Mr.エレクトの独り言 2011年10月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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マリア観音/デッド・ストック発見!!

●古い資料を整理していた所、既に品切れとなっていたCD作品のデッド・ストックが数枚発見されマシタ!!

【新品CD】マリア観音「懺悔の風呂場」(ER-004)~3000円
★1994年発売。300枚限定盤。演奏:木幡東介。ゲスト:小森雅彰(Key)。
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<収録曲目>懺悔の風呂場、月下香、静かな夜、乳呑み子、宿命まみれ、恋の詩、地獄に堕とす、あやめ、飼い殺しの女、鍵子の屋上、かまきりの詩、粘土層、曇り硝子の中で。

【新品CD】マリア観音「髑髏(しゃれこうべ)」(ER-007)~3000円
★1996年発売。演奏メンバー:木幡東介(Vo,G,Dr,Per,B,Tp)、平野勇(Dr)、小森雅彰(Key,Cho)、宮脇慎吾(A・G)。
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<収録曲目>静かな夜、髑髏、雪の下、不発弾、笑う山、懺悔の風呂場、犬死に。

●ご注文は「erectrecord★joy.ocn.ne.jp」(←★を@に変えて)まで。
普通郵便でよろしければ、送料はサーヴィスさせて頂きマス!!
その他在庫リストは以下をご参照下サイませ。

■「木幡東介/マリア観音」在庫リスト(2011年11月現在)
http://erect.blog5.fc2.com/blog-entry-1980.html
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「“部隊”裏のシナリオ」

今から書く事は独り言ゆえ、意味不明だと思いマスが、単なる個人メモだと思ってスルーして下サイませ。

神戸の時もそうであったが、これは「本隊」を温存するために、主にマス・メディアに巣食う某団体の力(=怨念や復讐心)を利用して、「別働隊」を“汚れ役”として最前線に送り込む三文芝居だったって訳か。

そして、当初の目的をほぼ果たした今となっては、「別働隊」は用済みゆえ、それらを支える勢力を叩く様な運動をあちこちで起させる事で、再び「本隊」を権力中枢に返り咲かせようとしている・・・と。

そう考えると、マスコミの論調や世間の動向の変化が、何一つ私達国民にプラスとはなり得ないその理由も良く解るってもんだ。

しかし、上手い事考えるよね~。

いやホント、難しいって言うか、物事の結果からしかそれを判断出来ないって事が情けないよ。

敵対する勢力があってもすぐには潰さず、スケープゴート役として利用するため、もしくは後に争いを起こすための火付け役として、来たるべき時まで泳がせておくって事か。

例えば、某宗教団体なんかもね。

あるいは、そう言った勢力がなければ、新たに作ってでも配役する・・・と。


目先の希望や手近な安定を追うと、滅ぼされる仕組み。

舞台上の役者を引き摺り下ろしても、詐欺芝居(支配)の幕は下りない。

「“覇権”地獄」

コイズミ政権時代に、労働者派遣法が改正され、企業は社員を堂々と奴隷扱い出来る事となった。

よって会社の上層部は、不景気による業績不振を末端に押し付け、自分達はそれまでと同様の報酬を維持する事が可能になったって訳だ。

本来は、社長を初めとした社員全員が耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び、業績回復に向けて一丸とならなければ、苦境を乗り越える事など出来まいに。

・・・否、本当ならば、余生を安心して過ごすに十分な報酬を既に得ている者が自ら身を引き、これから結婚したり子供を生み育てなければならない若い社員、そしてまた子供は既に自立しているものの残されたマイ・ホームのローンをこれから先も支払っていかなければいけない中年社員等・・・すなわち会社の未来を、そして国家の経済を今後も支えていかなければならない世代に、その報酬を分配していかなければ、日本はますます貧しくなって行くばかりではないか。

そもそも、お宅の会社で製造している、例えば自動車や電化製品を買うのは誰だ?

自動車工場に勤める社員が電化製品を買い、家電メーカーに勤める社員が自動車を買うのではないのか?

それを、口さえあれば飯は喰えるからと言って、豚が自分の手足をちぎって喰えばどうなるか?

不景気・・・すなわち誰も餌を運んで来てくれなくなった時、足の無い豚はどうやって餌を探して来る事が出来ると言うのか。

「衣食足りて礼節を知る」と言う言葉もあると言うのに、衣食は十分足りているのに、一体どこまで強欲なんだ。

もちろん、まだまだ現役で働いたり陣頭指揮を執りたいと言うなら、それも良いだろう。

だがしかし、兵士達を飢えさせておきながら、何が名将か?

・・・否、手前がいつまでも肥え太るためだけに社員を奴隷扱いするなどとは、それがまともな経営者のやる事か!?

社員が居なければ会社など成り立たないし、奴隷が居なければ王など必要無いって事が解らないのか?

日本における“ものづくり”の精神は、その“情熱と執念”の他に、技術者(生産者)としての“誇り”と、そして出来上がった商品なり作物に対する“愛情”と、それを使う人や食べる人に対する“思いやり”で成り立っているのである。

その様な彼ら社員を粗末に、そして更には奴隷扱いする様な人間は、経営者失格の烙印を押されて然るべきであろう。

いつから、こんな世の中なってしまったのだろうか・・・。

働かざるもの喰うべからず。

働かずして飯を喰うのは、豚小屋の豚だけで充分だ。

ましてや、社員を奴隷扱いする・・・すなわち自分の手足を喰らう浅ましい豚ともなれば。

いつか手足を喰い尽くしたその果てには・・・。

どこからか飛んで来たハゲタカに対し、為す術も無く跡形残らずついばまれ尽くしてしまう事であろう。

・・・外資と言う、ハゲタカに。

そして、その時初めて知る事となるだろう。

TPOを間違えたら、どうなるか。

・・・否。

TPPまで受け入れたら、どうなるか・・・を。

★ZOUO "A ROAR AGITATING VIOLENT AGE" LP~予約受付中!!

当店でも予約受付中!!納品数に限りがありマスので、お早めにどうぞ!!

ご注文は「erectrecord★joy.ocn.ne.jp」(←★を@に変えて)まで。

以下、卸様からの情報をコピペ。

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商品説明
2011年11月23日発売
CRUST WAR-044
ZOUO "A ROAR AGITATING VIOLENT AGE" LP
 ANARCHY AND DESTRUCTION! もはや説明不要のアジテーター関西初期ハードコアで最も重要なパンクバンドZOUOのLIVE音源がLP盤で遂に解禁!夢か幻か、CRUST WARから立て続けにリリースされ即完売になった2枚のEPに次ぐ第3弾リリース! ファーストEP発売の約2ヶ月前1984年1月4日にCANDY HALLで行われた緊張感漂うLIVEを全編収録。レーベルが所有しているLIVEテイクの中で最もパンク色の強い初期ZOUOの名曲が全て収録されており、LIVE終了までトラブル無しで一気に暴走する、まさに奇跡的な音源。14曲中11曲が未発表だが、その全てがしっかりと構成されており、既にLIVEでは定番だった事が会場の異常な熱気から伝わってくる。この素晴らしい楽曲の数々がスタジオレコーディングされなかった事が悔やまれてならないが当時の状況の悪さからすれば仕方ない事だろう。2011年も終わりに差し掛かるこの時期に、未発表11曲をLIVEテイクで発表するという事はバンドサイドにとっては少々残念な事ではあるが、パンクリスナー及び世界中のZOUOファンにとっては待ちに待った!歴史を動かす大事件!今だ信じられない事だ!という事になる。三作品続いたCRUST WAR ZOUOのアナログリリースはこれで終了、以後は何の予定も決まっていない。全39分41秒の放送禁止暴力ドキュメント!!!遂にリリース!

SIDE-A
1. NO POWER
2. JUST SURVIVE
3. DESTRUCTION
4. OUT OF ORDER
5. BLOODY MASTER
6. DANCE
7. I HATE CHILDREN
SIDE-B
1. VIOLENT AGE
2. FUCK THE GOD
3. BREAK MY HEAD
4. SYSTEM FUCK OFF
5. NO MORE FIGHT
6. POWER TO PEOPLE
7. SONS OF SATAN

税込み店頭価格 2100円
発売元 CRUST WAR RECORDS
販売元 MCR COMPANY

翻訳ミス部分改定済■「カダフィの真実を知ってほしい リビア 新世界秩序 NATO」

今回リビアで起きた、“民主化”の名を借りた内政干渉ならぬ侵略戦争は、石油強奪や、ゴールドマン・サックス(米国政府と一体化していると言われる銀行)への支払い踏み倒しの他に、米ドル基軸通貨体制から逃れるためにカダフィ大佐が進めていたアフリカ統一通貨導入を阻止する事が、その最大の目的としてあったようだ。

以下、You Tubeより・・・。

■「カダフィの真実を知ってほしい リビア 新世界秩序 NATO」
http://youtu.be/rDglSqW4jf8

★映像を観られない方のために、日本語訳をテキスト化して以下に記載イタシマス。
(同ページに翻訳ミスの訂正が追加されておりマシタので、一部に改定を加えマシタ。)

1951年、リビアは世界で最も貧しい国だった。
しかし、NATO侵攻以前はアフリカで最も高い生活水準を誇っていた。
生活水準は、ロシアよりも、ブラジルよりも、サウジアラビアよりも高かった。

リビアでは、家を持つことが人権と見なされている。
新婚夫婦はマイホームを買うために5万ドルを政府から支給される。
電気代は全ての国民に対して無料。

これは、作り話ではない

カダフィはかつて、すべてのリビア人に家を与えることを誓ったのだ。
彼はその誓いを守った。彼の父は家を持てずに死んだからだ。

カダフィ以前は、リビア人の5分の1以下が読み書きができなかった。
→カダフィ以前は、リビア人の5分の1以下しか読み書きができな­かった
現在は、教育は無料で質が高い。識字率は83パーセント。

医療も無料で質が高い。
リビア人が、必要な教育や医療をリビアで見つけられない場合は、
リビア政府が彼らが外国へ行けるように手配する。

ローンは全て利子0パーセントと法律で決まっている。

リビア人が車を買うとき、政府が半額を払う。
ガソリン代は0.14ドル/L。

農業家を志望するリビア人には、
土地、家、器具、家畜、種子が無料で支給される。

2011年7月1日、170万人の国民がトリポリの緑の広場に集まり、NATO爆撃に挑戦する態度を示した。
トリポリの人口の約95パーセントが集まっていた。
これはリビア国民の全体の3分の1に相当する!

リビア中央銀行は、西洋の全ての銀行と違って国有銀行だ。
ロスチャイルドの所有ではなく債務から自由な金を振り出す。

1990年、リビアはロッカービーパンナム103爆破事件の責任を問われた。
アメリカが、リビア人に反して証言をさせるために証人1人あたりに4百万ドルを払ったことが露見した。
証人たちは金をもらって嘘をついた。それ以後証言を撤回している。

カダフィはまたリビアの石油支払いをドルから、
アフリカディナール金貨に変えようとしていた。
サルコジはリビアを人類の金融安全保障への脅威と呼んだ。

リビア「叛徒」の行なった最初のことは新たな中央銀行を創ることだった。
ロスチャイルド所有の銀行だ。西洋の私達の銀行と同じような銀行。
ロスチャイルド家は世界の冨の半分以上を所有すると考えられている。
ロスチャイルド所有銀行は空気から金を作って利子をつけて売る。
つまり私達は決して負債を返すに十分な金を持たないのだ。

私達と私達の子供達は、ロスチャイルドの銀行の利子の負債奴隷にされたのだ。

私達の指導者キャメロン、オバマ、サルコジ等と違い、カダフィは自分の国民を売ることを拒否した。

リビアは債務から自由だったのだ!

あなたにはもうわかるだろう。カダフィに国民がこれほどの熱意で応えるのはなぜか。
自由で主権を持つ人々を爆撃するNATOの裏に誰がいるのか。
リビア人はイギリス、アメリカ、ヨーロッパが持たないものを持っていたのだ。
リビア人達は、彼らの最大の利益のために働く高潔で勇気あるリーダーを持っていたのだ。
ロスチャイルドの最大の利益のために働く指導者ではなく。

リビア人達はロスチャイルド銀行の高利貸しの束縛から自由な彼らの国の富を共有していた。
金の発行へのロスチャイルド支配の圧制がなければ、私達は皆豊かな国民として生きられるだろうに。
私達はロスチャイルド銀行家と金で買われた政治家に何兆ドル・ポンド・ユーロを文字通り盗まれているのだ。

私達は犯され、奴隷にされてきたのだ。

私達がこの人道に反する罪を止めなければリビアも犯され奴隷化されるだろう。
NATOとその叛徒によって3万人のリビア人が殺されたと推定される。

カダフィは直接民主主義を信じた。彼の書いた『緑の本』→『緑の書』に述べられている。
カダフィの『緑の本』→『緑の書』をぜひ読んでほしい。
彼は議会民主主義が本質的に腐敗していると信じた。
国民が自分たち自身を代表するべきであり、それは可能だと信じた。

この人物についての嘘を一生信じてきた私はこの本を読んで驚いた。

個人や集団や国が悪魔のようになり、→国や個人が悪者にされ、
犯罪者政府に破壊されるのをこれ以上見ていられない。
メディアは人道に対する罪の犯罪者たちを擁護する。

私は犯罪国家に戦争のための税金を払うのを拒否する。
彼らの爆弾の資金を払うのをやめよう。税金を払うのを拒否しよう。
プロパガンダのために金を払うのをやめよう。BBCのライセンス料を払うのをやめよう。

私達はリビアの人々への連帯を示さねばならない。
人道に対するこの犯罪を目の当たりにしながら何もしなければ、
私達は共犯であり、いつの日か、
私達に順番が回ってくる。

くたばれNATO!

くたばれ国連!

くたばれ新世界秩序!

いまこそ行動するときだ。

勇気を出して立ち上がれ。

新世界秩序に対して集団で抗議しよう。


~以上、引用オワリ~


●解説●

ロスチャイルド家が経営する“民間企業”である中央銀行は、その国の通貨発行権を持つ事で、ただ同然の原価で発行した紙幣を政府に貸しつけ、利子を取る。

すると、当然の事ながら借りた紙幣より多くの紙幣をかき集めて返済しなければならなくなるため、市中に存在する紙幣の量では足りなくなる。

よって、その債務者である政府は、国民から徴収する税金ではそれを賄いきれなくなり、年々その国家の借金の額は膨れ上がる事となるのだ。

また、彼らには通貨の供給量をコントロールする事で意図的に不景気や恐慌を起こす事も可能であり、その結果として、価格が暴落した土地建物や企業株を底値で買い叩く事も可能となる訳である。

しかも、紙幣(マネー)の力によって、政府や経済界の有力者を買収したり、マスコミを支配する事により国民に真実を知らせず政治に対して無関心にさせる事、もしくはその反対に不満の矛先を他国もしくは国内を分断する方向に仕向けて内乱や戦争を起こさせ、今度は双方に金を貸し、やはり彼らの傘下にある軍需企業の作った武器を買わせる事によって、更なる利益をも貪るのだ。

かくして、その国は借金漬けとなり、債権者すなわちロスチャイルド家が経営する中央銀行の支配下に置かれる事となる訳である。

「借りた者は、貸した者の奴隷となる。」・・・の言葉通り。

アメリカにおける通貨発行権の歴史を調べれば、中央銀行の傀儡たるアメリカが、特に911以降、何故、誰のために戦争を起こすのか、その理由が明白となるはずである。

興味のある方は、「中央銀行の無い国」でググって頂きたい。

ちなみに、日銀を作らせたのもロスチャイルドであり、その公開されない株の数十パーセントを所有しているのもまた、ロスチャイルド家であると言われている。(現実にも、BISを通じて管理支配している。)

これはオカルトでもミステリーでもなんでも無い。

これが世界の現実であり、それこそが人々を家畜に貶める真の元凶なのだ。

「リーダーの心得」

現在、店に泊り込み、徹夜でネット・オークションにレコード等を出品するのが当方の仕事状況である。

そして、これはもちろん非常事態であり緊急事態、すなわち異例ギュラーな事ではあるが・・・。

そもそも、毎日夜になれば家に帰ると言う行為自体が、人間にとって正しい生き方なりあり方であるかと言えば、別にそうではなく、例えば遊牧民・・・とは言い過ぎだから言い直すと・・・出稼ぎもしくは単身赴任の超短い版だと思えば、これはそんなに異常な事でもないのである。

要は、所変われば常識も変わる・・・つまり国や人種が違えば自ずとその基準は異なり、またそれは日本国内においても出身県、引いては各家庭毎に大いに異なって然るべきものなのだ。

そう言う意味において、物心ついた頃から死去するまで、私にとってはこころの交流が無いどころか、自己闘争を終えて“許せる”心境に至るまでは憎しみさえ感じていた父の影響を、私は知らず知らず受けていた様である。

・・・と言うのも、私の父は職人で自営業、更には実家に仕事場も併設されていたため、夕飯こそ家族揃って食べるものの、(毎日そうであったと言う訳ではなく季節にもよるのだが・・・)その後、私達子供がテレビを観たり風呂に入ったり母にそろそろ寝なさいと言われる夜遅い時間になるまで、父は仕事場で独りもくもくと仕事をし続けているのであった。

つまりそれ、すなわち一家の長であり権力者である父が、その集団内では一番働き者であると言う事が、私が育った家庭の常識だった訳なのである。

また、私の家庭は父と母が喧嘩どころか口論さえする事がなく、必ず相談の上で、しかし最終決定は父が下すと言うのが日常であった。

考えるに、人は、親なり保護者の、もしくは育った環境における常識が、自分に幸せなり安定をもたらすものであればそれを踏襲し、その逆に不幸なり不快をもたらすものであればそれに逆行するかあるいはそれに逆らえず自分もその真似(=負の連鎖)をしてしまうかの、いずれかであろうと思われる。

そう言う意味において、幼少期にそんな父の姿を見せ続けられた私にとっては、家にも帰らず夜を徹して働く事など当然であり、経営者(=リーダー)である私が一番の働き者であるべきと言う事が、言わば“常識”であると言う事なのだ。

よって、リーダーすなわちその集団のトップに立つ人間が為すべき事もせずして、ただ偉そうにしている姿を見るのは、そんな私にとっては非常に腹立たしく感じられるのである。

・・・とは言え、それはもちろん私の常識であり価値観でしかないのだから、それを強制しようとも思わないし、あちらがそれ(=異なる価値観)を受け入れる事も有り得ないであろう。

ゆえに、これはあくまでも私個人の考えでしかないと言う事を大前提として言うのだが・・・。

リーダーの心得とは、それが割の良い立場などでは全然無く、むしろ誰よりも働き、責任の重圧にも耐えつつ、最も損な役回りを引き受ける覚悟が必要なのである・・・と断言出来るのだ。

そう考えれば、私がいつも何に対して不満を覚え、何に対して怒りを感じているのか?・・・その根本理由がお解かり頂けるかと思う。

・・・もっとも、そんな愚痴をこぼした所で、「いやならここ(そこ)から出ていけ!!」と言われるのが関の山だが・・・。

しかるに、外部(=他所の家庭)からとやかく言われるならばそれは内政干渉であるが、内部(=家族なりその集団の構成員なり国民)からその様な不満や怒りが噴出するのは当然であり、そう言った自浄作用が機能不全になっている事こそが、現在の我が国の不幸であるとも考えられる。

例えば、某国そのものが悪い訳でもなく、某国人すべてが悪い訳でもなく、某政党に所属する議員すべてが悪い訳でもなく、官僚や公務員すべてが悪い訳でもなく、東京電力の社員すべてが悪い訳でもなく・・・。

それらの組織なり集団に巣食い、その権力の一部を握るリーダー及び上層部こそが真の元凶であり、それを外部からではなく内部の人間が追及し排除出来ない事にこそ、問題があるのだ。

国民的アニメ「サザエさん」で言うなら、波平は満員電車に揺られて毎日働きに出ている訳で、もしもこれが毎日働きもせず飲んだくれていながらカツオに説教なんぞしていると考えたらどうだろう?

おそらくは、遅かれ早かれ、カツオに復讐されるであろう事は目に見えている。

・・・か、どうかは知らないが。(^^;)

いずれにせよ、もし仮に、私達がリーダーの資質を疑う様な人間に雇われ、使われ、支配されているとするならば、それに勝る不幸は無いであろう。

家庭の問題は社会の問題であり国家の問題である。

なので、もしかしたら、義務教育時の子供には授業参観と言うものがある様に、子供にも父親が働く姿を見せた方が良いかも知れないね。

「昼間のパパは~ちょっと違う~」・・・ってやつデスよ。

ただし、家ではママに怒られてばかりで、会社でも上司に怒られてばっかの方も居るでしょうから、その辺はケース・バイ・ケースでありましょうが・・・。

「エレクトレコード物語」~①「トゥー・マッチな日々」の巻

私は、音楽好きにして音楽マニア、そしてレコード・ディーラー(販売業者)にしてレコード・コレクターである。

しかし、現在はその様な暇も資金も無いから無理だが、一時期は“レコード・ハンター”と呼ぶべき人種であったと言えよう。

何せ、1年間365日、(今でこそ正月にも営業する中古レコード屋チェーンもあるが当時は無かったため)正月を除き・・・否、正月にはブックオフにCDをチェックしに行くから、結局毎日毎日、それこそ雪の日も風邪引いて熱がある日さえも、夜遅くまで自転車であちこちの中古レコード屋その他、アナログ・レコードが置いてある店なら何処にでも通ったものであった。

流石に雨の日は自転車はつらいから、そんな時は電車で遠出してみたりしてね・・・。

そんな「トゥー・マッチな日々」は、’90年代半ばから2000年代の初頭くらいまで続いたであろうか。

そのせいもあって、一時期はコンビニを経営しつつ、中古レコード屋を渋谷と新宿に店を構え、コンビニのオーナーを廃業してからは古本も扱う中古レコード屋を高円寺にオープンし、大エレクト帝国は都内に3軒の店を持つに至ったのだ。

・・・が、今や最後に残った新宿店も店舗営業をやめて、店内に泊り込みで夜な夜なネット・オークションにコツコツとレコードを出品して糊口を凌ぐと言う、まさしく落ちぶれ果てた状況なのであった。(TT)

・・・と、そんなボヤキは良いとして、日本のパンクの自主盤を積極的に買わなくなる’80年代末頃から、私は日本の古いフォークやロック、そしてマイナーな歌謡曲のレコードなどを買い漁り始めるのであるが、残念な事に、これまでどうしても入手出来なかったレコードがいくつかある。

そして、その中の最も代表的な一枚が、このトゥー・マッチなのだ。

わ~い!!そのトゥー・マッチの、しかも帯付が遂に手に入ったよ~ん!!(TT)/

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・・・って、これ実は、先頃紙ジャケCDをリリースしたSKY STATIONサンから発売された、重量盤仕様の復刻アナログLPなのでやんした~!!

いや~!!それにしてもこれって、日本の印刷技術の素晴らしさが証明され得る、非常に素晴らしい出来デスよ!!

ところで、私がトゥー・マッチなるグループを知る事となったのは、1990年前後にこのレコードが初めてCD化された頃で、それから20年近く、(海外製のブートCDを除き)本作はずっと公式再発されなかったんだよね~。

それで、その’90年頃にも既にこのアルバムは幻のアイテムって事で、CD化されてもアナログ盤が中古市場に出回る事は殆ど無くて、当時は帯無しでも相場が20万円(←おそらく海外、しかも当時のレートで)くらいするって言われてたもんデスよ。

その後、私も中古レコード屋その他に出かける度に、「今日こそトゥー・マッチが出るか!?」っつって頭で強く念じながら自転車を走らせたものだけど、結局縁がなかったね・・・。(:;)

もっとも、高い金出せば買えるチャンスが無くもなかったけど、何せ2万円以下で買いたいな~・・・なんて考えてたからさ。(^^;)

ただ、実はニアミスもあるにはあった!!

・・・と言うのも、当時は廃盤レコード・セールなんかにも早朝もしくは徹夜して並んだりもしてたんだけど、ある日のセールの事、その店で過去にJ・A・シーザーの「国境巡礼歌」が出た事から、あいうえお順に並べられてる餌箱(←レコードを上から突っ込んである棚の事ね)の、私はサ行めがけて突進した訳なのであるが、何とその日は隣のタ行に東京キッド・ブラザーズの初期レア盤やらなんかが出て、サ行にはろくなもん出やしねえんでやんの!!(@@)/

・・・だもんで、次のその店のセールでは、東京キッド・ブラザーズもそうだけど、天井桟敷や友川かずき、更には悲願のトゥー・マッチを求めてタ行に突入したって訳。

そしたらさ、ちょっと奥サン聞いてよ!!何とその日に限ってホントにトゥー・マッチが出ちゃって、でもそれが、タ行の隣の棚のサ行のコーナーに入ってやんの!!

もちろん私は買えず、既にトゥー・マッチを所有してる上に、後に超高額な帯付をオークションで競り落とす事になる某有名コレクターが、確か5500円くらいで買ってマスタわ。(--;)

そんで当然、「何でトゥー・マッチがサ行に入ってんだよ~!!」と、自分が鬼クレーマーと化してしまう前に、その時初めて目にしたそのレコードに触らせてもらったら、何と歌詞カードにはグループ名が「ジュニ&トゥーマッチ」って表記されてやがんのよ。(ジュニとは、ヴォーカルのジュニー・ラッシュの事。)

おいおいこれじゃあ、過去に別の店で別の人が被害(?)に遭った、フラワーズの帯付が出品される予定のセールで、ハ行じゃなくア行にそれが入ってて、良く見たら帯だかジャケットには「内田裕也とフラワーズ」って書いてあった・・・って話と一緒じゃんか~!!

トゥー・マッチはトゥー・マッチだろうがよ~!!(@@)/ (←駄々っ子)

・・・とまあそんな感じで、これから不定期に、業者兼コレクターである私だからこそ知り得た、あのレア盤このレア盤に隠された秘密を、あれこれ暴露しちゃいマスね~。(^^)

あっ、そうそう!!そう言えば、巷でまことしやかに囁かれている、「トゥー・マッチはジャケットが2種類存在する」って噂だけどね、某オークションに出品されてた実物を確認しに行ったって人から、その話も聞きマシタよ。

何と、それって見開きダブル・ジャケットの片方が破れて欠損したものを無理矢理補修して作った、インチキなシングル・ジャケットなんだってさ!!(^^;)

そんじゃ、次回はいつになるか解らないけど、また今度ね~!!(^^)/

つづく

Mr.エレクトの「ステッペンウルフ物語」(本編)

Mr.エレクトの「ステッペンウルフ物語」(プロローグ)
http://erect.blog5.fc2.com/blog-entry-2091.html
・・・のつづき。

ここからが本題。

ところで、ステッペンウルフに対し、貴方はどの様なイメージを抱いているだろうか?

・・・もっとも、当時リアル・タイムで聴いていた方や、海外のハード・ロック寄りの音楽を好む方であれば、あまり偏見を持たず接しているかも知れないが。

しかるに、一般的な世間からの評価は、おそらくこうである。

ただの一発屋!!

能天気なバカ・ロック!!

・・・と。

そして特に、ドアーズやTELEVISIONの様な、どちらかと言えば詩人タイプのヴォーカリストを擁する文系ロック・バンドを好む方にとってみれば・・・。

粗野で野蛮!!

男臭い!!

むさくるしい!!

・・・と、それはまあちょっと言い過ぎかも知れないが、例えば汁出すブリーフ・・・じゃなくてジューダス・プリーストの様な現代都市から生まれたバカっぽさとは異なり、ステッペンウルフには原始時代の野性的な雄の匂いがムンムン(←オッサンぽい表現やな・・・)していると言う事も事実。

ただし、一発屋ってのは誤解で、実際には「BORN TO BE WILD」の世界的大ヒットから、’70年代前半の最初の解散までは大人気を誇り、その後もヴォーカルのジョン・ケイがソロになったりバンドを再編したりと迷走はするものの、彼らはそれなりに一時代を築いたグループなのである。

よって、問題なのは、やはり同ヒット曲のイメージがあまりにも強過ぎるせいか?

何せ「ワイルドで行こう」(邦題)・・・意訳すると「バカになろうぜ」だからね~。(^^;)

更には、あの絶対ヒゲ生やしてそうなヴォーカルのアクの強いダミ声、ギターの音色、オルガンやベースやドラムに至るまで、すべてが実に大味なメリハリあり過ぎまくりの極太サウンドで、そこにはまるで高熱の溶鉱炉でどろどろに溶けた鉄をハンマーでぶっ叩いて形成するかの如き、無遠慮極まりない程のけたたましさがあるのだ!!

・・・そこで私は、ふと気が付いた!!

そうか!!ステッペンウルフはカナダ出身バンド、そしてかのデトロイトはカナダに近い北米に位置する。

・・・テコトは、デトロイトがストゥージズやMC5と言った自動車工場の如き騒々しいバンドをたくさん生み出した様に、もしやカナダにはその自動車の原料となる鉄を精製する工場があるのではないか!?・・・と。(←またいつもの妄想癖が・・・)

しかも、ヴォーカルのジョン・ケイはドイツ出身で、バンド名の由来はヘルマン・ヘッセの小説タイトルから付けたとの事。

ううむ・・・インテリの文学青年と荒っぽい工場労働者との組み合わせ、ここにもストゥージズに似た、ステッペンウルフの魅力の秘密がありそうだ。

また、先にも述べた通り、能天気なバカ・ロック・・・否、ストレートでパンチのある単純明快な音楽を演っていると思われがちなステッペンウルフであるが・・・。

その音楽性は、実は多彩な具材がぐつぐつと煮込まれた豊饒なものであり、どろ臭いブルースを基本としながらもそこにハードなロック・サウンドのダイナミズム(熱)を加え、へヴィ・スモーキーなサイケデリック風味をふんだんに盛り込み、そして更にポップスが持つコンパクトかつキャッチーな魅力さえ兼ね備えていると言った、非常に饒舌かつ含蓄溢れるものなのである。

さて、それでは最後に、私のお薦め盤を紹介しよう。

・・・と言うか、私も以下のレコード2枚と、やはり当時購入した前身バンドであるSPARROWと初期ステッペンウルフのライヴを収録したブートCD1枚を残し、他はすべて処分するつもりである。

■「STEPPENWOLF THE SECOND」(1968年発売の2ndアルバム)
STEPPENWOLF THE SECOND
かの大ヒット曲が収録された1stアルバムよりも、当時何度も聴き込んだこちらの方が、私は好み。ここにはまさしく、ブルースの原石をハード・ロックの熱でぐつぐつ煮込み、そこにサイケデリックな味付けが施された珠玉のポップス作品が目一杯詰め込まれているのだ。

■「EARLY STEPPENWOLF」(1969年発売のライヴ盤/録音はデビュー前の1967年)
EARLY STEPPENWOLF
デビュー後の大ブレイクを受けてデビュー前の音源を無理矢理引っ張り出してくると言った、おそらくはレコード業界にありがちな経緯でリリースされたライヴ録音盤。A面には同バンドがブルースを基調としている事が良く解る泥臭い演奏を、B面には片面すべてを費やした長尺作品(21:36)で前半に呪術的なインプロヴィゼーション・パートを導入した「THE PUSHER」を収録。

いずれの作品も、力強いヴォーカル、及びオルガン奏者が在籍している事などから、同時代に活躍したザ・ドアーズとの類似性を感じる、実にワイルドかつサイケデリックな作風となっておりマス。

他には・・・まあ売っても大した金額にはならないベスト盤1枚くらい、手元に残しておくか・・・。

いや~・・・しかし。

そんじょそこらのちんけなガレージ・パンクなんぞ踏み潰しなぎ倒す、この凄まじいまでの破壊力!!

ステッペンウルフ、めちゃくちゃカッコイ~!!

あんまりシビレ過ぎて、オシッコちびっちゃいそうやわ~!!(^^)/


<お知らせ>
文中に不適切な表現が多々ある事を、謹んでお詫びイタシマス。(^^;)

Mr.エレクトの「ステッペンウルフ物語」(プロローグ)

人生には転機と言うものがあるのだが、音楽の嗜好にも転機と言うものがあると、私は考える。

まず最初に訪れたのは中学生時代、主にテレビによって耳に入る歌謡曲やアニメ主題歌を卒業し、ラジオを聴き始める事によって好みの対象となって行ったのは、いわゆるニュー・ミュージックと言われるポップス的装飾を施したフォーク系シンガーやグループの音楽であった。

そして、聴き始めこそ、アリスや松山千春だったものの、甲斐バンドを好きになってからは、甲斐よしひろのラジオによって日本語のフォークやロック、そして古い時代の歌謡曲やGSにも興味を持つ事となる。

そしてその後は、ラジオからはRCサクセション、主に音楽雑誌から情報を得て東京ロッカーズやアナーキー、広島でも深夜に放映されていた「ファイティング’80s」によってモッズ、女性週刊誌からザ・スターリン、DOLL誌から日本のハードコア・パンク・・・と言った具合に、順調にポピュラー・ミュージックを聴けなくなって行く訳であるが・・・。

しかるに、他の音楽が全く聴けなくなる程にハマった日本のハードコア・パンクも、’87年頃になると、ただただスピード(スラッシュ)化の波に飲み込まれて行く事で私は興味を失い、’88年4月にEXECUTEが解散してしまってからは、ハードコア・パンク系のライヴを観に行く理由が無くなってしまったのである。

今にして思えば、この時期が私の音楽人生の第二の転機であった・・・。

そこで私は、中古レコード屋で古い歌謡曲や’70年代の洋楽のレコードを買い漁ると共に、それまで観に行く機会のなかった友川かずきや長谷川きよし、再結成した頭脳警察等、割とメジャーなアーティストのライヴに足を運ぶ様になり、その年末に観に行ったマイナーなバンドのライヴでマリア観音に出会う事となる訳である。

そしてまた、この時期の重要な出来事と言えば、主にヨーロッパのレーベルからSTOOGESのセミ・ブート盤が乱発されており、私はその殆どを購入させられる事になるのだ。

元々、PISTOLSやDAMNEDがカヴァーしてると言う事で、高校時代に「FUN HOUSE」とベスト・アルバム「NO FUN」を入手し、上京してからは「RAW POWER」も買い、「SEARCH&DESTROY」なんかは当時から大好きな曲ではあったが、本当にSTOOGESにハマるきっかけとなったのは、「RUBBER LEGS」と言う1973年頃のリハーサル音源を収録したアルバムを聴いてからであった。

このアルバムには、「パンクのゴッド・ファーザー」だの何だのと持て囃されるIGGYのカッコ良い姿など何処にもなく、むしろ涙や鼻水をたらしながら女や他人にすがる駄目男の実像があからさまに曝け出されており、私はその人間臭さに強くこころを惹かれたのである。

また、この頃大好きになったものに、TELEVISION、リチャード・ヘル、ジョニー・サンダースなどがあるのだが、実は、すっかり記憶から消し飛んでいたグループがひとつあった。

それが、今回のタイトルにもなっている、ステッペンウルフである。

実は最近、自宅にあるレコード・コレクションを少しずつ切り売りしているのだが、LP棚の洋楽専用コーナーを漁っていると、ステッペンウルフのLPが意外と多い事に気がついたのだ。

調べてみると、後期作品の一部を除き、国内盤や輸入盤が混在してはいるものの、ベスト・アルバムはもちろんの事、ジョン・ケイのソロ・アルバムさえも含め、殆どのアルバムが揃っているではないか。

ドアーズだって、全部揃ってないと言うのに・・・。(もっとも、ドアーズは最初の2枚と最後の1枚以外は不要であるが。)

いや~、ほんの一瞬だけど、実は結構好きで、中古レコード屋に行く度、見た事ないものをコツコツ買ってたんだよね~。

それにしても、ステッペンウルフって、キミ~!?・・・って感じでしょ?

あれれ?何だか長くなりそうなので、今日はこの辺で・・・。(^^;)

(つづく)

「タバコ・ゾ・うぜえ」

人間とは、自分に被害や損害が及ばない事柄に対しては無関心になりがちなもの。

ましてや、その事柄によって自分が利益や恩恵を受けるとなれば、その良し悪しを検証する事すらせず、それを肯定、更にはその事柄によって被害や損害を受けている人達の事を、例えば「自己責任」などと言う「それぞれの相関関係」を全く無視した暴力的言論によって弾圧しさえもするものなのだ。

今回の「タバコ増税」に関して言えば、私はまさしくその立場。

すなわち、タバコが増税されようが、街中の禁煙スペースが増えようが、私には損害や被害が及ばないどころか、むしろタバコの煙に弱い私にとっては、むしろ歓迎すべき事であったりもする訳なのである。

よって、そう言う意味においては、この件に関して私は既得権益者の立場であると言えよう。

そしてその逆に、迫害を受けている愛煙家の人々にとって見れば、「タバコなんか吸ってる自分が悪いんだ」などとは思いもしないであろうし、実際、タバコだけがこれほどまでに迫害を受ける謂れも無いはずである。

そもそも、これまでさんざんタバコの販売を放置どころか推奨さえしておきながら、今になってそれを悪役扱いするのであれば、その責任は誰が取るべきなのか?

しかるに、タバコの値段が上がる事によってその売り上げが落ちても、JTは損しない仕組みになっているらしい。

本来ならば、愛煙家に支えられて経営を成り立たせてきたJTこそが、この増税案には猛反対せねばならないはずなのに・・・。

また、例えば20歳以下の女性には膝上20センチ以上のミニ・スカ着用が義務付けられたとして、私達男性にとってみればそれは嬉しい事であるかも知れないが・・・。

もしも、その様な一部の人々にのみ利益をもたらすためだけに特定の人々に強制的かつ理不尽な要求を課す事を「良し」としてしまう社会なり国家があるとするならば、遅かれ早かれ、「40歳以上の子供も作らず育てもしない役立たずな男性は死刑に処す」と言う様な事さえ言い出しかねないと、私は考える。

・・・もっとも、後者はその国家、人種、家系において、それらの繁栄に貢献しないと言う意味においては、確かに役立たずかも知れないが。(--;)

要は、こう言う事である。

それが、自分にとって得であろうとも損であろうとも、それとは全く別に、その事柄に正当性もしくは妥当性があるのか否か?と言う点こそが本来は問われるべきであり、そこを精査せずして、「守らない方が悪い」だとか「守れない方が悪い」などと考えるのは、あまりにも被支配者体質が身に沁み付き過ぎているのではないか?・・・と、私には思えてならないのだ。

汚れきった水槽で泳ぐ魚が死にそうなのは、その魚が汚れきった水槽で生きる能力が無いからいけないのか?

汚れきった水槽を放置、もしくは汚れを促進して来た者には、何の責任も無いのか?

愛煙家の方々は、汚れきった水槽・・・すなわち「タバコ増税」=「あまりにも理不尽な仕打ち」を黙って受け入れるべきなのか?

更には、嫌煙家の私達も、「自分には関係無い」し、むしろ「愛煙家が減る事は喜ばしい」からと言って、それを傍観していて良いものなのか?

社会構造の問題と、怠惰な個人の問題とは、全く別物である・・・し、もっと言えば、それらの相互作用によって、ますます生きにくい世の中になっているのが現実ではないだろうか。

風潮を真に受けてはいけない。

風潮とは、発言権なり発言メディアを牛耳っている人間が流布するプロパガンダなのである。

周りの意見に左右される前に、まずは自分で考える事だ。

それも、自分が得をするか損をするか・・・ではなく。

それは国民にとって正しい選択なのか?

それは人類にとって正しい選択なのか?

それは地球にとって正しい選択なのか?

真に断罪すべきなのは愛煙家ではなく、自己の利益や快楽のために、他者の尊厳をないがしろにする様な人間達ではないのか?

ゆえに、私はこう考える・・・。

自分のこころの内にある、「俺には関係ねえ」こそが、人々を苦しめる最大の元凶なのではないのだろうか。

・・・と。

「笑いの効能」

最近、Y0U TUBEはテレビ局からの規制が厳しいらしく、いつも仕事しながら観ていたブラマヨ出演の番組が全然観られなくなってしまった。

何だよ!!畜生!!これじゃ仕事になんねえじゃんかよ!!(←いやいや、それでも仕事は出来ると思われ・・・)

くそ~!!テレビ局にイタ・・・じゃなくて苦情の電話入れるか、それとも抗議デモでもやらかすか!!

・・・と、実際にはそんな事してる暇などないので、しゃあねえ、最近ご無沙汰な「ホン○でっか!?TV」は本放送で観よう~っと。

・・・とは言ったものの、いつもY0U TUBEで観てたもんで、実は何曜日の何時にやってるのかすら知らない始末。(^^;)

調べると、運良く昨日(水曜日)の21時から、しかも今日は2時間枠スペシャルをやってるではないか!!

・・・ところで、いや~しかしまあ、やっぱブラマヨはサイコーだよね。

小杉のツッコミもだけど、やっぱ吉田の発言っちゅうか、あの超ひねくれまくった視点?

普通のお笑いって、言わば脇の下や足の裏をくすぐるみたいなもんな訳だけど、吉田のは、背骨の下の方とか後頭部の隙間とか、「こんな場所を、しかもそんな方向からくすぐりよるか!?」・・・みたいな意外性が痛快なんだよね。

だいたい、仕事上、外出も出来ず四六時中店内にこもりっきりでパソコンに向かいっぱなしの自分にとっては、お笑いは良い気分転換になるんでガスよ。

・・・と、話を元に戻して。

しかし、TVの本放送って、こんなにCMばっかやってんのか。

Y0U TUBEみたいに途中で止めてトイレに行く事も出来ないし・・・。

うぜえし不便極まりねえなぁ・・・。

しかも、今日に限って同番組内でインターネットの批判までやってけつかる。

先生方も三人くらいがあれやこれやと解説してるけど・・・。

それ、「インターネット」の部分を「テレビ」に変えても通じるどころか、その論法じゃあ、反対意見が殆ど無く一方的な主張のみたれ流されるテレビの方がよっぽど有害じゃないの?

さすが、Fテレビってか!!

スポンサーもやわらか銀行だしよ~。

まあでも、前者のK藤アナや後者のU戸アヤのファンとしては、ここが我慢のしどころか・・・。(--;)

それにしても、Y0U TUBEからテレビのバラエティ番組を削除しまくったって、もはやテレビの立場が復権する事なんかあり得ないよね。

自分にせよY0U TUBEでは、別にお笑いばっか観てる訳じゃなくて、シリアスな報道やドキュメントものも観てるし、あくまでも仕事してる時間に合わせて観たい時に観てるだけだから、ますますテレビなんか必要なくなっちゃうよ。

・・・て言うか、最初にテレビ番組あってこそのY0U TUBEではあるんだけどね・・・。(^^;)

いっそ、番組スポンサーの商品を買ったらそこにパスワードが書いてあって、それを打ち込めばインターネットでテレビ番組が観られるだとか、そんなやり方も面白いかも。

いずれにせよ・・・。

毎日毎晩、ネット・オークションに出品・出品・出品・出品の日々・・・。

これじゃあまるで、およげ!たいやきくん・・・。(TT)

お笑い番組でも観て、真面目さと不真面目さのバランスを上手に取らなきゃ、早死にしちまうわ!!(@@)/

・・・テコト。

「奉仕の精神」

日本・・・に限った事かどうかは知らないが、仕事に生きがいを、そして生きがいを仕事に求めないと言う風潮が、どうも当たり前になっている様な気がしてならない。

例えば、仕事とは我慢してやるもの、もしくはそれ以外の幸せ(趣味や家族)のために仕事をする・・・みたいに。

私は、こう言った風潮・・・と言うか刷り込みに対しては、完全に否定派である。

だって、考えてみて欲しい・・・。

もしも仕事が生きがいになれば、そして生きがいを仕事にすれば、そこから得た収入で何かを買ったりしなくとも、何処かに旅行に行ったりしなくとも(←旅行好きな人を否定している訳ではありマセン)、高級レストランで食事なぞしなくとも(高級料理好きな人を批判している訳でもありマセン)、生きている(=意義のある事をしている)と言う充実感で、他には何も要らないと言う状態にさえなると、私にはそう思えるからなのである。

・・・と、それを踏まえ、本題に入ろう。

そもそも、政治家や官僚も含めた国家公務員って仕事は、実体のある品物を生産もしくは製造する訳でもなければ、実際に何かを販売して収益を得る事がその目的でもなければ、ましてやそこに明確なノルマなどない(←あるとすれば予算を無駄遣いするノルマはあるか?)訳であるが・・・。

トナルト、彼らの仕事とは、まあ一種のサーヴィス業であると言えるだろう。

更にトナルト、何をもって、その成果が示されるかと言えば・・・。

「国民が喜びなり幸せを感じる事」・・・これ以外には考えられないであろう。

しかるに、満足出来る結果が出ているとはとても言いがたいし、それ以前に、もちろんすべての公務員がそうであるとは言わないが、それを目指してさえいないのではないか?・・・とさえ思えてしまうのが今の現状ではなかろうか。

では何故、公務員試験をパスするなり選挙に当選した彼らに、それを為そうとする責任感なり覚悟が無いのか、そしてまた、それを達成するためのどの様な能力が不足しているのであろうか?・・・と考えてみるに・・・。

それを私は、彼らに「奉仕の精神」の欠如しているからであると推測、かつ断言するものである。

さて、それでは「奉仕の精神」とは如何なるものなのか?

それは、「見返りを求めない行為」を、しかもなおかつ自発的に行なう、その動機もしくは動力源の事を指す。

よって、私が考える、真の意味において「奉仕の精神」を発揮する事の出来る人間とは・・・。

「自己の飢えを満たす事の出来た者」もしくは「私欲を満たす事を終えた者」・・・となるのである。

しかるに、見るが良い。

国民に奉仕すべき立場である彼らの、満たしても満たしても足りないとでも言わんばかりの、その欲深さを。

貧しく飢えた状態におかれているならばまだしも、私利私欲を満たす事を追求するあまりに本来為すべき目的をないがしろにし、既得権益にしがみつくその姿は、腹を空かせて泣き喚く赤子の生態と何ら変りのないものであろう。

そう・・・「奉仕の精神」とは、「自分はもう充分だからこれ以上要らないよ」と言える、精神的に自立した人間にしか芽生え得ないもの。

ゆえに、誰かに奉仕する事によって「自己の飢え」を満たそうとする行為も、見返りを求める欲求から発生していると言う点において、それが「奉仕の精神」に基づくものであるとは、到底呼べまい。

何故なら、他者に何かを「(して)あげる」と言う行為は、自己の所有権を放棄し、他人に譲渡する事と同意だからである。

・・・とは言え、だからと言って無給では自分や家族を養っていけなくなる(=自己の飢えを満たせなくなる)し、ボランティア活動などではなく、あくまでも仕事=労働として行なっているのであるからには、それなりに生活を保障し得る報酬が与えられるのは当然の事であるが・・・。

更には、ここで冒頭で述べた事柄に話を戻すが、要するに、その仕事なり職種を選んだ理由が、「その仕事を生きがいにしたい」のであれば、おそらくこんな事にはならないのだろうが、仕事と言うものが「何かを得るための代償行為」となってしまっている事がそもそもの間違いなのではないかと、私には思えて仕方ないのである。

だから、いくら頭が良かろうが、いくら能力があろうが、「奉仕の精神」・・・すなわち国家公務員で言えば「国民のために誠心誠意尽力する事が生きがい」だと感じられないのであれば、その人は不適任であると、私は考える次第。

そしてまた、上記の理由により「国民が喜びなり幸せを感じる事」が成し遂げられていないからこそ、我が国の未来を担うべき若者から、「自己の飢えを満たす事の出来た者」もしくは「私欲を満たす事を終えた者」がなかなか生まれにくいと言う悪循環に陥っていると言うのが、この国の憂うべき現実の姿なのだ。



それにしても・・・。

つくづく感じる。

「下らねえ!!」・・・と。

そんな時いつも私は、梶原一騎原作のどの漫画であったかは忘れたが、そこに出てくるある一つのセリフを思い出すのであった。

「もっとスカっと生きられねえのかよ!?」

「公平性」(ちょっと手直し済)

振り返ってみるに、これまで私が常に求めてやまなかったものは、“公平性”と言うものであった。

長男でありながらも、姉と弟に挟まれた三人兄弟の真ん中であった私は、幼少時、家族5人の中で常に孤独と疎外感を味わされ続けていたのである。

・・・とは言え、自分が幸せでないと考える人間は、「幸せな状況でない」と言うよりは、「幸せを感じる能力が無い」のだと私は考えるがゆえ、おそらく私の生い立ちは不遇でもなんでもなく、むしろ平穏無事なものであったと言う事もまた事実。

そもそも、“幸せ”なるものは、他者や自分のその置かれた状況から与えられるものなどではなく、自らが感じ取る(掴み取る)ものであるのだ。

・・・が、しかしながら、多少なりとも自己弁護めいた事を言わせてもらうならば、その「幸せを感じる能力」と言うものもまた、その人自身の生育環境・・・すなわち外部からの影響によって芽生えるか、もしくは目覚めるものなのであるからして、そこの所が私なり私の生まれ育った家庭には欠けていたのかも知れない。

また、誤解されては困るのだが、私は「構ってちゃん」ではなく「構わないでちゃん」であるからして・・・。

(その点も、家族内における幼少期のトラウマが深く影響を及ぼしている事は否定しようのない事実ではあるが・・・。)

殊更に、親からの愛情が欲しいだとか、何が何でも自分の願望や欲求を叶えなければ気が済まないと言う訳では全然なく、私の希望はむしろその逆・・・すなわち「そんなに要らないから、そんなにやりたくない」・・・と言うだけの話なのだ。

つまり、姉や弟がこれだけもらってるから自分もこれだけ欲しいと言う様な、言わば“平等性”などひとつも求めておらず、本当に自分が欲しいと感じているものであればそれはそれなりに頑張らなければいけないだろうが、別にそんなに欲しくないものに対してまで何でそんなに無理してまで頑張らなければいけないのか?・・・と。

これはまあしかし、私が子供の頃、虚弱体質気味・・・すなわち極度のヘタレだったからに他ならないのであるが・・・。

要するに、私はやはり、怠けるのが好きな人は少ない報酬を、そしてその逆にたくさん欲しい人は怠けず一生懸命頑張ればそれ相応の報酬が得られる様な社会なりシステムを求めており、そしてまた少ない報酬で構わないって人が無理に他の人達やもっと欲しい人達に合わせて無理に頑張らされる事もなく、またその反対に自分はこれだけ頑張ってるのにも関わらず頑張ってない奴と同じ報酬しかもらえないと言った“不公平感”と言うものをなくしたいと考えている・・・と言う事なのである。

よって、平等・・・すなわち体格や性格、生い立ちや価値観が少なからず異なる者達の、その個体差を無視し、しかも誰かが一方的に「これだけやるからこれだけ働け」と、その分量を決める様な思想が大嫌いって事なのだ。

ゆえに私は、国家において国民すべてに同じ価値観を強制するファシズムを嫌悪し、家族と言う最小単位においてさえ皆が価値観を同じにしなければいけないとの思想もしくは暗黙のルールに対して異を唱え続けているのである。

“平等”なるものは、“公平”などではないのはもちろんの事、実は本当の意味での“平等”などではなく、「誰かにとっては多過ぎ」、「誰かにとっては足りない」と言った具合に、実に不完全かつ野蛮で乱暴な思想に他ならないのだ。

だいたい、柔道にだってボクシングにだって体重別に階級制が用いられているのであるからして、「スポーツマン(とは限らないが)精神に乗っ取って、フェア(公平)にやれよ!!」・・・と、私は言いたいのである。

・・・とは言ったものの。

ルールを定めるのは、時の権力者であり支配者、もしくは既得権益者であると言うのがこの世の常。

数百年前には、暴力で他人の命を奪い、他国から金品を奪ってその地位を築き上げた様な野蛮な人種が、一旦権力を手にし磐石な支配構造を作り上げるや、今度は逆に「暴力は駄目だ」と言い始め、将来的に自分達の地位が下層階級から脅かされる事を防ごうと画策しているのが、今の世の中。

そこには、公平性など何処にもなければ、平等性すら微塵もない。

・・・否、もっと言えば、被支配階級である我々のみに“平等性”なる欺瞞が押し付けられ、ましてや私達自身が自らそれを望んでいるかの様な風潮さえ作り出し、そのせいで個体差による差別や迫害が日々生み出され続けていると言うのが現実なのである。

だから、私達はもっと声を大にして言わなければならない。

・・・と言うか、私が言いたいだけなので、私が声を大にして今から言うが・・・。

「平等なんか要らねえよ!!」

ただし・・・。

「働いた(労力と時間を切り売りした)分だけ寄越せ!!」

・・・と。

命とは、後生大事に金庫にしまっておくものなどではなく、使うもの。

同様に、資産(死に金を溜め込む事)=権力となる様な今の世の中は、絶対に間違っている。

命はもちろんの事ながら、お金も時間も、それをたくさん使う・・・すなわち酷使すればする程、人間としては上等なのだ。

もし仮に、そう言った考えを至上の価値とする世の中が到来したならば、私の様な駄目人間は、社会の最下層の地位に位置付けられようとも全然構わない。

何故なら、私が望んでいるのは、“公平性”もしくは“公平な世の中”・・・ただそれだけであり・・・。

ただただ私は、そこに最上の幸せを感じ取る人間・・・なのだから。

「風潮被害」

この頃つくづく、今まで「騙されて来た」、もしくは「まんまと嵌められた」・・・と感じる。

そう、「政治について語るのはダサい」だとか、「政治がどうだこうだと愚痴をこぼすのはみっともない」だとか、「政治に対して興味や関心を持つのはカッコ悪い」だのと言った、誰かにとってのみ都合が良く、なおかつ一方的に流布されて来た風潮とやらに・・・。

良く考えてみれば、その国家に属する国民であれば、自分の生活を左右するのは「家内の機嫌」や「親や親戚の顔色」も重要かも知れないが、それ以上に重大なのが「政治の在り方」・・・なのである。

そしてそれは、別に何も「人任せにするのが良くない」などと言った教訓的なものなどではなく・・・。

そもそも、政治とは、すなわち国家の未来を左右し、国民の生き死にを左右し、更には圧し掛かる責任と重圧にも耐え、それを撥ね退けてまでも成し遂げなければならない大事業である事を考えれば・・・。

命を賭ける価値すらないこんな世の中において、これ程までにエキサイティングな仕事が他にあろうか?・・・と、私には思えてならないのである。

よって、そんな刺激的な職業を「誰かに任せよう」などと言う考えは、もったいない・・・否、それを「誰かに奪われる」なんて、本来は悔しくて堪らないとさえ感じなければ絶対におかしいのだ。

・・・とは言え、一部を除き、あの無能な輩どもの姿を見せられ続ければ、誰もそんな職種に憧れなど抱きようはずがない事も現実ではあろう。

しかるに私は、彼らが無能だとは思わない。

何故なら、彼らは決して無能なのではなく、自分のちっぽけな利益のためなら国民や他人を平気で地獄に突き落とす、目先の計算だけには滅法強い下品で醜悪な生き物であり、それは無能と呼ぶべきではなく、むしろ「恥知らず」と定義付けられるべき存在だからなのである。

・・・となれば、ますますそんな恥ずかしい職業になど就きたくないと誰もが思ってしまう事も、やむを得ない状況ではあろう。

しかしながら、歴史を紐解いてみれば一目瞭然なのだが、現在世に知られる英雄の大半は、政治家もしくは国の在り方を大きく変えた者か、多くの人を突き動かす権力なり実力なり魅力の持ち主ではなかったか。

・・・もっとも、歴史は勝者によって常に書き換えられるものではあろうが・・・。

また、それは何も「誰もが政治家になるべき」と言っている訳ではなく、例えばプロ野球の様に、国会中継もゴールデン・タイムに放映し、「あいつはもう駄目だから次の選挙では落とせ」だとか、「あの新人は素質があるからこれから応援しよう」だとか言った具合に、もっともっと国民が政治に関心を・・・否、熱狂さえしたって良いのではないだろうかと、私は思うのである。

・・・ただし、サッカー・チームのサポーター同士の喧嘩以上に、その熱が高まり過ぎるであろう事も、充分に危惧されようが・・・。(--;)

だがしかし本来、政治とは、それ程までに関心を持たねばならない事柄であると言う事も厳然たる事実なのだ。

よって私は、「あいつらになんぞ任せておけない!!」と、今の若者達がもっと政治に興味を示し、どんどん政治の世界に関わって行く事が望ましく、いやそうでなければ日本に未来は無いとさえ言い切れるのである。

ゆえに、昔の小学生なら「昨日のドリフ観た?」・・・であったが、これからは「昨日の国会中継観た?」・・・が、小学生の合言葉となるべきなのだ。

政治家・・・すなわちリーダーの為すべき仕事とは、外敵から国民の生命や財産を守り、すべての国民が公平に(←平等にではなく)豊かになる事を目的とすべきであり、それが出来なければ、いくら国民人気(もしくは組織票)で票が集まったとて、それでは「プロ失格」以外の何物でもないのではなかろうか。

ましてや、それを増税だTPPだと、国外に利益を供出したり、国内のある一部の特権階級のみに利益を供与し続けるなどとは、ふざけ過ぎにも程がある!!

自国民すら幸せに出来ない人間が、グローバルだ何だと言う資格なんぞ何処にも無い!!

もしこれが世が世なら、打ち首もしくは腹切りを何百万回申し付けても足りない程の所業ではないか!!


ウフフ、実に素晴らしい・・・。

政治とは、一人の人間がその一生を賭けてやり遂げるに値する仕事・・・。

政治とは、一人の人間がその腕を一本失う覚悟で取り組むべき仕事・・・。

さあ、怒れる若者達よ、もっともっと積極的に政治に関わろう!!

そして、既得権益にしがみつき政治家の名を汚す老害どもを駆逐するのだ。

繰り返しになるが、政治家・・・すなわちリーダーの為すべき仕事とは、外敵から国民の生命や財産を守り、すべての国民が公平に(←平等にではなく)豊かになる事を目的とすべき仕事・・・なのである。

真っ当なものが評価を得て、そうでないものは淘汰される、そんな当たり前の世の中こそが、人類の目指すべき、まだ見ぬ理想郷の姿ではないのだろうか?

人間のみに与えられた、弱肉強食の世界に生きる動物が持ち得ない特性とは、「本能に基づく個体欲求を超えて、集団内において出来る限りフェア(公平)であろうとする精神」・・・以外の何物でもない。

・・・と、私は考えるものである。

木幡東介/マリア観音ライヴ情報

■木幡東介ドラム・ソロ出演ライヴ予定

★"乃田吊ユニット企画「追悼のざわめき」が聴こえる 第二夜"
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2011年10月15日(土)
新宿Motion(03-6825-5858)
http://motion-web.jp/html/map.html
新宿区歌舞伎町2-45-2ジャストビル5F
(JR新宿駅より徒歩5分、西部新宿駅より徒歩2分)
共演:石川浩司(exたま) 、あざらし、穂高亜希子、仲井まみこ(映画「追悼のざわめき」キャスト)、乃田吊ユニット。
追加情報:広本晋氏がギター・ソロで出演する事になりマシタ!!
開場:17時30分/開演:18時00分
前売1500円当日1800円(いずれも+ドリンク代500円)
●御予約・お問い合わせ/kyyy26@gmail.com(乃田吊)

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■マリア観音ライヴ出演情報
(新メンバーとしてARUHI嬢が加入し、久々にマリア観音としての出演となりマス。)

★外道丸プレゼンツ「M-addiction」
2011年11月18日(金)
阿佐ヶ谷Yellow Vision(03-6794-8814)
http://www5.ocn.ne.jp/~yvision/newpage2.html
杉並区阿佐ヶ谷北2-2-2阿佐ヶ谷北2丁目ビルB1
(JR中央線阿佐ヶ谷駅北口を左、徒歩1分。レンタルビデオ店ピープルの隣のビルB1)
出演:■LAPIZ TRIO(LAPIZ:g、横山玲;b、中村清:dr)
    マリア観音(木幡東介:vo/g、ARUHI:key)
開場:19時00分/開演:19時30分
当日のみ1500円(+ドリンク代)


●皆様のご来場、こころよりお待ちしておりマス。m(_)m

Mr.エレクトの「風邪克服法」

今期の冬、第一弾の風邪を、早速引いてしまった・・・。

思えば前回の冬もしょっちゅう風邪・・・ちゅうか体調崩しまくったもんな~・・・。(TT)

そこでいつもの作戦、部屋の中に居るときもとにかくマスクをする事と、冷たい飲み物は絶対に避けて、出来ればホット・レモンを飲んで身体を温める。

・・・思い起せば数年前、風邪引いて熱が出た時、冷たい飲み物やたらと飲みすぎて、風邪を更に悪化させて死ぬ思いをした事があったもんな~・・・。(--;)

そして、これこれ!!プロ野球選手みたいに病院でにんにく注射打つお金なんか無いんで、カップ麺におろし生にんにくを大量に投入して食す事に!!

・・・と言う事で、近所の100円スーパーで、みそラーメンを買って来た。
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・・・がしかし、せっかく買って来たカップ麺の具に、何と動物の糞・・・じゃなくて動物の死骸が混入されてる~!!(@@;)/
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そこで私は、決死の覚悟で危険物除去作業を行なう事に・・・。
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そして、精神を集中し、慎重な作業を続けた結果、何とか撤去終了。これで安心して爆喰い出来るね。(^^)
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そうこうしているうちにラーメンも完成!!毎日仕事頑張ってるご褒美に大好きなゆでたまごをトッピングし、本レシピで最も重要な薬味(役目)を果たす、おろし生にんにくをぶち込みまくる!!
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おっともう一つ、冬の必需品である、身体を芯からポカポカあっためるために必要な七味唐がらしを散布するのを忘れるな!!
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これで奴らを皆殺し!!どうだ参ったか!!(←誰に?・・・風邪に?)

これが私の、風邪克服法じゃ~!!(←何故か異常に興奮気味)

ほんじゃま、いただきマウ~ス!!(^^)/

・・・あんど。

ごちそうさまデシタ~!!(^^)b


<追記>
あんまりにんにくを入れ過ぎると、吐く息はもちろんの事ながらニョーやベンまでにんにく臭くなるので、過剰摂取には、くれぐれもお気をつけ下サイませ。

「えれくとズ・トーク」2

「えれくとズ・トーク」
http://erect.blog5.fc2.com/blog-entry-2079.html
・・・の続きみたいなもの。


自殺の理由とは、主に二通りあり、一つはとにかく「ただただ、現在置かれている状況なり精神状態から逃れたい」と考えるゆえに、暑いサウナ室から扉を開けて外へ出る様な自殺である。

この場合、死後・・・すなわち扉の外には必ずしも心地良い世界が存在するとは限らない・・・と言うか、めくらのギャンブルの如く、そんな事すら考える余裕もなく、選択肢なり視野が大幅に狭まった状態で突発的に行なうものであろう。

もっとも、突発的とは言っても、そこに至るまでには人それぞれ差異はあろうし、それなりの熟成期間を必要とするではあろうが・・・。

しかるに、今回のN村Tよう氏の場合は、明晰な意識の下、明確な目的を持って、あらかじめその日に行なうと決めた通り、雨が降る程度の事では予定変更(こころがわり)する事もなく、速やかに決行したものである。

これは、余程の覚悟か決意、すなわち強靭な意志がなければ、なかなか出来る事ではない。

・・・とは言えもちろん、そもそも自殺しようなどと考える事自体が、視野狭窄な人間の発想であると言われれば、それも否定し得ない事実ではある。

しかしながら、これら二通りの自殺には大きな違いがあり、前者は外部からの抑圧なり影響から逃れるために行なうリアクション的なものであるが、後者はそれとは異なり、自らが今までそうして生きて来たと同様に自らの死期なり死ぬ方法を自らの意志で決定すると言う自発的なものであると、そう分類出来るのではないだろうか。

・・・否、後者にせよ、当然の事ながら社会や他者等、外部からの影響が全く無い訳ではない・・・がしかし、自殺しないと言う選択肢も間違いなくあった訳であるからして、やはり自らの意志でそれを選んだと言って差し支えないと、私は考える。

私はいつも言うのだが、自殺を許さないのであれば、自殺した人間に対しては悲しむのではなく、もっと怒るべきだと思うのだ。

「自殺なんかしやがって、この野郎!!」・・・と。

ただし、前者の場合は周りの人間の意見に対し聞く耳さえもたない状態である場合も多いであろうし、後者の場合はそれ(人が自らの生死を決定する権利)を他人がどうこう指図しても良いものなのか?・・・との疑問も生まれてはくる。

ゆえに、まだ分別のつかぬ子供であれば話は別だが、既に成人した人間の自殺を止める・・・すなわち他人が自らの生死を決定する権利を他の誰かが管理すると言う事は、その生・・・すなわちその人の生き方に関しても責任とまでは言わないが、その領域まで介入して初めて口出し出来る事柄なのではないか?・・・と、私には思えてならないのである。

すなわち、その人の死に方とは、その人の生き方そのものであり、それが一時の気の迷いなどではなく、明晰な意志の下で明確な目的を持って行なわれたのであれば、もちろんそれを批判する事も自由ではあろうが、それを止める事は“無粋”以外の何物でもないのではないか・・・と言う事だ。

そもそも、何故自殺がいけないかと言えば、もちろん身近な人や全くの他人にも迷惑をかける可能性が少なからずあるからであろうが、その論法で行けば生きていても周りの人に迷惑をかける輩など五万と居る訳である。

・・・トナルト、そこにはおそらく、「命を大事にしろ」だとか、「命を粗末にするな」と言った考えがその根底にあるのであろう。

だがしかし、今現在のうのうと生きている・・・もっと言えば、「ただ命を繋いでいるだけ」の私達が、果たして「命を大事に」し、「命を粗末にしていない」と、胸を張ってそう言い切れるのだろうか?

そしてその逆に、Tよう氏が、「命を粗末にする」様な生き方をして来たとでも言うのであろうか?

もちろん、誰にでも何にでも功罪はあるゆえ、同氏の為してきた事柄が必ずしも世の中に良い影響ばかりを与えて来たとは言わない。

しかしそれでもなお、私は問いたい。

自分の命を大事にする余り、何ら冒険せず、何にも挑戦せず、何ひとつ築かず、誰も救わず、誰にも与えず、誰ひとり護らず・・・ただただ命を繋ぐ事で精一杯の私達に、自分の“命を使って”何かを為してきた人が自らその幕引きをする事に対して、何の批判が出来ようか?・・・と。

「生きる事」とは、ただ「命を繋ぐ」事ではない。

「生きる事」とは、「命を使う」事である。

「命を大事にしろ」だとか「命を粗末にするな」と言うのであれば、その命とやらをもっと意義ある事に使うべきであると言う事は言うまでもない。

よって私は、「お疲れ様デス」もしくは「ご苦労様デシタ」としか、Tよう氏にかける言葉が見当たらないのである。

「生きてもない」のに「死なんかない」。

だから、私なんかには「自殺する資格」などまだ無い。

「死ぬ権利」とは、「精一杯、生きた者」すなわち「命を目一杯使った者」にしか与えられない勲章の様なものなのだ。

・・・と、私は考えるものである。

木幡東介ドラム・ソロ出演ライヴ予定

■木幡東介ドラム・ソロ出演ライヴ予定

★「キチキチキチロー企画」

「日本買います」動画

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2011年10月9日(日)
小岩ライブシアター・オルフェウス(03-5622-3520)
http://livetheater.orpheusrecords.jp/map.html
江戸川区西小岩1-27-16オルフェウスビル2F
(JR総武線小岩駅北口徒歩5分)
共演:日本買います(After The Sludge他で活動中の菅原氏新ユニット)、ファンシンちゃん、ビチビチウンコ。
開場:18時00分/開演:18時30分
当日券のみ500円(+ドリンク代500円)

★"乃田吊ユニット企画「追悼のざわめき」が聴こえる 第二夜"
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2011年10月15日(土)
新宿Motion(03-6825-5858)
http://motion-web.jp/html/map.html
新宿区歌舞伎町2-45-2ジャストビル5F
(JR新宿駅より徒歩5分、西部新宿駅より徒歩2分)
共演:石川浩司(exたま) 、あざらし、穂高亜希子、仲井まみこ(映画「追悼のざわめき」キャスト)、乃田吊ユニット。
開場:17時30分/開演:18時00分
前売1500円当日1800円(いずれも+ドリンク代500円)
●御予約・お問い合わせ/kyyy26@gmail.com(乃田吊)

●皆様のご来場、こころよりお待ちしておりマス。m(_)m

パソコンぶっ壊れ顔面蒼白GIG

9月から支払いノルマ倍増のため、かなり仕事に時間を費やしマシタ・・・が、やっぱ全然足りね~!!

・・・とは言え、当方の出品商品をお買い上げ頂いた方々、誠にありがとうゴザイマシタ。m(_)m

・・・と、それは置いといて。

先日、仕事の合間にトイレに行って用を足して戻ってくると、なんとパソコンの画面が、ほぼ真っ黒&一部にまるでオーロラの様な紫とも茶色とも言えぬ色がぼんやりと映るだけの状態になってしまっているではないか!!

ぎょえ~!!なんじゃこりゃ~!!またパソコンが壊れた!!(今使ってるパソコンでは初めて)・・・ちゅうか、何の予兆も無しにいきなりかよ~!!

とりあえず、最悪なブルー・スクリーン(パソコン完全故障の際に出るご臨終告知の青い画面)でこそないものの、その代わり、私の顔がブルー・スクリーン化していた(=青ざめた)と言う事は言うまでもない。

うへ~!!超やべ~!!今月も来月もまだまだもっともっと仕事せにゃならんのに~!!

しかも、キーボードのどこを叩いても無反応で、ウンともスンとも言わない状態・・・。

私はやむを得ず、パソコンを強制終了する事に・・・。(TT)

そして再び、おそるおそるパソコンを起動すると、「セーフ・モードにしますか?」みたいな画面が出てくるのだが、とりあえず強制終了した際に選ぶと書いてある通常起動モードを選択・・・。

すると・・・何とかいつも通りにパソコンは起動した!!しかも、特に問題無い様子でサクサク動く!!

う~む・・・ハード・ディスクの空き容量は全然問題無いはずなので、どうやら・・・と言うか、素人考えで推測するに、これがメモリ不足ってやつなのか・・・な?

何せ仕事中は、いつも画面右半分に開いたブラウザでY0U TUBEなどを見ながら、画面左半分のブラウザで価格等を調査し、やはり左半分に開いたメールに出品データを作成しているんだけど、何日かおきにディスク・クリーン・アップをしないと一時ファイル?だか何だかが一杯になって、パソコンの動きがだんだん遅くなるのだ。

そして更に、しかも今回はそれをちょっと怠ってた所に持って来て、実はおそらく異常発生の根本的な原因であろうと推測されるのは、メール・ボックスが許容量をオーバーしてたって事ではなかろうか?・・・と考えられる。

・・・と言うのも、一番最初に使ってた中古のノート・パソコンは、そう言った知識もなかったためメールを一切削除しておらず、ある日私がパソコンを操作してると、突如メール・ボックスが前面に表示されたかと思うや、それが真っ白な光を放ち(←マジで!!)、まるで砂の城が崩壊するかの様にすべてのメールがザザザザザ~っと消えていく様子を目の当たりにさせられた事があったからなのだ!!(@@;)

ちなみに、そのノート・パソコンは、その後にメールの設定を色々いじっているうちにだんだんおかしくなって遂に壊れてしまったのだが、ノーパソって持ち運び出来る代わりに電源コードが日によって右へ左へうねうねするゆえ、そのせいで接触が悪くなって差込部分から火花が噴出したり、しまいにはフタ(画面部分)がきちんと閉まらなくなって無理にしめようとすると接続部分付近がパカッと開いて中身が露出したりと、そんなとんでもない状態になるまで使い倒しておりマシタ。(^^;)

もっとも、その後は気をつけていたので、二台目のパソコンはこまめにメール削除をしていたのでありマスが・・・。

なので、今使ってるパソコンも同様に、もちろん削除メールはこまめに消していたけど、受信メールや送信メールって、不要なものを削除したつもりでも、やっぱだんだん蓄積してくるから、知らず知らずのうちにどうしても増えてしまうもんなんだよね~。

まあでも、あれから二日経つけど全然異常は見られないんで、あの現象はきっと、パソコンが本当に壊れるのを防ぐために、あえてフリーズ(仮死状態)してくれたって事なのかな?

いずれにしても、この中古パソコンも使い始めて二年近くになるから、そろそろバック・アップ取っておかなくちゃやばいかな~・・・。(--;)


皆サンも・・・。


気をつけなはれや~!!(TT)/
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