Mr.エレクトの独り言 2009年06月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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超キビC!!

いや~・・・。今月は(来月からも・・・)支払いノルマが超厳し過ぎて、ブログの更新なんかしてる暇無いッスよ。

まあしかし、書きたい事・・・否、書かねばならない事もいっぱいたまってきたから、また少しずつ更新するとイタシマスか・・・。

書きかけのままだった↓の新入荷案内も、近日中に改めてアップし直しマスね。
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禁未来小説「ドラへもん」その101「日曜日の悪夢」の巻

ある日曜日の事・・・。

その日、パパは朝早くからゴルフに出かけてしまった様で、家にはボクとドレミの二人っきりだった。

昼前に目を覚ましたボクは、昨晩ベッドの上で漫画を読みながら寝てしまったため、枕にジュースをこぼしてしまっていた事に初めて気が付いた。

「やっべ~!!やっちゃった!!・・・でもシーツでなくて良かったよ。流石にこの歳になっておねしょしたなんて思われるのいやだからさ~。」

そして、ボクは枕を手にして、一階へと下りて行った。

すると、ちょうどドレミが洗濯機に水を入れている姿が目に入った。

そこでボクは、「これも頼むよ!!」・・・とドレミに近寄り、洗濯機に枕を放り込もうとした・・・その矢先!!

「ああっ!!それはイケマセン!!」

・・・と、異様な慌てっぷりで、ドレミがボクから枕を奪い取った。

ああ・・・まだ入れちゃ駄目って事かな?

・・・その時点では、ボクはその事を大して気にも留めず、何かジュースでも飲もうと思い、冷蔵庫のある台所に向った。

ガチャ・・・。ボクは冷蔵庫を開け、オレンジ・ジュースを取り出すと、それをグラスに注いだ。

ゴキュ・・・んぐっ・・・ゴキュ・・・。

あ~!!冷たくて美味し~!!

一発で目が覚めちゃうよ!!

ハッ!!

・・・とその瞬間、ボクの脳裏を、ある閃きが駆け巡った!!

あっ!!・・・まさか!!・・・もしかして・・・!!

当初、単なる思い付きに過ぎなかったそれは、時間を経る毎に明確な認識へと形を変えて行った・・・。

もしやあいつ!!・・・あの糞ババア!!

そう思うが早いか、ボクは流し台の下の扉を開き出刃包丁を一本掴むと、洗濯機の置いてある風呂場脇へと急いだ!!

あの野郎!!そうだ!!間違いない!!よくよく考えてみれば!!

いや!?だけど!?まさか!?どうして!?

そのわずかな時間、ボクの頭の中には様々な推理や憶測が飛び交い、もはや一刻も早く事実を確かめない事には、混乱してどうにかなってしまいそうだった。

「ドレミ!!その枕をボクに寄越せ!!」

出刃包丁を振りかざしながら、ボクはドレミに襲い掛かった!!

(つづく)

守銭奴(台詞を広島弁に改訂済)

これは中学生の頃の話。

ある日、私が友人Aの家に遊びに行った時の事・・・。

Aは週間漫画雑誌の少年チャン●オンを愛読していたのだが、「読み終わった後も絶対に本は捨てんのぢゃけえ」と言い、押し入れにきちんとしまい込まれた少年チャン●オンの山を見せてくれた。

それを見た私は、「要らんのなら頂戴!!」・・・とAに言った。

するとA曰く・・・。

「バカ言うな!!これはこの先何十年も貯め続けて将来高く売るんぢゃけえ、駄目に決まっとろうが!!」

・・・トノ事。

まあ、よくよく考えてみれば、そんな風に大事に取ってあるんだから人にあげるはずもないのだが、それを簡単にくれと言う私も私であった・・・。(^^;)

しかし、何と気の遠くなる話であろうか。

まるで蟻の様な奴だな・・・と、当時の私(←キリギリス)は思ったものだった。

それから数日後・・・。

クラスの悪友Bが、Aにこんな話を持ちかけた。

(ちなみにAは、石●マコの大ファン。)

B曰く、「芸能界にコネのある知り合いがおって、8000円出せばマコちゃんとデート出来るっちゅうて言(ゆ)うとるで~。ただし、TVタレントは忙しいけえ明日一日だけみたいぢゃけどのう。(広島弁)」

んなアホな!!・・・私は耳を疑った。

ところがその翌日、Aはマジで学校に8000円を持参したのだ!!

(当時の中学生にとっての8000円とは、現在の感覚で言えば8万円くらいに相当するだろうか?)

むぎゅぎゅ・・・。こりゃまた何ともかんとも、金の力を過信し、読み終わった少年チャン●オンをコツコツ貯めて将来高く売ろうなどと考える、超守銭奴のAらしいエピソードではなかろうか・・・。

ホント、金があれば何でも出来ると思ってやがるんだからな~!!

まったくもう!!

比重式音楽論

え~・・・まあ決して、それだけって訳でもないのデスが・・・。

やはり、私は特に、IGGY&THE STOOGESの「SEARCH&DESTROY」に代表される、「疎外され孤立した(あるいは少数派の)人間が自分の存在や主張を認めてくれと悲痛な叫び声をあげる」様な音楽が大好きなのでありマス。

よって、ライヴ・ハウスでロック・バンドの演奏を聴く際には、常に「SEARCH&DESTROY」が頭の中で鳴り響いておりマシテ、どうしてもそれを基準にして好き嫌いを推し量ってしまう訳なのデス。

しかしながら、当然の如く、それに見合う様なものって殆どなくて、本当に本音の本音を言えば、独りで部屋の中で好きな音楽を聴いてる方が良い・・・ってな事にもなりがちな訳でありマス。

ただ、それが技術的な問題なのかどうかは解らないけど、完成度や真実味こそいくらか劣るものの、確かにその路線っちゅうか、疎外感や孤独感と言った人間が抱く負の感情に基づいた表現ってのはある訳で・・・。

要するに何が言いたいかと言えば、多少の物足りない部分はあるにせよ、それはあくまでも娯楽として成立しているかどうかと言う点における音楽の一要素に過ぎなくて・・・。

自分が目一杯楽しめるかどうかって問題を抜きにすれば、そのくらい我慢出来る・・・って訳でもないけど、やっぱ決して嫌いではない訳デスよ。

それよりもむしろ、その表面的な部分だけしっかり成立してたとしても、その根っこと言うか創作動機や表現動機に共感出来なければ、それがどんなに立派な形状をしていようが、やっぱ好きにはなれないって事で・・・。

ましてや、その表現の核たる部分と言うか、発生源たる衝動なり情熱もない上に、出来上がったその形状が出来損ないであれば、それはもう、この口からありとあらゆる罵詈雑言を吐き出しても気が済まない訳なのでありマス。

何と言うか、もう・・・上手い下手の次元では絶対になくて・・・。

そもそも何も表現してないと言うか・・・。

別に、メッセージや主義主張がどうだって事でもなく・・・。

優れた音楽的技術を持つ人の演奏は、何か表現したいものを持ってなくても、その技術自体が「音楽がもたらす気持ち良さや心地良さを出来るだけ正確に、かつ最大限に伝えたい」って言う、ある意味一つの素晴らしいメッセージでもある訳だしね。

こう・・・上手いとか下手とか、人気があるとかないとか以前に、やっぱ人前に何かを晒す資格とか基準ってあると思うのよ。

それはきっと覚悟って言うか・・・。

もしも自分のやってる表現行為やその内容が批判されたら、最早生きていけないってくらいダメージを受ける程、その音楽なり表現行為に対して自分がこの世に存在する意義って奴の比重をかける事・・・とでも言うのか。

いずれにせよ、その“重さ”みたいなものに対して、人は感動したり共感したり拍手するんだと思うんだよね。

例えば、南極大陸横断の冒険とか見てても、わざわざ寒くてつらい思いをしにあんな所へ行くなんて、冷静に考えればナンセンス極まりない愚行に過ぎない訳だけど、そこに賭けられているものが破格に重いからこそ感動を呼ぶ訳で・・・。

そして、感動ってものが客観的に判断され得る技術や能力とは無関係だって事の証拠に、「はじめてのおつかい」において幼児が自分の通常出来る事以上の目的や任務を達成しようとする姿を見た時にも、そう言った感情は芽生えるしね。

要するに、それぞれの身の丈とそこに注ぎ込まれるエネルギーとの比重と言うか、配分の割合こそが重要な計測対象なんだって事かな。

更に言えば・・・。

自分を満足させてくれるかどうかって事は判断基準のひとつとして確かにあるんだけど、それってあまりに受動的過ぎるって言うか、消費者体質って言うか・・・いや、それはそれで決して間違ってはいないんだろうけど・・・。

何にせよ、自分本位な基準だけを押し付けるのではなく、少なからず対象物に愛情を注げる様になったって事は、私自身が、おそらく極めて少人数でありながらも世間様から認められていると言う実感なり自信を得ているからなのでありましょうか。

ゆえに今後、私が何かを痛烈に批判したとするならば、それはきっと、「よっぽど酷い」・・・のであろうと判断して頂きたく・・・。m(_)m

悲しみファシズム

悲しまないと怒られる。

「みんな悲しんでいるんだから」・・・と。

悲しみ方を間違えると怒られる。

「それでは悲しんでいる事にならない」

「それでは悲しんでいる様に見えない」

「それでは悲しんでいる人達(私達)にとって目障りだ」・・・と。

挙句・・・。

悲しむ姿を監視され・・・。

悲しむ事を禁止され・・・。

悲しむ自由さえ奪われる。

それならいっそ・・・。

この肉体に、そしてこの頭の中に、スイッチでも取り付けてくれ。

そして・・・。

悲しむべきその時が来たら・・・。

速やかにスイッチを押してくれ。

そしたら・・・。

私は見事に悲しんで見せよう。

まるで本当に悲しんでいるかの様に・・・。

まるで悲しい事があったかの様に・・・。

まるで悲しい気分にさせられたかの様に・・・。

悲しい・・・。

悲しくないから悲しいのか・・・。

悲しいからこそ悲しいのか・・・。

あるいは・・・。

そんな事すらも解らなくなってしまった自分の事が悲しいのだろうか。

乞食の王様

「ネットは公共の場」

・・・なんて事を言い出す人間に限って、自分の倫理観で他人を縛ろうとするもの。

「ネットは公共の場」

なんかではなく・・・

あくまでもそのサイトなり掲示板なりサーバーなりの管理者に、その権限と責任が課せられるべき。

そうしなければ・・・

結局また、国家やK察に審査の権限や判断基準を委ねる事にもなりかねない。

よって・・・

不快なら自分の方が出て行くか、自分自身が自由に責任持って管理出来るサイトを立ち上げるしかない。

ネットに限らず、どこの世界であろうが、責任を取らない人間が権力を振るう場所なんてロクなもんぢゃねえ!!

たとえそれが、「大多数の意見を代弁している」・・・かの様な物言いであろうとも。

ぽえむ「飼われしもの」

祈るだけ

願うだけ

待つだけ

もらうだけ

処世術

公平なリーダーもおらず、暗黙の了解のみが支配する集団においては、必ず常連と言う名の権力者達が幅を利かせており・・・。

そして、新参者や、自分達の主義主張にそぐわぬ者を、「空気が読めない」などと言って排除しようとする。

更には、「事なかれ主義」と言う名の似非平和を押し付け、真剣に物事を考えようとする人間の行き場を奪う、多数派の人達。

よって、そんな場所で真面目な議論など成り立つはずがない。

馬鹿らしい。とことん馬鹿らしい・・・。

彼らが崇めるあの人は、矢面に立って不正や矛盾に立ち向かっていったはず。

幼稚だと馬鹿にされたり、そんな事やるだけ無駄だと軽くあしらわれたりしながらも・・・。

ああもう・・・。

黙っているのが一番か。

うなずいてるのが一番か。

見ているだけが一番か。

見てみぬ振りが一番か。

憂鬱

こう・・・何と言うか・・・

真面目にやらなきゃあかんデスよ。

真面目に・・・と言うか、目的に殉ずると言うか・・・。

一生懸命やってれば誰かが振り向いてくれるとか、あるいは助けてくれるとか、そんな期待ばっかしてちゃ駄目デスわ。

他人がどうだこうだとか言ってるうちは、まだ何かしらの余地があるって事で・・・。

そもそも、目的や動機が先で、結果はオマケなんだから・・・。

目的や結果に対して、ただただひたすら沿い遂げれば良いんデスよ。

だからその逆に・・・。

結果を得るのが目的なのであれば、ただひたすらそれを目指せば良いって事で。

まあ何が言いたいかと言えば・・・。

ただ生きる事のみを目的とするのであれば、ただ生きようとすれば良いって事。

そしたらその後、オマケは勝手に付いてくるっしょ。

もちろん、付いて来なくても良いし。

要するに、オマケ目当ての生き方ってのが、何だかみすぼらしく思えて来たって事。

オマケなんて要らねえよ。

あ~あ・・・。

もしも58歳になるまで生きてたら、ロック・バンドでもやろうかな~!!

・・・てな気分デス。今は・・・。

見栄の張り合いや世間体なんかにビクビクせず・・・。

スカッ!!と生きたいね。

たかがウン百万の借金なんて気にしないでさ・・・。


(T。T)(T。T)(T。T)(T。T)(T。T)(T。T)。。。

愛情とは・・・

誰かに何かを与えるなどと言った恩着せがましいものではなく・・・

誰からも何も奪わない事・・・

ではないだろうか。

「自ら不幸を求める人のこころには、いつも雨が降っている。」

人生を左右するものは・・・

例えば天気が晴であるとか雨であるとかではなく・・・

仮に晴であろうが雨であろうが・・・

それをプラスに捉えるかマイナスに捉えるか?

・・・って所にあるんだと思う。
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