Mr.エレクトの独り言 2008年10月27日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「奇形児」の思い出(ちょっと訂正済)

奇形児と言うバンドの未発表曲に、「懺悔」と言うものがあるのだが・・・。

恥ずかしながら、高校一年生の頃、私は実の弟を苛めていたらしい。

・・・らしい、と言うのには理由があり、自分では自覚がなかったのだが、後年、高校時代の友人に聞くと、その友人が私の家に遊びに来た際、私は弟に対し「おまえ、あっち行け!!」と、どえらく冷たい態度で接しており、友人はドン引きしてたそうなのだ。そしてその後も、弟を完全無視する様な生活がしばらく続いたのだと思う。それまでは、あれほど仲の良かった兄弟だったのにも関わらず・・・。

いや何も、それを今更ここで「懺悔」しようと言うのではない。

・・・と言うか、それでも弟は私の事を嫌いになるどころか、その頃私が聴いていたRCやザ・モッズなどを好んで聴く様になるなど、私の影響を少なからず受けているかの様でもあった。

「三人兄弟の真ん中は孤独」・・・に関しては過去に書いたので今回は端折るが、私は無意識に弟を嫉妬し憎んでいたのかも知れない・・・。

また、何と言うのか、その頃の私は、それまでの大人しい自分を変えようと、高校に入って急に授業中にデカイ声でギャグを言う様な生徒に変貌していたのだが、それはある種の演技でもあったのだと思う。

何故なら、高2になりクラス替えがあるや、急に元通りの暗い少年に逆戻りし(←当時、根が暗い事を指して“ネ暗”と言う流行語があったものだが・・・)、教室の後ろの隅っこの方に溜まってる、音楽好きな生徒のうちの一人となるのである。

・・・そんな矢先、TV放映された「ニュー・イヤー・ロック~」で観たスターリンを好きになり、「trash」を通販で買い、大ショックを受けたのだが、その時の私の感想はこうであった・・・。

「(性格が)暗くても良いんだ!!」

・・・と、言葉にすれば何ともお馬鹿な発想ではあるし、その気持ちに共感出来る人もそう多くはないとは思うが、私にとっては本当に・・・本当に救われた気持ちだったのである。

また、少々大袈裟かも知れないが、おそらくそれは、親や他人から殆ど褒められた事のなかった自分が、生きている事を初めて肯定された瞬間でもあった。

その後、カムズやエクスキュートを聴いて日本のハードコア・パンクにハマる訳なのだが、それとは別にもう一つの重要なバンドが登場する。

それが、奇形児だ。

これもやはり、1stソノシートをADKレコードから直接通販で買い、衝撃を受けた。そして、まだ広島在住だった私は、ライヴこそ観る事が出来なかったが、レコードの他にもテープ交換で入手したライヴ・テープ等で彼らの様々なレパートリーを聴く事が出来た。

ちなみに、当時はエクスキュートと奇形児と午前四時が私のフェイバリット・アーティストのベスト3で、となると当然の如くマスベも好きだったゆえ上京後はライヴにも結構通ってはいたが、マスベの事を本当に大好きになるのは実はその解散後で、「被害妄想」を繰り返し繰り返し聴いてた頃であろうか・・・。(その話は、またいずれ。)

奇形児も、基本的には1stの「奴隷志願」や2ndに収録されている「煩悶」他、歌詞も下品で音質も猥雑極まりないハード・パンク的なものが特に好みであったのだが、2ndのラストに収録されている「孤独のワルツ」から3rdに収録されている重く暗い楽曲の数々、中でも特に「他人の顔に自分の全てを見つけて、オレは一歩もあるけなくなるのさ」と歌われる「白痴」には、もはや“好き”を通り越して、自意識過剰でペシミスティックな性格であった自分の事を唄われているかの様にさえ思えたものであった。

その後、’84年に上京した時には既に奇形児は解散しており、’85年に行われた再結成ライヴで初めて彼らを観る事になる・・・。

そして、その時期しばらく・・・そう、20代の前半頃、今思えば私は“鬱状態”であった。もちろん当時は“鬱病”なんて言葉も流行しておらず、自分が何故いつも、「ある日突然、不慮の事故で死ねないものか・・・」などと考え続け、悶々とした日々を過ごしていたのか、その理由さえ解らなかったが。

そんな私にとっては、奇形児に限らず、音楽は“唯一の救い”・・・であったのだ。

だから一昨日の再結成ライヴに於いても、オッサンやオバ・・・もといオネエサン方だけでなく、鬱に陥りがちな年齢である20代前半の観客も多く見受けられ、大昔に活動していたバンドであるにも関わらず彼らが奇形児に夢中になる理由も、私には至極納得出来るのである。

今でこそ色んなバンドが存在するが、当時、あそこまで自己の精神的な病理や鬱屈した感情を言葉にして露にさらけ出していたバンドを、私は知らない。

奇形児・・・。彼らはその名の如く、精神的に健全な人々が思わず目を背ける様な禁忌な歌詞を、野太い声と重く激しい演奏によって奏でる、実に稀有なバンドであった。

それにしても、彼らのレパートリーはいずれも卑屈なまでに自虐的、そしてとことんまでの露悪趣味に彩られていながらも、何故にあれほどまでに恍惚的な陶酔感に満ち溢れているのであろうか・・・。

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