Mr.エレクトの独り言 2008年10月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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自主制作CD新入荷情報(2008年10月31日号)

◆解説が当ブログに掲載されているものはタイトルをクリックする事で表示出来マス。また、色付の「●」をクリックすると、そのバンドのライヴや作品に関する過去の記事が読めマス。(現在多忙にて、スラッヂ関連の記事と2003年5月以前入荷商品のリンク及び新入荷商品各種の解説は、おいおい更新させて頂きマス。あしからず・・・。)

<最近の入荷情報>
★羽野昌二&ピーター・ブロッツマン
■「FUNNY RAT/S 3」(CD)¥2500~日独のDRUM+SAX奏者デュオによる、フリー・インプロヴィゼーション作品。[HEART LORD STUDIO]からのリリース!!

★中学生棺桶 
■「のぞいて!のぞみの のぼりおり(+落とし穴の骨格)」(DVD-R+CD-R)¥2100完売!!
■「むすめ戦争中」(CD)¥2100只今品切れ中!!

■「偏見喰らい」(SETE STAR SEPTとのスプリットCD)¥1050
■「告白を強いる伝染源」(CD)¥2100新入荷!!~最新フル・アルバム!!あちこちで間違えられておりマスが伝染“病”ではありマセンよ!!

★マグダラ呪念(元・バビロンズ 
■「念の音」(CD)¥1980~再入荷!!
■「何の因果でこうなった」(CD)¥1980新入荷!!~現メンバーによって録音されたフル・アルバム!!日本的な歌詞やサウンドへの大胆な歩み寄りが聴き所!!

★「亀戸ハードコア」リリースCD作品各種入荷!!

★センチメンタル出刃包丁 
■「センチメンタル出刃包丁の記録と妄想2003~2005」(DVD-R)¥1000再入荷!!
★センチメンタル出刃包丁/シバノホネ
■「昨日と明日」(DVD-R)¥600~セン出刃のラスト・ライヴと、同バンド残党メンバーらによるシバノホネのファースト・ライヴを収録。ある意味、社会不適応者が社会復帰を果たす過程を捉えたドキュメント作品!?

★darkcell
■「The Moon」(CD-R)¥1500~元THE EXECUTEのlemmy氏によるニュー・プロジェクトの2nd。

★THE COMES/カムズ
■「NO SIDE」(CD)¥2500~待望の復刻!!
■「THE COMES LIVE1982-1984」(2枚組CD)¥2940~内容最高のライヴ盤!!


★オイラ先輩~女性G/Vo含むトリオ編成のインプロヴィゼーション・ロック・バンド。
■「LIVE」(CD-R)¥400新入荷!!~二ヶ所のライヴを合計約75分完全収録!!
~現在、上記作品をお買上げ頂いた方には、オイラ先輩も出演の「大日本異ろモノフェスティバル」ダイジェストDVD-Rのオマケ付!!

●上記、商品タイトルや内容に関して間違いがあれば、何なりとご指摘下サイませ!!

<今後の入荷予定>
Hayashi3(中学生棺桶専属絵師)の本、ぐしゃ人間、あざらし、等・・・。

<過去に入荷した商品の在庫状況> 【“自主制作CD新入荷情報(2008年10月31日号)”の続きを読む】
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「奇形児」の思い出(ちょっと訂正済)

奇形児と言うバンドの未発表曲に、「懺悔」と言うものがあるのだが・・・。

恥ずかしながら、高校一年生の頃、私は実の弟を苛めていたらしい。

・・・らしい、と言うのには理由があり、自分では自覚がなかったのだが、後年、高校時代の友人に聞くと、その友人が私の家に遊びに来た際、私は弟に対し「おまえ、あっち行け!!」と、どえらく冷たい態度で接しており、友人はドン引きしてたそうなのだ。そしてその後も、弟を完全無視する様な生活がしばらく続いたのだと思う。それまでは、あれほど仲の良かった兄弟だったのにも関わらず・・・。

いや何も、それを今更ここで「懺悔」しようと言うのではない。

・・・と言うか、それでも弟は私の事を嫌いになるどころか、その頃私が聴いていたRCやザ・モッズなどを好んで聴く様になるなど、私の影響を少なからず受けているかの様でもあった。

「三人兄弟の真ん中は孤独」・・・に関しては過去に書いたので今回は端折るが、私は無意識に弟を嫉妬し憎んでいたのかも知れない・・・。

また、何と言うのか、その頃の私は、それまでの大人しい自分を変えようと、高校に入って急に授業中にデカイ声でギャグを言う様な生徒に変貌していたのだが、それはある種の演技でもあったのだと思う。

何故なら、高2になりクラス替えがあるや、急に元通りの暗い少年に逆戻りし(←当時、根が暗い事を指して“ネ暗”と言う流行語があったものだが・・・)、教室の後ろの隅っこの方に溜まってる、音楽好きな生徒のうちの一人となるのである。

・・・そんな矢先、TV放映された「ニュー・イヤー・ロック~」で観たスターリンを好きになり、「trash」を通販で買い、大ショックを受けたのだが、その時の私の感想はこうであった・・・。

「(性格が)暗くても良いんだ!!」

・・・と、言葉にすれば何ともお馬鹿な発想ではあるし、その気持ちに共感出来る人もそう多くはないとは思うが、私にとっては本当に・・・本当に救われた気持ちだったのである。

また、少々大袈裟かも知れないが、おそらくそれは、親や他人から殆ど褒められた事のなかった自分が、生きている事を初めて肯定された瞬間でもあった。

その後、カムズやエクスキュートを聴いて日本のハードコア・パンクにハマる訳なのだが、それとは別にもう一つの重要なバンドが登場する。

それが、奇形児だ。

これもやはり、1stソノシートをADKレコードから直接通販で買い、衝撃を受けた。そして、まだ広島在住だった私は、ライヴこそ観る事が出来なかったが、レコードの他にもテープ交換で入手したライヴ・テープ等で彼らの様々なレパートリーを聴く事が出来た。

ちなみに、当時はエクスキュートと奇形児と午前四時が私のフェイバリット・アーティストのベスト3で、となると当然の如くマスベも好きだったゆえ上京後はライヴにも結構通ってはいたが、マスベの事を本当に大好きになるのは実はその解散後で、「被害妄想」を繰り返し繰り返し聴いてた頃であろうか・・・。(その話は、またいずれ。)

奇形児も、基本的には1stの「奴隷志願」や2ndに収録されている「煩悶」他、歌詞も下品で音質も猥雑極まりないハード・パンク的なものが特に好みであったのだが、2ndのラストに収録されている「孤独のワルツ」から3rdに収録されている重く暗い楽曲の数々、中でも特に「他人の顔に自分の全てを見つけて、オレは一歩もあるけなくなるのさ」と歌われる「白痴」には、もはや“好き”を通り越して、自意識過剰でペシミスティックな性格であった自分の事を唄われているかの様にさえ思えたものであった。

その後、’84年に上京した時には既に奇形児は解散しており、’85年に行われた再結成ライヴで初めて彼らを観る事になる・・・。

そして、その時期しばらく・・・そう、20代の前半頃、今思えば私は“鬱状態”であった。もちろん当時は“鬱病”なんて言葉も流行しておらず、自分が何故いつも、「ある日突然、不慮の事故で死ねないものか・・・」などと考え続け、悶々とした日々を過ごしていたのか、その理由さえ解らなかったが。

そんな私にとっては、奇形児に限らず、音楽は“唯一の救い”・・・であったのだ。

だから一昨日の再結成ライヴに於いても、オッサンやオバ・・・もといオネエサン方だけでなく、鬱に陥りがちな年齢である20代前半の観客も多く見受けられ、大昔に活動していたバンドであるにも関わらず彼らが奇形児に夢中になる理由も、私には至極納得出来るのである。

今でこそ色んなバンドが存在するが、当時、あそこまで自己の精神的な病理や鬱屈した感情を言葉にして露にさらけ出していたバンドを、私は知らない。

奇形児・・・。彼らはその名の如く、精神的に健全な人々が思わず目を背ける様な禁忌な歌詞を、野太い声と重く激しい演奏によって奏でる、実に稀有なバンドであった。

それにしても、彼らのレパートリーはいずれも卑屈なまでに自虐的、そしてとことんまでの露悪趣味に彩られていながらも、何故にあれほどまでに恍惚的な陶酔感に満ち溢れているのであろうか・・・。

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精神的奇形児に残された唯一の楽しみ

あれは、私が上京してコンビニで深夜バイトをしていた、まだ10代の頃・・・。

そのコンビニの朝番・・・つまり私達深夜番と交代に店に出て働くアルバイトに、東北出身の色白で小柄な主婦パートさんがおり、ちなみに私は別に何とも思わなかったのだが、お客サンからは美人だ美人だと評判で、すごく人気があったのであるが・・・。

その主婦パートさんが、ある時、出産と子育てのためにしばらく店を休む事になった。

そんなある日、あれは確か祭りの夜だったろうか、赤ん坊を抱きかかえた奥サンと、その旦那らしき人の二人が食料品などをカウンターにたくさん持って来た。いつもはあまり見かけない人だと思いつつ、私がレジ打ちを始めようとすると、その赤ん坊を抱きかかえた奥さんらしき人が、「こんにちわ」と言う。

・・・良く見ると、なんとその人は、前出の主婦パートさんその人であった。

しかし、バイトの時は、いつもしっかり化粧しているのに、その日はまるでノー・メイク。まったくの別人とまでは言わないが、日頃の美白のイメージはなく、小柄で痩せているせいかだらしない印象はないものの、実にラフで自然体、そして開けっ広げな雰囲気に、非常に驚かされた記憶がある。

その時、私はこう思った。子育ては大変だと言うが、きっとこの人も、子供の世話にかかりっきりで、自分の顔のメイクなどしている余裕がないのだろう・・・と。

あれだけ日頃は完璧に化粧して、美人美人と持て囃されている身分であるにも関わらず・・・。

否、あるいはそれだけ素の自分に自信があったか、それとも実は結構ヤンキー気質(旦那はトラック野郎風)な人だったから、大勢の人からちやほやされても、それで浮かれたりする様な人ではなかったせいなのかも知れない。

だが、私は悟った。日頃、きちんとあれこれ仕事をこなす人も、だらしない部分を見せない人も、あくまでも自分の許容量に見合った事をしているだけであり(←もちろん、その許容量の大小に関する優劣はあろうが・・・)、その許容量を超えるノルマをこなさなければいけない状況になれば、見てくれ(外見)なんか構っている暇などないはずなのだ・・・と。

だから・・・。

私の自宅の水道や店の電話がしょっちゅう止まってても、着ている服が破れてたり靴下に穴が空いていても、保険料の支払いが滞っているために保険証がもらえず病院にも行けないため体のあちこちがぼろぼろになっていたとしても、お願いだから放っておいて欲しい。

とまあ、それは見苦しい言い訳に過ぎないかもしれないが・・・。

今にして思えば、人から、そして親からも褒められる事が少なかった、我が人生・・・。

人から褒められる事よりも、自分のこころの充足を大事にして来た結果が、この有様。

その挙句、多額の借金や支払いノルマをこなすため、仕事に追われる日々。

もはや、誰のためにも、ましてや人から褒められるためだけに無理に自分のこころを曲げたり、やりたくもない事に対して一秒すらの時間も労力も費やして生きたくはない。

誰にも、他人の人生・・・すなわちその本人にとっての喜びを保障する事など出来やしないし、ましてやそれを理不尽に邪魔をする事など絶対に許されないのだ。

こんな私に残された、わずかな楽しみ・・・。

それは、ライヴハウスへ好きなバンドのライヴを観に行く事くらいだろうか。

ゆえに・・・。

今日はアースダムへ、奇形児を観に行ってきマ~ス!!(^^)/

本日は18時までのA業となりマス。

本日10月25日(土)は、夕方18時までのA業となりマス。あしからず・・・。m(_)m

ライヴハウス「亀戸ハードコア」発売CD入荷!!

■ライヴハウスでもある「亀戸ハードコア」様からリリースされているCDが、各種入荷イタシマシタ!!

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左上★Marilyn&the RedArmys「PAINT JAM ON YOUR BRAIN?」(¥1500)~全10曲収録

右上★V・A「KAMEIDO BURNING!!」 (¥2000)~収録:マリリン&theレッドアーミーズ/きっちんどらんかぁ/チョカホリック/ロディオファミリー/ネガティブバーナー/ムサシャリリー/大森真理子

左下★The キッチンドランカー「初期暴動」(¥1800)~全10曲収録

右下★V・A「KAMEIDO BURNINGⅡ」(¥2000)~収録:GARASHA/WITHOUT SYSTEM/THE SHAMELESS/EAR MURDER/ZERO-ONE/THE TURTLE DOORS

■いずれも当店にて販売中!!通信販売も可能デス!!(^^)/

「昭和お宝大図鑑」発売中!!

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先日突然、聞き覚えのない苗字の男性から当店に電話が・・・。話してみると、何とそれは、元・センチメンタル出刃包丁のAF妖介氏であった。この世界、たいてい本名なんて知らないからな~!!(^^;)

しかるに、その用件とは、ある雑誌編集者と知り合いになり、今度出すムック本の制作を手伝う事になったのだが、その協力をして欲しいとの依頼であった。また、肝心の本の内容はと言えば、10年くらい前にも“お宝鑑定ブーム”とやらによって多数出版された昭和のお宝紹介本であるとの事。そして、そのレコード紹介のページを妖介氏が担当する事となり、知り合いである中古レコード屋の私に白羽の矢が立ったと言う訳なのである。

いや~!!しかし結構急な話だったので、レアなブツを揃えるのに四苦八苦イタシマシタが、店頭の在庫以外にも、しまい込んであった秘密(?)の在庫とか、既に売却済だけどカラー・コピーだけ残しておいたものとか、かな~り貴重なレコードも提供させて頂きマシタよ!!中には、初めてカラー写真で紹介されるものもありマッセ。
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出来上がった本の方も、オール・カラーで、レコードはもちろん、懐かし玩具や古漫画に珍本、映画関係のものから車や電化製品に至るまで、更にはこの手の本にも今まであまり載らなかった様な成人向け漫画・雑誌・映画等の写真もたくさん掲載されてて、かなり読み応えのあるものとなっておりマス。
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既に発売されている様なので、書店に立ち寄られた際には、是非お手にとってご覧下サイませ~!!(^^)/

↓出版元からの通販も可能デス!!
コスミック出版/COSMIC MOOK「昭和お宝大図鑑」(定価1260円)

フケーキ

先週末、久々に自宅に戻る。

ドアを開け、まずは玄関の電気のスイッチを。・・・良かった。どうやら止まってない様子。

思えば、レコード・プレーヤーの針は折れ、CDプレーヤーは音飛びしまくり、元々ダブル・カセットだったはずのテープ・デッキは既に片方の回転がイカれ、つい先頃、もう一方の回転も止まり寿命を迎えたばかり・・・。

他の電気製品等に関しての話題は省略するとして・・・。

店に戻ればPCではCD-Rが読み込めず、オーディオ機器に至ってはCD-Rはおろか、CDも読み取りにくくなった矢先、遂にMDも再生不可に・・・。

うう・・・。誰のせいでもない。みんなフケーキが悪いんや・・・。

と言う事で、新しいオーディオ機器を買って参りマシタ~!!

いや~、最近のコンポは安くても音質が良いデスな~。

しかもこれ、アナログ音源のデジタル化も可能なのでありマス!!

ライヴ会場は別として、なんか久々に良い音で音楽聴いた気がする・・・。(T。T)

しかし、良い音・・・って言うか、良い音楽を聴くと、やる気が出マスね。

さあて、余計にお金使った分、今日も頑張って仕事しなくちゃ~!!

なので、各種の(つづき)は、そのうちに・・・ネ。

臨時Q業のお知らせ

10月20日(月)は、臨時Q業させて頂きマス。あしからず・・・。m(_)m

許容量

人は、それぞれが持つ許容量を超える負荷をかけられると、だらしなくなったり無気力になったり、あるいは嘘をついたり人を騙したり、もしくは人を攻撃したり八つ当たりしたりするものだ。

何故なら、許容量を超えると自分を安定して保てなくなるため、自分を守るための自己防衛本能として、非常に利己的かつ他人に迷惑や危害を及ぼす本性が顔を出すからである。

なお、ここでは、その様な人の本性を、とりあえず人の悪性とでも称しておく。

また、そう言う意味においては、人は本来、利己的かつ自己中心的な生き物ではあるが、しかし社会に適応、参加、共存するために、常日頃はその悪性を抑えているのだと言う言い方も出来ようし、その許容量の大きさは、人それぞれに異なるものでもある。

ゆえに、生命の危険どころか、経済的な不安すら無いにも関わらず、その様な人の悪性を発揮する輩・・・すなわち「仕事が無くて貧乏でキャベツを盗んだ」とか「理不尽な抑圧に反逆して立ち上がった」と言う訳でも無いのに、自分が良い暮らしを継続したいばっかりに、とことんまでに人を利用し、必要以上に人を貶め、更に人から奪い取ろうとする権力者(既得権益者)達を、私は軽蔑するのだ。

さて、話がそれたが・・・。

よって、その様な極悪非道な人間(・・・と言うか、要するに獣の本性を隠さぬ人間)は別として、普段は善良な人間なのだが、自分が苦しくなるや、意識的にせよ無意識的にせよ他人に害を及ぼす行為を行ってしまう人間に対し、その行為自体を咎めたり直そうとする事はナンセンスであり、それよりも本当にしなければならないのは、その人が持つ許容量を広げる・・・と言うか、もっと耐久力を持たせるために肉体や精神を鍛える事にあるのだ。

すなわち、逆に言えば、悪性(本性)を持たぬ人間など一人も居ないのである。

しかしながら、人それぞれ、その許容量に差がある事は歴然とした事実。

・・・であれば、真に罪を問うべきなのは、その悪性ゆえに成された行為自体ではなく、その人間が持つ許容量の小ささであり、耐久力の弱さに対してなのである。

そして更に言えば、許容量のみならず、その人間が持つ欲望の大きさも、そこには関係してくる。

しょせんこの世は、“力による奪い合い”。

余程の数の人間が減らない限り、誰もが満足出来る幸福な状態なんて生まれ得ない。

そう考えると、おそらくは、この地球もまた、定員(許容量)オーヴァーって事なのだろう・・・。

誰もが自分自身のために生きており、それを否定する事は他の誰にも許される事ではない、という話。

「信用出来る人」とは、必ずしも自分に利益をもたらす人間の事を指すとは限らない。

「信用出来る人」とは、高い確率で、その行いや思考が変化しない人の事である。

・・・とは言え、それはただ単に、昨年一回しか遅刻しなかった人は今年も一回か二回しか遅刻しないであろう・・・と言った程度の事柄に関する予想であり憶測の類に過ぎない。

また、ここで気をつけなければならない事は、表面的な事象のみで、すべてを判断してはいけないと言う事だ。

例えば、クラシックのコンサートに足繁く通っていた人が、最近めっきり会場に姿を現さなくなったとしても、それは単にクラシックのコンサートに来なくなっただけであり、その人は今もクラシック音楽を毎日聴いているかも知れないし、あるいはリストラされてお金に困っているだけかも知れない訳で、要するに「クラシック音楽を愛する」気持ちには何の変化もないのだが、ただ単にその楽しみを味わう方法が変わった、もしくはそれをしたくても出来ない状況が生まれただけの話だからである。

更に、こんな言い方も出来る。その人は、常に自分が楽しいと思える事をその時にしているだけで、それがある時期はたまたまクラシックのコンサートに通う事であったが、今は別の方向に興味が向いていると言うだけの話で、常に自分が楽しいと思える事をその時にしていると言う意味においては、全く変化などしていない場合も多いのだ。

すなわち、何が言いたいのかと言えば、他人の行動や思考に対し、自分の立場や利益を優先して考えれば、時には怒りも湧くし悲しみに暮れたりもするが、元々その人は誰かのために生きていた訳でもなく、それをただ単に、ある一時期の表面的な事象のみで自分に都合の良い方に解釈していただけに過ぎなかったりもする訳なのである。

何もかもが、ましてや他人の行動や思考ともなれば、そのすべてが自分の思い通りにはいかないもの・・・。

否。むしろ、他人を自分の思い通りにしようと考える事自体が間違いなのだ。

・・・とまでは言わないが・・・。

まあ、その様に考える人間が居ると言う事も事実であり、その存在を否定するつもりもない。

何故なら、「あきらめる事」も愛情であり、理解の一形態であると、私は考えるからである。

「子供は親の私物」か?

唐突デスが、ジョークの解る貴方に・・・。(ちょと来訪者が増えてしまったので、ここらで人払いをば・・・。)

いっそ、「子供は親の私物」と認めてしまえばどうだろうか?

何故なら、そもそも自分の家系と言うかDNAを、子孫を増やす事によって後世に残し伝えたいからこそ、子供を産み育てる訳であるからして、そんなエゴの結晶である子供に、親である自分の価値観を植えつけたいと思う事は至極当然の成り行きであると思うのだ。

ゆえに、失敗作はどんどん処分しても良いのではなかろうか?

・・・とは言え、「子供は国の宝」と言う言葉もある様に、子供とは国にとっても将来有望な奴隷・・・もとい労働力であり集金係なのであるからして、「そんなもったいない事」したら怒られてしまう訳なのであるが・・・。

だったら、また次の子供を作れば(産めば)良いではないか?・・・と。

それに、そうすれば子供も親の言いつけには絶対服従するだろうし、親への反抗、ひいては国家に対しても楯突いたりしなくなるのではなかろうか?・・・とも。

しかしまあ、親自体が国家に逆らう様な人種であれば、話は別だが・・・。

更に、この制度・・・すなわち「子供は親の私物だから、その生き死にの決定権は親にある」と言う事を実行すれば、質の良い子供をたくさん収穫・・・もとい立派な人間に成長する可能性のある子供を確保するまで、親も頑張って子作りや子育てに励むだろうし、それすなわち国家にとって優秀な人材が増える事にもなる訳であるからして、我が国も、この先ますます繁栄していくのではないだろうか。

要するに、これは親にとっても国にとっても非常に有益な、「やり直し」が利く制度なのだ。

だって、子供にとってみても、親を選んで生まれて来る事は出来ないんだしさ~。出来るなら、右も左も解らないうちに処分された方がマシかも知れないよ・・・。

親の自分勝手な価値観を無理矢理押し付けられて、そのせいで歪んだり捻ぢ曲がったまま、それでも一生を送らなけりゃあいけない事を考えたら・・・。

やっぱ、「手遅れ」って事もあるんだよね~。

そしてまた、その「手遅れ」が親になり、子供を産んで育てる・・・と。

今現在だって、両親が離婚したら子供はどちらか一方に連れて行かれる訳で、それが親の勝手な都合であるにも関わらず、まるで所有物か財産みたいな扱いを受けてる訳だし・・・。

・・・とまあ、色々と残酷な事も申しマシタが、子供を産む前、親になる前に、子育ての訓練所にでも通わせないと、たいていは自分が親に受けた子育ての体験を踏襲するしかない訳で、しかしその逆にそれを反面教師とする事も可能な訳だから、本当は負の連鎖を断ち切る勇気と責任が親には求められるはずなんだけどね~。

よって、結論としては、「子供は親の私物だから失敗作はどんどん処分して良い」ってのはやめにして・・・。

「子育ても出来ないくせに子供を産む事」すなわち「無責任に生命をこの世に誕生させる事は、自分勝手な感情や理屈で子供の命を奪う事と同等の罪である」・・・とでもしたらどうだろう?

・・・ってまあ、どうでも良いけどね。

だって自分、とっくに「手遅れ」組だし~!!(^。^)b

服従の連鎖

親が子供にしてあげるべき事とは、選択肢を広げる(増やす)事であり、間違っても選択肢を狭める事などではない。・・・と言う事を前提とするならば・・・。

いつか、「太田総理~」での議論中に出た意見に、「親として私は、子供の選択肢を広げるために、幼少時からバイオリンやら英会話等のお稽古事に通わせている」と言うものがあった。

確かに、出来るだけ早い時期に取り組まなければモノにならない職種と言うか技術と言うものがあるのも事実。しかし、子供がそれを望んだのであればともかく、その様な、“人より上のランクなりレベル”を目指させようとする親ほど、子供の選択肢を広げると言うよりは、その逆に、子供の進む道を限定しようとするのではないだろうか。

もちろん、その親は親で、本心から子供の将来を思うあまりの行為である事も間違いではない。おそらくその親は、“人より上のランクなりレベル”である事からもたらされる利益なり愉悦なり恩恵なり旨味を、自分の身を以って知っているか、その逆に、それを羨ましく思って生きてきたかのどちらかであろう。

・・・とは言え、下世話な推測をするならば、子供の出世はイコール親の名誉でもあり、老後の生活の安定度を高める重大な要素でもあるがゆえ、親が自分の世間体や将来の生活設計ために、子供の気持ちを無視し踏み躙っている場合も全く無いとは言い切れない。

よって例えば、これは偏見かも知れないが、仮にその親の子供がもしも、いくらそれが意義のある事とは言え、医者不在の山奥の村で医療活動をするだとかと言った、金にもならなけりゃ保障された確固たる地位もない職種を選ぼうとしたならば、そんな事絶対に許さないのではないか?・・・とも。

そう言う意味でも、この世における経済的な成功だとか、社会的な地位だとかに異常にこだわる親は、自分では子供の将来に対する選択肢を広げてやってるつもりかも知れないが、子供自身の“選択意思”や“自由意志”を認める気などこれっぽっちもないのではないだろうか。

ただし、それが上手く行けば何の問題もないのだ。経済的成功なり社会的地位を手に出来れば、子供は親に感謝するであろうし、自分も子供が生まれれば、自分が親からそうされた様に子供を教育するだろう・・・。

だけど問題は、子供が、親からの期待に応えられない場合・・・である。

親は親で、失望から子供を川に突き落としたりもするだろうし、子供は子供で親を金属バットで殴り殺した後に家ごと焼き払ったりもするだろうし、あるいは秋葉原の交差点にトラックで突っ込んだりもするのであろう・・・。

自分の快楽が他人の快楽であるとは限らない。

自分の満足が他人の満足であるとは限らない。

自分の幸福が他人の幸福であるとは限らない。

そして、それは血を分けた親子であっても・・・。

人はただでさえ、常に世の中の価値観や基準に照らし合わされ、劣等感を味合わされたり、疎外感を味合わされたり、絶望感や挫折感を味合わされているのだ。

親だけは、せめて親くらいは、子供の味方になってやっても良いのではないだろうか・・・。

飼い犬ぢゃあるまいし、世間の価値観や基準に服従する事によって得られる利益なり快楽のため、ましてや親の世間体や経済的安定のために、子供の“選択意思”や“自由意志”を奪うなんて・・・。

親が本当に子供のためを思うのならば、その子の持つ能力や可能性を見極め、その子がどんな道に進めば本当に幸せを得る事が出来るのかを、子供の気持ちに立って一生懸命模索すべきなのではないだろうか。

・・・まっ、そんな素敵な能力がある親なら、元より自分の価値観(←正確に言えば世間の価値観や基準でしかない)を子供に押し付けたり、一般的に幸福であるとされている形状に子供を無理やり当てはめたりなんかしないはずだけどね・・・。

[Kubitsuri Tapes]より新作2点入荷!!

■[Kubitsuri Tapes]より新作2点入荷!!(当方、ノイズ・ミュージックに明るくないため、今回はアーティスト自身によるプロフィール、レーベル側からのインフォメーション、帯掲載解説等をそのまま引用させて頂きマシタ。)

★THE GUILTY CONNECTOR「CURVED DREAM IN TOWN」(CD)¥1800
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<プロフィール>光束夜。深森のその奥地でつづく狂乱の悪魔の宴!モービッド・サイファーの中心には生贄を捧げる為にオレンジ色に燃える炎、そしてそれに照らされ、ユラれて大きくなった様々なカタチの赤黒い影!これは黒い神々がバッカスの酒で狂酔するさま。はたまた地下クラブ、フロアの真ん中でライトのむこう側に照らされた静寂の中にいるあの人の瞬間。もしくはいつもの一室で、あの美しい時間にカタまってしまっている人達の為に。雑音の光線、轟音の中の静寂。We're The Skull Electronics! GC!

<レーベル側からのインフォ>このアーティストもハーシュノイズで御座いますが、ドローンであり、ダークアンビエントの要素も持った今回の作品となっています。G.Cは中川コウヘイ氏のソロプロジェクトで、ノイズに限らず、デスメタルと言った様々な音楽を聴き、それを自身のノイズへと生かしている自家製マシーンを操り、独特のサウンドを作り出す方でございます。


★GOVERNMENT ALPHA「QUAINT PUTRID SLAG」(CD)¥2100
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<プロフィール>吉田恭淑のソロプジェクトとして1994年から本名義で活動を始める。1995年にパワーエレクトロニクスの神と崇められるWHITEHOUSEのレーベルからリリースされたコンピレーションCD "Extreme Music From Japan"でデビュー。以降は積極点に作品リリースとライブ活動を展開し、今までに海外ツアーを7回敢行している。究極のサウンドは何かをテーマにしつつ作品を発表しつづけている。
今回、Kubitsuri TapesからリリースするQUAINT PUTRID SLAGと名づけられたタイトルはその究極のハーシュを体験できる。テーマを大きく分けた2つのテーマに混沌としている破壊的なノイズの嵐はGOVERNMENT ALPHAというアーティストを表しているのにふさわしい。

<帯掲載解説>エクストリーム・ハーシュ・ノイズの進化系、GOVERNMENT ALPHAの2008年度最新作!!変則的に乱れ狂う電子音塊の終わりなき彷徨。技巧的かつ変幻自在にノイズを変異させ、過剰な暴力と攻撃性を昇華させた新世代ノイズの異次元世界。「不可能な均衡」と「矛盾した痕跡」と題された二部構成による全13曲、57分。


■上記2点はいずれも当店にて販売中!!通販も可能!!

「広島パンク~ハードコアの歴史」(番外編)~「C.O.P(CORRUPTION OF PEACE)」②

さて、それでは、C.O.Pの唯一のアルバム「CONFUSION」を聴きながら、彼らの音楽性について解説してみよう。
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まず初めに、本作には基本となる二つの特色と、更に特筆すべき二つの最重要な特色があるのだが、まずは前者から・・・。

このアルバムは、作詞担当のKEVIN氏以外の全員が作曲に参加している事から楽曲のヴァリエーションが豊富で、明らかにハードコア・パンクと呼べる作品の他に、後藤氏がアルバム用に書き下ろし歌唱も本人が担当した「HOT TIME」の様なファンキーな曲や、ライヴでも披露されていた村田氏作「GIMME SOME MORE」の様なロックン・ロール的なノリの良い曲、更には、やはりアルバム用に書き下ろしたと思われるラスト2曲のうちの特に「RIGOR MORTIS」の様な、山上氏の強力な持ち味(←詳しくは後にも記すが・・・)の一つでもある浮遊感溢れるサイケデリックなギターを最大限に生かしたユニークかつ実験的な曲等、それらが効果的に挿入されている事によって、本作は一本調子になりがちなハードコア・パンクのアルバムであるにも関わらず、飽きる事なく最後まで聴き終える事が出来るのだ。

また、そう言った意味においては、C.O.Pは純然たるハードコア・パンク・バンドではなく、広い意味でのパンク・・・否、ロック・バンドと呼ぶべきなのかも知れない。しかし、どこかのロック・バンドがちょいとハードコア・パンク風な曲を演ってみたと言う訳では決してなく、あくまでもハードコア・パンクを基本としつつ幅広い音楽性を柔軟に、しかも極めて自然に取り入れているという点、そしてその基本となるハードコア・パンク的な楽曲が非常にカッコ良いと言うか、ハードコア・パンクの美意識にそぐわぬ内容であるため、これらはやはり、ハードコア・パンクの理想的な進化形態の一つと呼ぶべきであろう。

それでは、そのハードコア・パンク的楽曲に関してであるが、基本的には短いフレーズを組み合わせた複雑なリフを猛スピードで反復するスタイルのものが主で、激しく畳み掛けるようなハードな演奏とも相まって、これが非常にカッコ良過ぎる訳なのであるが、その主たる理由としては、彼らの、骨格のしっかりした楽曲を作る作曲能力と、輪郭のハッキリとしたサウンドを明確に提示し得る演奏の力量にあると言えよう。

そして、上記のスタイルを基本とするならば、本作には当時としては珍しかった日本におけるUSスタイルによるハードコア・パンクの元祖と呼ぶに相応しい楽曲がいくつも収録されているのだが、その前に、UKハードコアとUSハードコアの違いを簡単に説明するならば・・・。

ただし、これはあくまでも私の個人的印象であるが、UKが陰ならUSは陽、UKが暗ならUSは明、UKが硬ならUSは柔・・・と、国も違えば発生した状況や動機も大幅に異なるとは言え、それらは明らかに相反する性質を持っており、最大の特徴としては、楽曲や演奏において派手なリズムや装飾的なメロディを極限まで削ぎ落とし、音楽と言うよりは音としての攻撃性を極端に突き詰めたストイックなUKハードコアに比べ、USハードコアはもっと自由で開放されたイメージがあり、音楽性の面から見ても、UKハードコアでは意識的に排除されたロックン・ロールの基本である弾むようなビート等が、USハードコアでは極自然に用いられていると言う点が大きな相違点であろうか。よって、これらを踏まえて考えると・・・。

C.O.Pが日本におけるUSスタイルによるハードコア・パンクの元祖と呼ばれる所以は、メンバー・・・それもヴォーカリストが米国人であるとか、カラフルでカジュアルなファッション・センス等の要因もあるが、やはりノリの良いロックン・ロール調の弾むビートを初めとした多様なリズム・パターンが用いられている点や、構造的にAメロと比較してサビの部分の音程が著しく上がる事によってスカッとした開放感を得られるタイプの楽曲がいくつか収録されている事、そして本文冒頭でも述べたが、ハードコア・パンクに拘らず多種多彩な音楽性が自然にブレンドされている点が、その理由として挙げられるだろう。

次回は、各メンバーそれぞれの持ち味に迫りつつ、更に特筆すべき二つの最重要な特色について解説しよう・・・。

(つづく)

一つ前の記事

理解者が限定されるであろう内容にも関わらず、急に拍手や来訪者が激増してて変だな~?って思ったけど、どうやらどっかにアドレス貼られちゃったみたいね・・・。

でもまあ、同様の怒りを共有する人達が共鳴共感してくれたって事で、良しとするか。(^^)b

ヤホークの話

ちょっと奥サン、聞いてよね!!・・・って、仕事の話なんだけどさ~!!

・・・と、その前に、知らない人のためにヤホーク(仮名/某ネット・オークション)について解説しなきゃね。

まあ、ヤホークやってる人以外には、あんまり面白い話ぢゃないけどね・・・。

なので、以下は興味ある人だけ読んでチョ~ダイな。

【“ヤホークの話”の続きを読む】

darkcell~2nd「The Moon」(CD-R)¥1500入荷!!

元THE EXECUTEのLemmy氏によるニュー・プロジェクト、darkcellの2nd「The Moon」が発表され、本日より当店でも販売させて頂ける事となりマシタ!!入荷数も極少数となっておりマスので、ご興味のある方はお早めにどうぞ!!なお、収録内容に関しての詳細等は追ってお知らせイタシマス!!

darkcell2nd.jpg
ご覧の通り、ジャケットのカラーが何種類もありマス!!なお、ジャケット・デザインは、REGGIO氏によるものデス!!

http://www.myspace.com/darkcell666

「広島パンク~ハードコアの歴史」(番外編)~「C.O.P(CORRUPTION OF PEACE)」①

C.O.PことCORRUPTION OF PEACEとは、広島から上京して活動を続けていたGASを脱退した山上氏(G)と村田氏(Ds)が、広島時代のGASにもギターで参加していた自我と言うバンドのギタリストである後藤氏をベーシストとして迎え、そこへ当時高校生だった日本在住アメリカ人のKEVIN氏をヴォーカリストに加えて結成されたバンドである。

なお、同バンドは先日、突然の再結成ライヴを行ったかと思うや、各種オムニバス参加作品を除けば唯一の単独作品である1985年12月に発売された1stアルバム「CONFUSION」に、ボーナス・トラックとしてライヴ音源を数曲プラスしたものがCD化され、更には今後もライヴ活動を継続して行くとの事。そこで私は、いずれは書こうと思っていた彼らに対する思いを、この機会に発表する事にした。

まず初めに、彼らは実に不遇・・・と言うか、長らく正当な評価を受けていなかったバンドであり、活動時期が短かかった事もあるが、今にして思えば自主制作レーベルから発売された日本のハードコア・パンク・バンドによる初のフル・アルバムであったにも関わらず、そのアルバム発表前後には既に解散してしまっていた事から、ライヴ活動による人気獲得の相乗効果も得られず、更にはアルバムのジャケット・デザインがモノクロ写真を使用したいわゆるハードコア・パンク然としたものではなく、カラフルなイラストが使用された当時としては画期的かつ斬新なものであった事も災いし、長年に渡って新品/中古レコード市場においてもハードコア・パンク好きなリスナーから購入を敬遠され、なかなかその内容の良さが認知されにくい状況が続いていたのであった。

・・・ところで私はと言えば、CD化される以前から、本アルバムをレコードからMDにダビングしたものをしょっちゅう聴いてたし、当時も、同郷である広島出身のGASや自我に思い入れが強かった事もあり、東京で行われた彼らのライヴには情報を知り得る限りすべて足を運んでいた程のファンであったので、突然の解散を残念に思った事はもちろん、その後の世間からの評価・・・と言うか、そもそもの彼らに対する認知度の低さには常に歯がゆい思いをしていたがゆえに、今回のCD化~活動再開をきっかけとして、彼らのカッコ良さがもっと多くの人に伝わる事を真に願う次第なのである。

さて、それではライヴに通っていた者として、当時の状況を振り返って説明するならば、基本的なライヴ活動は事務所・・・と言うか、メンバーの一部がそこで働いていた関係で、彼らのアルバムを発売したレーベルでもあり、その活動を強力にバック・アップしていた原宿のパンク・ショップ“JIM’S INN”企画によるイベントが主で、その中でも特に鹿鳴館で行われた数回のライヴでは、今回のCDのボーナス・トラックでも聞かれる通り、他のバンドに比べて外人客の数がとりわけ多かったのは事実であった。ただし、その理由としては先にも述べた通り、彼らの人気や評判が世間一般に広く認知されていたゆえにではなく、あくまでも極一部の人達に知られていたに過ぎない状況であった事からも、あの外人客達の殆どは、おそらくヴォーカルのKEVIN氏の友人であったり、あるいはJIM’S INNの常連客であったのではなかろうかと推測される。また、実際に彼らの演奏が素晴らしかったと言う事はもちろんであるが、彼ら外人客は日本人の様に人目を気にする事なくライヴをエンジョイする事に慣れているせいか曲が終わる度に大声で歓声(奇声?)を上げたりするため、当時の他のハードコア系のライヴと比較し、やはり会場内が異常な盛り上がを見せていたと言う事も、これまた紛れも無い事実であった。

ゆえに、もしもC.O.Pが、あのまま活動を続けていたなら・・・否、運命に「もしも」は無いが、そのサウンド・スタイルやファッション・センス等から、彼ら同様にUSタイプのハードコア・パンクの先駆者と称されている、かのLIP CREAMとも人気度や知名度において双璧を成すバンドになっていたであろう事は想像に難くなく、私は今でもそれが残念でならないのである。

次回は、そんな彼らのカッコ良さを、そのサウンド面から分析してみたいと思う・・・。

(つづく)
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