Mr.エレクトの独り言 2009年04月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

THE CLAY/赤~CD発売中!!

★THE CLAY/クレイ
■画像左「The Clay Live1983-1984」(CD)¥2940
’80年代初期ハードコア四天王、クレイの未発表曲7曲含む全45曲を収録した2枚組ライヴ・アルバム。本作は、クレイの三ヶ所でのライヴを完全収録すると共に、オムニバス・ライヴEP「LIVE HOLD UP OMIBUS 1984」参加の5曲を追加収録した、クレイ絶頂期のライヴ・パフォーマンスをたっぷり堪能出来る完全初CD化作品。
■画像右「The Middle East Combat Area」(CD)¥1575
’80年代初期ハードコア四天王、クレイが残したスタジオ・レコーディング作品を、ギタリストであったKAZUSHI氏(~現在もTHE TRASHで活動中)監修の下に全曲網羅した完全初CD化作品。本作は、1984年にリリースされた全3曲収録EP及び同年発売のオムニバス・アルバム「GREAT PUNK HITS」収録曲に、同アルバム参加音源をレコーディングする際に録られた「THE DEMILITARISED NEUTRALITY」の別ヴァージョンをプラスした、全6曲を収録。
THE CLAY
クレイの楽曲は鋼鉄の鎧あるいは軍事兵器の様な冷徹な構築美に満ちており、それら無機質とも呼べる構造の楽曲をただひたすらスピーディーに演奏する姿はストイックでありながらも実に激しく、ハードコア・パンクが持つ魅力の一側面を見事に体現したものとなっている。

★赤
■「偽想愛」(CD)¥2940
少女人形と共に、パンク第2世代を代表する“赤”の未発表曲10曲含む全22曲を収録した作品。本作は、赤が’85年に広島の自殺レーベルより発売した1stソノシート「偽想愛」に、未発表ライヴ音源(2ヶ所のライヴを完全収録)18曲を追加収録した、全曲初CD化編集アルバム。
AKA.jpg
赤のサウンドはADKレコード系(マスターベーション等)の流れを汲む野太いベースの音色を基調としたミドル・テンポのダークなハード・パンクで、厭世的かつエロチシズム溢れる歌詞を、まるで喉から赤い血の涙を流すかの如く胸の奥底から声を搾り出して歌うワタル氏のヴォーカルと、繊細かつ不健康な不良少年の香りを漂わせたメンバーのヴィジュアル系とも呼べるデカダンな佇まいが、強く印象に残るバンドであった。 (現在再結成活動中!!)

■上記の作品はすべて当店にて発売中!!通販も可能!!
スポンサーサイト

「トコマノタキ」②「ジブンデキメナイアン」

(「トコマノタキ」のつづきみたいなもの)

もう少し解り易く説明すると・・・。

私は肉を食べないのだが、それは「ベジタリアン」だからなどではもちろんなくて、ただ単純に「美味しくないと思えるものは嫌いだから食べない人」だからなのである。

それに、肉だけではなくて子供の頃はきゅうりともやし以外の野菜すべて嫌いだったし・・・。(←誰に言っても、「何喰って生きてきたんだ!!」とのツッコミを頂戴しておりマス。)

だから、「美味しいと思うし好きだから肉を食べる人」である貴方と、「美味しくないと思えるし嫌いだから肉は食べない人」である私は、相容れないどころか、むしろ同類なのだ。

よって、これからは私達の様な人種の事を「好きなものだけ食べたいアン」、あるいは「嫌いなものは絶対に食べないアン」とでも呼んで欲しい。

そもそもベジタリアンが問題なのは、食べて良いものと食べてはいけないものの基準を人任せにして、それを「自分自身で決めない」からである。

ゆえに、もしもベジタリアンを批判するのであれば、「肉を喰う喰わない」と言う点にではなく、「自分の生き方から善悪の基準までをすべて人任せにして自分で考えて決める事をしない怠惰な人間」であると言う点をこそ糾弾すべきなのだ。

また、もしも貴方が「肉は人間が喰っても良い食べ物であるとされているから喰う人」であるだとか、「肉は嫌いだけど我慢して喰う人」であれば、やはり私とは相容れない。

そして更に言えば、貴方はきっと、「ベジタリアン」ならぬ「ミータリアン」なのであろう。

首輪と鎖でつながれた犬が、鳥にこう言った。

「あ~あ、屋根の無い家に住み、食事も出してもらえない暮らしをして、鳥サンは何てかわいそうなんだろう。」・・・と。

要するに、自分で物事を考えられると言う事こそが人間の醍醐味であり、それを実行に移す能力のある人間の事を大人と呼ぶのだ。

さて貴方は、「ベジタリアン」ならぬ「ジブンデキメナイアン」なのか、それとも「好きなものだけ食べたいアン」こと「ジブンデキメルアン」なのか?

ともあれ、「ジブンデキメルアン」ではあまりにも呼びにくいから、どうだろう?私はタマゴ大好き人間な訳であるらして、そこから命名した「エッグリアン」なんてのは?

いや!!閃いた!!自分の好きなものしか食べないって事は、ある種の利己主義って言うか個人主義な訳だから、「エゴイスト」にひっかけて・・・。

これからは、「エッグイスト」って名乗る事にしようっと!!

「エッグイスト」・・・それは、「誰が何と言おうが自分が好きなものしか食べない人種」の事を指す。

・・・みたいな。(^^;)

脳ダイエット

しかしまあ要するに・・・。

考える事も、脳の筋肉を使う訳で・・・。

そう言う意味においては、「考える人」の事を、これからはボディ・ビルダーならぬ「思想ビルダー」とでも呼ぶべきかも知れない。

トナルト・・・私の様につまらない事をいつまでもくよくよと「考え過ぎる人」ってのは、要するに「思想デブ」とでも言った所かな?

も少しダイエットしなくちゃ!!(^^;)

「トコマノタキ」

この一件、考えれば考える程に、非常に興味深い。

要するに、それが本当に中傷であるとか名誉毀損であるとかの真偽以前に、被害を受けた者が誰(何者)であったかによって善悪が決まるって事な訳だから・・・。

実際、「被害者は声がでかいからだとかケンカが強い人だから、直接怒られるのが怖くて謝った」・・・など言うかわいらしい理由などではなく、あくまでも被害者に権力があったゆえ、それも人数(金や業界におけるコネの力で味方なり子分にしている人間の数)を後ろ盾にした力によって、今回の一方的な判決は下されたのだ。

・・・とは言え、もちろんそれがその世界に住む人達のほぼ総意であった事も事実であろう。芸能界自体が、その様なパワー・バランスの下に成り立っている世界なのだから。

しかしながら、その様に権力者に楯突いた者だけが断罪され、逆に力の弱い者を叩く・・・しかも多人数による多数決の権力で裁く事は絶対的な正義であるとされるその在り方に、何ら問題はないのであろうか。

・・・否。どの様な世界、集団、空間においても、数が多い方が正義・・・であると言う訳でもないが、そちらを採用した方が高い確率で物事が上手く解決出来たりスムーズに進められるのであろうと言う事も事実。

しかるに、我が国におけるあの戦争においても、当時はあれだけ国民の殆どが熱狂し、おそらく少数であったろう戦争反対者が弾圧された現実、そして敗戦するや戦争は悪であったと殆どの国民が意見を翻しているであろう現在。

・・・にも関わらず、賛同する人数が多いくらいの事で、どうしてそれが“正義”なり“善”であると言う根拠になり得ようか。

思うにそれは、各々が一人になって物事の良し悪しを真剣に考えないからである。

ただ賛成意見の数が多いと言うだけで、それが本当に正しいものであるのかどうかと言う事を考えもせず、何の疑問すら抱かずに受け入れる。

そして一旦正しいものであると認識した途端、少数の反対意見の存在を目にしても、その人達の考えを再度検証しようと試みるどころか、まるで自分が正義の使者であるかの如く少数意見を迫害する事で自分の正しさを証明したつもりになって優越感や愉悦に浸る人達。

そもそも、正しさどころか、自分の意見や考えなどないくせに。

・・・が、もちろんそんな野蛮な人間も多数側を支える人数の一部を構成するに過ぎず、またおそらくは(総数に比例するがゆえ)人数こそ少ないものの、少数側にも同様の割合で何も考えない人間が含まれているのであろうと推測されるべきでもあろう。

ゆえに結論として、今回私が強く述べたいのは、これからの時代は、異なる意見を持つ者同士が対立して人数の多い少ないを競って不毛な争いを繰り返すのではなく、物事の良し悪しを自分自身で考えようとする者と、そうでない者とを見極めていく事こそが重要なのだと言う考え方なのである。

もっとも、こんなものは理想論に過ぎないが・・・。

だが、誰もが自分自身で物事を考える様になれば、否、むしろその逆に、そうならなければこの世に理想の社会を実現する事など到底不可能であろう。

考えなければ、至らない。

考えなければ、人間も獣と同類。

えっ!?理想の社会がどんな世の中かって?

だから、それを各々が自分自身で考えるの!!

もしかして?

「何かある」のを調査するためでもなければ・・・

「何も無かった」事を証明するためでもなく・・・

「何も無かった事にする」ための「家宅捜索」?

ガンバレ!!臭●君!!

臭●君、毎日朝8時に起床って・・・。

まだ懲りてないのね。

またいつかやるってか?

そう言った「規則正しい生活」ってのは、日頃不真面目な人や怠惰な人を更生させるための方法であって、臭●君みたいな真面目な人がそんな生活してたら駄目!!

それぢゃ、何も変ってないぢゃん・・・。

結局今回の様な事件を起こした原因は、間違った我慢、行き過ぎた我慢をし過ぎてた事の反動が、酒に酔って自分を見失った時に露呈してしまったって事なんだから。

臭●君が覚えなくちゃいけないのは、我慢ぢゃなくて、自分の本当の欲求や鬱憤を上手に解消する方法でしょ?

そんな規則正しい生活なんかしちゃったりして、しかも酒まで断ったりなんかしたら、今度はそれこそ「田代マーシーの法則」の二の舞になっちゃうんぢゃないの?

臭●君はプロのタレントなんだから、お金も取らずに人前で歌ったりしちゃ駄目なんだよ。

ましてや裸になるなんてもっての他。そのうちヌード写真集とか出して稼ぐ予定なんだから。

もしかして、「公園」を「公演」と読み間違えたのかな?

それにしても、せっかくもらった長期休暇を囚人みたいな生活して過ごすなんて・・・。

もったいないにも程がある!!

自分の人生なんだから、もっと真剣に考えなくちゃ!!

馬鹿な大人達に騙されないで!!

“真面目”に更生する気があるのなら・・・。

人生の教訓(改訂版)

目上の人に感謝の気持ち伝える際、言うと喜ばれる台詞。

「この度は色々とお世話になりマシテ、本当にありがとうゴザイマシタ!!墓参りには必ず行かせて頂きマスので!!」

・・・って、先に殺す気か!!(^^;)

臭●君

そう言えば、初期“うるさい象”の2ndシングル「ふわふわ」には、こんな歌詞があって・・・。

「衣服は着るものと決められて 裸で歩けば怒られる 逮捕される この世の決まりはみんな正しいと信じられて 身動きひとつ取れない」

上記は記憶を頼りに書いているので漢字の当て方などに間違いがあるかも知れないが、まあそんな内容なのだ・・・。

そして、やはり臭●君も日頃は余程自分を抑圧してたと言うか、周囲の期待に応えるために自分を偽り続けており、今回の一件はその反動だったのであろうか。

・・・となると、これは非常に人間らしい失態であったとは言えよう。

・・・とは言え、普通の会社員より、そして更にリアルに言うならば、エキストラの役者に比べドラマやCMの出演料が破格に高額なのだから、それはやはりプライベートさえも売り渡して初めて成立するものであろうと考えると、やはり今回の暴走は同情すべき事ではないのだろう。

しかしながら、このお陰でテレビの“血で字”放送開始が延期にでもなれば、それに越した事はない。

何せ、貧乏人にとっては最大にして唯一の娯楽であるテレビが、ある日突然、対応型テレビ(約10万~)あるいはチューナー(約2万~)を買わなければ継続して観れなくなるってんだから・・・。

臭●君の仕事は、我々庶民に娯楽を与える事であって、奪う事ではないでしょ?

これぢゃ、せっかく定額給付金もらっても足りないし意味ないよ!!

ともあれ、酒を飲み過ぎると我を忘れてしまう人間に対して、「いくら酔っ払ってても、やって良い事と悪い事がある」なんて説教した所で、馬の耳に念仏な訳で・・・。

これはもう、酒を断つしかないだろう。

あるいは、飲酒も許可制にして免許証でも発行するか・・・。

それにしても、もっと高級なおクスリに手を出さなかった言う事は、臭●君本人がその誘惑に耐えたか、それだけ事務所の管理が厳しいって事なのだろうか。

芸能界に人間は要らない。

・・・否。これは、“人間らしさ”なるものを徹底的に排除、もしくは超越した所にしか“プロフェッショナル”など存在しないのだ・・・と言う教えなのだろうか。

・・・だろうな。

以上、趣味で芸能界ご意見番をやっている私の勝手な意見であるが、更に余計なお世話を承知で言うなれば・・・。

臭●君は、自分の名前がパソコン上でいちいち「●(なぎは弓へんに剪)」と注釈つけなくても良い様に、この機会に改名でもしたらどうかな?

うるさい象

「“うるさい象”のリーダーが、ラジオの生放送中に暴言を吐いて切れた。」

・・・と風の噂で耳にしたので(←ホントはネットで知っただけなんだけどネ)、早速動画サイトで観てみた。

何と言うのか・・・。

彼の気持ちも良く解る。

おそらく、彼は一生懸命、それこそ全身全霊を込めて「食べやすく」するために努力したのであろうから・・・。

それをいきなり、公衆の面前で「食べにくい」と評されてしまっては、立つ瀬がないと言うものだ。

せっかく、“俺様”を殺して、“皆様”に喜んでもらえるよう、現在の世の中で一般的に“心地良い”とされる価値基準に合致するために必死で頑張ったのに・・・。

商売だからな。

多数決による絶対的な正義に頭を下げ、服従し、誠心誠意尽す事は、彼のプロ意識の表れなのだ。

そしてまた過去に、そうする事によって彼が得た利益なり快楽なり報酬は、それほどまでに甘美だったって事であろう。

だから彼は、“職場”では自分を殺す事さえ厭わなかったのである。

しかし、頭の良い所を見せようとしてわざとひねくれた誉め方をした(←私もその傾向にありマスが・・・)女性パーソナリティは、彼のその鬱屈した感情までは見抜けなかった様だ。

彼の様な、“本当は威張りたくて仕方ない”人間にとっては、それがどれほど彼自身の卑屈なプライドを傷つけるものであったかは、想像に難くない。

しかも、相手は“自分より弱い立場であり、劣る存在であるはず”・・・の女性である。

彼の屈折した怒りと復讐の刃がその女性パーソナリティに向けられた事は、不思議な話でもなんでもないのだ。

ゆえに、不適切発言で干されてしまったトコマノタキの一件とは、その性質と言うか論議されるべき問題点が根本的に異なるのである。

結局の所、“人気”だとか“売り上げ”だとかを気にすると言った、言わば他人の価値基準に自分の評価を委ねると言う行為、そしてその様な職種の仕事は、元々が多数の人間から一般的に良しとされている価値観を共有出来る人間か、上手に嘘のつける人間にしか向いてないのであろう。

彼が、「俺の作る作品は素晴らしい」と本当に思っているのであれば、例え「いやな奴」だと思われようが、「わがままな男」だと疎ましがられようが、自信満々で歌えば良いのだ。

そしたら俺も、あんたの事を少しは好きになって・・・否、たまには思い出す事ぐらいしてやるかも知れないぜ。

まっ、今更無理だろうけどね・・・。

今後もせいぜいお仕事頑張って、出来るだけ多くの人に好かれるが良いさ。

「地獄の子守唄」

エレクトタイムス24「地獄の子守唄」

マリア観音の「徒花」と言う歌に「お前の地獄と俺の地獄の どっちが重いか比べよう」と言う歌詞があり、私は非常に好きなのだが、もちろん、これは実際に比べてどうのこうのと言う話ではなく、あくまでも「俺の地獄の深さ重さがお前に解るのか?」と言った問いかけであり、「俺の地獄の深さ重さを解ってくれ!!」と言う、抑圧もしくは疎外され続けた孤独な人間が救いを求めて発するメッセージでもある訳なのであるが・・・。

そもそも、死後の世界に“まで”地獄は存在しないと考える私にとっては、この人間が住む地球にこそ地獄はあり、それを作り出しているのは人間自身であるとの考えを強く主張する次第。

・・・否、もっと正確に言えば、地獄を認識出来るのは人間だけである・・・とでも言い換えるべきか。

例えば、動物や昆虫の世界においては、我々人間から見れば「何と残酷な!!」と思える生態が往々にしてある訳なのであるが、彼らにしてみればそれは自然の法則と言うか、その種族の持つ本性や本能に忠実に生きるがゆえの帰結な訳で、他の種族である人間がそれを残酷だ何だと定義するなど、おこがましいにも程があるのだ。

しかるに、人間社会において生み出される様々な地獄絵図、それらもある種、人間に備わっている種族保存の本能からもたらされる利己主義的な精神や行動が生み出す必然的な結果であると言えなくもない。

しかしながら、人間が動物と唯一異なるのは、その在り様を自然の法則に基づく必然的な結果であると黙って受け入れる事が出来ない点にあり、そしてまた、その状況を死後の世界に存在すると言われる“地獄”になぞらえて言い表しているに過ぎないのである。

よって、要するに地獄とは、この世の中に実在すると言うよりは、人のこころの中にのみ在る概念であると言う言い方も出来よう。

ゆえに、その情景や光景、更にはその深さや重さを他人に正確に伝えると言う事は、そうそうたやすい事ではない。

仮に、同様の・・・あるいはそれに近い状況を体験した事がある者であれば、共感する事も出来ようし、想像力すなわち積極的に歩み寄る事によって伺い知る事も出来よう。しかし中には、全く想像すら出来ない人間が居たとしても何ら不思議ではない。

そう言う意味においては、「地獄」(=人間のこころの内にある偏った世界観)を描いた作品を理解出来る人間は自ずと限られてくるし、更にそれが深く重くなればなるほど、理解力や想像力(=積極的な歩み寄り)も届かなくなってしまうのは自明の理なのだ。

だが、地獄を知る者にとってみれば、そこに描かれている地獄の重さや深さがあまりにも浅いと、シラケを通り越して怒りさえ覚えるもの・・・。

そもそも「孤独」とは、そばに誰かが居るとか居ないとかではなく、自分のこころの内の世界を誰も理解してくれないどころか、この世に自分が共感もしくは共鳴出来るものが何一つ・・・あるいは殆どない状態の事を指す。

そこで、その様な孤独な人間は自分で地獄を描くしかなくなる訳なのであるが・・・。

そんな「地獄の絵」、あるいは「地獄の子守唄」を必要としている人間が、この世には必ず居るのだと言う事を忘れないで欲しいのだ。

かつて、TVアニメ「タイガーマスク」のエンディング・テーマ「みなし児のバラード」の作曲者である菊地俊輔を賞賛する際に用いた、「孤独を知らぬ者には孤独を描く事など出来ない。」と言う私の名言(←自分で言うか!!)があるのだが、同様に「地獄を知らぬ者には地獄を描く事など出来ない。」・・・のである。

考えてみて欲しい。どれだけの知識があっても、どれほどの技術があっても、実際に目で見えるもの・・・もしくはこころの内や頭の中に思い描く事が出来るもの以外は、絶対に描けないのだ。

仮に、地獄を全く知らぬ者が想像力をフルに働かせて地獄の絵を描いたとしても、それこそ、その浅さや軽さが浮き彫りになるだけであろう。

「地獄」や「孤独」に苛まれている人間と言うのは、おそらく「どうして自分だけがこんな仕打ちを受けなければならないんだ・・・」と考えがちである。

そんな人達にとって、自分の「地獄」や「孤独」に見合う「地獄の絵」や「地獄の子守唄」の存在が、どれほど救いになっている事か・・・。

だから、それを誇りにこそすれど、悲嘆に暮れたり劣等感に苦しむ事などない。

「地獄」を描く事。・・・それは、「地獄」を知る者だけに許された特権であり、課せられた使命なのだ。

2009年4月17日/Mr.エレクト(エレクトレコード代表)

実録「レコード・コレクター地獄変」⑦「亡者の述懐(後編)」

(中編からのつづき)

それでは、落札代行した商品代金の支払いについてだが・・・。

当初は、何の問題もなかったのだ。何故ならジョニー氏は、まだ財産・・・すなわち貴重なレコードのコレクションを何千枚も所有していたのだから。

(・・・要するに、それらのレコードを当店で委託販売してもらったり買取りさせてもらう事によって、新たに購入するレコードの支払い代金を捻出する事が可能だったのである。)

ところが、買戻しも含むリバウンド時期のレコードの買い捲りによって身に付いた散財癖、そして再度引退した後に再び処分し始めたレコード・コレクションの膨大な売り上げ金で、今はまだ詳しくは述べられぬが、人生初の夜遊び三昧・・・を日夜繰り返し、ジョニー氏はあっという間に奈落の底へと転落してしまった。

よって、当然の事ながら、高価な貴重盤の類は跡形もなく消え失せ、後には例の、大した金にはならない「マイナー歌手・・・それもどっかの田舎のホステスやら金持ちのマダム(=くそババア)が自主制作で出した様なレコード」、あるいは「レクリエーション用(フォーク・ダンスの伴奏等)のレコードや効果音のレコード」などが山ほど残されているのみとなってしまったのだ。

・・・にも関わらずジョニー氏ときたら、「まだ貴重なレコードが部屋には何枚もある」と私に嘘を吐き、委託品の売り上げ金の前借を要求したり、私に金を貸してくれとせがむ様になっていったのである。

そして一時は、「家賃を払わないと部屋に入れないからレコードを持ってこれない」と、私から大金を借りたまま半年近く失踪した事さえあったのだ。

ゆえに、そんなこんなで、ヤフオクでの落札代行を請け負う時は、必ず前金で支払いを済ませてもらう事にした。

また、依頼を受ける時も、私は必ず小言を言う事にしているのだが・・・。

ジョニー氏「あの~。またお願いしたい事があるんデスけど・・・。」

私「え~!!ジョニーさん、そんな生活してて、まだレコード買ってる余裕なんかあるんデスか?またネット喫茶へシャワー浴びに行ったついでに余計なもの(ヤフオク)見たんでしょう!!こっちは仕事のために毎日パソコンとにらめっこしてヤフオクに出品出品の過酷な毎日なのに、野宿してる様な人間がインター・ネット遊びとは、えらく優雅なご身分デスね~。」

ジョニー氏「違うんデスよ!!最近、シャワーは教会で浴びてマスから。実は国会図書館に行けば無料でインター・ネットが出来るんデスよ。」

私「え~!?国会図書館ったって、電車賃だってかかるでしょうに!!」

ジョニー氏「いえいえ、歩いて行ってマスから、大丈夫デスよ。」

私「ええ!?あんな遠くまで歩いて!!・・・そこまでするなんて余計悪いっちゅうの!!そんな暇あったらテッィシュ配りでもDM投函でも何でも良いから、仕事探して働きゃ良いぢゃないデスか~!!」

ジョニー氏「それが、私もこの歳だし保険証がないからね~。」

私「・・・で?今日は何か売れそうなCDなり本なり仕入れて(←廃品回収)きたんデスか?」

ジョニー氏「いや、それが何もないんデスけどね。でも今(ヤフオクに)出てる民謡のレコードは、私が前から探してたものなんデスよ。」

私「そんなの、もっと生活が安定してからで良いんぢゃないデスか?」

ジョニー氏「いやあの、定額給付金が出たら、他にも欲しいレコードいっぱい買えるんだけどね~。」

私「定額給付金て!!どこでそんな知識得たのか知りマセンけどね~。住んでる家もないのに、そんなのもらえると思ってるんスか!!」

ジョニー氏「いやあのね、実家の寝たきりのばあちゃんが私の保険証預かってるから・・・。」

私「・・・て!!保険証あるぢゃないデスか!!あれでしょ?保険証があると、またサラ金でお金借りてレコード買ったりするから、取り上げられてるんでしょ。要するにジョニーさん、おばあちゃんに信用されてないって事デスよ。」

ジョニー氏「そうなんデスよね~。それぢゃあ、(オークション)終了日までに何か金目のもの探してきマスよ。それか、一日でも並びの仕事(←整理券をもらうために早朝から並ぶ代行業務ってのがあるらしい・・・)とか入れればね~。」

私「言っときマスけど、楽して儲けようとしても駄目デスよ。それこそ一晩中あちこち歩き廻って出来るだけ良いモノ見つけてこなきゃ。ちょとニ三箇所、穴場の集荷場を覗いたくらいで金が稼げると思ったら大間違いデスよ。みんな昼も夜も必死で働いてるんだから、努力しなきゃ、努力!!ジョニーさんはホントに、どうしようもない怠け者なんだから・・・。」

しかるに、このいつもの私の説教が、また一つのジョニー伝説を生むきっかけとなろうとは、何と皮肉な話であろうか・・・。

(完結編につづく)

~フランケンシュタイン

(つづき)

シスター・レイ解散後、間もなくして結成されたフランケンシュタイン。

このバンドも何度か観に行ったのだが、シスター・レイでも演ってた「I WANNA BE YOUR DOG」の日本語カヴァーを、確かフランケンシュタインでも演ってた様な気がする・・・程度の事しか記憶にない・・・。

いや、違ったか・・・。

またいつか、聴き直してみよう。

「ドロ沼」(サイキ~奇形児~シスター・レイ)

「ドロ沼」とは、先日、スモーキンブギにて行われた奇形児のライヴにて1曲目に演奏された曲であるが、これは新曲ではなく、サイキ(奇形児結成前及び、2000年前後にも再結成して活動していたバンド)時代のレパートリーであるとの事。

しかし、「おまえの金色のシャワーを俺にかけてくれ」と言う歌詞のフレーズには聴き覚えがあり、確かシスター・レイ(奇形児解散後にヴォーカルのヤス氏が結成したバンド)時代のライヴでもやってたはずだよな・・・と思っていたのだが、本日、自宅にて発掘したライヴ・テープを久々にチェックした所、やはりこの時期にも演奏されていた事が判明した。(「金色のシャワー」の意味が解らない人は、パパかママに質問してみてね。)

ただし、シスター・レイは奇形児とは違い、かなり洗練されてスッキリとしたサウンドのバンドであったため、そのインパクトは奇形児やサイキのものと比べ、いくぶん薄められた感は否めない。

・・・とは言え、シスター・レイ時代に演奏されたテイクを改めて聴き直してみたが、やはり同日のライヴにおいても極めて異彩かつ出色の出来栄えであると思わされる程の抜きん出た迫力を、この曲は放っていた。

ところで、今回行われた奇形児のライヴに於いて演奏された同曲のどこに私が感銘を受けたのかと言えば、一にもニもなくその歌詞の内容になのであるが、キンタマがどうのこうの・・・と言った一般的には下品とされる言葉をストレートに用いた部分ではなく、「愛してるって叫びながら お前を見たら まるで馬鹿者の様に 鼻の穴を広げて」・・・と歌われる部分の、特に後半の「まるで馬鹿者の様に 鼻の穴を広げて」・・・の箇所に尽きるのだ。

何と言うのか、「そこまでリアルに歌うか!!」・・・としか言いようのない、その身も蓋もなく露骨過ぎる描写。こう・・・踏み込んではいけない領域と言うか、思わず目を覆いたくなる自分の醜い姿や人間の本性を、まるで鏡を目の前にかざして無理矢理見せ付けられているかの様な・・・。

もっとも、そもそも奇形児と言うバンド自体がその禁忌的なバンド名同様、多くの人が目を背けたがる人間が持つ負の一面・・・すなわち自己の病んだ精神状態であるとか欲望に塗れた卑小なこころの在り様を、意図的に、しかもことさらに曝け出して見せつける事が目的であるかの如き存在であった訳なのではあるが・・・。

ゆえに、そう考えると、再びこの曲を演奏レパートリーに加えたと言う事は、歌詞を作って歌うヤス氏自身の表現行為に対する姿勢が初代サイキの時代から一貫して不変である事の証明でもあり、そして何より、今一度その原点に立ち返る事を表明するための選曲であったとの見方も出来よう。

また、誤解を解くために言っておくが、奇形児が自虐的と称される所以は、歌詞の内容や音楽以前の実生活がそうであると言うのではなく、「あの様な歌詞を作って歌う」その行為そのものがイコール「羞恥プレイ」とでも言うか、殆どの人間が終生ひた隠しにする様な己の恥部や劣等感の根源を自ら進んで露出し曝け出さんとする、過剰なまでに明け透けなその吐露行為自体を指しての事なのだ。

そして、そう考えると、奇形児の「奴隷志願」、そしてその続編とも呼べるシスター・レイの「もっと愛して」の歌詞からも伺える通り、いずれの作品も自らを生贄に差し出すも受け入れられない(=愛されない)事に対する報復めいた恨み辛みが主題となっており、その点からもヤス氏の本質的なパーソナリティは、単に自虐的と言うよりは攻撃的なマゾヒズム、あるいは屈折したサディズムとでも呼ぶべき性質のものであると考えられる。

実際、先日のライヴ終了後、会場のスモーキンブギに於いて再結成サイキ時代の「ドロ沼」のライヴ音源を聴かせて頂いたのだが、ヒロシマ氏のへヴィなドラム及びバンド全体のダウナーな演奏が醸し出す重苦しい雰囲気とも相まって、「これはもはや、いやがらせ以外の何物でもないな・・・」(←もちろん誉め言葉)と言うのが、私の率直な印象であった。(^^;)

だが、まるで聴く者をそのタイトルの通りドロ沼に引きずり込まんとするかの如き負の情念に満ちたこの楽曲が、私にとっては「いや」でもなければ苦痛でもないどころかむしろ大好物であり、この曲を聴く度に何故だか「イヒヒヒヒ・・・」とこころの奥底から込み上げてくるサディスティックな笑いをこらえきれず、それにも増して、ここから得られる快楽やカタルシスたるや半端な量ではないと言う事も、正直に告白しておこう。

それにしても・・・。嘘臭い建前を並べるご立派な人間や善人づらした偽善者が溢れ蔓延るこの世の中において、ここまで真に迫ったリアリティと真実味を兼ね備えた切実極まりない楽曲が他にあろうか・・・。

私が音楽に求めるものとは、音を組み合わせる事によって得られる楽しさや心地良さでもなければ音楽的充実度や完成度などでもない。

そこに居る一人の人間の姿や生き様、そして美意識や価値観が誠実かつ精密に具現化された「生き写しの度合い」こそが最も重要なのだ。

要するに、私にとって音楽を聴くと言う行為は、「自分以外の誰かの、その人間の魂に触れる」・・・と言う行為以外の何物でもないのである。

よって、私・・・。現在まさしく「ドロ沼」にハマりまくってる真っ最中なのでありマス。(^^)

禁未来小説「ドラへもん」その99「見合った人生」の巻

数日後。ボクは、それまでしていたドレミに対する容赦無い虐待行為を一切やめた。

すると・・・ある日の夜、夢の中にまたおばあちゃんが現れ、ボクにこう言ったんだ・・・。

「のひ太ちゃん。私を苛めるのをやめてくれてありがとう。だって、のひ太ちゃんは本当はこころの優しい子なんだものね。」・・・と。

そして、その翌日・・・。

考えてみれば、あいつ(ドレミ)もかわいそうな奴なんだよな~。人間の勝手な都合で作られて、ボクみたいなどうしようもない子供の居る家庭に送り込まれて、死んだおばあちゃんの役割をやらされてるだけなんだから・・・。

しかもボクの酷い苛めに毎日耐え抜いて・・・。

それに比べたら、ボクなんてまだ全然マシな方かも知れない。

だってボクには、拙いながらも自分で自分の人生を選び取る自由が残されてるんだもの・・・。

今でこそ、こんなに不遇な日々を送ってるけどさ。

あ~あ・・・。ボクはこれから一体どうなって行くんだろうか・・・。

うんにゃ!!「どうなって行く」・・・だなんて、そんな風にこんな悲惨な運命に身を任せてばかりいちゃ駄目なんだ!!

ボクは、自分の力で自分の人生を切り開いていかなくちゃいけないんだって事!!

おばあちゃんも言ってた通り、ボクはこころの優しい子なんだ。だから、それを生かした何か・・・。

結局の所、気の弱いボクには、この熾烈な競争社会に打ち勝って自分の地位や暮らしを向上させようなんてそんな大それた事、夢の夢なのさ。

ボクにはきっと・・・。そう、ボクにはボクなりの似合った生き方、自分に見合った人生ってのがあるはずなんだ!!

今からでも遅くない!!それを見つけ出さなくちゃ!!

ボクの人生は誰のものでもないんだ!!

ボクの他に誰も、ボクの生き方を決めてくれる人はいないんだ!!

ボクはやる!!ボクはやるぞ!!

もうこんな薄暗く悲観的な苦悶の日々とは、金輪際おさらばするんだ!!

よ~し!!がんばるぞ~!!

ボクはやる!!ボクは出来る!!

ボクはボクの未来を、そしてボク自身の人生を、自分の意志でクリエイトしていくんだ!!

(つづく)

★次回、連載100回達成直前スペシャル企画として、作者への忌憚なき直撃インタビューを行う予定。

長期Q業のお知らせ

香辛料を買うお金を稼ぐたため・・・

ではなくて、更新料を払うお金を貯めるため・・・

4月7日(火)から、しばらくお休みイタシマス。m(_)m

兵糧攻め

まるで、兵糧攻めに遭っている様だ・・・。

そもそも、世の中がこんなに不景気なのに、うちの様な趣味の品を売ってる店の景気が良い訳ない!!

しかも、5月に契約の更新があるからな~。(地方にはない風習らしいけど、東京には2~3年に一度、賃貸契約の更新時に家賃一か月分くらい、大家に余分に支払いをせにゃならんのよ。)

またしばらく店閉めて、毎日毎日ヤフオク出品の日々を送るか・・・。

それにしても、落ちぶれたものよ・・・。

トホホ・・・。

でも待てよ?

落ちぶれたとは言っても、仕事的にはむしろ今まで以上にバリバリ働いてるって事は・・・。

アスリートで言えば絶好調って状態な訳であるからして・・・。

落ちぶれたのは俺ぢゃね~し、レコードが売れないのも俺のせいぢゃね~!!

・・・テコト。(T。T)

ううう・・・。今度生まれ変わったら・・・。

大家か地主か殿様になって、民衆から金や米や労働力を搾取しまくってやる~!!

ぢぐぞ~!!
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。