Mr.エレクトの独り言 2009年03月26日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「極私的音楽論」②

いつからだろう・・・。音楽の世界にまで“競争の原理”が持ち込まれてしまったのは・・・。

思うにそれは、そもそも個人が自分独りで楽しむために、あるいは複数の人間が集団で喜びを共有しあうためであったはずの音楽が、貨幣を媒介にして演奏を観客に聴かせたり録音物を複製販売し始めてから、更にはその売り上げ順位を公表する様になってからではないだろうか。

もう一度、原点に立ち返って考えてみて欲しい・・・。

当初は、自分が喜ぶために始めた事、あるいは自分達が喜び合うために始めた事であったはずなのだ。

・・・とは言え、もちろんその集団の中においては、最も皆を喜ばせる事の出来る演奏者が持て囃されたであろうし、となれば他人を喜ばせる事の出来る能力が競われたりもしたであろう。しかしそれらはあくまでも、その演奏者達には皆を喜ばせると言う共通した目的があったがゆえに・・・なのである。

例えば、激しい音楽をやりたいと考える人間が世界で一番激しい音楽をやるために努力して切磋琢磨するのは当然であり、それゆえに激しい音楽をやりたいと考える他のミュージシャンと共通するゴールを目指して競い合う事は、双方にとっても、その手の音楽を愛好するリスナーにとっても、おそらくはプラスになる行為であろう。

あるいは、やっている音楽の種類は異なれど、昔の友人やライバルが誰よりも面白い事をやってたり新しい事に挑戦したと聞けば、それが刺激になって自分も負けない様にと奮起の材料にすると言う事も充分にあり得る。

しかしながら、表面的には他人を喜ばせる事であったとしても、それが自分の喜びなんだと言う場合もあれば、それでお金を儲けて自分に利益を還元する場合もある訳で、音楽が求める最終的な目的とは、結果に至るそれぞれのプロセスはどうあれ、あくまでも自分を喜ばせるためである事に何ら違いはないのである。

(もちろん音楽を続けていれば一時的に苦しい場面もあるだろうが、それにせよ、その先にある喜びを目指すがゆえに必要な事であったりもするし、決してそれ自体をはなから求めている訳ではないはずだ。もっとも、人によっては苦痛を味わう事自体が喜びである場合も考えられるが・・・。)

また、リスナーの側からすれば、生まれ持った資質や育った環境によって育まれたそれぞれの価値観や嗜好から発生した、音楽に対する好き嫌いや優劣の度合いと言うものは確かに存在するであろう・・・。

そして演奏する側にとってみても、音を出す事によって自分が楽しくなる事・・・すなわち自分の価値観や嗜好に基づく理想的かつ“最適な音楽”を作り出す事、あるいは趣味にせよ仕事にせよ他者を喜ばせるために“最適な音楽”を作る事によって結果的には(精神的なり物質的に)自分を喜ばせると言う事が究極の目的となる訳ではあるが・・・。

現実にせよ架空にせよ、喜ばせる対象となる人間の種類が限定されていればいるほど、その目的なり方向性もより明確になってくる訳で・・・。

(ちなみに、無目的である事も、やはり目的の一種である。)

それらを個別に追求して行けば行くほど、そして理想に対する達成度や完成度が高くなればなる程、万人を満足させる行為から遠ざかるのは自明の理なのである。

ゆえに、ただ音楽であると言うだけで目的の異なるものを比べたり競ったりする事はナンセンス極まりない行為であり、ましてやそれを、ライヴの動員数やCDの売り上げ枚数と言うたった一種類の価値観のみで判断しようなどと言う事は、愚行以外の何物でもないのだ。

ただし、これは言うまでもない事であるが、自分を喜ばせる音楽を作る事よりも他人の喜び・・・それも出来るだけ多くの人を喜せたいと考えるサーヴィス精神旺盛(あるいはサーヴィス業そのもの)なミュージシャンは、ライヴの動員数やCDの売り上げに対して一喜一憂するべきであろう。何故なら、それらの数字には自分にもたらされるであろう喜びの度合いがダイレクトに反映されているからである。

ところで、これは多くのミュージシャンが抱くであろう理想であるが、自分を喜ばせる事のみを追求し続けた結果、その作品が他者を喜ばせる事をも可能とする事が出来たならば、それは自分の能力や実力以前に、自分の価値観や嗜好がその他者と合致する度合いが高かったと言う事が考えられる。

それゆえ、おそらく音楽の世界で売れる人と言うのは、多くの他者と価値観や嗜好が合致した上で、更にその先や上の立場や魅力(←音楽的な才能やルックスの良し悪しを含め・・・)を兼ね備えた人なのであろう。

人気商売・・・とは良く言ったもので、結局は人気者が人気を得るのである。

何にせよ、自分の価値観や嗜好にそぐわぬ人に対して憧れを抱く人間と言うのは、なかなかいないもの・・・。

よって、自分に正直にやればやる程、それを支持する人間の数は自ずと適正化されてくるはずなのである。

だけど・・・否。だから、それで良いのだ。

(つづく)
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