか、人間社会において、自分と近い立場、そして感覚を持っていると見た。

しかし、これを、ギャグかエロ漫画だと思って読んでる人も居るんだろうな・・・と思うと、いやはやなんとも・・・。

昨日も、そんな観客を見たよ。



私は、自分のこころの中に確かに在る“残酷さ”に無自覚な人間が羨ましい。・・・否、妬ましくてたまらない。

私は、恥ずかしい。

・・・そして、耐えられない。

本能の命ずるままに、欲望の言いなりとなり、理性をかなぐり捨てて、生きてみたいものだ。



酒は飲め飲め、飲むならば・・・。

酒でも飲まなきゃ、どっかのビルに爆弾仕掛けるか、王様に石を投げつける様な人間。


・・・それが私デス。

生贄への褒章

特定の政治家を糾弾した所で、彼らは単なる傀儡(あやつり人形)に過ぎないのだからして、意味が無いとは言わないが、根本的な解決には至らない。

・・・と言うか、国民を騙せない・・・もとい、国民に安心感と言う名の飴を与え続けられない様な、駄目な政治家は、国民からブーイングを受ける以前に、その本当のご主人様から、お叱りを受けている事だろう。

「この、役立たず!!」・・・と。

しかしながら、強行採決する事によって、課せられたノルマのいくつかを成し遂げ、年金問題初め自滅党(仮称)大敗の責任を一身に背負い、スケープ・ゴートとしての役割を見事に果たし遂せた暁には、エビちゃん(仮名)も、ご主人様から、何かご褒美をもらえるのだろうか。

「出所したら金バッヂ」ならぬ、「首相したら金バッヂ」ってな具合に・・・。

IGGY&THE STOOGES「RAW POWER」紙ジャケCD(修正済)

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★ついに、紙ジャケが出マシタ!!・・・と言っても、中身のCDはアナログLP時代のオリジナル盤復刻ではなく、’97年に新たにミックスし直された音源(←しかも、今回、新たにリマスタリングされた訳ではない・・・)となっておりマス。

久々に、こっちのヴァージョンを聴きマシタが、「イギーのオッサンめ、ヴォーカルの音造りにばっか力入れて、ジェイムズのリード・ギターを脇役扱いし過ぎてるな~」とか、「『DEATH TRIP』のラストは、やっぱフェイド・アウトすべきだよな~」だとかの細かい不満も多々あるし、何と言っても、迫力あるバンド・サウンドの再現を重視するあまり、本アルバムの主要な題材である孤立感や疎外感が大幅に失われてしまったと言う点に関しては、非常に残念でならないのも事実。

しかしながら、「~GOING TO HELL」や「RAW POWER」は更にやかましくなってるし、「PENETRATION」なんかはサウンドに深みが増して、あの痩せ細った音をライヴ・バンドとしての躍動感に溢れたサウンドに変貌させ得たと言う意味合いにおいては、決して出来が悪いと言う訳でもないので、その日の気分によって、両者を聴き分けるのがベターなのかも知れない。特に、ニュー・ミックスの方は、大音量で聴けば聴くほど、キツイ音色が強調されて、うるさくて気が狂いそうになるので、是非お試し頂きたい。

・・・とは言え、全編、とにかく「ギャーギャー」喚いてるか、ブツブツつぶやいてるだけの音楽なので、こころが満たされている方には、絶対にお薦め出来マセン!!

日本人

騒いで・・・

忘れる。


騒いで・・・

忘れる。


騒いで・・・

忘れる。
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