Mr.エレクトの独り言 2010年02月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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悲鳴(from茨城)のアナログ7インチ盤入荷!!

★悲鳴「悲鳴」(アナログ・7インチ盤)
■通常盤/赤色ジャケ¥600
■会場限定盤/灰色ジャケ~バッヂ付¥700
(いずれもアナログ盤を聴けない方のために同内容のCD-Rをお付けイタシマス!!)
悲鳴アナログ

<収録曲目>
悲鳴、トラウマ、死面楚歌、エスケープ。

<解説>
女性ヴォーカリストを擁する茨城のハードコア・パンク・バンド、悲鳴。彼女(彼ら)が歌うのは、己がこころの闇であり、パックリと裂けた胸の傷口からどす黒い血しぶきが噴出する、その光景だ。また、そのサウンドは決して派手とは言い難く、むしろシンプル過ぎる程なのではあるが、人間一個人の感情の発露を哲学的かつ等身大で描いたかの如きこれらの楽曲群からは、一切の虚偽虚飾を拒むストイックな精神を感じ取る事も出来る。まるで特攻隊員が残した遺書、もしくは投身自殺を図る直前の人間の心理状態を思わせる、余りにも潔く、なおかつどこまでも切迫したその演奏。私はこれを、「辞世の句」ならぬ「辞世のパンク」と、呼び称えたい。

<悲鳴関連取扱商品紹介一覧>
悲鳴(ヒメイ)のカセット・テープ緊急入荷!!
自主制作CD新入荷情報(2009年2月27日)
<緊Q告知!!>コンピ盤、完成~入荷イタシマシタ!!

★上記はすべて、当店にて通販受付中!!
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Mr.エレクトの「独立宣言」(序章)

ここ数日、仕事の合間にインター・ネットで政治経済に関する猛勉強をしておりマシタ。

これまで、資産の蓄積と集中が人々を家畜化する最大の元凶だと考えておりマシタが、何と・・・それ以前、否、それ以上の信じられない現実があったのデスね。

しかも、法律で認められている・・・。

(「俺たちには、通貨発行権さえあれば良い」・・・でググると、非常に解り易い解説がありマス。「アメリカの通貨発行権」でググると、もっと恐ろしい現実が・・・。)

これは国際金融資本(銀行)家による合法的な詐欺と言うか犯罪?・・・否、もはやSF小説かとさえ思いマシタよ私は・・・。

アメリカなんてのは独立国でもなんでもなく、ただの奴隷農場だったのデスね。

かく言う日本も’97年に日本銀行法が改正され、世界的にみても、(とあるサイトによると)「彼らが所有権を持っていない国は、全世界でアフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、スーダン、キューバ、リビアの7ヵ国だけだった。その後、アフガニスタンそしてイラクにはアメリカの侵攻により、現在では残り僅か5ヵ国のみとなっている。」(その後ってのは911の後)・・・であるとの事。

地球人類の殆どが家畜にされる日も、そう遠くないでしょう。

私達の身近にある問題も、すべてその制度と構造、そしてそれを維持しようとする立場の人間の思惑や思想が具体的に影響を及ぼしていると共に、色濃く反映もされてるって訳デス。

インター・ネットがなかったら、またそれ以前に、自主的に勉強せず知らぬままでいたなら・・・。

井の中の蛙が外に出ようと必死にジャンプし続け、そしてそのうち力尽きて死んで行く事になったでしょう。

愚民化政策と対になった民主主義なんて、飼い主の思う壺って言うか、ほぼ言いなりの状態じゃないデスか。

「自分が頑張れば良いんだ」は、「自分さえ良ければ良いんだ」と同意デス。

支配されたままでの独立なんてあり得ない。

搾取され続けたままの自立なんてあり得ない。

独立心を持った人間を増やす、そしてそれ以前自立心を芽生えさせる事が必要。

しかるに、学校では何も教えてくれないどころか、自立心の芽を摘み取るのが学校の目的。

実際、私にせよ理不尽な要求にも応えうる体力があれば、もしくは集団に上手く溶け込む能力があれば、自立心など芽生えなかったでしょう。

ただし、そこで圧力に屈服し服従してしまったら何にもなりマセン。

自立心の源は反発心なのデス。

あるいは、経済的な成功によって利益を得たり、何からの恩恵を受けていたら知らずにいたかも。

困ってなければ興味も沸かず、興味を持たなければ知る必要もないのだし。

否、小さな成功で得たお金で「音楽に恩返ししよう」などと言った不遜な考えなど抱かなければ・・・。

“それ以上”を望まなければ、大して困らなかったはず。

そう考えると、お金で苦労し続けた甲斐があったとでも言うべきなのでしょうか・・・。

こんな「悪貨は良貨を駆逐する」を地で行く日本の音楽シーンにおいて、自分に出来る事は何だろう?

今後はそれをしっかり考え、実行に移して行くつもりデス。

「解剖劇場」はアシタか~!!バラバラになって早く来い!!(終了)

26日(土)、新大久保アースダムにて行われる「解剖劇場 第ニ幕」に、企画主催者である解剖室を初め、あざらし実験第一(あざらしの特別ユニット)、VLADIVOSTOK-POWDER-GENOCIDE、FINAL BOMBS、他が出演イタシマスよ~!!(^^)/

解剖劇場

終了報告!!

一昨日行われた、■「脱権力の地図」其の弐~木幡東介(マリア観音)単独公演は、大盛況のうちに無事終了イタシマシタ!!

ご来場頂いた皆様、及びご協力頂いた方々、誠にありがとうゴザイマス!!m(_)m

まずは、お陰様で当初の目論見通り、ワンマン・ライヴでありながらも初の黒字を達成イタシマシタ!!(^^)v

次に、今回は理想の音造りのために自前の音響機材を持ち込んだ訳なのでありマスが、その効果も上々で、会場内が狭いためお客様方にとっては少々居心地の悪い部分もあったかも知れマセンが、それゆえに細かい音も明瞭に聴き取れ、バックで流される多重録音SEにおけるベース・パートの独特なフレーズやドラムス・パートの緻密なリズムの妙味、そこに被さる生演奏によるエレキ・ギターやギター・シンセの流麗な音色、そして鎮魂歌の様な慈愛に満ちた歌声、更にはそれらを掛け合わせ練り上げられた絶妙なアンサンブル構成においても、その成分や旨味を損う事なくダイレクトにお届けする事が出来たのではないかと・・・。

これらはどうしても広い店になればなるほど、ある程度音量を大きくしなければいけないため全体的に音がつぶれてしまい、精密かつ繊細な音のニュアンスが伝わりにくくなってしまうものなのデスが、今回の試みは言うなれば音楽鑑賞専用のプライベート・ルームで性能の良いオーディオ・システムを鳴らす感じとでも申しましょうか、非常に心地良いサウンド・リスニングを楽しんで頂けたのではなかろうかと自負しておりマス。

・・・かく言う私も、しばしの間、つらい日常を忘れて至福の時を味合わせて頂きマシタ。(^^)

なお、当方としても現在構想中の様々な計画を実行に移していく予定でありマスが、更に、ライヴを企画して下さる新たな支援者の方も現れマシタゆえ、今年はよりいっそう活発に活動して行けるのではないかと思われマス。

もちろん、この先も茨の道は続く事でしょう・・・。

しかし、これからも信念と覚悟を以って、粘り強く理想の実現を目指ししていくつもりデス。

それでは皆様、いささか簡単なご挨拶ではありマシタが、今後も応援の程、何卒ヨロシクお願いイタシマス!!m(_)m

★会場で新発売した作品は、後程紹介させて頂きマスね!!

■木幡東介■次回単独公演開催決定!!

■「脱権力の地図」其の弐~木幡東介(マリア観音)単独公演
日時:2010年2月21日(日)
場所:高円寺無力無善寺
杉並区高円寺南3-67-1(地図)TEL/03-3337-7735
開場:19時30分
開演:20時00分
料金:2000円(ドリンク代別)
★ご来場頂いた方すべてに特典CD-Rの無料進呈アリ!!

20100221
<フライヤー>切り絵:木幡東介。デザイン:平野勇。

<企画意図及び主旨>
基本的には以下のイベントを行った際に感じた事や気づいた事を踏まえ、現状行っている音楽活動を理想の形態に少しでも近づけられる様、出来る限りの改革を行いマシタ。
■フリー・ライヴ・イベント「DO THE INDEPENDENCE!!」開催告知ブログ
http://dotheindepend.jugem.jp/

まず初めに、理想的なサウンド造りが難しい事から、今回使用する会場は今まで出演NGとしていたのデスが、上記企画で久々に使用した自前の音響機材を持ち込む事により、その問題点を改善イタシマス。

更に、普通の会社員の方でも仕事が終わってから駆けつける事が出来る様、(今回こそ日曜日デスが、平日においても)ライヴのスタートを20時以降にする事、そして同店を選んだ理由の一つとしては、立地条件がJR高円寺駅の、しかも駅から歩いて2~3分と言う非常に来やすい場所であると言う点が挙げられマス。

あとは規模の問題。ワンマン公演でも赤字にならない様、動員に見合ったサイズ(=使用経費/ノルマ)の会場を考えると、やはりここしか考えられマセンでした。

そもそも音楽アーティスト/ミュージシャンの仕事とは、良い作品を造り、それを最良な形でステージで再現出来る様、演奏技術を日々進歩向上させて行く事にこそありマス。

そして、そう言った表現者として至極真っ当な意識に基づく創作活動と言うものは、経済的な成否如何を問わず、真にプロフェッショナルな仕事と呼ぶべき種類のものでありマス。

しかしながら現在、我が国における殆どのライヴ・ハウスが用いている経営システムの下では、この様なプロ意識に満ちた仕事に対する見返りなど殆ど期待出来ず、創作者及び表現者の努力や苦労は報われるどころか、むしろ“夢”と言う名の投資の代償として、搾取され続けるのが関の山デス。

・・・とは言え、そんな状況の中にあっても、経営努力によって経費を出来るだけ削減し出演アーティストに負担させるノルマを少しでも軽減しようと頑張っているライヴ・ハウスがたくさんあると言う事もまた事実ではありマスので、その点誤解なきよう願いマス。

ゆえに、突き詰めて考えてみればすぐに解るのデスが、ミュージシャンのみならず、そう言ったライヴ・ハウス経営者やそこで働く人達をも含め、自らの肉体と時間を切り売りする事以外に資産を持たざる者は、結局の所、日々“家賃”のために額に汗して働くなり音楽活動を続けていると言うのが現実なのデス。

(時の支配者や権力者がその既得権益を末代の子孫まで未来永劫独占し続けるためにでっちあげた、“土地の私有化”や“貨幣制度”について語るスペースはないので、今回は割愛させて頂きマスが・・・。)

彼ら表現者は、衝動や閃き、喜びや悲しみや怒りその他、人間が抱く感情が揺れ動くその形状や起伏に基づいて生まれた題材なりイメージを形にするために、そしてそれらを詩や楽曲として綿密に構成し直し作品として完成させ少しでも多くの人に聴いてもらい、その振動に共鳴してもらいたいがために、日々頭を悩ませ、時には神経を細かく張り巡らせ、喉や指先や肉体を極限まで酷使し、ありったけの技能と労力を注ぎ込んで、公演日に向けてアレンジのやり直しや地道なリハーサルを積み重ねるのでありマス・・・。

しかるに、そう言ったかけがえのない努力や情熱がすべて、まるで体内の血を一滴残らず吸い取られるかの如く、(すべての地主がそうであるとは言わないが)先祖から譲り受けた土地を貸し出しする事によって報酬を得る、何ら汗を流す事も涙の一粒さえもこぼす事もなくただただ既得権益の上であぐらをかいて日々惰眠を貪るだけの人間を肥え太らせるためにのみ搾取され続けるだなんて!!

こんな、人間一人一人の努力が真に報われる事のない世の中では、真面目に努力する事が馬鹿らしくなるのも当然と言うもの。

かくて、楽に簡単に手軽に量産出来るものばかりが受け入れられ持て囃され、まるでそれが正しい事であるかの様に大手を振ってまかり通るのである。

もちろん、作品が売れれば、そしてライヴの動員が増えさえすれば、すべての経済的な問題は解決するのだろう。

だけどそれでは、元来が少数派向けの嗜好や個人的な思考に基づく独自の表現行為や作品と言うものは、どんどん滅び去ってしまうのではないか?

・・・否。そんなものはさっさと滅びてしまえば良いのかも知れない。

だが、音楽と言うものは工業製品とは訳が違うのだ。経済や文明が発展してどれだけ暮らしが便利になろうが、人のこころを癒し、慰め、勇気づけるものは、人間の感情や喜怒哀楽から生み出された創作物や表現行為・・・すなわち“文化”なのである。

また、これらは舞台に立つ側の人間だけに該当する事柄ではない。音楽を愛し生演奏を観るためにライヴ・ハウスへ通う観客も同様なのだ。

観客は、舞台に立つ人間が行う演目や作品に感動するなり感銘を受けるからこそ、その功績に対し拍手を送り、それに見合う対価としてチケット料金を支払っているつもりなのであろうが、先に述べた様に、貴方がたが日々額に汗して働いて稼いだ金が出演者に還元されるのは余程多くの観客を集められる演者に対しての場合のみに限られ、ライヴ・ハウス規模の会場に出演しているミュージシャンに対してであれば、それは出演者に課せられたチケット・ノルマか、やはりライヴ・ハウスの“家賃”に消えてしまうのがオチなのである。

よって、その“搾取”を最低限に留め、音楽アーティスト/ミュージシャンの日々の努力や情熱が少しでも報われる様に、そしてわざわざ足を運んで下さったお客サンが支払うなけなしの金が出来るだけ正しく使われ生かされる様にと考えた結果が、今回この店でライヴを行うに至った経緯であり、企画意図及び主旨なのでありマス。

あと今回は、お忙しい中、貴重な時間を割いてご来場頂いたお客様への感謝を込めて、特典CD-Rの無料進呈をさせて頂くつもりデス。ライヴ観るの好きな人ってホントにしょっちゅうあちこちのライヴ観に行くから、会場で販売してる作品まで買う余裕がなかったりするものデスからね~。

まあそんな所で、ちょっと長くなりマシタが、それでは皆様のご来場、こころよりお待ちしておりマス!!m(_)m

2009年12月21日/Mr.エレクト(エレクトレコード代表)

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「独裁者」

今朝、ネット上にて「独裁者」と言う本が出たとのニュースが掲載されており、何となくそのタイトルに惹かれてクリックしてみたら、どうやらこれはブログをやってる某県某市の現職市長が出した本だとの事。

そう言えば、どっかの県にそんな人騒がせな市長が居たっけな・・・と思いつつも、私はその市長のブログを検索して読んでみた。

すると・・・。

ここに居た!!まともな政治家が!!尊敬すべき大人が!!真に勇気のある人間が!!

ここ最近、私が拙い知識と直感のみで書きなぐっていた様な、この国の在り方や政治家及び公務員らに対する不満と怒り、・・・否、それ以上の義憤に基づく真っ当なる指摘の数々が、そこには書き記されていた。

特に、公務員に関して言えば・・・。

(以下引用)公務員全体が仕事の対価としてではなく、身分を理由に収入を得る「特権階級」になっています。

・・・トノコト!!

また同市長は、一度は不信任決議案で失職したものの、出直し市長選挙で見事に再選を果たしたらしく、こりゃ某市在住の有権者の方々も同様に素晴らしいっ!!(^^)/

是非一度、検索して読んでみて!!

ホント、涙が出る様な事、いっぱい書いてあるよ・・・。

そして、非常に痛快でもあるのだ!!

・・・って、自分もまだ、最近の3か月分くらいしか読んでないんだけどネ。(^^;)

先に引用した、公務員に関する同市長の主張に殉ずるならば・・・。

政治家だからって立派な訳ではなく、大人だからって偉い訳でもなく、人間だからって素晴らしい訳でもないのだ!!

本来は、まともな生き方をしている人が立派なのであり、尊敬に値すべき人が偉いのであり、勇気のある人こそが素晴らしいのである!!

いやはやもう、私なぞ、ただただ頭が下がる思いでいっぱいでありマス。m(_)m

現場で戦ってる同市長に、何の協力すらも出来ない自分が恥ずかしい・・・。

せめてこの本を、BOOK OF・・・じゃなくて、新刊本屋に行って定価で買うか!!

ああ・・・何だか生きる気力が沸いて来たよ!!(^^)b

「土地私有禁止法案」②

そもそも、政治家や官僚が土地を売り買いするなんて、日銀の総裁が株を売り買いする様なもんじゃねえか。

だいたい、別荘を建てるならまだしも、住みもしなけりゃ仕事のために使う訳でもない土地を購入して所有する事自体が間違ってる。

・・・と、前置きはこのくらいにして本題に入ろう。

まず第一に、国土は誰のものでもないゆえに、これはすべて国が所有・管理するものとする。

ただし、先祖代々受け継いだ、もしくは自分が努力して働いて購入した土地をいきなり取り上げると言うのも理不尽過ぎるから、何年間かの猶予期間を設け、早めに国に返還した者に関してはある程度の買い戻し金を支払うものとし、その反対に期限内に返還しなかった場合は無償で国に所有権を移行するものとする。

また、住居もしくは現在商売に使用している場合は、そこから追い出すと言う訳ではもちろんなく、一旦国の所有物とした後で、元の所有者なり使用者に優先的に貸し出すものとする。

要するに、基本的に国が所有・管理する土地は、すべての国民が公平に使用出来る様、それ相応の対価を支払う事によって借り受ける形を取る訳である。

そして第二に、国は国民一人一人に、主に住居として使用する、ある一定の広さの土地を無償で提供(貸し出し)する。

そうする事によって、一人当たり何平米、子供の居ない夫婦なら何平米、子供が生まれれば何平米・・・とそれ相応の土地が割り当てられ、仮に生活が苦しくなってもバラック小屋でも建てれば最低限の住む場所は確保出来る様になるゆえ、少なくともこれでホームレス(自らそれを望む者は別として)は大幅に減るであろうと思われる。

貧乏人の子だくさんが、狭い家で窮屈な思いをする事もなくなるのだ。

・・・とは言え、道路のど真ん中に住みたいと言われても困るゆえ、住居として使用可能な地域と言うものを定め、空きがあれば自由に所有権を移せるものとする。

そして更に広い土地に住みたい者や豪邸に住みたい者は、それぞれの自助努力によって金を稼ぎ、広い敷地を“国から借り受け”れば良いだけの話。

同様にまた、商売においても職種に合った広さの土地を誰もが公平にお金を支払って借り受ける事によって使用する。

また、人気のある場所は抽選するなりすれば良いし、公益性のある商売(飛行場等)で広大な土地が必要な場合はそれなりに優遇しても良いだろう。

・・・と言った具合に、国民の誰もが最低限の居住区を保障される事で、最下層の人間や病気や事故等で働く事もままならない者が救われ、衣食住の「住」に関わる負担が軽減される事で子育ての費用にももっとお金を回せるし、そのお陰で少子化もいくらかは改善されるかも知れないのだ。

そして商売をする場合においても、公平にリスク(経費)を負う事によって、個人個人の能力や努力や労力が真に発揮され、健全な競争が行われる事によって、それが国全体の繁栄にも繋がるのである。

その様な、個人個人の努力が全体の繁栄に結びつき、全体の繁栄が個人個人の利益にも結びつく事こそが、真にまっとうな国家なり集団のあり方ではないだろうか。

現在の世の中は、一部の既得権益者が土地資本を独占する事によって、本当に能力がある者や真剣に努力を重ねる者の労力が生かされる事なく、ましてやそれが命を削るかの如く搾取され、国全体の発展をも妨げていると言うのが実情なのだ。

スポーツに例えるならば、オリンピックに出場出来る素質のある選手に重荷をしょわせる様な国が、優秀なアスリート選手を育成・輩出させる事など不可能だと言う事は、もはや言うまでもないだろう。

広い土地に住みたい者や豪邸に住みたい者は頑張って働き、たくさんのお金を稼いで広い敷地を借りれば良し。

普通の広さの家で暮らすだけで充分な者は、今まで理不尽に搾取されて来た家賃やローンに支払うお金が浮いた分、家族サービスに精を出すも良し、もっと文化的な事にお金を使うも良し。

同じ国に生まれた人間同士が狭い日本の領土を奪いあって、どっちが勝ち組だ負け組だなんて言う不毛な争いを繰り返すなんて、バカらしいじゃねえか。

まっ、それも、私達を競わせる事によって得をする人間が居るからこその話だけどね。

(おしまい)

ぽえむ「家畜の一生」

(権威に)頭を下げた者から順に機会を得る。

(権威に)頭を下げた者から順に報酬を得る。

(権威に)頭を下げた者から順に安穏を得る。

適応出来ているから困らない。

恩恵を受けているから困らない。

それ以上望まなければ困らない。

仮にそれ以上を目指した所で・・・。

負荷をかけられ転向する。

手を差し伸べられ従属する。

飼い馴らされて満ち足りる。

・・・そしていつしか事切れる。

危篤検疫日本

(「土地の私有禁止法案」を発表するその前に、ちょっと話がそれるが・・・。)

土地に限らず、既得権益者がその権利なり財産をたやすく手放すはずもなく、ましてやそれを守り通すためにその地位や権力にモノを言わせて政治や経済を我が物に操っているのが、今の現状である。

よって、税金泥棒の官僚やそれを見てみぬ振りする事なかれ主義の公務員の在り方も我が国としては大問題なのではあるが、資本家=権力者の傀儡である政治家の、特に世襲議員による既得権益の譲渡に関しては、相続税みたいなものを課すなり一定の規制をするべきなのではなかろうか。

本来は、彼らも親や先祖から引き継いだ遺産や特権など頼りにせず、自分自身の力で財や名を成すべく努力するべきなのである。

何故ならば実際、私達持たざる者は日々の貴重な時間を削り、肉体あるいは精神を駆使した労働力を提供もしくは行使する事によってその対価なり報酬を得ている訳であるが・・・。

その行為とはすなわち、言うなれば“命”を切り売りしている事と同様なのだ。

・・・と言っても、健康な肉体を持った体力に自信のある人は鈍感だから、それほどリアルには感じられないであろうが・・・。

人間の寿命、そして短い人生を鑑みてみれば、それは明白にして否定し得ない忌むべき現実なのである。

一方では、殺戮や強奪によってぶん取った土地や財産その他の既得権益によって守られた城に住み、多くの同胞の血を啜る輩が、しかも国政において重要な地位を占め、権力を握っていると言うのに・・・。

「衣食足りて礼節を知る」と言う言葉があるが、自分達の飽くなき欲望のために弱肉強食に基づいた強者の詭弁を振りかざし、人々を無知と盲目の牢獄に閉じ込め家畜に貶める。

・・・これほどまでにさもしく浅ましい、獣の如き生き方が、他にあろうか。

人の上に立つ者は、恥を知り、真の意味においてプライドが高く、人々から賞賛や尊敬を集める様な生き方をしなくてはいけない。

あいつらは貴族でも何でもなく、ただただ利益を独り占めにし続ける野蛮な山賊の頭領に過ぎないのだ。

貴族的な生き方とは、毎晩パーティーを開いて高級なワインや料理を食らう事などではない。

貴族とは、高潔な精神を持ち、自らに義務や使命を課す様な人種の事であり、間違っても既得権益の上にあぐらをかいて、利己心や虚栄心を満たすためにだけその権利を行使する様な下品な人間であってはならないのである。

本来ならば、自己の頭脳と肉体と生命を社会全体の正しい繁栄のために酷使する事が出来る人間こそが、人々から尊敬と信頼を得るべきなのだ。

よって、そんな既得権益者を擁護するための傀儡であり、自らもまた自己の利益や欲望を満たす事しか頭にない恥知らずで愚鈍な政治家には、金輪際、票を投じるべきではない。

国政を司る者に必要な能力とは、具体的なヴィジョンに基づく理想を掲げ、それを実現するためにどれほど時間と労力ををつぎ込んで努力出来るか、そして一人でも多くの国民を幸せにするためにどれだけ知恵を搾り出せるかどうか、ただそれだけの事に尽きるのである。

そう言う意味では、選挙とは立候補者に対してだけではなく、私達有権者にとっても同様に、その生き方が問いただされる重要な機会であり制度であるのだとも言えよう。

貴方が、そのたかが一票の既得権益を目先の利益に目が眩んで自分の幸福のためだけに使うのか、それとも本当に日本の未来を憂い日本に住む国民全員が総じて豊かになるために使うのか・・・との。

禁未来小説「ドラへもん」その106「女教師夏子との出会い」の巻

もうすぐ小学校5年生の2学期も終わろうかと言う12月の、とある日、彼女は現れた・・・。

元々、今のクラス担任の男性教師は高齢だったのだが、体を悪くして入院する事が決まったため、その代理として若い女性教師が赴任して来る事になったんだ。

どこからかその情報を聞きつけたのか、その日は朝からクラスの連中もざわついていた。

女子A「今日来る新しい先生って、若い女の先生らしいわよ!!」

男子A「え~マジ~!!その先生、美人かな~!?」

女子B「もう!!男子はいつもそんな下らない事ばっか言って!!やめなさいよ!!」

良くある光景、良くある台詞、だけど、ボクにはもう、そんな事どうでも良かった。

やがて始業のベルが鳴り、教頭が新任の女教師を引き連れて教室に入って来た。

その名前、仁浦夏子。

凛としたその風貌は、どこか宝塚の男役を思わせるものだった。

教頭が教室を離れるや、急に年齢相応のいたずらっぽい顔を見せ、その女教師は流暢に自己紹介を始めた。

中学生の頃は手の付けられないワルで、だけどその時出合った家庭教師の女性のお陰で更正し、自分も何か教育関係の仕事に携わりたいと思い立ち、今があるのだ・・・と。

それにしても、どうした事だろう・・・。

ボクは、その女教師を一目見るや、自分の胸が締め付けられる想いがしてたまらなくなってしまったんだ。

年上の女性に惹かれてしまう事って、この時期の男子には良くある事とは言え・・・。

何と言えば良いんだろう、毎日をまるで生きる屍の如く過していたボクにとって、若々しさと生命力とに満ち溢れた彼女は、“憧れ”と言う言葉が最も相応しい存在だったんだ。

・・・と、そんな矢先、ある女子生徒がこう言った。

女子C「ねえ!!先生の事、ナツコ先生って呼んでいい!?」

男子B「ナチコ先生か~!!それ頂き!!」

女子C「バカねえ!!何言ってんの、ナチコぢゃなくてナ・ツ・コ!!仁浦夏子なんだから、ナツコ先生に決まってるぢゃないの!!」

男子B「あっ、そうか!!いけね!!」

(教室内の生徒爆笑)

夏子先生「ウフフ・・・。そうね~、私はどっちでも構わないわよ。」

男子C「それぢゃ、決まり!!今日から先生はナチコ先生だ!!」

そんな、たわいもない教師と生徒達との下らないやり取りを、ボクは聞くともなく聞いていた・・・。

今にして思えば、この穏やかに流れる何て事ない瞬間こそが、この学校におけるボクの最後の安らぎの一時だったんだ。

今日赴任して来たばかりの女教師夏子が、まさか、あんなとんでもない提案をするとは露とも知らず・・・。

(つづく)

「土地私有禁止法案」①

「格差社会」と言う言葉が使われ始め、長引く不景気が、私達庶民の首を絞め続ける今日この頃・・・。

日本に生まれ日本国籍を持ちながらも、自由に暮らせる土地も持てず、子供をたくさん生んでも資産もなく収入が少なければ窮屈な狭い家にしか住めないと言うこの現実。

その反対に、「働かざる者、食うべからず」などと言うとんでもない言いがかりをつける一方で、先祖代々から引き継がれた土地を貸したり転がしたりするだけで「働かざる者、食っていけるどころか、ますますのさばる」、この矛盾。

そもそも、「衣食住」と言う言葉がある通り、住む所と食うものと着るものさえあれば、よほどの見栄を張らない限り、人は生きていけるのだ。

しかるに、庶民に見栄の張り合いをさせ、「自分が家畜である事」を気づかせない様にしないと、商売(資本主義)なんて成り立たないのではあるが・・・。

だいたい、自分が額に汗して働いただとか、人並み以上の努力をしただとか、とんでもなく奇抜なアイデアによって財を成して得た土地ならばともかく、原始時代~江戸時代における人殺しや暴力によって奪い合って得た土地など、戦争に負けた時点で有無を言わせず国が没収すべきだったのだ。

・・・とは言え、当時はそれが「土地の正しい取得方法」だったのだと言われれば返す言葉もないが・・・。

資本主義社会とは、極端に言えば、能力のない人間が土地や貨幣を独占私有する事によって、能力のある人間を支配・搾取する事が可能な社会である。

何せ、スタート・ラインからハンデがついているのだから、これは「独占資本主義」もしくは「格差資本主義」とでも言い換えるべきであろう。

日本に生まれ日本国籍を持ちながらも、住む部屋を借りれば家賃と言う名の搾取をされ続け、家を買ったら買ったで何十年ものローンを組まされ一生搾取され続ける。

これが家畜の人生でなくて、何であると言うのか。

そう言う意味においては、いきなり斬り殺される様な理不尽な事もない代わり、これほどまでに野蛮で暴力的な制度もない。

土地なんて、元々は誰のものでもないはすだ!!

百歩譲って、これが仮に君主制の国であれば、国土はすべて国王なり王家王室が独占私有しているはずであろう。

国の財産である国土と言うものは、その国で最高の権威を有する者が権利を所有するのが当然。

ゆえに、民主主義を掲げる日本であれば、本来、国土は国民全員の財産なのだ。

よって、日本の国土はすべて一旦国家が没収し、国民全体の利益になる様、管理し活用すべきなのである。

そこで私は考えた・・・。

(つづく)

政治家の心得

(今回は、あえて暴論吐かせて頂きマス。)

政治家が選挙前のみならず、当選してからもペコペコ頭を下げて国民に媚びたり謝罪する必要が、どこにあろうか!?

そりゃ選挙活動の時は、「是非とも私にやらせて下サイ!!」って頭を下げるってのもアリだと思うけど、当選したって事は有権者に認められて任されたって事なんだから、「文句言わず任せとけ!!」くらいの事言って欲しいよね。

もちろん、公約を反故にしたり、仕事っぷりがあまりにも駄目駄目なのであれば別だけど。

それに、自分に当選してくれた人に対してであれば責任も生じようってもんだけど、自分に投票してくれなかった有権者のために働いたり頭下げる必要なんてないよ。

だって、「有権者すべての皆様のために働く」と言って票を騙し取ったのならともかく、「私が当選したらこれこれをこうイタシマス」と言ってその賛同者を募ったんであれば、自分に投票しなかった人すなわち賛同しなかった人のために何かをするって事は、本来大切にすべき自分に投票してくれた賛同者をないがしろにするって事になるからね。

当選しない立候補者に投票した有権者の一票など、生かされなくて当然。

だから、有権者も本当に自分の意見を通したいのであれば、自分の考えに最も近い立候補者が得票数を増やせるよう、その選挙活動を積極的に後押しするか、もしくは自分自身が立候補するしか術はないはずのである。

それを、たかが一票如きで偉そうに、ましてや当選しない立候補者に入れた一票なんて結局多くの有権者の賛同を得なかった少数意見な訳だから、そんなものが採用されるはずなど絶対にないのだ。

ゆえに、当選した立候補者に投票した有権者のみが、「お前の言う事を信用して投票してやったのに!!」と文句を言う権利が何万票分の一くらいはあるって事。

多数決・・・すなわち民主主義ってのは少数意見を抹殺するためにあるんだから、多くの人の賛同を得ない意見は、如何にそれが正しくとも通用なんかしないのだ。

よって、政治家はこう言えば良い。

「投票してくれなかったあんたに文句言われる筋合いなどない!!」・・・と。

そして、投票してくれた有権者にもこう言うべきだ。

「一度任せたなら最後までやらせろ!!それがいやならお前が自分でやってみろ!!」・・・と。

しかるに、どうやら政治家ってのは相当儲かる仕事らしいから、どこかに後ろめたさや負い目があるのか、はたまたそれほどまでにオイシイ商売をみすみす手放したくないせいか、彼らはいつも有権者にペコペコするんだよね~。

それで有権者も有権者で、その程度の猿芝居に溜飲を下げて、また次回も懲りずに投票しちゃうって訳?

ところで話変って、実は私は、いっそ政治家への献金をすべてオッケーにしちゃったらどうか?などと考えているのでありマス。

ただし、その事実を隠蔽した場合の罪は恐ろしい程に重くして・・・。

何故なら、結局あいつらは日本をこうしようああしようって事よりも、自分に投票してくれた有権者や、裏から賄賂なりお金を生む情報を提供してくれる企業や資本家のために働く下僕であり傀儡に過ぎないんだから、それをもっとオープンにして、そう言った要求に応える能力があるのかないのかと言う事を白日の下にさらした方が、その政治家の本当の実力を知る事が出来るから、有権者も次の選挙で誰に投票すべきかを判断しやすくなって良いはずなのである。

だって、Aと言う政治家がBと言う企業から1000万もらって何か法案を通したとして、そこから発生する損得に無関係な有権者からすれば「けしからん!!」となるんだろうが、実際にその企業やらそこに勤める社員の家族やら関連企業やらの人達(=有権者)にとっては間違いなく喜ばしい事な訳だから。

要するに、たかが一票投じたくらいで、あるいは下手すれば一票も投じず、ましてやわずか一銭の身銭も切らずして、政治家に何かを要求したり批判する権利など貴方にあるのか?・・・と言う事を私は問いたいのだ。

初詣の時だけにせよ、神社の賽銭箱にだって1円か5円くらいは投げ込むだろうによ。

そもそも、政治家の能力って、つまる所その意見や考えを通せるか通せないかと言う点に尽きるから、いくら賄賂を一銭も受け取らない清廉潔白な政治家が居たとしても、有権者の願いを叶える事が出来なきゃまるで意味ないからね。

どこの世界だって、出来るだけ能力の高い人や企業により多くの金(なり人数)をつぎ込んだ方が、仕事もはかどるし余計に儲かるでしょ?

資本主義社会なんだから、儲けるな・・・なんて無粋な事言わないよ。

だけど、大企業や資本家が手前らの利益確保のみにやっきになって、あり余る資金を政治家に献金(投資)する事で更に利益を自分達で独り占めして、国民(一般の有権者)へのお裾分け(利益分配)をおろそかにし続けるならば、本来、そんな資本家やその傀儡である政治家は次の選挙において淘汰(落選)されるべきなんだよね。

だからこそ、資産も無い上にたかが一票しか票を持ち得ない我々庶民は、政治家にすべてを任せっきりになどせず、その裏も表をもひっくるめた奴らの能力なり仕事ぶりを、それこそ真剣にそしてシビアにジャッジする必要があるって事かな。

これからの日本において、真に政治家に問われるのは、有権者からのクレームに対する誠実な対処や謝罪方法のスキルなんかじゃなく、“国家を経営する手腕”なんだからさ。

本音を言うならば・・・。

潔く議員を辞職するならまだしも、本当は謝ったくらいじゃ済まないって事!!

寄生虫大国日本

リーダーすなわち人の上に立つ指導者と言うものは、その集団の中で最も働く者がなるべきであり、自分が一番損をするぐらいの覚悟を持っていなければいけない。

・・・と、それは置いといて。

それにしても、経済の事は良く解らないが、だいたい国の借金が何百兆もあるってどう言う事よ?

かと言って、国民が皆、北●●みたいに飢えているかと言えば、確かに最下層の人間・・・借金まみれの私も含め・・・失業者やホーム・レスこそ居るものの、個人資産をたっぷり所有している金持ちも居れば、家計が苦しいなりにやりくりして子供の学費や将来のために貯蓄している人達も居る訳で・・・。

そう言った様々な状況の人達から徴収した税金を国民のために有効に使うべき政治家や官僚は、そこから如何に自己の利益をぶん取るかって事ばかりにやっきになり、一般の公務員にしたって自分達の給料は保証されてるもんだから、言われた仕事だけこなして平気な顔で給料をふんだくって行くばかり。

それならば公務員や政治家の数を大幅に減らせば良いものを、それは出来ないと言う。

無能な人間の集まりならまだしも、そこそこ能力があるもんだから余計に質の悪い、まさしく寄生虫の如き、その有り様。

批判されるべき人間は極一部で、殆どの公務員は真面目に仕事をしてると言うが、そんな事ばっか言ってるから駄目なのだ!!

自分達が批判される原因となる者を内部できちんと処罰せず、むしろ隠蔽したり庇ったりするからいけないのであって、怒りを向ける矛先が完全に間違ってる!!

本来であれば、こんなに借金のある国で、しかも税金から給料を支払われているんだから給料カットとまでは言わないが、休日返上ぐらいするのが当然ではないか!!

・・・と言うか、国の借金を減らした分を給与として分配するぐらいのつもりで働いて欲しいものだ。

そもそも、資産を持たぬ一般の国民は、日々額に汗して働き、それでも足りず仕方なく借金している状況だと言うのに。

首を吊るのは中小企業の社長ばかりなり・・・。

目先の金に目が眩んで既得権益にあぐらをかいて利益を奪い合って、国の借金をこんなに膨れ上がらせておいて、それでいて政治家が破産したなんて話聞いた事ないし、どっかの省庁が倒産するって事もないだなんて!!

国のために働くべき人間が、我先に争って国を食い荒らしていると言う、この現実。

だいたい公務員なんて選ばれた一握りの人間だけにやらせるべきで、不正行為がないか見張る機関さえ作っとけば、下っ端の奴らは全員、普通に給料制で雇えば良いのだ。

ファースト・フードの店員の方が勤勉で真面目で接客もプロフェッショナルだって~の!!

景気対策と言えば金をばらまくだけ。

そんなに金をばらまきたければ、まずは自分達のもらうべき給料をカットして、その金をばらまけば良し。

こうなったらもう、外部の優秀なコンサルタントでも雇って、経営を見直すべきだよね。

・・・て言うか、なんで内部にそう言う人材がいないのよ?って話。

でも、その理由も解るよ。

要するに、公務員ってのは個人の能力や努力が生かされる職種なんかじゃなくて、一部の人間が不正に利益を得る事を見てみぬ振りする事によって報酬を得る仕事なんでしょ。

政治家や官僚、更にはそれを影で操る資本家の利益を守るために買収された、保身の集団。

だから、せっかく勝ち取った自分の地位や利益を捨てるリスクを犯してまで、国のために我が身を犠牲にして働こうなんて気はさらさらないって事。

この国は、人の努力や能力が正しく生かされないどころか、むしろ封じ込められる社会だもんね。

あ~あ、日本なんか、早くどっかの国に滅ぼされるか侵略されれば良いのに。

もっと健全で、もっとプライドがあって、真の意味での愛国心に満ちたリーダーが統治する様な国から・・・さ。

そんな国ってないのかね?

「選挙法改革案」

「政治活動には金がかかる」と良く言われるが、実際には「選挙活動には金がかかる」のが現実であり、それだけの金をかけても当選しさえすればそのくらいの金が回収出来るからこそ、投資する意義もあるのだろうと思われる。

また、テレビに出て好感度を上げるなり、芸能人等、元々有名人だった立候補者が当選し易い事を考えると、ある種政治家も商品と一緒で、CMや広告費に金をかけて露出度を高める方がたくさん売れる・・・すなわち多くの票を獲得出来るのだな・・・と。

ゆえに、テレビに出ない(あるいは出られない)立候補者は、選挙カーで選挙区を走り回るなり何なりして自分の名前を連呼し、顔と名前を知ってもらい、信用してもらう事で票を獲得すると言う、言わば“人柄選挙”に躍起になる訳で・・・。

しかしながら、そもそも、(再選の場合は別だが)そんな短い期間で人間性を判断しようなんて事自体がナンセンスな話なのであり、結局の所、立候補者の本質的な資質及び能力もしくはマニフェスト以前に、人懐っこい笑顔や良い人っぽい雰囲気が重視されるとなれば・・・。

真に断罪されるべきなのは、政治を人任せにするのみならず、投票における候補者選びにおいてさえ、本当に自分や国家にとって良い人材を選ぼうとするための労力や努力を放棄し、広告にたっぷりお金(なり時間)をかけた「何か人柄の良さそうな有名人」に投票してしまう、怠惰な有権者の側なのではないだろうか。

もし仮に、選挙が自分の生き死に・・・とまでは言わないが、結婚や就職等、本当に自分の未来を決定してしまうする程の大きな出来事であれば、この様ないい加減な候補者の選び方はしないのではないか?・・・とも。

・・・とは言え、その様な選択時でさえ、すべての人が正しい選択を出来るのか?と言えば、そうではない場合も多いのではあるが・・・。

しかるに、これが例えば沖縄やら何やら、常に大きな問題を抱えており、選挙がその地域に住む人達の未来を左右すると言った場合は、言うまでもなくシビアにならざるを得ないのであろう・・・。

そう考えると、一度はとんでもない被害を受けない限り、この知名度優位、人柄重視の選挙ってものはなくならないのではないか?

(・・・と言いつつも、どうせまたコロっと騙されるんだろうけどね。)

そこで私は考えた。

問題なのは要するに、一票の重さ、すなわち投票する事自体を軽く考え過ぎなのだと言う事。

有権者が持つ1票ってのは、その人自身の運命を左右・・・とまでは言わないが、有権者の人生や住んでる国の未来を左右する程に重要なものなのだと言う事を自覚させるために・・・。

投票する際にお金(例えば1万円くらい)を支払わせる様にしてはどうか?

更に言えば、そのお金は自分が投票した立候補者への政治活動に対する献金なり選挙活動費に当ててもらうのだ。

何故なら、有権者にとっては自分に代わって誰かに面倒な政治活動をやってもらおうって甘い考えな訳だし、本当にその候補者に期待し応援しようと言うのであれば、たかがそのくらいの支援やリスクを負うくらい当たり前の事ではないか。

否、むしろリスクを負わない事による有権者の無責任さが、我が国をますます駄目にしているのだとも言えるのだ。

それに、そうすれば、選挙活動に必要な金をダーティーな手法で掻き集めるよりも、純粋に有権者へ自分の政策をアピールする事で得票数を増やす(=費用を回収する)と言う、至極まともな在り方に重きを置く様になるのではないか?・・・とも。

もしも、このやり方で票を集められない立候補者が居たとすれば、それは選挙活動及び露出度が少なかったからでは全然なくて、有権者が自分の持つ大事な一票(1万円)を投じるに値しないと判断されたと言う事であり、それすなわち、その立候補者の考えに賛同する人が少なかったって事なんだから。

あと、投票しない人・・・すなわち我が国の未来を左右する選挙に参加しないなどと言うとんでもない非国民的有権者からは当然罰金(投票した場合の2倍=2万円くらい)を取るべきであり、もし仮に投票するに値しない立候補者しかいない場合は無記名で投票し、その際に投じるお金は何かしら他の有効な使い道を任意に選べる様にするとかね。

・・・と、そうする事で初めて、有権者は選挙と言うものの重要性に気づき、立候補者から投票する人物を選ぶ事に対して真剣になり、自分が所有する権利である一票の重大さを思い知るのではないだろうか。

・・・て言うか、そこまでしなきゃ駄目って事は、日本はまだまだ平和な国なんだって事なんだろうね。

しかしまあ、どこの世界も、お金かけて宣伝しまくった知名度の高いものの方が売れるって事か・・・。

政治家も「任期商売」っちゅうか、「人気商売」デスな。
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