Mr.エレクトの独り言 2008年10月03日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「広島パンク~ハードコアの歴史」(番外編)~「C.O.P(CORRUPTION OF PEACE)」①

C.O.PことCORRUPTION OF PEACEとは、広島から上京して活動を続けていたGASを脱退した山上氏(G)と村田氏(Ds)が、広島時代のGASにもギターで参加していた自我と言うバンドのギタリストである後藤氏をベーシストとして迎え、そこへ当時高校生だった日本在住アメリカ人のKEVIN氏をヴォーカリストに加えて結成されたバンドである。

なお、同バンドは先日、突然の再結成ライヴを行ったかと思うや、各種オムニバス参加作品を除けば唯一の単独作品である1985年12月に発売された1stアルバム「CONFUSION」に、ボーナス・トラックとしてライヴ音源を数曲プラスしたものがCD化され、更には今後もライヴ活動を継続して行くとの事。そこで私は、いずれは書こうと思っていた彼らに対する思いを、この機会に発表する事にした。

まず初めに、彼らは実に不遇・・・と言うか、長らく正当な評価を受けていなかったバンドであり、活動時期が短かかった事もあるが、今にして思えば自主制作レーベルから発売された日本のハードコア・パンク・バンドによる初のフル・アルバムであったにも関わらず、そのアルバム発表前後には既に解散してしまっていた事から、ライヴ活動による人気獲得の相乗効果も得られず、更にはアルバムのジャケット・デザインがモノクロ写真を使用したいわゆるハードコア・パンク然としたものではなく、カラフルなイラストが使用された当時としては画期的かつ斬新なものであった事も災いし、長年に渡って新品/中古レコード市場においてもハードコア・パンク好きなリスナーから購入を敬遠され、なかなかその内容の良さが認知されにくい状況が続いていたのであった。

・・・ところで私はと言えば、CD化される以前から、本アルバムをレコードからMDにダビングしたものをしょっちゅう聴いてたし、当時も、同郷である広島出身のGASや自我に思い入れが強かった事もあり、東京で行われた彼らのライヴには情報を知り得る限りすべて足を運んでいた程のファンであったので、突然の解散を残念に思った事はもちろん、その後の世間からの評価・・・と言うか、そもそもの彼らに対する認知度の低さには常に歯がゆい思いをしていたがゆえに、今回のCD化~活動再開をきっかけとして、彼らのカッコ良さがもっと多くの人に伝わる事を真に願う次第なのである。

さて、それではライヴに通っていた者として、当時の状況を振り返って説明するならば、基本的なライヴ活動は事務所・・・と言うか、メンバーの一部がそこで働いていた関係で、彼らのアルバムを発売したレーベルでもあり、その活動を強力にバック・アップしていた原宿のパンク・ショップ“JIM’S INN”企画によるイベントが主で、その中でも特に鹿鳴館で行われた数回のライヴでは、今回のCDのボーナス・トラックでも聞かれる通り、他のバンドに比べて外人客の数がとりわけ多かったのは事実であった。ただし、その理由としては先にも述べた通り、彼らの人気や評判が世間一般に広く認知されていたゆえにではなく、あくまでも極一部の人達に知られていたに過ぎない状況であった事からも、あの外人客達の殆どは、おそらくヴォーカルのKEVIN氏の友人であったり、あるいはJIM’S INNの常連客であったのではなかろうかと推測される。また、実際に彼らの演奏が素晴らしかったと言う事はもちろんであるが、彼ら外人客は日本人の様に人目を気にする事なくライヴをエンジョイする事に慣れているせいか曲が終わる度に大声で歓声(奇声?)を上げたりするため、当時の他のハードコア系のライヴと比較し、やはり会場内が異常な盛り上がを見せていたと言う事も、これまた紛れも無い事実であった。

ゆえに、もしもC.O.Pが、あのまま活動を続けていたなら・・・否、運命に「もしも」は無いが、そのサウンド・スタイルやファッション・センス等から、彼ら同様にUSタイプのハードコア・パンクの先駆者と称されている、かのLIP CREAMとも人気度や知名度において双璧を成すバンドになっていたであろう事は想像に難くなく、私は今でもそれが残念でならないのである。

次回は、そんな彼らのカッコ良さを、そのサウンド面から分析してみたいと思う・・・。

(つづく)
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