Mr.エレクトの独り言 2010年01月18日

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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人気(認既)商売

先の記事でJ-POPがどうだこうだと書いてしまったが・・・。

J-POPの“J”は、ジャンクかジュニアの“J”であろうか?

これは昨日、ネットで観た某有名バンドの映像が原因である。しかも、期待を込めて4~5曲もはしごして聴いてみたと言うのに・・・。

何と言うのだろうか、私には、先日のM-1で優勝したPBBに似たものを感じてならなかったのである。

もちろん、売れてたり人気があるからには、ある一定の水準はクリアしてるのだが、しかしまたその反対に、ある一定のラインは決して超えない・・・みたいな。

過去に既に世間から認知された部品、“良いもの”とされるパーツのみで構成された、非常に良く出来た優良な作品。

・・・否。何も作ってなどいないのだから、これを“作品”と呼ぶ訳には行くまい。

語るに値する過去もなければ、語るべき思想や理想すらなく・・・。

そもそも、ステージに立つなり人前で作品を発表する資格のある人間と言うのは、あくまでも一握りの人間であり、もし仮にそうでないとしても、いずれにせよその栄誉ある座に君臨し続ける事が出来るものは、やはり極少数であり、そのジャンルなり分野のクオリティを保ちなおかつ高めていくためには、絶対にそうあるべきなのだ。

奇人、変人、天然、天才、そして超人。

彼らは生まれつき、あるいはその後の努力によって、好むと好まざるに関わらず、自らを少数派に追いやっていく生き物。

そしてそれは、自分が多数派に所属している事によって安心感を得たり、自らの能力によってではなくただ単に多勢に無勢で少数派を迫害して優越感に浸っていられる様な凡人なんかでは決して在り得ない。

例えばエンターテイメント界のスターは、手が届かない程の憧れの存在であり、彼自身もまた生まれつきの、そしてその後の努力によって、その座・・・すなわち少数派である事の栄誉に預かっているのだ。

また、明らかに一般大衆とは異なる容姿や精神構造を持ったフリークスも、また然り。

テレビの世界ではサザエさんが人気者かも知れないが、上野動物園の人気者は犬や猫ではなくパンダなのだ。

要するに、誰もが持ちえている様な長所や特技程度では、あちら側には立てないのだと言う事。

生まれつき、もしくはその後の努力で自らに、一般大衆から遠くかけ離れた能力なり魅力を身に付ける事によって初めて、観客席ではなく舞台に上がる事を許されるのだ。

一般人ではない人、一般人とは異なる人、一般人を超える事の出来る者こそがステージに立つべきであり、その座・・・すなわち異人なり偉人、更には超人を目指す事こそが、芸事に生きる者の宿命なのである。

それは、隣のお兄さんや隣の未亡人の様に、ちょっとの努力で手が届きそうな存在なんかでは絶対にあってはならない。

そこを目指す者は、現在そこに居座ってる者を凌駕する以外に、そのポジションに取って代わる方法などないのだ。

本来、芸事の道においては、投資する資金の額や経済的な成功の有無など、その演目の本質的な評価とは全く無縁なのである。

ましてや、家畜扱いされている事に対して不満も疑問も抱かぬ国民にも選挙権を与えると言う、何とも野蛮な民主主義とやらを掲げる我が国。

経済活動と言う足枷がある限り、ましてや文化が経済の奴隷であり続ける限り、この国に超人など生まれ得まい。

あるとすれば、人気や人格に関わらず、秒数や得点によってシビアに勝敗の決まるスポーツの世界くらいだろうか・・・。

人間と言う生き物に生まれて・・・。

音楽の世界において、自分が成れないのであれば・・・。

せめて、私は観たいのだ。

・・・超人ってやつを。
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