Mr.エレクトの独り言 2010年07月20日
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Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「自慢話復権論」①

まず最初に、自慢話と言うもの定義するならば、それが仮に失敗談だとしても、自分の身の上に起きた出来事や自身に関しての話題を語ると言う意味において、それは自慢話の範疇であると言える。

「今日、こんな事があってさ~」・・・みたいな。

また、世間一般では「自慢話をする人間は嫌われる」・・・と言われているが、それは大きな間違いだ。

何故なら、自分の好きな人や興味のある人、家族や身内等による自慢話に関して、私達は何ら不快感を持たないはずだからである。

例えば、自分の息子や娘が、「パパ~(orママ~)!!今日ね~、こんな事があったの」と自慢気に話をする、もしくは失敗談を語る時、私達はいやな気持ちになるだろうか?

・・・一部のひねくれ者は別として。

しかしその逆に、自分の好きでない人間や興味のない人間が自慢話をする場合、私達は途端に不機嫌、不愉快、不寛容になるのである。

「それがどうした!?」「そんな事知ったことか!!」・・・と。

しかるに、それが失敗談、しかも自分の嫌いな人間のそれであれば、話は別かも知れない。

そんな時、私達はきっと、こう感じるであろう。

「ざまあ見ろ!!」・・・と。

要するに、私達は決して自慢話が嫌いな訳ではなく、他人の幸福が嫌いであるか、もしくは他人の不幸が好きなだけなのである。

しかも、それが自分の嫌いな人間であれば尚更・・・。

だから、今後は自慢話の事を、それ自体に関してそんなに悪く言わないで欲しい。

ただし、ここで気をつけなければいけないのは、それが本当に自慢話なのかどうか?・・・と言う点についてであるが・・・。

(②につづく)
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偏見流

(先の記事のつづきみたいなもの)

・・・と、この様に、一口に右寄りだの左寄りだのと言っても、その中で更に色んな分類が為される訳で、それを単純に右と左に二分して十派一絡げに批判する事は、肌の色だとか国籍だとかのみでその人間の性質を定義する事と同様に愚かな行為なのである。

ましてや、巨人ファンと阪神ファンの口喧嘩など、見られたものではない。

また、何故その様な偏見とも呼べる物言いに及ぶかと言えば・・・。

それはただ単に、自分と異なる価値観や考え方に対し、不快感を表明しているに過ぎないのである。

・・・いえいえ、私は何も、それが悪い事であると頭ごなしに決め付けようって訳ではない。

真っ当な人間であれば、嫌いなものを嫌いだと、いやなものはいやなのだと口にしなければ、ストレスが溜まって精神がもたなくなるであろうから・・・。

しかるに、それでは何も解決しない。

・・・とは言えど、貴方がこれから先も一生、ただやみくもに不快感を表明し続けるだけの人生に耐えられるのであれば、それはそれで構わない。

しかしながら現実には、のそのそと現れたゴキブリに対し不快感を表明・・・すなわち「ゴキブリ嫌い!!」と叫ぼうが、「ゴキブリなんて絶滅すれば良いのに」と願おうが、ゴキブリ=不快感を根絶する事など不可能だと言う事なのである。

それでは、不快感を解決=ゴキブリを根絶するにはどうすれば良いのか?

・・・その答えは一つしかない。

それは、不快感の正体を突き止める事・・・今回の場合で言えば、まずはゴキブリについて正しく深く正確に知る様に努める事以外に術はないのだ。

ゴキブリの事をもっと良く知れば、それを駆除する方法も自ずと見つかるはず。

・・・であるにも関わらず、「嫌い」だの「許せない」だのと不快感を表明するだけで、ゴキブリ(現実)から目をそらしてばかりいては、何にもならないのである。

ゆえに、嫌いなものであればある程、それが不快なものであればある程、私達はそれを良く観察し、調査し、研究しなければならない。

そうすれば、きっと・・・。

もしかすると、いつかは貴方もゴキブリが持ち得る良い特性にも気づき、その存在意義を認める事が出来る様になるかも知れないのだ。

実際、世間ではこの様にも言われている・・・。

「偏見は無知から、もしくは中途半端な知識から生まれる。」

・・・と。