Mr.エレクトの独り言 2009年05月19日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

えじそんのおじさん

ちょっとショックな出来事があったため、ここ数日、十代の頃にマインド・トリップしておりマシタが、その際に色んな事を思い出したので、ここに書き記しておこう。

中学生時代、KCRを知る以前に好きだったKAIよしひろに対しては、共感なんて偉そうな感情ではなく、憧れみたいな気持ちが強かった。何と言うのか、明るく活発な先輩みたいなもの・・・とでも呼ぶべきか。更に言えば、気障で良く喋る兄貴・・・みたいな。

そして、それ以前の小学生時代、私が初めて共感し、かつ尊敬出来ると思った人物が、実は一人居た。

それは・・・かの発明王エジソンである。

教師に「何故?」「どうして?」と、質問ばかりして学校を追い出されたと言う、小学生時代のエジソン。

そのエピソードに、いたく私は共感したものである。

それ以降、私の夢は「発明家になる事」・・・であった。

思えば、体力も気力も精神力も根性もない上に、ひねくれて天邪鬼だった私の事である。家庭内における様々な障害なり軋轢を乗り越え・・・ないで何とか上手く回避するためには、それこそありとあらゆる嘘と言い訳と屁理屈を編み出す必要があった。よって、脳だけが異常に発達し、こんなにも知能指数が高くなってしまった訳なのであるが・・・。(←さらっと自慢してみたりして・・・。)

そんな私が、発明家を志すのは無理からぬ事であったと言えよう。

何故なら・・・。そう、何故なら発明には体力が要らないのだ。

・・・要するに、私はあまりにも体力が無さ過ぎるため、あるひとつの作業を出来るだけ少ない労力でこなさねばならないと言う切実かつ切羽詰った理由があったゆえ、物事を合理化したり簡略化する事は私が生きていく上では命題とも言うべき課題であった。しかしその点、一度何かを発明して特許を取ってしまえば残りの人生はその特許使用料で楽に過ごせると言う夢の様な発明家の仕事は、まさに我が意を得たりと言うか、これぞ我が天職だと思わせる程の魅力があったと言う事は、もはや言うまでもないだろう。(←すべてを言い尽くした後で言うのもなんだが・・・。)

まあそれは良しとして・・・。

今回私が述べたいのは、「好きである事」の強さ・・・である。

好きでもなんでもないものは長続きしない。

好きでもなんでもないものを勉強しようとは思わない。

好きでもなんでもないものに関して意欲なんか湧かない。

好きでもなんでもないものに対して努力する気など起こらない。

・・・のだ。

そう考えると、何かを「好きになる事」、それ自体が才能なのではないかとさえ思えてきたりもする。

・・・それにしても。


相変わらず、地獄だよ。