Mr.エレクトの独り言 2010年04月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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裸の王様

本当に“強い人”とは、如何なる病原菌に犯されようとも病気にならない、ある意味“鈍感な人”であり、その反対に“弱い人”とは“敏感な人”である。

よって、本当は“弱い人”が病気を防ごうとするためには、大きく分けて二種類の方法があり・・・。

ひとつは、あえて病原菌に我が身をさらす事によって、自身を鍛えて行く方法。

そしてもうひとつは、病原菌が一切寄り付かない様に、自身を隔離する方法である。

前者は言うまでもなく、病原菌に慣れる事で耐性を強め、良い意味で自分を鈍感にして行くやり方で、これなら確かに自分を本当に強くする事も出来よう。

しかるに後者は、病原菌を一切遮断する・・・すなわち良きにつけ悪しきにつけ、この先起こり得る未知の可能性を徹底的に排除する事によって、一時的かつ擬似的に自分を病気から遠ざけているだけに過ぎず、それがどの様な意味を持つかと言えば・・・。

それはただ単に、自分自身の立場を優位かつ安全な場所に逃避させているだけの事であり、その護られた位置なり地位においてのみ通用する相対的な“強さ”を獲得しているに過ぎないのではなかろうか・・・と。

もっと具体的に言うなれば、こうである。

要するに、自らに不利益をもたらす意見や自分にとって都合の悪い思想をすべて排除する事によってのみ成り立つ強さなどと言うものを、それが本当の強さであるとは到底呼べまい・・・と言う事だ。

冒頭でも述べたが、本当の強さと言うものは、如何なる病原菌に犯されようとも病気にならない、悪く言えば鈍感、良く言えば強靭さにこそあり、すなわち・・・。

本当に強い人間とは、自らに不利益をもたらす意見や自分にとって都合の悪い思想をもすべて許容した上で、しかしなおかつ揺るがぬ意志を持ち続ける事の出来る者・・・なのである。

また、ここで言う“揺るがぬ意志”とは、何が起きても不変であると言う意味では決してなく・・・。

時と場所に左右されて容易に変化し得るそれら如何なる条件下においても、常に自らに備わった確固たる秩序や規律に基づいて的確な判断を下す事が出来る、その志向性の確かさの強度を指すものなのだ。

つまり、もっと解り易く言い換えるならば、思考は常に流動的である事が望ましく、しかしまた、なおかつそこには方位磁針の如く一貫した基準が備わっていなければ無意味なのである。

ゆえに、もし仮に、民主主義と言うものが少数意見を無視し反対意見を抹殺する事を正当化するために用いられるのであれば、これほど危うい事はない・・・と言う話になるのだ。

そもそも、民主主義国家にせよ独裁国家にせよ、人間が人間を支配する社会なんぞ、ろくなもんではない。

人間を、そして社会を支配するのは確固たる秩序であり規範であるべきで、そしてまた、その秩序や規範とは、ある一部の人間の私利私欲を満たすためだけのものであっては絶対にならないはずなのである。

ましてや、貨幣こそが至上の価値を持つ世の中などと言うものは、そう言った秩序や規律よりも人間の本能や欲望のみに重きを置く、まさしく獣の王国であると言えよう。
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「被抑圧人種の妄想」(後編)

(・・・「前編」からのつづき)

以前(改訂する予定ゆえ現在一旦削除してありマス)述べた、「哀れな理想主義者」と言う言葉は、実はそれらの情報の信憑性に関して調査をしていた時に見つけた言葉でありマシテ・・・。

皆様ご存知の通り、個人個人の真っ当な努力が生かされない不公平な競争社会、すなわち人間が持つ獣的な本能や欲望を最大限に生かした資本主義と言う名の“搾取のシステム”が私は大嫌いな訳でありマスが・・・。

何と驚くなかれ、資本主義思想並びにその社会システムとは真っ向から対立するはずの共産主義国家を支援しているのもまた、奴ら・・・すなわちこの世の権力者や支配者層だったのデス。

実際、真の共産主義社会樹立に至るその前段階である社会主義国家の殆どが、その理想とは裏腹に現実的にはエリートや既得権益層による独裁国家であると言う事は周知の事実であり、すなわちそれこそ人々を合法的に奴隷・家畜家するためにはもっとも都合の良い方法なのでありマス。

つまりは、搾取のシステムから逃れ、公正公平な社会を求めて尽力しようとする事ですら、結局は奴らの思う壺であり、その姿こそはまさしく「哀れな理想主義者」なのである・・・と。

そもそも、奴らの目的とは、そう言った思想なり宗教なり国家間の対立構造を意図的に作り出し、時には実際に戦争を起こして武器を売って儲ける事はもちろん、自分達が利益を得るために危機感や恐怖を煽る事で人々を孤立させ、金銭に対する執着心を必要以上に抱かせる事によって私達を無益な競争に駆り立てる事なのでありマス。

そしてまた、奴らのやり口の一つにマス・メディアによる洗脳工作と言うものが現実に存在し、そう考えると、先に述べたコイズミ・フィーバーや政権交代劇のからくりにも至極納得が行く訳で・・・。

奴らの傀儡(アメリカ)の更に傀儡である亡与党のコイズミ一派はアメリカに最後の奉公をした挙句に亡与党を破壊(現在既に分裂)する任務を終え、そして経済的に疲弊し絞りカスとなった日本を献上すべく中国との接近を図る政権交代を果たした某与党のトップとボスもまた奴らの傀儡である事は明白な事実。

要するに、今回の政権交代劇においてもまた、表向きは旧体制と新体制との対立の図式が用いられてはいたが、その裏で糸を引いていたのは同一の組織であると言った、まさしく茶番劇が繰り広げられていたのだ・・・。

しかも、マス・メディアの過剰な報道によって民意が最高潮に盛り上がったがゆえに獲得議席過半数以上の大勝を成し遂げた、我が国にとっては革命的なこの政権交代劇は、実質的にはメインの役者が交代しただけの事でありながらも、しかしまたその圧勝ぶりゆえに数々の改革を易々と、そしてなおかつ民主主義国家における国民の総意と言う美名の下に独裁的に断行する事をも可能にするため・・・と言った目論見があっての事だったのであろう。

これはまるで、良く出来たプロレス興行のシナリオではなかろうか・・・。

よって、これまでその茶番劇の舞台であった被植民地国家たる日本も、おそらくは、もうじきその役回りを終了させられる運命なのではないかとの推測が容易に為されるのである。

<以下コピペは、奴らの世界統一支配計画であり、日本が今後進まされるであろう道。既に思い当たる法案多し。>

・君主制(王朝)の打倒
・各国政府の破壊
・私有財産制の廃止
・相続権の廃止
・愛国心(民族性)の廃止
・家庭の崩壊(結婚やすべての道徳の破壊)
・すべての宗教の破壊

-----------------------------------------------------

な~んてね・・・。(^^)

以上は、ネット上の各種情報から判断した、あくまでも“現時点での私個人の意見”デスので、私自身にせよ、もっと色んな情報を見聞きするにつれ、その主張が変っていく事も充分考えられマス。

・・・否、情報量の変化によって意見が変る可能性が一ミクロンもないとするならば、むしろそちらの方が問題(妄信もしくは思考停止)なのではなかろうか・・・とも。

ちなみに“奴ら”とは何者なのか?って事デスが、私の様なノンポリとは違い、既にご存知の方も多いとは思われマスが、知らない方のために解説すると・・・。

■「国際銀行家/国際金融資本家」
(「俺たちには、通貨発行権さえあれば良い」・・・でググると、非常に解り易い解説がありマス。「アメリカの通貨発行権」でググると、もっと恐ろしい現実が・・・。)

ただし、充分気をつけて頂きたいのは、他人の意見を鵜呑みになどせず、上記を手がかりに各自で精査ご検証して欲しいと言う事デス。

私自身にせよ、まだ解らない事だらけな状態であるにも関わらず、そんな自分の考えを誰かに押し付けるつもりなど毛頭ゴザイマセンので。

最後に、現時点におけるの私の見解を更に述べさせて頂くならば、「日本は核武装をする必要などない・・・否、絶対にしてはいけない。」・・・と言った所でしょうか。

・・・その理由については、もはや語る必要などないでしょう。

(おわり)

「被抑圧人種の妄想」(前編)

ここ数日は金策に追われる日々デシタが、昨日やっと、既に2ヶ月延滞しているため、もう絶対にスルー出来ないYAH00への手数料支払いを何とか済ませマシタ。今回支払い期限を過ぎちゃうと、またいつかの様に約2000点の出品物すべて強制終了させられて、商売あがったりになっちゃうからね~・・・。

ところで、政治関連ネタを書き始めた頃から当ブログ来訪者が著しく減少してしまった。自分としてはそんなに難しい事は書いてないつもりだったんだけど、やっぱ考え方や価値観の異なる人も多いのかな~・・・などと思いつつ、また色々と調べてる最中に、こんな記述を見つけマシタ。

「ネット上で政治・宗教・野球のネタはタブー」・・・との事。(TT)

なるほど、私なんかは他の人が自分と異なる意見を発していても、それぞれ育った環境や立場が違うのだから、それはもうしょうがない事である・・・と考える派なのデスが、やはり気分を悪くする人も大勢居るって事デスよね・・・。

それにしても、ここ最近読んだ文字数は、私の人生上、最大なのではなかろうか・・・。

解らない言葉が出る度にそれを調べて、調べる際に出てきたそのページでもまた解らない言葉が出てくるから、それをまた調べて調べての繰り返しで・・・。(^^;)

何せ、皆様知っての通り、私は本を殆ど読みマセン。

中学生の頃は、友人に教えてもらった星新一を2~3冊読んだ程度で、他に読んだのは矢沢エ~吉の「成りあがり」とか甲斐よしひろの「荒馬のように」とかぐらいだもんね。

(・・・ホントはALICEや松山千春の自伝本も読んだけどそれは内緒。)

高校生になってからも、殆ど音楽雑誌とか音楽関連書籍しか読まなかったし・・・。

10代後半で上京してから20代前半くらいまではしばらく、いわゆる現代で言う所の鬱状態で(当時は鬱なんて言葉流行してなかったお陰でクスリ漬けにされずに済んだ・・・)、その頃は梶原一騎に傾倒してたせいもあって、古本屋で「葉隠入門」だとか「武士道入門」みたいなもんばっか買って読んでたけど。

それにしても、やっぱ最近のカルチャー・ショックは、如何にテレビを初めとするマス・メディアが偏向報道をしてるかって事に尽きマス。

以前にも述べたけど、人間もパソコンと同じで、その思考を入力情報に依存せざるを得ない訳で、政治に興味を持って、更にそれを良く知ろうと思っても、テレビ報道しか見てなかったら簡単に洗脳されちゃうって事。

振り返ってみるに、コイズミ政権にせよ昨年の政権交代にせよ、それを後押しする原動力となった国民の大フィーバーが起きたのは、繰り返し流されるテレビ報道のお陰だもんね。

もちろん、かと言ってネット上の情報がすべて正しいって訳なんかあるはずもなく、むしろ多種多様な意見がそれこそ無数に存在する訳で・・・。

「へ~!!」と思った矢先に、別のサイトではそれを真っ向から否定するまったく真逆の意見が述べられている事なんてしょっちゅうだし。

しまいには、一体どっちが本当の事を言ってるのかさっぱり解らなくなる始末・・・。

また、中には意図的に自らの陣営にとっての利益なり思想を誘導する事を目的として発言しているサイトもあれば、対立している勢力のイメージを悪くするために成りすましをしてわざと荒唐無稽な情報を発信する者もいたり、80パーセントくらいは本当らしき事が書いてあるけど肝心な部分が歪曲されていたり真実から目を背けていたり・・・と、まさしく玉石混合の様相を示しているのである。

しかるに、いずれにせよ、いくら文章が上手くて言葉遣いが丁寧でも、あるいはどれだけ論理構成がしっかりしてたとしても、そこに書かれている事が正しいとは限らない訳で、その真偽を確かめる・・・と言っても、それも推測でしかないんだけれど、それでもやっぱ入力情報は多いに越した事はないし、更には相反する意見も比較検討しなけりゃ意味がない訳で・・・。

たとえば、ひとつ例を挙げるならば、故・中川昭一氏の様な方が成した本当の功績をご存命中に知る事が出来なかった事に対しては、真実を知らなかったからであるとは言え、今更ながら私は非常に申し訳なく恥ずかしい思いでいっぱいなのでありマス。m(_)m

ともあれ、思うに世界もしくは人類の歴史とは、国家間なり、とある集団と集団(宗教等)もしくは個人なり家系間の対立を意図的に作り出し、それぞれを争わせる事で利益を得る権力者や支配者層の思い描く通りになっていたんだなと、つくづく思い知らされた次第。

以前(改訂する予定ゆえ現在一旦削除してありマス)述べた、「哀れな理想主義者」と言う言葉は、実はそれらの情報の信憑性に関して調査をしていた時に見つけた言葉でありマシテ・・・。

(長くなるので「後編」につづく・・・)

木幡東介/新作発売情報!!(2010年4月)

■木幡東介ライヴCD-R(ECR-001)¥1000
2010年2月21日@高円寺無力無善寺
「脱権力の地図」其の弐~「木幡東介単独公演」
ECR-001
切り絵/木幡東介
録音・編集/吉澤裕史
制作/エレクトレコード



<収録曲目>
1.渓谷、深山の民
~女郎蜘蛛
2.棄脱の天地
3.いつも足もとに居る黒い犬
4.夏の闇を真似る擬態
5.夏の二人
6.薄羽蜉蝣
7.破壊の女神
8.野いちごおとし
収録時間:67分10秒(完全収録)

<作品解説>
本作は、タイトルからも解る通り、本年2月に高円寺無力無善寺で行われた単独公演の模様を完全収録した作品。

ここで披露されているのは、多重録音されたバンド・サウンドのSEをバックに流しつつ、そこへ生演奏による歌とエレキ・ギター及びギター・シンセを被せると言った、ここ数年行っているエレキ・ギター弾き語りによる独演独奏スタイルの完成形である。

なお、同会場は5坪程度の手狭な空間であるが、今回は室内にSE作成時に使用した機材をそのまま持ち込む事によって、最適かつ理想的なリスニング環境を再現する事に成功した。

更には、吉澤裕史氏による高度な録音/編集技術がもたらすその貢献度もさる事ながら、これまでは会場の広さに由来する大音量のせいで細かい部分が聴き取り難くなりがちであった生演奏のバックを務める多重録音SEであるが、本作ではその音像が損なわれる事なく非常に明瞭かつ鮮烈に聴き取れ、その成分の旨味を何ら損なう事なく堪能出来るものともなっている。

・・・例えばそれは、ベース・パートの個性的なフレーズであったり、ドラムス・パートの緻密なリズムの妙味であったり・・・と。

また、何と言ってもライヴ録音ならではの独特の空気と言うか臨場感が、まるで目の前で独りの人間が実際に演奏しているかの如き実在感、及びその生々しい手触りを聴き手へとダイレクトに伝え得るのではなかろうか・・・とも。

その結果、本作は、時に荒々しく時にトリッキーに、そしてまた時には情感に溢れ哀切感極まる流麗なギター・プレイはもちろんの事、一語一句噛み締める様に発音される言葉と共に慈愛に満ちた肉声によって紡ぎ出される、しっかりとした骨格とくっきりとした輪郭を兼ね備えた力強いメロディー、そしてそれら生演奏とSEとの絶妙・・・否、完璧なアンサンブル構築能力が見事に発揮された作品となっているのだ。

そして、その魅力を一言で言い表すならば、“独特”とでもなるのであろう・・・がしかし、それは決して奇を衒ってると言う事では全然なく、その根拠となるのは楽曲や演奏を成り立たせている構成要素や部品の殆どが既存の既製品に依存しないハンドメイドの一品物によって組み立てられていると言う点にあり、それゆえに、「これこそは、独自性を追求・獲得する事よってのみ初めて成し得る事が可能となる、極めて独創的な作品である」と、私には明言出来るのである。

よって、もしも本作を手にする機会があったならば、そこに居る演奏者の分身とも呼べるこれらの楽曲の細部や隅々にまで良く耳を傾け、確かめてみて欲しい・・・。

そこには、題材となる情景なり光景がどれだけ精密に、そしてまた如何に誠実に描かれているのか?・・・という事を。

そもそも“真の独自性”とは、「誰にも似てない」と言う事はもちろんの事ながら、「他の誰かに簡単に真似される様なもの」であってはならないはずなのだ。

2010年4月17日/Mr.エレクト(エレクトレコード代表)

★上記の作品はライヴ会場及び当店にて通販可能。(店舗は長期休業中)
http://www33.ocn.ne.jp/~mariakannon/erectrecord/
★いぬん堂ネット・ショップでも取り扱い中!!
http://inundow.shop-pro.jp/?pid=20222233

ライヴ終了報告

昨日の木幡東介単独公演も、無事に終了イタシマシタ!!

ご来場頂いたお客様並びに関係者の皆様、本当にありがとうゴザイマシタ!!m(_)m

また、今回は吉祥寺フォースフロアにての開催だったのデスが、同店社長、及びスタッフの皆様、そして共同企画者である外道丸氏と、いずれも「経済は音楽に奉仕すべき」と言う考えを実践している方々のサポートのお陰で、赤字の心配なくライヴを行う事が出来マシタ。

内容的にも、入念なリハーサルの甲斐もあり、満足出来る音質で充実した演奏をお聴かせする事が出来たものと自負しておりマス。

なお、更に今回のライヴに於いては、日頃からお世話になっておりマスお二方、ビデオ撮影に長尾明浩氏、高音質生録音に吉澤裕史氏のご両名にもご協力頂きマシタので、これらもまた近いうちに作品化して発表させて頂くつもりデス。
(以下は会場販売用POP各種)
DVD-RCD-R

次回は6月に、やはり外道丸氏との共同企画として同所にて単独公演を開催する予定となっておりマスので、皆様是非ともヨロシクお願いイタシマス。m(_)m

■吉祥寺Fourth Floor
★ちなみに同店は、JR吉祥寺駅公園口(南口)/京王井の頭線吉祥寺駅出口から歩いて30秒の至近距離と言う好立地、店内には3~40名が座れる椅子やテーブルが設置された非常に居心地の良い空間となっておりマス。
★ビルの入り口がちょっと解りにくいのデスが、以下に画像付の紹介記事がありマシタ。(現在は内装が若干変更されておりマス。)
グータイム フォースフロア 紹介記事

木幡東介/次回ライヴ予定

■2010年4月2日(金)@新大久保アースダム
「EARTHDOM PRESENTS」
共演:東洋の魔女、マサコ倶楽部、発狂する逆回転。
開場:18時30分/開演:19時00分
前売:1500円/当日:1800円(いずれも+ドリンク代500円)
(★上記は無事に終了イタシマシタ!!)

■2010年4月10日(土)@吉祥寺Fourth Floor
如月の今豚(Kong-Tong)+エレクトレコード共同企画
「脱権力の地図」其の参~木幡東介単独公演
出演:木幡東介(マリア観音)
開場:19時30分/開演:20時00分
当日券のみ2000円(+ドリンク代)
★今回も特典CD-Rの無料進呈アリ!!

20100410
<フライヤー>切り絵:木幡東介。デザイン:平野勇。

「単独公演開催声明文」(改訂済)

キャイン!!以下文中、曜日を間違えてたので直しマシタ!!(^^;)

「単独公演開催声明文」

明日の4月10日土曜日、吉祥寺フォース・フロアにて木幡東介単独公演が開催される訳デスが・・・。

(ところで、先日支援告知させて頂いた、死神氏の単独公演も大入りのうちに無事終了イタシマシタが、これは一重に、彼が数年間に渡って自ら気に入ったバンドやアーティストを集め、独力で自主企画をやり続けたその賜物でありましょう。演目の方も現時点での彼の集大成及び新境地を披露した充実の内容だったと思いマス。)

思えば、マリア観音もバンド編成時代から、ワンマン公演に拘って活動を続けて参りマシタ。

ちなみに、某ライヴハウスにてのワンマン公演で(招待客も含めてではありマスが)55名を集めたのが、バンド編成時代の最後のライヴでした。

・・・とは言え、確かにそれは決して目を見張る様な驚くべき記録でもありマセンし、今回はその人数がどうこうと言った話をしようって訳ではありマセン。

ただ、強く記憶に残っているのは、単独公演にしては最も多く動員のあったその日ですら、ライヴ自体の収支は(リハーサル費用はもちろんの事、フライヤー印刷代等も除いた上で・・・)プラマイゼロだったと言う事デス。

そもそも、音楽・・・と一言に言っても、演る側観る側、それぞれの価値観は多様でありマス。

たくさん人が集まる事に意味がある音楽もあれば、たくさん人を集める事に価値がある音楽もあるでしょう。

・・・いえいえ私は何も、「人をたくさん集められなくても素晴らしい音楽は存在するんだ!!」などと、負け犬の遠吠えの如き主張を強弁したい訳ではありマセン。

それが如何なる種類の音楽なり表現にせよ、より多くの人がその価値を認めてくれる事を歓迎こそすれ、「本当に良いものは認められない」などと言った傲慢な考えは、芸事に従事する人間を甘やかす最大の元凶なのでありマス。

肝心なのは、それらはそれぞれに異なる価値を持っており、しかしなおかつ、それらのいずれかが欠けたままでも良いはずなどないのだと言う事デス。

しかしながら、舞台に立つ人間と言うのは大きく分けて二種類おり・・・。

観客に喜んでもらうために我が身を削って自己の芸を磨き続ける者、そして我が身を削って自己の芸を磨き続ける事によって観客に喜んでもらおうとする者・・・と、それらはいずれもプロフェッショナルな精神に基づいていると言う点において共通しておりマス。

言い換えるならば、前者が能力や技術によってお金を稼ぐ事を維持する看板屋であれば、後者は能力や技術によってお金を稼ぐ事を目指す絵描き・・・とでも申しましょうか。

また、前者は成功した後の後者であるとも言えるし、後者は成功する前の前者であるとも言えマス。

そして、ここが一番大切なポイントなのデスが、いずれの立場にせよ、そう言った芸事に人生を捧げている人間にとっては、当然の事ながら観客の数と言うものも重要ではありマスが、それ以上に重要なのは自らの芸の完成度なり達成度なのデス。

よって、もしも彼らが自らその命(もしくは芸人としての生命)を絶つとすれば、それは観客の数が減る事(←確かにそれはつらい事ではありマスが・・・)よりも、自己の能力や技術の限界を感じ、これ以上自らの芸すなわち表現なり作品のクオリティを向上出来ない、もしくは保てない・・・と悟った時でありましょう。

ゆえに、その様な人間にとっては、それが傍から見て如何に(動員数及び採算的に)無謀であろうとも、自己の表現の質なり作品の価値を、一切の保険や紛れ(=共演者)に依拠しない単独公演と言う形で世に問い質さずにはいられないのだと言う事なのでありマス。

それでは明日、厳しい審美眼を持つ貴方のお越しを、こころよりお待ちしておりマス。(^^)

2010年4月9日/Mr.エレクト(エレクトレコード代表)

★「マリア観音」オフィシャルWeb Site
★「マリア観音」My Space
★「木幡東介」mixiコミュニティ
★「マリア観音」mixiコミュニティ

Darkcell、新作入荷しておりマス!!

★Darkcell

■「Nightmare Document Part1」CD-R(¥800)
限定130枚(手書きナンバリング入り)
NIGHTMARE DOCUMENT PART 1
<収録曲目>Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ。

★和訳すると「悪夢の記録その1」となる本作は、そのタイトル通り、忌み嫌われし悪夢の情景をダークなアンビエント・サウンドで描いた楽曲群で構成されている。また、それら不吉にしてストレンジな光景が映像となって脳裏に映し出されるかの如き緻密な表現力に加え、いつもの事ながらその揺ぎ無い規律と美意識とに貫かれた硬派な作風は不変であり、それゆえに本作は、全長30分程度でありながらも非常に聴き応えのある重厚な作品となっているのだ。

<Darkcell取扱商品紹介記事一覧>
Darkcell「Bone with hatred」(CD)入荷しておりマス!!
自主制作CD新入荷情報(2009年2月21日号)
Darkcell「Iceworld」(CD-R)¥1500入荷!!

■上記はすべて、当店にて通販受付中!!(一部、在庫僅少の品もありマス。)

溺れる者は笑われる・・・(職人的技術尊重主義)

実は私もそうであるが、現在している仕事を禁止されるなり奪われたら、他に出来る事が何もない。

言うなれば、これは転職出来ない天職である。

そして、出来る事が何もないと、当然の事ながら出来る仕事も限られてくる。

出来る仕事が限られてしまうと、仕事にあぶれて金を稼げなくなる可能性が増してしまう。

しかし、それで良いのだ。

出来る事が何もない、もしくはきちんと出来ないのに、あれをやりたいだとかこの仕事をしたいなどと贅沢を言うべきではない。

・・・否、言うだけなら構わないが、ある一定の品質をクリア出来ない状態のまま、その職種に就くべきではない。

そもそも、やりたい事なりしたい仕事があるならば、まずはそれをするに相応しい知識なり技能を身につける事が先決であるはずなのだ。

ところが、コイズミ改革における労働者派遣法の改革によって、企業は安い賃金で使い捨てに出来る労働者を堂々と雇える様になり、終身雇用が一般的だった頃に比べ、技術を身に付けさせたり能力を開発するだとか言った、言わば社員を育てる事をしなくなったと言う。

何と愚かな・・・。

目先の賃金をケチるあまり、会社と運命を共にする人材を育成する事によって得られる技術力なり開発力、すなわち自社の将来の発展を担うべき本当の財産をどぶに捨てるとは・・・。

ましてや世の中は猛スピードで変化しているのだから、いつまでも同じレベルのモノしか作れない会社は、時代の流れに淘汰されてしまうのが関の山であろう。

思うに、この様な使い捨ての感覚を持った会社の社長と言うのは、自らが会得習得獲得した技術によって身を立てたり財を成したりのではなく、親子代々の世襲によって現在の地位に就いたのはなかろうか・・・。

要は、この資本主義社会における特権階級であったがゆえに、本当に金を生み出す元が何であるか・・・すなわち個々の人間が持つ技術力と言うものに重きを置く発想が、元よりないのではないかと。

よって、使い捨てされる社員に愛社精神など芽生えようはずもないし、実際に自分の代りなどいくらでも居る様な仕事に誇りなど持ちようがないのである。

またこれは、政治家や官僚・公務員にも言える事で、彼らの仕事は日本を安心して暮らせる豊かな国にする事であるにも関わらず、(政治家こそ選挙で落選させられるが)身分と給与が保障されているがゆえに、国民と共に喜びや苦しみを味わう覚悟、及び運命共同体としてこの国をより良くして行くと言う事に心血を注ぐ責任を負わないのである。(←もちろんすべての人がそうであるとは申しマセン。)

これがもし仮に、政治家や官僚・公務員の給与を国民の年齢別平均所得に相応する額に定めるとでもなれば、彼らも少しは国民が潤う様に努力しようって気にもなるのではなかろうか。

・・・とは言え、運命を人任せ、会社任せ、国任せにしていた私達にも責任がある。

いずれにせよ、船が沈んでも自分だけは死なない船頭が操縦する船に乗船しているのだから、今のうちに泳ぎを覚えておかなくては・・・。

だって、もはや浮き輪を買う余裕すらないんだもの!!(TT)

“マグロ”経済

(マグロ=魚の種類ではなく・・・。)

民“数”党がマスコミの偏向報道によって与党となり、民“捨”党とでも呼ぶべき売国法案を次々成立させている昨今・・・。(マジでシャレにならない一党独裁政権化法案の数々はテレビでは殆ど報道されないので、各自がネットで調べてネ。)

そんな現実に迫った危機は一旦置いといて、私も権力者になった気分で夢の法案を考えてみた。

まずは、病気やなんかで本当に働く事が出来ない人は別として、働く能力もあり、働く意欲もあるのにも関わらず、仕事が見つからず生活保護等を受給している人の場合。

これって、その人自身の能力も生かされない上に、(仮に本人に何ら責任はないとしても)税金も無駄に投入される訳だから、我が国及び国民にとっても二重に損だと思う訳。

そして、ところがまた一方で、アマチュア・ミュージシャンなり役者や絵描きの卵等、やりたい事がありつつも、まだそれでメシを食えず、バイトをしながら創作なり表現活動をしている人っているよね?

・・・トナルト、あれれ?何かしら人生に目標のある人が創作や表現活動に費やすべきその貴重な時間を、誰にでも出来る単純労働に費やしていると言う事は・・・。

そのせいで、何かしら創作や表現活動に時間と労力を費やしている訳でもない上に、働きたくても仕事がない人は、何もせずに国から(・・・と言うか、元は税金だから国民から)お金をもらうしかない状況に追いやられるって訳だよね?

そしたらさ、「アマチュア・ミュージシャンなり役者や絵描きの卵等、やりたい事がありつつも、まだそれでメシを食えず、バイトをしながら創作なり表現活動をしている人」は仕事をやめて、「何かしら創作や表現活動に時間と労力を費やしている訳でもない上に、働きたくても仕事がないから何もせずに国からお金をもらうしかない人」に仕事を回してあげるべきではないだろうか?

そうすれば、今はまだ金を稼げない状態の「アマチュア・ミュージシャンなり役者や絵描きの卵等、やりたい事がありつつも、まだそれでメシを食えず、バイトをしながら創作なり表現活動をしている人」は仕事にあぶれ失業し、それゆえに生活保護等を受給する事が可能となり、それまでバイトに費やしていた時間をも創作なり表現活動に当てる事が出来るのではなかろうか・・・と。

そう言う意味では、これはある種、生活保護と言うよりも文化育成のための助成金とでも呼ぶべきだろうか。

・・・とは言え、もちろん将来性と言うか、最低限の水準なり努力の度合いと言うものを審査する必要はあるだろうが・・・。

何にせよ、(仮に本人に何ら責任はないとしても・・・)やはり何もせずしてお金をもらえると言うのは良くない事であるので、上記のアイデアではないにせよ、働きたいのに仕事がないゆえに生活保護を受けていると言う人は、せめて公園の掃除であるとか道路のゴミを拾うだとか、何かしら社会への奉仕活動を義務付けるべきではないかと私は常々考えている。

義務なき権利、責任なき自由は、世の中を悪くする最大の元凶なのだ。

ガンディー(ガンジー)曰く・・・「労働なき富は社会的大罪」。

ゆえに、国がやらないのであれば、本来は資産家もしくは経済的に成功した者こそが、そう言った文化を育成する事に対して投資・・・否、支援すべきなのである。

竹中労はこう言った、「経済は文化に奉仕すべきなんです。」・・・と。

この国・・・ひいてはこの世界に、人々を感動させる事の出来る質の高い音楽や文学や絵画や映画や漫画等がもっともっと満ち溢れるのであれば、そんな素敵な事は他にないではないか。

手前自身の欲望のみを叶えようとする事を、私は“夢”とは呼ばない。

★木幡東介/作品各種(2002年2月~4月発売予定分)

★木幡東介/作品各種

■木幡東介ライヴ「2009・05・24/新大久保アースダム」(DVD-R)¥1000
収録曲目:歪む正義、鍵子の詩、棄脱の天地~テロリストの一生~、いつも足もとに居る黒い犬、義眼、薄羽蜉蝣。
内容:同日同箇所におけるライヴ映像を、約46分完全収録。
画(切り絵)/木幡東介。撮影/長尾明浩。
◆DVDプレーヤー及び、パソコンでは「PowerDVD」でのみ再生可能。
(個人撮影につき、多少のドロップやノイズがでる場合がございますが、ご了承下サイませ。)
20090524@アースダム

■木幡東介「天獄」(CD-R)¥1000~木幡東介作画によるポスト・カード付。
収録曲目:track1、track2、track3、track4、track5。
内容:多重録音インストゥルメンタル作品。
天獄

★上記2点はライヴ会場で販売、及び当店にて通販可能。(店舗は長期休業中)
http://www33.ocn.ne.jp/~mariakannon/erectrecord/
★いぬん堂ネット・ショップでも取り扱い中!!
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禁未来小説「ドラへもん」その108「悪趣味なゲーム」の巻

焦るボクの不安をよそに、新任女教師ナチコ先生による、とんでもない提案は実行に移された・・・。

生徒は皆、席を立たされ、男子は教室の右端、女子は教室の左端に集められ・・・。

ナチコ先生「さあ!!それぢゃ女子のみんな、自由に手を挙げて!!早くしないと好きな男子をライバルに取られちゃうわよ~!!」

すると、まずは目立つ事も厭わない積極的で快活な女子が数人手を挙げ、ナチコ先生に指名された女子から順に、好みの男子を自ら選び、好きな位置の席に座って行く事となる。

ここで順当に、まずはイケメン君初め、スポーツが得意な男子なり勉強の出来る優秀な男子生徒が選ばれて行く。

そうなると次は、あまり目立ちたくない普通の女子も、人気の男子がどんどん減って行く訳だから、序々に焦り始め、一人また一人と手を挙げる。

そして今度は、授業中ギャグを飛ばして皆を笑わせる事が好きないわゆる“面白い人”初め、まずまず人気のある男子が次々と選ばれて行き・・・。

残り半数以上は、必然的に大人しい女子や、普通の男子が残されて行く訳で・・・。

だけど今度は、その中でも数人の堅実派の女子が互いの顔色を伺いつつ、おずおずと手を挙げ、普通の男子の中でも割にまとも・・・と言うか清潔感があって無難な者が選ばれて行き・・・。

見渡せば、既に約80パーセントの女子が男子を選び席替えを済ませてしまった。

・・・となると、後に残されたのは自己主張する事を避ける子羊の様な超大人しい女子と、ストレートに言えば地味でパッとしない男子、もしくは嫌われ者・・・って事になり・・・。

それはまさしく、実社会における恋愛ヒエラルキーと言うか、弱者に厳しい現実を容赦なく突きつけるかの如き仕打ちな訳で・・・。

何で!?どうしてこんな、残り物の生徒につらく悲しい思いをさせる様な残酷な席替えを、こんな悪趣味なゲームを、この女教師はボクらにやらせるんだ!!

ところが、当のナチコ先生と来たら涼しい顔をして、こんな台詞を吐きやがった・・・。

ナチコ先生「あらあら、だから先生言ったでしょ?早い者勝ちよ!!・・・って。どんなにキレイ事並べたって、しょせんこの世は弱肉強食なんだから、女子のみんなもどんどん自己主張して、自分の力で幸せをゲットして行かなきゃ駄目よ~!!」

・・・畜生!!何言ってやがる!!こんな・・・こんな、まるで公開処刑みたいな真似をして、そんなもっともらしい事言ってんぢゃねえよ!!

しかし、そんなボクの胸の内の怒りが伝わる事などあるはずもなく、着々と席替えは続けられ・・・。

遂に、極度に大人しい恥ずかしがりやの女子も、ナチコ先生の言葉に背を押されたのか、一人・・・また一人と、意を決して残り物の中からでも何とか良さそうな男子を選んで席に着き・・・。

かくして、10人・・・9人・・・8人・・・と、言わば不人気男子を選別するためのカウント・ダウンは進行し・・・。

気がつけば、残った男子はボクを含め、わずか5人となっていた・・・。

(つづく)
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