Mr.エレクトの独り言 2012年04月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「たわいもない事」

しまった~!!連日更新するつもりが、油断した~!!仕方ないから、アップ時間を指定して、昨日書いた事にしよう。(--;)

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トイレのね、個室の方に設置されてるトイレット・ペーパーって、気が利く人が先端を三角に折ってたりするでしょ?

でもあれ、個室内で行なってるって事は、要するに手を洗う前に触りまくってるって事なんだよね~。

それってどうなの?

・・・みたいな。(^^)

「DEW/布谷文夫」

■「布谷文夫氏の思い出」(前編)
■「布谷文夫氏の思い出」(後編)

最近は、こればっか聴いておりマス。
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布谷文夫氏在籍グループ~DEWの、「DEW/布谷文夫」と題された、「第3回全日本フォークジャンボリー」(1971年8月7日@岐阜県椛の湖畔)におけるライヴの、実況録音盤。

ちなみに、’98年にもエイベックス・イオよりジャケット変更して再発されてる様デスが、初回オリジナル盤は’89年、SOLID RECORDS(現・ULTRA-VYBE)の高譲氏監修の下にリリースされマシタ。

先の記事でも述べた通り、代表曲にして超名曲の「夏は終り」こそ「幻野」に収録されている方がベスト・テイクなれど、そちらでは2曲しか聴く事の出来なかったDEWのライヴ音源が、カヴァーも含め本作には全7曲収録されている。

なお、バンドの演奏自体は無垢にして荒削りではあるが、それだけに布谷氏の、喉に火箸を無理矢理突っ込んで皮膚を焼き焦がした直後の様なドスの効いた歌声がより一層浮き彫りにされる結果となっている様に感じた。

ああ・・・何と表現すれば良いのだろうか、この、ブルース・ロックに身もこころも捧げつくさんかの如き、まるで地面に跪いている姿が目に浮かぶかの様な布谷氏の歌いっぷりを・・・。

人は、極限状態に置かれた時に初めて、その隠された本性が露になると言われるが・・・。

おそらくは、自らの生命を瀕死の瀬戸際に追いやらずして、自己の精神と肉体を加虐的なまでに酷使する事なくして、ここまでの深い哀切感を表現する事など出来やしないのであろう。

それゆえに、ここで聴かれる布谷氏の、まさしく“血を吐く”様な歌唱は、聴いている私までをも、失意と悲しみのどん底へ、そして絶望と苦しみにのた打ち回る地獄絵図へと引きずり込んで行くのである。

また、本作に初収録された「傷ついて」や「ぼくの天使」などは、詩的情緒に溢れる作風でありながらも、「枯れ葉は僕を呪い殺す」や「死んだ夜の・・・」だのと言った不吉なワードが挿入されており、そこにはまるで、布谷氏のブルース・シンガーとして殉死する事を望んでやまない心情が形を変えて乗り移っているかの様にも感じられるのだ。

しかるに、この“へヴィな心理状態”を生き写したかの様な布谷氏の歌声を聴いていると、私は同時に、自分の魂が浄化されて行く感覚を味合わされもするのである。

そう言う意味においては、これらは鎮魂歌・・・そう、傷つき打ちひしがれた魂を埋める鎮魂歌であるとも言えようか・・・。

ゆえに、布谷氏のあの自らを鞭打ち喉を過度に痛めつける自己破壊的な歌唱法も、堅い地面に埋葬用の墓穴を掘るために必要な儀式の様なものなのであろう。

無慈悲なまでの現実を、思い返したくもない過去を、どんよりとした暗闇の広がる不吉な明日を葬り去るための・・・。

こころの傷を癒すためには、その傷の痛み以上に深い傷が、もしくはそれを覆い隠すための暗く深い穴が必要なのである。

自らの生命を瀕死の瀬戸際に追いやり、自己の精神と肉体を加虐的なまでに酷使する事で、自らの、そして人々の魂の傷を癒さんとするその行為・・・。

それこそはまさしく、ブルースと言う音楽形態の存在意義であり、効能ではなかろうか。

ブルース・ロックに、その身とこころを捧げ尽くした男、慈愛に満ちた濁(ダミ)声の天使、布谷文夫よ・・・。

貴方の名前は、私の胸に一生刻まれ、いつまでも消える事はないだろう。

「シロアリ駆除」その10

<注>
「その9」と「その10(その9の後半)」を、「その9の前半」と「その9の後半」に分けマシタ。

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最後に・・・。

これまで書いた内容は、あくまでも現時点において私が選択した暫定的な判断結果に過ぎマセンので、あまり当てにしない様にして下サイませ。

主題はあくまでも、マス・メディアの世論誘導に乗せられず、なおかつ自身の生理的感情にも左右されず、自分で調べ、自分で考え、自分で判断しようと言う事デスので。

よって、知識量、情報量、判断力が異なる方であれば、私とは違う考えに至るものと思われマス。

実際に目に見える景色にせよ、自分の立ち位置や角度によって、簡単に別の風景となるものデスから。

また、逆に言えば、それが当然であり、それが普通であり、それが当たり前なのデス。

むしろ、殆どの人が同じ考えを持つ事・・・これに勝る恐怖はありマセン。

いくら同じ国に住んでいるとは言え、生まれた時から備わっている資質、育った環境やこれまでに培った能力、現在の趣味嗜好や価値観も異なる訳デスから、全員が同じ考えに至る事など、本来は有り得ないはずなのデス。

現在の我が国の様に、今もマスコミの洗脳(=世論誘導)が有効に機能している国家においては、多数意見こそ疑わなければなりマセン。

特に、自分の考えが多数意見であると感じた時には、一度、少数意見や反対意見にも目を向けてみる必要があるでしょう。

もちろん、だからと言って少数意見が正しいと言う訳でもありマセンが・・・。

後は、今日まで長く持ち続けてきた自分の考えなど、いつでも覆す事の出来る勇気を持つ事。

そして、自身の恐怖や不安、好き嫌いや損得と言った生理的感情や欲望に拘るあまり、それに振り回されない様にしたいものデス。

・・・とは言え、それらはいずれも“その人自身が望んだ結果”でありマスゆえ、それを自分で受け入れる覚悟があるのならば、それはその人自身の自由であり、その考えも認められるべきでありましょう。

しかるに昨今、加速度的に推し進められているグローバル化、これは一見、自由を標榜している様に見せかけられておりマスが、その実態は世界のファシズム化、すなわちある一つのルール(価値観)の下に、人々の自由な行動や思想を制限・拘束するもの以外の何物でもありマセン。

しかもそれは、何らかの正しい秩序や道徳観念によって統制される社会ではなく、世界の金融エリート(=欧州の銀行家)による独占搾取支配体制の下に構成された身分制度による管理社会に他ならないのデス。

その様な、自然の法則(=共存共栄)に逆らう、弱肉強食と言う大義名分を掲げた優生学的欺瞞の行き着く先は、人類の衰退と地球上の生態環境の破壊に他ならないでしょう。

もしも自然の摂理と言うものがあるならば、本来は働き者が得るべき報酬を得て、怠け者は淘汰される、それ以外には考えられマセン。

そんな怠け者、そしてなおかつ自分と他人との違いを認める事すら出来ない弱い人間、そんな臆病なファシストの支配する世の中が、人類や動植物を健康に、そして地球上を活気ある生命の住処になど出来るはずなどないのデス。

「無知の知」と言う言葉にも示されている通り、無知である事を自覚する事こそが、それを克服するための、「知への探究心」の萌芽を促すきっかけとなる様に、人類と言う名の種族に「自身の愚かさ」を知る能力が備わっていると言う事実は、その愚かさを克服せんとの欲求を人類が持ち得る可能性がある事をも証明しておりマス。

ゆえに、人類に「自身の愚かさ」を気づかせない様にしておく事こそが支配階級の望みであり、その任務を担うのがマス・メディアの役割であると断言出来ましょうか。

知らない事が罪であるならば・・・。

知らせない事も罪なのだ。

・・・と、私は考えマス。

(おしまい)

「シロアリ駆除」その9の後半

長くなったので、その9の前半からのつづき(後半)・・・
http://erect.blog5.fc2.com/blog-entry-2181.html

・・・と、それらは一旦置いておくとして、いつぞやの松本龍氏の騒動を覚えているだろうか?

今にして思えば、あの一件は色々な事を教えてくれた。

以前にも述べたが、政治におけるかけひきだとか、その裏に隠された真意と言うものは、私達一般の国民、ましてやマスコミの報道でしか情報を得る事が出来ない者には、正確に読み取れなどしないもの。

ゆえに、民主党の歴代総理は皆、就任するや宇宙人や変人や無能ぶりを存分に発揮するが、もしやそれは意図的に行なう擬態=苦肉の策であり、米国及び米国隷従売国官僚からの有無を言わせぬ無茶振りな要求(命令)に対する、時間稼ぎによる必死の抵抗なのではないだろうか?・・・と。

実際の所、松本龍氏は大根過ぎて、ワル役が全然サマになってはいなかったものの・・・。

つまり、総理ともなれば「気安く本音など言えない」・・・のである。

何しろ、これまでの歴史を見れば一目瞭然であるが、真正面から官僚(<米国CアイA<欧州の銀行家)に逆らって来た政治家の行く末はと言えば、検察に検挙されるわ、マスコミに叩かれるわ、急に死ぬわ、謎の死を遂げるわ、暗殺されるわ・・・と、ことごとく不吉な結末を迎えているのだから・・・。(@@;)

例えば、マスコミからの批判を浴びたハトヤマ氏による先日のイラン訪問などは、まさしく国際情勢と言う大義名分を掲げた欧米(=欧州の銀行家)独占搾取支配体制側に反旗を翻す行為であり、下手に同氏に地位や権威があれば、これは暗殺されて然るべき謀反行為であった事だろう。

・・・とは言え、もっとも、ハトヤマ氏は総理在職時代からあの調子だったか。(^^;)

またその反対に、(戦争出来る国家作りの旗振り役である)橋下氏や都知事なんかは、その強気発言がマスコミにもバンバン取り上げられて、多少の批判こそされるけど世論は賛否両論である様に報道されるよね。

いずれにせよ、しょせん支配権力の傀儡に過ぎない橋下氏らは、末端公務員の給料を減額して更に景気を悪くする様な事は積極的にやるけど、シロアリ駆除・・・すなわち特別会計廃止や天下り根絶なんかについては一切触れないし・・・。

それゆえに、国益になる事(=売国官僚に逆らう事)をしようとすれば、どれ程の制裁を受けるかって事は推して知るべしであり、現在は捩れ国会ゆえ、いくら民主党が頑張ろうとも、自民党の審議拒否などの妨害行為を受けると何も実行出来ないのが現状の様だ。

事実、奇しくも先日、コイズミ・ジュニアによる自民党の国民の信頼を回復するために行なった発言がマスコミに取り上げられたけど、それは「審議拒否と言う後向きな手法はやめるべき」と言うものであった・・・。

何だ、やっぱり邪魔してたんかい!!

更に決定的なのは、そもそも消費税増税に賛成のはずの自民党が何故、民主党に噛み付くのかと言えば・・・。

民主党の増税案とは、あくまでも「税の一体改革」とセットであり、そうする事によって多くの無益な保険や年金機構(=天下り法人)を根絶出来るゆえ、寄生虫に貴重な財源(税金=国民の冨)を食い潰される事なく、そのお金を使うべき社会保障に無駄なく廻す事(=冨の分配)が出来るようになるのだとか。

そうかなるほど、それで官僚(政府=行政府=行政機関の役人)の味方(仲間)である自民党は、それを必死で反対・妨害・邪魔してるって訳なんだね。

しかるに、売国政党自民党にも中川昭一氏の様な国益を第一に考える方が居た様に、民主党にも例えば前原氏の様な不穏分子が居る事も事実ゆえ、やはり小沢氏が完全に復権するまではまだまだ油断は禁物であろうか。

小沢派が野田総理の消費税増税案に反対し、民主党内が揉めているのは、いずれは小沢派を主流派にするための下地作りかも知れないし・・・。

何にせよ、私達一般の国民にとっては、マス・メディアから知らされる(捏造・偏向)報道だけでは真実を知り得ないどころか、むしろその逆に、支持すべき人を貶め、排除すべき売国奴を応援する様な事にもなりかねないのである。

・・・って言うか、もう既にそうなってるよ!!(--;)

よって、やはり必要とされるのは、まだ選択の自由がある今のうちに、私達国民自身がマス・メディアに惑わされず(=騙されず)、自分で調べ、自分で考え、自分で判断する・・・と言う事に尽きるであろうか。

(つづく)

■野田総理 シロアリを退治して働きアリの政治を実現

http://youtu.be/xhs-oAbukjg

「シロアリ駆除」その9の前半

まず初めに・・・。

ゴミ売テレビたかじん系番組は、反面教師として観れば本当に参考になる。

何故なら、あれを観ていれば、ゴミ売(<米国CアイA<欧州の銀行家)が日本国内の世論をどちらに持って行きたいかが一目瞭然だからだ。

何せ、ゴミ売(新聞)と言えば、中曽根元総理と結託して日本に原発を推進して来た・・・否、米国(=欧州の銀行家)の指示を受け原発推進から得られる莫大な利益と引き換えに国民の安全を売り渡してきた売国メディアゆえ。

そしてそのゴミ売テレビによると、コイズミ劇場~政権交代フィーヴァーと来て、今は橋下アゲと民主党叩き(~その後は戦争が出来る国作り?)が、現在進行中のシナリオの様である。

そもそも、マス・メディアは決して“いい加減で場当たり的”なのではなく、常に明確な目的を隠し持って捏造と偏向報道による世論誘導を繰り返してきた。

世間では、マスコミやパチンコ業界を牛耳る在日の人々が、民主党を使って日本を破壊し乗っ取ると言う、まことしやかな噂も囁かれているが、今も続くマス・メディアによる小沢氏排除及び最近の民主党叩きを見る限りにおいて、それはおそらくデマ・・・否、もっと言えば、一旦政権に就かせた後に民族間の偏見や憎しみを利用し、いつでもその梯子を外す(=地位を失墜させる)事が出来る様、そして国民が結束し米国から独立しようなどと考えない様、国内を分断支配する事を目論むがゆえに、むしろ何十年も前からあらかじめ在日の人達をマス・メディアや政界・経済界の要職に押し上げて代理支配させていたのではないかと考えられる。

長引く原発問題にせよ、それまで40年以上も原発政策を推し進め、そこから不当な利益を吸い上げ続けた輩の罪は一切問われず、たまたまタイミング悪く(←本当にそうだろうか???)、その時初めて政権与党となっていた民主党にその責任をすべて押し付けると言うのもおかしな話。

・・・とは言え、現在も収束せぬ原発事故とその被害によって、私達は酷い目に遭わされ、今もその恐怖と不安に脅えている日々ゆえ、“感情的”な好き嫌いで物事を判断してしまうのもやむを得ない事であろう。

しかるに、これを冷静に、かつ論理的に考え直してみれば・・・。

原発事故直後の、民主党や菅元首相の対応のマズさもあったかも知れないが、そもそも初めての出来事ゆえ、それじゃあ他の誰かであれば的確な処置が出来たのか?と言う疑問もあり、また後になって東電が総理官邸に正確な情報を伝えなかった等の話も出てきており、もちろんそれを差し置いてなお、如何なる理由があろうともリーダーはその責任を取るべきであると言う論理も当然であると厳粛に受け止めたとしても・・・。

だからと言ってそれが、40年以上に渡り原発行政によって甘い汁を吸い続けて来た、売国官僚、自民党、電力会社、マスコミ、御用学者には、一切責任が無いと言う理由になるだろうか?

また、これまでずっと「原発は安全だ」と国民を騙し続けてきた上記の者達ならば、まともな事故対処が出来たとでも言うのか?

特に、有象無象の原発関連法人に巣食い今も国民の冨を強奪し続ける天下り官僚や、過去に発表された知識をたくさん覚える事しか能がない御用学者どもの、一体何処が優秀で有能なのか?

結局あんたら、いざって時には何の役にも立たない、まさしく寄生虫(=パラサイト)じゃないか!!

現在の不景気に関しても、それを作り出したのは民主党ではなく、(先日ご紹介した映像にもある通り)元を辿れば自民党のコイズミ改革(外資に日本企業の株を安値で進呈し国益を損ね、派遣法によって労働者=消費者の賃金を減らし更に不況を煽った・・・)による所が大きい訳だし。

(長くなりそうなのでその9の後半につづく・・・)

「ハシモト劇場 on TV」

ところで、何で大飯原発なんだろう?・・・って思ったら。

そうか、橋下氏をTVにじゃんじゃん登場させてコメントさせ、“脱原発”を餌に、原発アレルギーに陥ってる国民からの信頼を高めさせようって魂胆か。

もしも、マス・メディアが原発村の走狗(犬)であるなら、これはおかしな話でしょ?

要するに、原発村の売国奴どももマスコミも、元を辿れば、しょせんは欧州の銀行家の下僕に過ぎないって事。

更に言えば、何で橋下氏が選ばれたかと言えば・・・。

ルサンチマンを抱えたスネに傷を持つ人間に権力を貸付けておけば、もし仮にご主人様に反抗した時にも、それをネタにして潰す事が出来るからね。

民主主義“風味”の官僚独裁国家における、傀儡政治家の役割はそんな所。

ユ○ヤ問題も在日問題も、構造は一緒。

恋人がサンタクロース。(←ちなみに、ユーミンのヒット曲ね。)

・・・じゃなくて・・・。

代理人はスケープ・ゴート。

支配者のやり口はいつも・・・。

人々の間に憎しみを作り出し、憎しみを抱えた人間を利用し、更に人々を憎しみ合わせる・・・と。

いやはや呆れるやら感心するやら・・・。

そもそも、TVを観てるだけで、誰が良い人で誰が悪い人かを判断出来りゃ苦労しないわな。

中には、連続ドラマに出てくる意地悪な役を、その俳優の本当の性格だと思い込んで抗議の手紙まで出しちゃう方も居るようで・・・。

あの~・・・それって、あくまでも芝居の中での演技デスから。(--;)

「残念~!!・・・斬り!!」

・・・って、古いか。(^^;)

「シロアリ駆除」その8

さてそれでは、これ程までに無知で政治音痴な私が、騒音おばさんならぬ“悪口陰口おばさん”こと、マス・メディアの捏造や偏向報道に惑わされないで居るにはどうすれば良いかと言えば、(一部を除き)スポンサーの意向が反映されていないインター・ネット上の情報を比較検討する事で、出来るだけ真実に近いものを見つけ出さなければならないって訳デス。

しかるに、実はネット上においても多数意見は猛威を振るっておりマスので、2~3箇所の情報を見ただけで何かが解ったつもりになってしまうのは、これまたマズイのでありマス。

よって、多数意見にも少数意見にも肯定意見にも反対意見にも目を通した上で、より矛盾のない情報を選別していかなければ・・・否、そうしたとしてもすべて本当の事など誰にも解らない訳デスから、あくまでもそれは現時点における暫定的な判断であると認識し、常に情報収集を怠る事なく、自分の考えをいつでも翻す事が出来る様にしておかなくては、思考停止や妄信状態と言う最悪な状況にも陥ってしまうのではないか・・・と。

そこで、今から述べる事は、あくまでも私がこれまで見聞きした数々の情報から判断した現時点での考えであると言う事を前置きさせて頂きマスが・・・。

私達に出来る事は、やはり現実を知る事と知らせる事によって真っ当な世論を形成し、なおかつ選挙権を行使する事ではないだろうか?・・・と。

まず初めに世論と言う意味では、淘汰され次々入れ替わるスケープ・ゴート役の政治家を批判する前に、首も飛ばず責任も取らず不当な天下りと渡りを繰り返し国民の冨を強奪する日本破壊の国内における元凶たる官僚(政府=行政府=行政機関の役人)の責任を追及する事。

そして、官僚の走狗(犬)たるマスコミの捏造及び偏向報道だけを情報源にして物事を判断するのではなく、反対意見や少数意見にももっと目を向け、真に支持すべき人物とそうでない人物とを見分ける事、更にはそのやり口に対して抗議の声を上げて行く事でしょうか・・・。

特に、自分の意見が多数派であると感じた時は、一度それを疑ってみる必要があるでしょう。

また、下世話なマスコミの策略に乗せられ、(実際は行政府の役人が権限を独占しているのがすべての元凶であるにも関わらず)政治家は無能であるとか、「誰に任せても変らない」などと言った政治不信に陥ってしまう事も避けなければなりマセン。

何故なら、私達国民が合法的に政治に関われる方法として“選挙”と言うのは重要な機会であるし、そもそもそうやって選んだ政治家がその能力をまともに発揮出来ないのは、官僚や司法やマスコミによって、国益重視の(=官僚に逆らう)政策をことごとく妨害されてしまうからなのでありマス。

以前にも述べたが、過去の歴史を紐解けば、検察の偏った検挙、不審な死、そして石井紘基氏に至っては完全なる暗殺事件・・・とある様に、この国は民主主義国家どころか、官僚独裁暴力的支配国家であると言うのが、その実態なのデスから・・・。

ゆえに、政治家には何も期待出来ないとあきらめて、私達が選挙にすら行かなくなると言う事は、もはや抵抗する事なく死を受け入れるに等しいのでありマス。

・・・いずれにせよ、このまま放っておいたら、良くなるどころか、状況はどんどん悪くなるだけだしね。

ましてや、そんな政治不信の折に、橋下氏の様な「如何にも頼れそうな力強い政治家」がマス・メディアのバック・アップを受けて登場した日には、再びコイズミ劇場の悲劇がくり返されるであろう事は目に見えている。

・・・それじゃあ、誰を応援すれば良いのかと言えば・・・。

私はこれまで、ネット上の情報を横目で眺めながら、その判断を保留し続けてきたのだが、やはりこれは、政治主導(国民の信託を受けた立法府の独立)をマニフェストに掲げるがゆえに、冤罪であるにも関わらず検察(=アメリカCアイA)やマスコミから総攻撃を受けている小沢一郎氏と・・・。

更には、小沢氏こそネット上では支持者も多いものの、こちらはネット上においても擁護者が超少数派ゆえ、こんな事を言うと中にはお怒りになる方も多いものと思われるが、やはり民主党を支持すべきなんだな・・・との結論に至ったのである。

・・・とは言え、どうぞご安心を、これまでに何度も述べた通り、実は私も、当初は民主党を支持するその少数意見に対し、生理的にどうしてもそれを受け入れる事が出来なかったのデスから。

「この人、何言ってんだ!!民主党のせいで、今こんなに私達国民が苦しめられているんじゃないか!!」・・・とネ。

しかし、自分の生理的感情を一旦脇に置き、改めて論理的に考え直してみると、「あれ?これは確かにおかしいぞ?」・・・と感じる様になっていったのでありマス。

何にせよ、その最後の大きなきっかけがリビアのカダフィ大佐の死であったと言うのは、我ながらあまりにも気づくのが遅すぎた・・・と、私は何度も自分の頭を抱えて悶絶したものデス・・・。(--;)

(つづく)

「奉仕の精神」(芸術編)~赤字部分補足アリ

昨日から考え続けていた事・・・。

芸術における美の追求とは、空手の修行に似ていないか?

そもそも、空手の目的とは、攻撃を仕掛けてくる相手を如何に効率的に(体力や攻撃力の損傷や消耗を出来るだけ避けて)倒すか?と言う点に尽きるのであるが・・・。

その様に、言わば対戦時において体力的に“ケチ”に徹するためには、その反対に、それまでのトレーニング期間に膨大な労力と時間を費やさねばならない訳である。

それゆえに、一撃必殺・・・すなわちエネルギーの消耗を少なく、しかしそれでいて重要な場面で最大限の効果を上げようとする事は、一見ケチに見えるが、実はものすごく豪華な事なのだ。

また、そうするためには、例えば拳の一突きに対し、そのエネルギーが無駄に拡散せぬ様、強靭なる集中力を行使せねばならないゆえ、元の打撃力(パワー)が少なければ意味がないし、かと言ってただただ腕をぶんぶん振り回しただけでは相手にダメージなど与えられはしないのである。

そして、これを芸術に当てはめるならば、やはり確固たる秩序による統制・・・すなわち美意識を極限まで追求すると言う事であり、それはまた、元の技量なり熱量が多い事を大前提とした上で、しかもそれを針の穴を通すかの如き集中力を持ってして具現化すると言う行為に当たるのだ。

<補足>
しかも、いくら効率的な一打なり音をその一瞬に集中して繰り出すとは言え、そこで自分より弱い相手や簡単で楽に演奏出来る楽曲を選びさえしなければ、それはやはり質の高い技量(結果)と膨大な熱量(プロセス)が最大限に注ぎ込まれた素晴らしい試合なり演奏となるはずなのである。


つまり、もっと解りやすくするために彫刻に例えるならば、小石を削って作品を作るのも、もちろんそれなりに大変ではあろうが、やはり大きな岩を、しかもそれを隅から隅まで一寸の隙もなく超精密に彫り上げたとすれば、出来上がったその作品には、それ自体の美も当然の事ながら、それが完成するに至るまでに注がれた労力と時間と言うものが、必ず宿っているのではなかろうか?・・・と。

それを私は、その作品を創り上げた作者の、美に対する“奉仕の精神”の表れであると、定義するものである。

しかるに、それは少なくとも過去にその様な体験、すなわち何かを成し遂げるために自分の労力と時間を惜しみなくつぎ込んだ事のある者にしか見えぬ、共感(価値観を共有)出来ぬものなのだなと言う事も、最近は薄々解ってきた。

その点、空手の様な対戦型の(もしくは対象物に打撃を加える)武道の場合は、勝敗と言う形の明確な結果が出るゆえ、芸術の分野とは話が少々違ってくるが・・・。

否、それにせよ、やはり高度な技の応酬であるとか、驚異的な打撃力を見せつけられた場合は、それが“芸術的”と称される事もあるゆえ、基本的な構造はそう変らないものと私には思えるのである。

要は、放出される熱量の大きさと、なおかつそれを揺るがぬ秩序(=美意識)によって制御する力の強さ・・・その双方があって初めて、空手においては強さを、そして芸術においては美を獲得出来るのではないだろうか?・・・と。

更に、それでは何故、それ(強さなり美)を追求する者とそうしない者とが存在するのかと言えば・・・。

その理由は、「そこに絶望があったかどうか?」・・・ではないかと、私は考える。

すなわち、“強さ”に対する憧れなり自らがそれに敵わぬ悔しさ、“美”に対する感動なり自らがそれを持ち得ぬ悔しさ、そしてまた、そう言った劣等感なり絶望感を味わった者でしか、それを目指そうだとか手に入れようなどとの発想にも至らぬのではないか・・・と。

ましてや、それらに敬意すらも抱かぬ者が、そう言った“強さ”や“美”に対して“奉仕の精神”など芽生えようはずなどないのである。

・・・もっとも、絶望を味わった時点で、その距離の遠さ、もしくは自分の潜在能力に対する自信の無さから、それをあきらめてしまう者も多いであろう事も想像に難くないが・・・。

何故なら、“奉仕の精神”とは、その対象物に全身全霊を注ぎ込まずして、人並以上の労力や時間を費やさずして、自分の人生の大半を捧げずして、体現出来ようはずがないものなのだから。

・・・さて、ここで音楽に話を移すと・・・。

それゆえに、つまんね~なと感じる音楽に対し、私は常に言うのだ・・・と言うか、こころの内でこうつぶやくのだ。

「この作品に魅力が無いのは、音楽に対する奉仕の精神が欠けているか、もしくは皆無だからだな。」・・・と。

生まれつき“美”が備わっているか、もしくはそう思い込んでる勘違い人間ほど、その傾向(=奉仕の精神の欠如)は顕著である。

何せ、「元から有る」んだから、それを手に入れようと努力する必要もなければ、敬意を抱く事もない訳で・・・。

しかしまあ、そう言った“井の中の蛙”をその気にさせて売り出した方が、商売的にはコストもかけずして楽に儲かるんだから、それを真似する流行信者や権威主義者(=田舎者)が後を絶たないのも致し方のない事か・・・。

“田舎者”(=井の中の者?)ってのは生まれた場所や育った場所とは全く無関係であり、例えば東京やパリに生まれ育ってたって“田舎者”(=流行信者=権威主義者)は居る訳でね。

さりとて、そんな状況の中で理想を追うだけでは絵に描いた餅になるし、かと言って現実を追認するだけでは現状を打破出来ないし・・・。

いずれにせよ、結論としては・・・。

「絶望なき所に“奉仕の精神”など芽生えず、“奉仕の精神”なき所に美や感動など生まれ得ない」

・・・と、言った所でしょうか。

「廃盤バカ一代」(一部訂正済)

先日、山崎照朝氏の事なんか調べちゃったせいで、昨日は仕事しながらYouTubeでアニメの「空手バカ一代」をずっと観ておりマシタ。(途中までしかアップされてなかったけど・・・。)

それで、その流れから大山倍達館長が関西ローカルのTV番組に出演してる映像なんかも観たんだけど、様々な質問に対して必要以上に赤裸々に答える館長が、若い頃の自身の気持ちを指して、「私以上に強い人間が居る事は許せなかった」・・・とおっしゃっていた。

実は、かく言う私もそれと似た様な事を考えていた時期があったのだが、それは、「(日本人のレコードで)自分がそれまで見た事ないものは許せない」・・・と言うものである。

・・・とは言えもちろん、私など館長の足元どころか地下13階にも及ばないレベルでしかないのだが・・・。

要するに、何が言いたいかと言えば、今は店内に缶詰になって徹夜で仕事漬けとなっている私ではあるが、当時は未発掘なレコードを発見するために一枚でも多くのレコードに触れようと、他の娯楽には脇目も振らず、日々あちこちの店を巡る事に時間と労力を異常に費やしていたと言う事なのである。

(しかるに、その頃はかなり頑張ってた気にこそなってた私であったが、未だにヤフオクなんかでは、それまで存在を知らなかったレコードを見させられる事も多いのだから、まだまだ全然修行が足りなかった様だ。)

もっとも、私に限らず、私の先輩に当たる人達やライバル諸氏、中でも特に、その後に趣味が高じてマニア向けの中古レコード屋を開業する様な人達は、定職に就かずフリーター生活を選ぶ事で、中古レコード屋廻りの出来る時間を自らで作り出しているのが当然であった。

そして私もまた、当初は好きなライヴを観に行くために勤務日に融通の利くコンビニの深夜のバイトをやりながら、’90年前後からは中古レコード屋で行なわれる廃盤セールなどにも朝早くから並ぶ事になるのであるが・・・。

当時・・・すなわち今の様にネット・オークションもなく廃盤レコードがバブルだった頃は、事前に人気商品が売りに出されると予告されているセール、もしくは貴重なレコードが格安で放出されるセールなどには、早朝どころか前日から徹夜する人も多く居たものであった。

何故なら、希少なアイテムは一点ものであったり数が限られているため、目当ての商品をゲット出来るのは早い者勝ちであり、強いて言えばどの餌箱に飛び込むかによって多少は運にも左右されはするものの、それにせよ基本的には先に並んでいる順に選択権があるゆえ、出来るだけ早く行って前の方に並ぶに越した事はないのである。

何せ、廃盤セールが大盛況であった頃は、ギャラを支払って代理のバイトを並ばせようとする輩まで出てくる程であったのだ。(--;)

・・・と、そんなブームの最中、洋楽専門店ゆえ私には無関係であったが、某中古レコード屋における廃盤セールで、驚くべき事態が起きた。

何と、「就職せずフリーターなんぞやってる人間は徹夜もしくは早朝から並べるから良いけど、自分達(就職してる人間)は朝早くから並べないから不公平だ」・・・と文句を言い出す人が居たらしいのである。

しかも、「自由な時間がある人は良いけど、これじゃあそのレコードを本当に好きな人が買えない」・・・とまで。

そこで、店側としてはその一部の人達の気持ちを汲んで、「早く並んだ順」をやめて「定時に抽選して並ぶ順番を決める」事にしたのだとか・・・。

廃盤セールにおけるレコードの販売方法に関しては、その店に決定権があるゆえ、それ自体に関して文句を言うつもりはさらさらないが・・・。

その話を聞いて、私は本当に驚いたのだ。

ええ!?徴兵制か何かでお国のために戦場にでも送られているのであればともかく、徹夜なり早朝から並べない理由は、その人自身が望んでその会社に就職したからなんじゃないの?

それに、そもそも徹夜したり早朝から並んでる人は、好きなレコードを買うために「会社に就職する事で得られる安定した収入や生活」を放棄して、何ら保障の無いフリーター生活をしている訳であって・・・。

そんな、「レコードのために自分の人生を犠牲にしている人」に比べて、「レコード以外のものを後生大事にかかえたままの人」の方が「レコードを本当に好きな人」であるはずなんか絶対に無いじゃない。

そう言えば、コンビニのバイトにも居たな・・・。

「自分は昼間学校行ってるからちゃんと仕事が出来なくても仕方ない」・・・なんて言う奴が。

ええ~!?コンビニでの仕事の一環として学校に行かされてるのであればともかく、それは君が自分(もしくは君の親)の意志で、君自身の将来のために勝手に行ってるだけじゃない?

それを何で、コンビニでの深夜バイトをきちんとこなすために遊びたいのを我慢して昼間に睡眠の時間を割いているボクが、君の分まで仕事を負担しなきゃなんない訳?

・・・みたいな・・・ネ。

再びレコードの話に戻るが、否、レコードに限らず・・・。

「好き」って何よ?

ましてや、「本当に好き」ってどう言う事よ?

あれもこれも欲しいのは解るし、あれもこれも手に入れようとする事自体はその人の勝手だけど・・・。

「好きだ好きだ」と言う割には、何も削らないし、何もつぎ込まないし、何も注がないし、何も捧げないよね?

もう一度聞くけどさ・・・。

あんたの言う、「好き」って何!?

それを、私は問いたい。

「空手道おんがく道」

先日私は、とある会話をしていた際、女子プロレスでライオネス飛鳥とコンビを組んでいた金色短髪の人の名前が思い出せず、そのコンビ名さえも思い出せないと言う事態に陥った。

え~と、ビューティ・ペアじゃ無いしな~・・・。(--;)

そして、その数日後、寝る前に横になった時に、その一件を思い出し、ちょっと検索してみた。

すると、そのコンビの名前はクラッシュ・ギャルズであり、それ以前に私が頭に思い浮かべていた金色短髪の人こそが、ライオネス飛鳥女史である事が判明した次第。(^^;)

・・・とまあ、それは良いとして、wikipediaにおけるライオネス女史の記述に、そのトレーナーとして、非常に懐かしい名前があったのだ。

その人の名は、元・極真会館の山崎照朝。

武道や空手にそれほど興味の無い人でも、梶原一騎原作の「空手バカ一代」なら少しは覚えがあるだろうが、山崎氏はそこでも極真の龍として取り上げられていた人物である。

もっとも、同漫画は極真会館の宣伝のため、梶原氏の創作による誇張された表現も多いのだが、しかし山崎氏に関する部分はかなり現実に近いものとなっているらしい。

wikiには、やはり同漫画で大々的に扱われた、同氏が優勝した極真会館主催の第1回オープントーナメント全日本空手道選手権大会の記述も当然あり、その辺りは同漫画の内容を思い出しつつ楽しく読んだのだが、その他に、生い立ちや修行時代の話を初めとして、空手の技術論のみならず山崎氏の人となりや精神面での在り方が、多くの人達の証言を交えながら事細かに記載されており、私は眠気も忘れ、ついついそれを読み耽ってしまった。

ところで、私はそもそも、“天才好き”である。

ただしそれは、持って生まれた優性条件に対してではなく、元々備わった資質なり能力を自らが更に鍛える事によって、人並み以上の実力なり魅力を獲得した者・・・と言う意味においてであるがゆえ、山崎氏の生き方や物の考え方にも非常に大きな感銘を受けたと言う訳なのであった。

ちなみに、それを一言で言い表すならば、やはり、打ち込む対象への“奉仕の精神”に尽きるであろうか。

山崎氏であれば、まずは極真会館にであり、そして何より空手道に対して・・・の。

空手の道と言うものには、おそらく人間が己の肉体を用いて身に付ける事が出来る能力の限界を遥かに超えた深遠さがあり、それを志す者が熱意なり時間なりと言ったその一生の大半を犠牲にしてなお、かろうじてその指先が触れた気になれる程度にしか到達し得ないものであるがゆえ、そこに至る過程や心境を想像するや、まさしく我が身を捧げ尽くす事なくして、その真髄を覗き見る事すら出来ないのではないだろうかと、私には思えてならないのだ。

氏の生き方を垣間見るに、私はそんな事を感じてやまない。

よって、武道でこそないが、音楽や表現行為に関しても、それが当てはまるのではなかろうか・・・とも、私は考える。

例えば、その音楽的な完成度や達成度は別として、トム・ヴァーレインのテレヴィジョンには、繊細そうに見えるその表層部分とは裏腹に、その演奏には精神を極限まですり減らす程にハードな集中力を感じるし、イギー・ポップのストゥージズには、肉体を酷使するその感情表現の手法に対し、やはり過剰なまでの自己犠牲(破壊)精神をそこに見る事が出来るのだ。

ゆえに、私達が彼らの音楽を聴く際に、もしも多くの高揚感や陶酔感を得られたとしたならば、その理由は、技術や才能が無いなら無いなりに、魅力が少ないなら少ないなりに、音楽に対して注がれた熱量と時間、すなわち捧げられた人生の分量のその割合が多いからであろうと推測される。

またこれは、持って生まれた優性条件のみを武器にして(=権威を笠に着て)いる人間には、決して成し得ない結果なのだ。

何故なら彼らは、まるで自分が音楽を操ってるかの如く振舞い、なおかつそれを信じて疑う事のない傲慢さを根本に持っており、そんな人間にとってみれば確かに、音楽に奉仕するなどと言う行為自体がそもそも有り得ない話なのであろうから。

・・・とは言え、もちろん例外もなくはない。

・・・と言うか、元々あった資質のみで人気が得られるのは、実力以外の魅力を売り物にする世界のみであり、しかるにその世界においても、その魅力を維持するからには、それなりの努力が必要不可欠なのだから・・・。

具体的な例を挙げるならば、例えば沢田研二なんかは特に、その優性条件や過去の栄光を拠り所にする事なく、虚実入り混じったエンターテイメントの世界においても、常に自らの表現力を向上させようとこころがけている様に、私は感じる。

それゆえに、元からあるとか無いとかと言った前提は別にして、問題となるのは、その魅力なり実力なり能力を獲得するためにどれ程の労力と時間を注ぎ込んだのか?と言う点が、やはり表面の形態や形状にも現れてしまうのではないか?・・・と。

そしてもし仮に、一度観た(聴いた)だけでは解らないにせよ、いくばくかの時期を経て再度確認すれば、その2地点における変化の度合いによってそれが測定出来るのではなかろうか・・・とも。

空手もそうであろうが、音楽においても、物理的鍛錬や持続的訓練を自分自身に課さずして、ただそうなりたいと願ったたけで知らず知らずのうちに腕が上がってるなんて事は、絶対に有り得ないゆえ。

・・・そんな事を、自分が面白いと感じるものと、どうしてもそう感じられないものを比較しながら、ぼんやりと考えてみた。

<参考記事>
■「来生たかお」
http://erect.blog5.fc2.com/blog-entry-1965.html

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話はそれてしまったが、以下に、山崎照朝氏歌唱によるTVアニメ「空手バカ一代」のエンディング・テーマを貼っておく。

■「空手道おとこ道 山崎照朝」

http://youtu.be/NdHpmBLuq9c

「シロアリ駆除」その7(一応改定済)

え~・・・だいぶ前置きが長くなりマシタが・・・。

何せ、私は昨年の震災直後、別の場所でだいぶ友人知人を脅かしてしまい、信用を失ってしまうと言う大失敗をやらかした過去がありマスので。

その時、自分も含め、人は生理的嫌悪感等の感情を抱かせてしまうや、論理的に判断しようとするどころか、話すら聞いてもらえないのだと言う事を私は痛感イタシマシタ。

ゆえに、マス・メディアが如何に捏造や偏向報道をしているか?そしてまた、それは誰の利益のために行なわれているのか?と言う事を、くどい程に繰り返し述べさせて頂いた訳でありマス。

また、政治の世界には“かけひき”と言うものがあり、表の発言や行動がその党や議員の本音ではなく、その裏には別の狙いや目的が隠されている場合も多いため、その真意を読み取る事は外部の者や他人には困難な訳デス。

そして、何故そうしなければいけないのかと言えば、国益(=国民の利益)を優先しようとする事すなわち官僚独裁制(=官僚代理支配)に逆らう者は、司法やマス・メディアを使って執拗な攻撃や妨害を受け、酷い場合には中川昭一氏や石井紘基氏の様な目にも遭ってしまうからなのでありマス。

それにそもそも、政治学者や心理学者と言った専門家ですら、いつでも必ず正しい判断を下せる訳ではないのデスから、私の様な知識の少ない素人が正しい判断など出来ようはずもなく、しかしまた言い方を変えるならば、実は自分の無知さを自覚する事こそが真実探究の第一歩なんデスよね。

もっとも、それは政治の世界に限りマセンが・・・。

ましてや、その様にマス・メディアの報道にも中立性どころか正義など無い訳でありマスから、テレビや新聞しか読んでない私達には、誰が本当に国益を重視して行動しているかと言う事が解り難いどころか、カダフィ大佐の例にもある通り、むしろその逆に、謂れなき迫害に加担してしまう場合の方が多い訳なのデス。

よって、乱暴に言えば、もしも貴方がマス・メディアこと“悪口陰口おばさん”の意見のみを参考に人の良し悪しを判断しているとするならば、それはまさに、「まんまと、そう思い込まされている」可能性が大であると言う事にもなりマス。

更には、インターネット上の情報も同様に、触れる量=取り入れる判断材料が少ないと、ここでもまた多数意見やマス・メディアの影響を受けた人の意見を参考にしてしまう結果となるだけなので、やはり情報量は多く、それも多面的多角的に、そしてまた特に反対意見や少数意見にも耳を傾けなければ、真実に近づく事など出来るはずがないのデス。

・・・とは言え、過去に起きた悲しい出来事や被害者に対して哀悼の念を抱く事のみで自己の感情的な満足を充分に得る事が出来るゆえに、「真相(元凶)究明」=「二度とこの様な事がくり返されない様にしたい」と考えたりなどしない方々にとっては余計なお世話でありましょうし、そう言った「興味のないものに対して、人は見向きもしない」と言う事も良く解っておりマスので、強要する気はゴザイマセン。

特に、「911における第7ビル崩壊」に対して一片の疑問すら抱かない人には、まったく縁のない話でありましょう。

「自分の目に見えるものしか信じない人」は、「自分の目に入る多数意見、もしくは見させられている一部の意見のみで、判断させられている人」・・・な訳デス。

私なんかはその逆に、自分の目にも知識にも判断能力にも自信がありマセンので、それじゃあどうするかと言えば、出来るだけ多くの人の意見や判断結果を読む事で、その中から辻褄の合うものと合わないものを選り分け、より矛盾のない答えを導き出すと言う手法を用いておりマス。

あと重要なのは、「真実を知り尽くしている人」などこの世には存在し得ないゆえ、ある一人の人間の意見をすべて受け入れるのではなく、この人のこの意見、あの人のこの意見と言った具合に良いとこどりをする、すなわち多種多様な能力や考え方を持つ人々の意見を結集させる事で、より精度の高い判断を下そうと努めるって事でしょうか。

なので、私自身の考え方も、その元となる取り入れる情報の量によって、もしかすると明日には真反対の事を言い出すかも知れないと言う様に、その判断結果は常に柔軟に変化していく事でしょう。

・・・否、むしろそうあるべき・・・なのデス。

いずれにせよ、それでもなお気をつけなければならないのは、「人は生理的嫌悪感等の感情を抱いてしまうや、論理的に判断しようとするどころか話すら聞こうとしない」と言う点であり、実は私自身もそれを克服するために少々時間がかかってしまったと言う事を、ここに正直に告白しておきマス。

何しろ、それまで信じていた自分の考え方を覆す事は、非常に勇気が居るものデスので。

(つづく)

★今回もまた前置きばかりになってしまいマシタが、自分自身の過去の大失敗から受けたトラウマゆえ、慎重になっておりマス。(--;)

「シロアリ駆除」その6(ちょっと訂正及び一行追加)

以前、以下の記事にて紹介した、コワモテな私の叔母でありマスが・・・。

<参考記事>
■「奴はデヴィ」

前回帰省した際、弟から聞かされたのだが、この叔母、「たくあんを万引きした」と言う噂を流された事があるらしいのデス。

どうも、そのスーパー・マーケットだかに匿名で密告の電話があったのだとか・・・。

それで、更に詳しくその話を聞くと、どうやらその密告の主はカラオケ・スナックの女店主で、叔母が自宅で開催してるカラオケ・パーティーに自分の店の常連客を奪われたと思い込み、その腹いせにやったのではないか?・・・との事。

それにしても、和食を食べないって訳ではもちろん無いが、あの西洋風な叔母がたくあんを万引きするってのも似合わない話で、これが瓶詰めの西洋ピクルスを万引きしたってんなら、「もしや?」って気にもなろうもんだけど・・・。

いやいや、お金にも不自由してない上に、そもそもあの正義感強い叔母が、そんな事するはずないじゃん・・・と、その人となりを良く知ってる人なら考える訳だけど、叔母を知らない人からすれば、少なくとも疑心暗鬼くらいにはなろうってもんで、話の大きさこそ違えど、マスコミがやってる事も基本的にはこれと同じなんだよね~。

しかも、大前提として、大新聞や放送局がでたらめを言うはずが無いとの刷り込みが未だに多くの人にはあるから、余計にタチが悪いって話。

そこで本題。

前回取り上げたカダフィ大佐であるが、そもそもリビアは独裁国家と言うよりは独立国家であり、同氏は欧米の支配下で搾取され続けるアフリカ諸国を自主独立させるために闘っていた訳で・・・。

そうか、要するにマス・メディアの仕事ってのは、欧米の支配下にない独立国家には独裁国家だ独裁者だのとのレッテルを貼って悪役に仕立て上げ、独立を目指す国にはテロ国家だなんだ難癖付けてその危険性を過剰に喧伝し、自主防衛のための核武装を止めさせる事が、その目的としてあるんだね。

そうやって大義名分をでっち上げ、時には反政府分子を送り込み、内戦や揉め事を起こし秩序を破壊、民主化の名の下に国連やNATO軍を使って内政干渉や軍事行動を行い現政権を倒し、最終的には永遠にその国から資源や冨を強奪し続けるための新しい中央(詐欺)銀行が欧州の銀行家によって設立される・・・と。

叔母を貶めようとしたカラオケ・スナックのババアじゃないけど、一般人がカラオケの機材を所有して独立、更には自分の店以外でカラオケ・パーティー開かれた日にゃ、商売あがったりだからね~。

もっとも、カラオケ・スナックは真っ当な商売だからそれ自体が悪い訳じゃないけど、デマまで流すってのは犯罪以外の何物でもない訳で・・・。

また、日本の様な一見独立している様に見える植民地では、どんな手法が用いられているかと言えば、やはり“代理人支配”って事になるでしょうか。

すなわち、国民の怒りの矛先が、支配や搾取の元凶たる欧州の銀行家には向かわず、代理人に向かう様、あらかじめ工作しておく訳デスね。

具体的には、民族が結束して自主独立を目指したりする事のない様、移民なり被差別人種なりと言ったルサンチマンを抱えたマイノリティに権力を持たせる事によって、国民を常に憎しみ合わせ、分断支配する・・・と。

実際、日本においても電通やマスコミが在日の人達に支配されているって事は公然の事実な訳で、それが人種間の対立を煽るには非常に都合の良いネタ(火種)になってるし。

海外ならば、ユ○ヤ教徒やイス○エル人をスケープ・ゴートにするみたいにね。

よって、私達国民に求められるのは、マス・メディアによる偏向・捏造報道や、ネット上における人種間抗争を煽る偏見を元にした情報に踊らされる事なく、真の元凶を見極め、その責任を追及する事に他ならない。

そして、アメリカ(=欧州の銀行家の傀儡国家)に隷従し不当な報酬と引き換えに売国行為を続ける官僚と言う名のシロアリどもを白日の下に晒し、その権力を国民の手に取り戻さねばならないのだ。

(つづく)

「シロアリ駆除」番外編~「シロブタ駆除」

今回は番外編と言う事で、まずは以下をご参照下サイませ。

■「カダフィの真実を知ってほしい リビア 新世界秩序 NATO」

マス・メディアの捏造報道により、いともたやすく世界の悪玉に仕立て上げられ、独裁者の汚名を着せられ、民主化と言う大義名分の下に殺害されてしまったカダフィ大佐。

シロをクロに、クロをシロに塗り替える、マス・メディアの大罪。

しかしそれは、海外だけの話ではなく、私達日本人にとっても他人事ではない。

カダフィ大佐が殺された真の理由とは?

■リビア : カダフィが殺される3つの理由 衛星+アフリカ通貨基金+統一

http://youtu.be/Y9CphgEuFP0

以下は、南米ベネズエラのチャベス大統領による、カダフィ大佐から送られた書簡に対する返礼メッセージ。

■ウゴ・チャベス カダフィからの書簡 2011年8月1日

http://youtu.be/eizUCzFMbw4

しかし、これらの映像を見れば見るほど、怒りが沸いてくる。

飽くなき搾取と破壊を続けるシロブタ銀行家どもに対してはもちろんの事・・・。

無知だった自分に対しても。(--;)

■カダフィに敬意を表するデモ2011年10月28日パリ

http://youtu.be/6NBqg8fgIDs

我が国日本においても同様に、売国マスコミどもは、真に国益を考える者の名誉を貶め、ご主人様である既得権益者層にとってのみ都合の良い捏造報道を繰り返すのである。

「日本だけは特別に、マス・メディアが真実を報道している」などと言った、おめでたい考えを持つ人はよもや居ないであろう事を願いつつ・・・。

次回は再び、引き続き「シロアリ駆除」本編の続編をお送りイタシマス。

(つづく)

「布谷文夫氏の思い出」(後編)

■「布谷文夫氏の思い出」(前編)
上記のつづき・・・

その後、更に10年の時を経た2001年、CAPTAIN TRIP RECORDSが、布谷氏のライヴ音源を収録したCD「FUMIO NUNOYA&DEW/LOST BLUES DAYS」を2種類同時リリース。

そして、上記CDのVOL.1には、’73ソロ期のアコギ弾き語り(+パーカッショニスト)をメインに、ボーナス・トラックとして乱魔堂の洪栄龍氏他在籍時の初期DEWのライヴ音源が2曲収録されていた。

ここでのDEWの演奏は、先に在籍していたブルース・クリエイション同様に洋楽ブルースのカヴァーであるが、アドリブを活かせる選曲のためか、大蛇の如く楽曲の上を縦横無尽に暴れ回る布谷氏のヴォーカル・スタイルの萌芽が垣間見えるものとなっている。

・・・とは言え、その頃の私は、こう言ったオールド・スタイルのロックから興味が離れている時期だったので、この作品も確認程度に聴くのみで、くり返し愛聴していた訳ではなかったが・・・。

しかしその数年後、ある1本の電話をきっかけに、私は布谷氏と直接お会いする機会に恵まれた。

それが、以下の写真である。
s-p1010001.jpg

また、ちょうどその時期、布谷氏はライヴ活動を活発に再開し始めた頃で、それから晩年までコンスタントにライヴを行なっていたが、「自分の大好きなブルースをお金や人気を気にせず歌い続けてるんだな」と言う印象で、私はそれを横目で眺め続ける程度であった。

だから、「一度くらい観に行っとけば良かったな」・・・と言う気持ちもなくはない。

そこで、せめて映像でもとの気持ちからYouTube等に残された氏の歌いっぷりを見るのだが、老いてなお変らぬ氏の力強い肉声には、素直に感嘆させられる私なのであった。

ちなみに、以下に紹介する動画では、歌詞のアドリブ部分に、その3日前にこの世を去った忌野清志郎氏に対する布谷氏の想いが綴られている。

■布谷文夫 fumio nunoya&blues breakers 2009 may.5th

http://youtu.be/wmRUxcIMlng

布谷のオッサンよ~!!(←愛情を最大限に込めた呼び方)

個人的な思想信条により、私は死者の冥福なんか祈らないが・・・。

これから先も、たまにはあんたの歌声を聞いて、あんたの事を思い出す事にするよ。

(おしまい)

「布谷文夫氏の思い出」(前編)

今年の初め、また一人、私の好きなヴォーカリストがお亡くなりになってしまった。

その人とは、元ブルース・クリエイション~DEWの、布谷文夫氏である。

私が布谷氏の存在を初めて知ったのは、1971年にリリースされた2枚組の自主制作盤「幻野’71日本幻野祭実況録音盤」をSOLID RECORDSが編集して再発した「幻野 EVIDENCE」に収録されている、DEWの演奏を聴いた時だったろうか。

ちなみに、同アナログ盤が発売された当初は、同レーベルからリリースされたジャックスの編集再発盤等こそ購入していたものの、こちらは確か’80年代末に、併録されている頭脳警察目当てに、中古盤で買ったと記憶している。

私は基本的に、はっぴいえんど~大滝詠一の流れは好きではないゆえ、布谷氏のアナザー・ワークである「ナイアガラ音頭」等には全く興味が無いのであるが、DEW時代の、自己破壊的なまでに喉を酷使するその歌唱法は、ハードコア・パンクに代わる刺激を求めていた私の嗜好にベスト・マッチするものであった。

また同時期、私はエレカシに嵌っており、特に2ndアルバムに収録されている「太陽ギラギラ」だとか「待つ男」が好きだったゆえ、初めてDEWを聴いた時は「エレカシのルーツがここにあったか!!」などと感じたものである。

そして、ちょうどその頃、当時はオリジナル盤ではとても手に入らなかった布谷氏の’73年に発売されたソロ・アルバムや、DEW以前に在籍したブルース・クリエイションの1stアルバム、初発売となるDEWの’71年のライヴが連続してリリースされ、ブルクリ1stも気に入りはしたが歌詞が英語だったゆえ、やはり私はDEWでの布谷氏のヴォーカルが一番好きであった。

・・・もっとも、上記ライヴ盤にも収録されている最高の名曲「夏は終り」は、歌の入り方等を間違えていたりして必ずしもベスト・テイクとは言い難いので、同曲はやはり「幻野」(現在はオリジナル盤同様の2枚組仕様にドキュメント映像のDVD付でも再発されているが、DEWを聴くだけなら1枚モノの編集盤を買えば充分であろう)に収録されているヴァージョンを聴いて頂きたいと思う。

なお、’73発売のソロ・アルバム「悲しき夏バテ」は、CD購入当時はあまりピンとこなかったが、これも今聴くと良いね。

・・・ただし、やっぱ途中の「颱風13号」みたいな“遊び”は要らないな。

大滝氏が絡むと、音楽が一気にぬるくなるからね・・・。(←あくまでも、個人的な嗜好なので、ご容赦の程・・・。)

それで当時、’91年くらいだったかに布谷氏が復活するってんでライヴにも行ったんだけど、その時は洋楽のカヴァーばっかやってたもんで、それ以降、同氏のライヴに通う事はなかったな。

(つづく)

「シロアリ駆除」その5

もう一つ、彼らの得意技として、自分達の悪行を隠すために代理人を用いたり、スケープ・ゴートを作り出し、本来は自分達に向かうべき批判を他所にそらすと言う手法がある。

現在、日本に蔓延する「政治不信」(=立法府の議員への不信感)と言う風潮は、官僚とマスコミが二人三脚で作り上げた、国民の怒りの矛先を逸らすための策略に他ならない。

もっとも、(官僚の言いなりになる)無能な者も中には居るであろうが、だからと言って、政治家が一概に無能である訳ではないのだ。

そもそも、もし仮に政治家が国民の利益を最優先したまともな・・・それも官僚の利益を損なう様な政策を実行しようとするや、その際に起きる抵抗や妨害、良くてマスコミによるネガティヴ・キャンペーン、最悪な場合は○○されてしまう事は、歴史が証明している。

(以下の記事にて掲載した「経世会(旧田中派)」VS「清和会」を見れば、それは明らかであろう。)
■「シロアリ駆除」(その2)

また、マスコミの偏向報道のみならず、阿久根市の竹原元市長の例にもある通り、役人自身が身内から市会議員を送り込む事で自らの権益を確保する事も可能ゆえ、国政の場においても、官僚出身の国会議員が同様の役割を担っているであろう事は想像に難くない。

確かに、こんな状況では、国民が「誰を選んでも一緒」ってな気分になるもの仕方ないだろう。

よって、ゆくゆくは三権分立の観点から、「官僚=行政府の役人」が選挙に立候補するのを禁止するのは当然の事ながら、更には両者の癒着を防ぐ観点から投票すらも禁止すべきであろう。

行政府の役人は(国民の信託を受けた政治家が運営する)立法府で決定された事を尊守、それを粛々と実行するべき存在であり、それを“裁量”などと言う都合の良い解釈によって自分達の権限にするなど、許されるべきではないのである。

そして、マスコミにも、自由で中立性のある報道が可能となる様な法改正が必要であるのはもちろんだが、現時点では、私達国民がその偏向報道やネガティヴ・キャンペーンに踊らされない様にしなければならない。

しかるに、かく言う私も例の震災以降、色々な情報を収集しているうちに、やっとその酷さに気づいたレベルゆえ、あまり偉そうな事など言えないのであるが・・・。

いずれにせよ、それまでの自分の考えを覆すには勇気が要るし、生理的な嫌悪感を抱かされてしまった状態では論理的な判断をする事は難しい事であるがゆえ、まずは私達も自分自身の好き嫌いや損得を排除して物事を考える癖をつける必要がある。

何故なら、美味しい(詐欺)話に騙されるのは、自分自身にも「人を出し抜いて良い思いをしよう」との下世話な欲望があるからであり、その様に自己の感情が先に立ってしまうと、人は冷静に物事を判断する事が出来なくなってしまうものなのだ。

ましてや、誰しも多数決に逆らう(=自分の意見が少数派となる)のは怖いし、マスコミは悪役にしたい人物の悪い部分もしくは悪意ある解釈による報道のみをくり返したれ流すのだから、あっと言う間にあちらに都合の良い世論が形成されてしまう事も必然なのである。

・・・となると、国益を無視して自分達の既得権益にしがみつく官僚達にとって邪魔になる、そしてそれを排除するためにはマスコミ初めあらゆる手を使う、その対象となっている人物もしくは勢力、それこそがその逆に、私達国民が支持すべき存在ではないか?・・・とも考えられるのだ。

・・・がしかしまた、そう言った政治不信と言う風潮が国民に蔓延している時期に限って、今度は何故かマスコミに持ち上げられて登場する、「任せて安心そうに見える力強い指導者」なるものも現れるゆえ、いくらその人物から「脱原発」などと言う美味しい飴だか餌をちらつかせられようが、私達はすぐにそれに飛びついてしまう事なく、官僚とマスコミによる支配の構造をしっかりと踏まえた上で、その人物の真贋を判断する必要があるだろう。

事実、マスコミの最近の動向を見るに、まさしくその方向に世論を誘導しようとしている事が見て取れるのだ。

(つづく)

「シロアリ駆除」その4

「嵐の海に船を出す事だけが勇気ではない」・・・との名言を残したのは、かのムーミン・パパであったが、感情論に溺れヒロイズムに酔い痴れるあまりに、未だその影響の有無が明確でない瓦礫を日本中にばら撒こう(受け入れよう)とする人達に、私はこの言葉を捧げたい。

・・・とは言え、かく言う私も、自己の感情に振り回されて、論理的な思考が出来なくなる事がしょっちゅうある。

これは、感情を持つ生き物である人間の特性にして弱点であり、ゆえに人々を自分の思い通りに操ろうとする者が居たならば、おそらくこの部分を突いてくるであろう事は想像に難くない。

さて、ところで本題。

物事を解決しようと考えるのであれば、目先の問題だけを改善したのでは駄目で、その根本的な元凶を知り、それを根絶しない事には、また同じ事が何度も繰り返されると言う事は、自明の理。

それどころか、この世には悪い事を考える人間が居るもので、故意に事故や問題を起こし(起こさせ)、それを解決すると見せかけて更に自分達の権限を拡大する事に利用したりさえもするのである。

しかも、当初の失敗に関して自分達は責任を取らなくても良く、その尻拭いまでをも誰かに押し付ける事が出来る(構造となっている)のだから、これはやめられないだろう。

作って儲け、動かして儲け、壊して儲け、直して儲け・・・。

もっとも、元凶と言う意味においては国外(=世界)の癌細胞である寄生虫を取り除く事が真の解決なのであるが、現状それは一国だけで何とか出来る問題ではないゆえ、とりあえずは国内のシロアリを駆除する事が急務であると考えられる。

要するに、国内においては国民の冨や利益や安全や命までをも貪り脅かすのみならず、国外の寄生虫に国益を献上する代理人である売国奴官僚(政府=行政府=行政機関の役人)の、その不当な権限を奪う・・・と言うか、権利を国民自身の手に取り戻さなければならないと言う事なのだ。

しかるに、政治家には選挙と言う淘汰の機会があり、最高裁の裁判官には国民審査の機会もあるが、こと官僚に関しては、私達国民が直接その進退を問う事が出来ないどころか、国を相手の裁判に勝訴した所で、支払われる賠償金は税金すなわち元々私達の財産であると言う本末転倒な有様・・・。

(本来は、国民の代理人たる政治家が、そう言った売国官僚を監視・監督すべきなのだが、そこでも売国議員との癒着構造があり、かと言って反旗を翻せば翻したで、その仕返しが如何なる非道さであるかは言うまでもないだろう。)

更には、いけしゃあしゃあと、特別会計から予算がたっぷり流し込まれる無産無能な各種吸血法人団体に天下りや渡りをくり返し、更なる冨の収奪を行なうのである。

また、民間企業等への天下りにおいても、それまでに得た権限なり所属していや省庁への口利きによって、これまた不当な利益を貪ると来ているから始末に負えない。

そこで、私達国民が考えなければ、しなければならない事は何かと言えば、まずは少なくともそう言った現実なり構造を知る事はもちろん、官僚の下僕たるマスコミが流布する偏向報道や誘導に乗せられる事なく、問題の元凶を見極め、責任の所在を追求する事であろう。

(・・・もちろん、マス・メディアに関してはそれが国益となる様な報道を行なうためにその中立性を保持させる必要があり、官僚に関してはその不当な権限を取り上げる事が、最終的な目的ではあるが・・・。)

しかしながら、実はこれが非常に難しいのだ。

・・・と言うか、それがあちらの作戦なのだから、当然であるとも言えるのだが・・・。

もし仮に、自分がその悪影響を受けまいとマスコミの偏向報道を遮断したとて、一歩外に出れば、その影響を受けた人達が大多数居るのである。

ましてや、昨今流行した「空気読め」(=同調圧力)と言う名の少数意見迫害の風潮・・・。

しかも、以前にも述べた通り、人は一旦生理的嫌悪感を抱いてしまうや、その人がどんなに正しい発言や行為をしていようが、「そんなもの見たくもないし聞きたくもない」と、それを論理的に再考する事を拒絶してしまうもの。

実際、毎日毎日、母親から父親の悪口ばかり聞かされ続け、働いて帰って来た後の疲れ果てた父親のだらしない姿を見せられ続ければ、子供は父親の悪い一面しか知らぬゆえ、父親嫌いになってしまったとてやむを得ない話であろう。

ゆえに、私自身もそうであった様に、その“洗脳”を解くのは、そう簡単な事ではないのである。

よって、もしも貴方が、“霊媒師によってマインド・コントロールされたオセロ中島”に関する報道を、日々興味津々で追っかけているとするならば・・・。

それは、「貴方も既に、マスコミのマインド・コントロール(洗脳)にまんまと嵌っているその証左である」って事かも知れないのだ。

(つづく)

「シロアリ駆除」その3(赤字部分追加)

また、いつものお決まりのパターン・・・か。

まずは、意図的に問題を起こす事で国民の恐怖や不安を煽り、その後、パニックに陥って救いを求める人々の前に、あらかじめ用意しておいた自分達にとって都合の良い解決策を提示する。

そうする事によって、平時には反対や抵抗によって通らなかったはずの方策も、当初の状況とは正反対に、“自らがそれを望む”と言う理想的な形で国民に受け入れさせる事が可能となるのだ。

そう考えると、昨年起きた震災のショックや、原発事故がもたらした未だ収束せぬ現在の不穏な状況と言うのは、私達に恐怖や不安の種を植え付け、冷静に物事を考える余裕を失わせている効果を十二分に発揮しているものと言えよう。

人間とは感情を持った生き物であるがゆえに、あまりにもそれに囚われ過ぎると、論理的な判断を下す事が困難となる。

ましてや、人は一旦、生理的な嫌悪感を抱いてしまうや、興味を持って調べるどころか、「そんなもの見たくもない!!」と、その対象物から目を逸らしてしまうもの・・・。

そんな中、既得権益者(国際金融資本>アメリカCアイA>日本の高級官僚)の犬たるマスコミ(電通>報道機関)によって、日夜流布されるプロパガンダ。

その真の目的は、社会不安を煽るだけ煽り、しかしその元凶(にしてマス・メディアのご主人様)である高級官僚(政府=行政府=行政機関の役人)の責任は一切追及せず、排除したい人物や組織を悪役に仕立てあげるためのネガティヴ・キャンペーンをくり返し、向かわせたい方向へ国民を誘導する事にあるのだ。

そしてその結果、原発事故がもたらした放射能汚染に対する恐怖や不安から冷静さを失い、そこからとにかく一刻も早く逃れたいと考える人々は、その真の元凶に目を向け根本的な解決を目指す事なく、“目先の安心”に飛びついてしまうのである。

それにしても・・・こんな事を言うのは不謹慎かも知れないが、実に面白い。

そもそも、放射能汚染の何が怖いかと言えば、その被害や将来の影響に関する正確な情報と言うものが、(過去に誰かが発見・公開済の事柄をたくさん覚える事以外には能の無い)バカ学者を初めとして、どこの誰にも明らかにされていない・・・と言う点に尽きるだろうか。

(もっとも米国は、日本に落とした原爆もそうであるが、自国民を対象にした人体実験によって、ある程度のデータを得ているものと思われるが・・・。)

ゆえに、国民に拭い去れぬ不安や言い知れぬ恐怖を与えると言う意味においては、原発事故程、最適な事例は他に無いのである。

しかも、そんな恐怖や不安から一刻も早く逃れたいと考えるあまりに真の元凶に目を向け根本的な解決を目指す事から目を逸らさせ、国民を“目先の安心”に飛びつかせるためのその策略は、既に実行されている。

そう・・・現在のこの危機的な状況においては、「脱原発」と言う魔法の呪文を口にするだけで、国民の信任を一身に集める事が、いとも容易く可能となるのだ。

~以下引用~

大飯再稼働、橋下市長「民主政権倒すしかない」

大阪市の橋下徹市長は13日、政府が関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働が必要と判断したことを受け、「民主党政権を倒すしかない。次の(衆院)選挙の時に(政権を)代わってもらう」と市役所で記者団に語り、民主党政権への対決姿勢を鮮明にした。

~引用終了~


上記の様に言われると、「脱原発」と言う飴を目の前にぶらさげられた国民は、橋下氏の掲げる危険極まりない政策などお構いなしに、その餌に飛びついてしまうであろう。

流石、これまで中曽根と結託して日本に原発政策を推進して来たゴミ売新聞のニュースだけの事はある。

以上の事を踏まえると、その逆に、これから先、私達がやらねばならない事も明確になってくるはずだ。

しかるに、最後に残されたハードルは、実は私もそうであったのだが、マスコミの偏向報道によって植え付けられた生理的嫌悪感を如何に克服出来るか?・・・と言う点に尽きるであろうか。

(つづく)

<関連記事>
■「共犯者」

「権力と責任」

え~・・・本日は手前味噌ながら、既に死去した自分の父について。

何度も述べておりマスが、幼少期から、家を出て上京~死ぬ寸前・・・否、死後数年を経るまで、私とはこころの交流が全くなかった父。

・・・とは言えもちろん、それはこちらが勝手にそうしていただけで、あちらの気持ちは推測する事しか出来ないが・・・。

今にして思えば、父は家庭内の権力者ではあったが、独占もしなければ行き過ぎた強制をする事もなかった。

悪いのは・・・と言うか、問題だったのは、私があまりにも精神的肉体的に虚弱だったからと言う事に過ぎないのだ。

いずれにせよ、だいぶひねくれて育った私ではあったが、自殺する事もなければ人を殺す事もなく今に至るのは、その様な父の在り方のお陰かも知れない。

父は、独裁者でこそあれ、権威主義者ではなかった。

すなわち、彼は世間や多数決の結果を味方につけ、多勢に無勢を笠に着て、「みんなそうしてるから」だとか「普通はそうだから」などと言った怒り方は決してしなかったのだ。

そしてまた、かと言って自分の価値観を「俺がルールだ」みたいに、(その家庭に生まれたくて生まれた訳ではない)子供にとっては理不尽な押し付けをしたりもしなかった。

そう、私の個体差を父は尊重し認めてくれた(=自分の価値観を私に植え付ける事をあきらめてくれた)のである。

父についての<参考記事>
■「リーダーの心得」

もっとも、私の母は「みんなそうしとるんじゃけえ」(広島弁)などと、世間体を気にした説得方法も用いはしたが・・・。

そんな時、私は必ずこう言い返したものだ。

「1000人が1000人ともそうしとる訳じゃないじゃろ!?」(広島弁)・・・と。

すると母曰く、「何言いよるん。1000人中、999人はそうじゃいね。」(広島弁)

そこで私はすかさずこう言い返す・・・。

「じゃあ、自分がその残り1人じゃ!!」(広島弁)

・・・と。(←我ながら、いやなガキだなあ・・・^^;)

まあしかし、父が言葉少なに我が道を行くタイプだったお陰で、母もそんなにうるさく私に当たる事はなかったが。

そう考えてみると、幼少時に自分が感じた思いとは裏腹に、実際には暮らしやすい家庭ではあったのだろう。

事実、家を出た10代後半~20代前半の方が、私にとっては世間の価値観とのズレに苦しめられる事になるのだから・・・。

そこでやっと本題。

親であれ何であれ、誰かに何かを強制するのであれば、世間や多数決の結果を味方につけ、多勢に無勢を笠に着るのではなく、自分自身が責任を取れる範囲内、もしくは責任を取る覚悟でやって頂きたいのだ。

また、それを少し言い換えるならば、権力を行使する者は、その発言なり行為に責任を持って欲しい・・・と言う事を私は言いたいのである。

親に関しての<参考記事>
■人間の皮を被った獣の教育

要は、手前の見栄や欲望やエゴのために権力を行使するならば、不測の事態が起きた際には、その責任なり後始末も負うべきなのではないか?と言う事である。

そして、これを我が国の現状になぞらえれば・・・。

それは例えば、原発と言う名のATMに群がって、国民の生き血を吸ってきた連中、そしてそのおこぼれに預かるために、その後押しをして来た連中も同様なのだ。

一部の人間の金儲けのためだけに、壊されてしまった自然、失われてしまった食の安全、住人の安全は、もう二度と取り返せないとしても・・・。

ゆえに、私達国民が肝に命ずべきは、「責任を負わない者に権力を付与する事など絶対にしてはならない」・・・と言う事なのである。

<参考記事>
■「“疫”人天国」

「シロアリ駆除」(その2)

まずは、以下の情報を見て頂きたい。

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「経世会(旧田中派)」VS「清和会」
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(田中派) 田中角栄   逮捕 ロッキード事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)竹下登    失脚 リクルート事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)金丸信    失脚逮捕 佐川急便献金・脱税 (←東京地検特捜部&国税) 
(経世会)中村喜四郎  逮捕   ゼネコン汚職 (←東京地検特捜部)
(経世会)小渕恵三   (急死)(←ミステリー)
(経世会)鈴木宗男   逮捕 斡旋収賄 (←東京地検特捜部)
(経世会)橋本龍太郎  議員辞職 日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)野中広務   議員辞職 日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)村岡兼造   逮捕   日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)小沢一郎   西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)二階俊博   西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)

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(清和会)岸信介    安泰  A級戦なのに釈放。CIAが支援。
(清和会)福田赳夫   安泰  清和会を創設
(清和会)安倍晋太郎  安泰  国際勝共連合、統一教会に深く関与
(清和会)森喜朗    安泰  子息の押尾事件関与疑惑ほか
(清和会)三塚 博   安泰
(清和会)塩川正十郎  安泰  小泉構造改革の旗振り役
(清和会)小泉純一郎  安泰  郵政米営化、りそな問題他、疑惑の総合商社。
(清和会)尾身幸次   安泰
(清和会)佐藤栄作   逮捕されそうだったがなぜか捜査中止、ノーベル平和賞
(清和会)中川秀直   安泰  統一協会(=米国福音派)に祝電   
(清和会)安倍晋三   安泰  統一協会(=米国福音派)に祝電

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解りやす過ぎて、まるで漫画でしょ?(^^;)

あと、ここには載ってないけど、中川昭一氏の不審死、そして、こちらは自民党ではないけれど特別会計の闇を暴こうとして何者かに“暗殺”された石井紘基氏・・・。(:;)

日本の政治家は、アメリカ様に、そしてその下僕の官僚様に逆らうと、酷い目に遭わされるんデスね。

仮に逮捕・立件出来なくても、権力の犬マスコミ様が一大ネガティヴ・キャンペーンを行なう事で、国民の信頼を大幅に失わせる事も出来るし・・・。

こんな状態で、我が国が民主主義国家と言えるのでしょうか?

これでは、立法府の議員を国民が選挙で選ぶ意味がありマセンよね。

よって必要とされるのは、誰が国益を第一に考えているか、そして誰が米国隷従の官僚(政府=行政府=行政機関の役人)とタッグを組んでグローバリストに日本国内の冨を献上する様な売国行為をしているのかを、マスコミ報道に惑わされずに正確に判断する・・・と言う事でしょうか。

しかしながら、私もそうデスが、一般国民が知り得る情報や知識って限られてる訳デス。

また、人間ってのはどうしても生理的感情に基づいて物事を判断してしまいがちゆえ、マスコミが日夜撒き散らす、「あの人は悪い」と言う悪い噂を聞かされ続ければ、知らず知らずのうちにその悪影響を受けてしまうもの・・・。

そこで私が推奨するのは、やはりとにかく一人でも多くの人の、しかも多様かつ多面的な意見を聞く事だと思いマス。

それを言い換えるならば、己の無知さを自覚し、多くの人達の叡智を結集する・・・と言った所でしょうか。

そもそも、マスコミのやり口ってのは、偏った(=種類の少ない)意見を、くり返しくり返し大量に流し続ける事ゆえ、情報が多ければそれで良いって訳では決してないのデス。

いくら情報の数が多くても、その種類が少なければ、事実を正しく検証する事は出来マセン。

ゆえに、もし仮に数多くの情報を調べる時間が無いならば、そのどちらかが多数派であろうが少数派であろうがそんな事とは無関係に、より一層、相反する意見にこそ耳を傾けなければ、真実など見えてこないと思いマス。

だって、多数派の意見のみを取り入れた結果が、今のこの悲惨な現状を生んでる訳なんだから。

あと、付け加えるなら、私達国民の“政治への無関心”によって・・・でしょうか。

自分の怠惰さを隠蔽するために、斜に構えて似非ニヒルを装ったり、物事に対し真剣に向き合ってる人の足を引っ張る様な愚行は、もうやめにしよう。

(つづく)

「シロアリ駆除」(その1)

「花は散るからこそ美しい」とは、世阿弥の言葉らしいが、何と素晴らしい名言なのであろうか。

大昔にも、ブラマヨの吉田みたいな「うまいこと言う奴」がおったんやね~。

・・・と、それはあまりにも例えが悪いかも知れないが。(^^;)

いずれにせよ、この言葉が、何か一つの物事を極めようとしなければ決して見えてこない真理であろう事は、想像に難くない。

絶対に滅びず、腐らず、死のないものなどに、美しさ・・・と言うと語弊があるなら言い換えるが、生命の尊さや輝きなど無いのだ。

<参考記事>
■死がもたらすもの<改定版>

生きる事=死を少しでも遠ざけようとする事であり、それゆえに生きる事とは、すなわち自らを活かし続けようとする行為に他ならないのである。

よって、野生の動物界がそうである様に、人間界においても怠け者は速やかに死んで行くべきなのだ。

そして、それこそが自然の摂理と言うものであろう。

<参考記事>
■「怠け者、喰うべからず」

何も作らず、何も育てず、何も産み出さない者が、貨幣等の資産を運用する事で生き永らえるどころか、働き者の労働の成果を搾取するなどとは、とんでもない話である。

貨幣とは、働き者同士が、異なる種類や価値を持ったその労働の成果の交換をスムーズに行なうためにあるものであり、怠け者や詐欺師に権力や地位を与えるものであってはならない。

しかしながら、貨幣自体や、貨幣制度に罪がある訳ではない。

問題なのは、その使われ方なのである。


そこで本題。

つまり、貨幣に限らず、ある特定の集団なり国家において、その利益や労働の成果を、極一部の、しかも何も産み出さない怠け者が独占出来る様な構造となっている事、更にはそれがその集団内で循環する事なく外部なり国外に持ち出されてしまっている現状が、人々を苦しめる要因となっているのだ。

ゆえに、そんな状況を改善するためには、貨幣そのものや銀行を廃止する事もしくは現行の貨幣以外に地方通貨を用いる事等では、根本的な解決には至らないのである。

要は、この便利な“貨幣”と言う道具によって、国家なりその集団内に属する人々がそれぞれの労働の成果をきちんと得る事が出来た上で、更にその成果を互いに分け合う(交換する)事をも円滑に行える様にするための機関、すなわち(国家ならば)国民並びに国益のために機能する(国営もしくは国家の管理下にある)銀行が必要であると言う事なのだ。

そして、本来は経済にとっての血液である貨幣の循環を促進するポンプ(=心臓)の役割を担うべき銀行業もそうであるが・・・。

我が国において問題となるのは、日銀や国内の企業を支配する株主と言う名の国外寄生虫はもちろん、国内においても国際金融資本の傀儡国家アメリカ及びCアイAの下僕たる官僚、司法、自民党、経団連、電通マスコミその他諸々である。

そんな状況の中、国内のみに限定するならば、やはりその最大の元凶は、国家の運営が民主主義を装った官僚独裁(独占)主義によって行なわれていると言う点であろうか。

「特別会計の廃止」と「天下りの禁止」、これをやるだけで状況は大きく変わるものと思われるが、それ以前に「政治主導」(=三権分立の正常化)を口にするだけで検察やマスコミによる酷い妨害を受けるのが現状なのだから、その支配構造を覆すのはたやすい事ではなさそうだ。

(つづく)

「犬彦」ライヴ鑑賞記

うわ~ん!!7日と8日を間違えてた~!!(TT)

・・・と、そんな前置きは良いとして、今月は何気に、毎日更新に挑戦しておりマス!!

そこで、本日は音楽の話題なぞ・・・。

最近観たライヴで、特にこころ惹かれたものは、“犬彦”って言う、犬のジョンさんとガーゼのHIKO氏のデュオでありマシタ。

場所は新宿ウルガ、同店は店内が“L”の下部分が右ではなく左に曲がってる形になっており、左下のそのスペースに店への出入り口やバー・カウンターやトイレの入口等があるんだけど・・・。

その日は出演バンド数が多くて疲れちゃったもんで、ステージの様子を直接観る事が出来ない左下のそのスペースで、ちょっと一休みしてたのね。

そしたら、犬彦の演奏が始まって、懐かしい音色のオルガンと童謡風な歌、そしてそこにHIKO氏の細やかなドラムが絡みつく、「実にストレンジでありながらも、なおかつ至れり尽くせりな音」が聴こえて来たのデス。

それで、犬のジョンさんってだいぶ長く活動されてて(私の記憶では20年前に渋谷ラママでマリア観音と共演した事があった様な気も・・・)、その割に歌声があまりにかわいらしいので、私はまるでハメルンの笛に導かれる子供の様に、「どれどれ?」と、バー・カウンター脇に設置されているTVモニターに映し出されたステージの様子に目をやった訳なんデスが・・・。

私は思わず、こうつぶやいてしまいマシタ。

「デカッ!!」(@@;)

・・・と。

その時の気分を漫画に良く出てくる表現方法で言えば、「ガ~ン!!」・・・みたいな。

だって、あんなかわいい声出してるもんだから、もっとアニメチックな犬の被り物・・・せめて魔ゼルな規犬サンが被ってる馬の首程度の大きさの着ぐるみかと思ったら、顔部分が超デカイ上に怖い程リアルで、私は熊・・・もしくは巨大な狼かと思ってしまいマシタよ。(←ゴメンナサイ・・・)

(ところで最近、熊のジョンってバンドもあるみたい。ややこしいね。)

いやはや、何だか失礼な事ばかり申しておりマスが、しかしその演奏は非常に素晴らしかったのデス。

私の基準としては、ステージに上がる人はそこいらの一般人とは異なり、“特別”もしくは“特殊”あるべき・・・と言う事が大前提なので、そう言う意味では久々に衝撃を受けマシタ。

基本的には、細かく激しく叩きまくるHIKO氏と、それに動じる事もなく相変わらず飄々とマイ・ペースで唄い続けるジョンさんとの、一見ミスマッチに思える組み合わせなんだけど、曲調や楽曲構成上のブレイク部分なんかはしっかり押さえてあるから、適当なインプロとは違って、聴く側も真剣に耳と意識を傾けなきゃって気持ちにさせられるんだよね。

そして、そんな犬彦の音楽を一言で言い表すなら、やっぱ先にも述べた「実にストレンジでありながらも、なおかつ至れり尽くせりな音」・・・ってな所でしょうか。

あと、何と言うか、ジョンさんの着ぐるみの非日常性とも相まって、「本当は怖いグリム童話」みたいに、一度覗いてしまったらもう戻ってこれないかも知れないんだけど、ついつい怖いもの見たさで覗きこんじゃう・・・みたいな感じもあるのかな?

実際、私も、そんな犬彦ワールドにまんまと引きずり込まれてしまいマシタしね。(^^)

YouTubeに犬彦の映像もあるみたいなんだけど、こっちの方が面白かったんで、以下を貼っておきマスね。

子供達にトラウマを与えなきゃ良いけど・・・なんて思いつつ。(^^;)

■JON(犬)@ 井の頭動物公園

http://youtu.be/Gi_foWX3mrE

以上、もしかしたらおちょくってる様に思われたかも知れないけど、その根底には愛情と敬意がたっぷり込められた、誠実なレポートをお送りイタシマシタ。(←自分で言うか!!)

映画「THRIVE(スライヴ)」の疑問点

昨日紹介した同映画だが、後から考えると、色々と腑に落ちない点もいくつかあった。

まずは、誤誘導の最たるものであるユ○ヤ問題を否定している点は良いのだが、ロスチャイルド家、ロックフェラー家、モルガン家等を並列に語っている所。

歴史を紐解けば自明なのだが、ロックフェラー家やモルガン家は、ロスチャイルドの代理人に過ぎず、巷で言われるロスVSロック対立論は撹乱情報である事が既に判明している。

また、元々はゲットーに住む両替商に過ぎなかった初代ロスチャイルドが、キリスト教では禁止されている利子を取る行為(=金融業)によって資産を拡大し、欧州の貴族階級との政略結婚によって親族関係を結び、現在の地位にあると言うのが現状であるからして・・・。

あくまでも国際金融資本をメインとし、石油資本や多国籍企業にも触れてはいるものの、ビルダーバーグ会議出席者を見れば明らかである様に、欧州の貴族階級や王室関係に関して一切言及しないと言うのは如何にも不自然ではなかろうか?

更には、キャッシュレス社会・・・すなわち、数字や番号によって今よりもっと人々を管理・支配しやすくする計画もあるとの噂もあるゆえ・・・。

よって、おそらくこれは、貨幣制度(及びFRB)を悪役に仕立て上げる事で、キャッシュレス化=電子マネー等を導入しやすくすると言った目的が、そこにはあるのかも知れない。

そう考えると、数年前からFRB解体後にドルに代わって使用されるレインボー通貨だのアメロ通貨だのと言った新通貨が既に準備されているなどと言った怪しげな情報も流されていたのだが、その理由はFRB解体が実は規定路線で、それを推し進める事を目的として、この映画を初めとした国際金融業批判が大々的に行なわれているのではなかろうか?・・・とも。

(FRBを知らない方は、ご自分でお調べ下サイ。特に、その成立に関わるアメリカの歴史に関してを。)

事実、今年に入り、FRBのバーナンキ議長を初め、金融機関のトップの辞任が320件もに達すると言うニュースもあったのだ。

要するに、これらは国際金融業界崩壊の序章として一見喜ばしい事の様にも思えるのだが、実際にはFRB解体を初め、すべてシナリオ通りの出来事なのではないか?・・・とも考えられるのである。

やつらの手口に、「90パーセントの真実に10パーセントの嘘(毒)を紛れ込ませる」と言うものがあり、これがまさにそれなのかも知れない。

いずれにせよ、真の解決を得るまでは、決して油断は禁物である。

特に、喜ばしい情報や、安堵をもたらす情報には充分気をつけるべきであろう。

“人間の悪意”を甘く見てはいけない。

“信じる”ためには、すべてを“疑う”必要があるのだ。

映画「THRIVE(スライヴ)」~追記アリ~

P&G創業者の御曹司(子孫)でありながらも、科学者の道を選んだフォスター・ギャンブル氏が製作した映画、「THRIVE」。

当初、カンパ制みたいな形で公開されていた同映画が、経費の回収が終了したと言う事で無料公開される事になった様デス。

巷では賛否両論で、「誤誘導するためのツールではないか?」等の意見も多々ありマシタが、今回初めて全編を通して観て、以下の様に判断させて頂きマシタ。

個人的には、前半のフリー・エネルギー等に関する解説に関しては初めて知る事ばかりゆえ、その信憑性に関してはコメント出来る立場ではありマセン。

しかるに、世界を支配する勢力の力の源泉が「通貨発行権」と「信用創造」によるものである事、そしてその命令系統がピラミッド式となっており計画の全貌を知り指揮している者が極少数の人間である事等にもきちんと言及している事から、少なくとも「原因」に関しては正しい事実を述べているものと思われマス。

また、後半で描かれる「解決方法」に関しても、具体的な方策等の細かな部分にはまだまだ検証の余地が残るものの、その思想や方向性には素直に賛同出来マシタ。

・・・とは言え、真の解決を得るまでは、まだまだ気安く安心など出来マセンが・・・。(--;)

いずれにせよ、最も大事なのは、やはり現実を知る(見る)事、そしてなおかつ怖れず、あきらめない事・・・ではないでしょうか。

映画は全部で2時間12分くらいありマスが、皆様がご自身で判断して頂きたいと思いマス。

■(THRIVE Japanese) スライブ—いったい何が必要になるのか

http://youtu.be/yp0ZhgEYoBI

<追記>翌日掲載の検証記事もご参照願いマス。

■映画「THRIVE(スライヴ)」の疑問点

更には、キャッシュレス社会・・・すなわち、数字や番号によって今よりもっと人々を管理・支配しやすくする計画もあるとの噂もあるゆえ・・・。

よって、おそらくこれは、貨幣制度(及びFRB)を悪役に仕立て上げる事で、キャッシュレス化=電子マネー等を導入しやすくすると言った目的が、そこにはあるのかも知れない。


★そしてその後は、マイクロ・チップを埋め込んだ個人認証カードによる全人類の番号管理社会が訪れる・・・と。

ゆえに結局の所、この映画は、そのために作られた誤誘導ツールなのであろうと推測されマス。(--;)

「売国奴・小泉構造改革の真実」

まずは、コイズミはコイズミでも民主党の小泉俊昭議員による、小泉(純一郎)元総理と竹中平蔵が行なった構造改革に対する検証・糾弾動画をご覧下サイませ。

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■1/2 「小泉・竹中政策で死屍累々」- 小泉俊明議員、国会で弾劾!

http://youtu.be/ugmZ83eJjBk

■2/2 「小泉・竹中政策で死屍累々」- 小泉俊明議員、国会で弾劾!

http://youtu.be/F7ch9Gb1W7g

<結果>
国民一人当たりのGDPは先進諸国で3位から18位に後退→税収は減少し国債発行額だけが増大→自殺者は9年間で29万人→倒産数は9年間で14万件→倒産(←破産の言い間違い)がここ8年で155万件→犯罪数も平成14年に285万件→平成13年からの8年間で1900万件→生活保護世帯も平成12年の75万件から9年で1,5倍の115万世帯→働く国民の3分の1、1700万人もの特に若い人達が明日をも知れぬ契約社員となる→実収入、可処分所得も減少を続ける→小泉改革は日本経済~特に地方経済の衰退と中小企業の疲弊と犯罪の増加と国民生活の破壊を招いた。

<原因>
小泉総理就任時に約14000あった平均株価が二年後には約半分の7607円に→不良債権の強制的処理と言う名の下に銀行の貸し渋りと貸し剥しを行なう→実体経済の血液である金融が止まる→株と土地の暴落→時価会計と減損会計の強制的な導入(資産価値評価の見直し=評価下げ)→ますます株価暴落→銀行と企業の株式(相互)保有の禁止→大量の株式が市場に放出され株価大暴落→小泉と竹中がわざとこれ(株価暴落)を行なったのではないか?

更に・・・小泉による為替介入→2年間で35兆円の米国債購入(=米国への仕送り)→3年間で16兆円、外国人によって日本の株式がバカ安値で買われる→一部上場企業のうち、第1位の東京スター銀行が83%~10位のオリックスが66%~ソニーが26位で52%~100位でも35パーセント外国人が保有→日本企業の所有権・支配権が外資に移る→巨額な利益配当が無税で外国に流れる→ルノーの全世界の利益の約50%がニッサンの利益配当で賄われている→外国人が日本の企業の所有者となった結果→経常経費を削りたい→終身雇用制の破壊と人材派遣の規制緩和→後期高齢者医療制度(外国人の利益を護るために製薬薬価を維持~それが高齢者にしわ寄せ)。

<まとめ>
小泉構造改革の真実とは、金の玉子を産むニワトリである民間企業の所有権をバカ安値で外国人に売り渡した(それも元は日本のお金で)。

郵政民営化は350兆円ものゆうちょ・かんぽ資金をアメリカの財布にするのがその本質。

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そして、その植民地政策の総仕上げがTPPって事でしょうか。

グローバリズムだ自由化だと言うけど、その実態は既得権益者がもっと自由に好き勝手に金儲けと搾取の出来る状況を作りたいってだけの話。

そんなに自由化自由化って言うなら、クジラも獲り放題の食べ放題したって良いって事?

私達国民の政治への無関心さ、そしてそれを他人任せにしてきた結果が、見るも無惨なこの現状・・・。

これじゃ、「騙される方が悪い」(=「自己責任だ!!」)なんて詭弁を吐かれても、何も言い返せないデスよね。

まずは、現状を知り、理解しなければ・・・。

よって、変らなければいけないのは、自分も含め、やはり私達自身だって事なのでしょう。

「Kのオッサン」伝説

Kのオッサンとは・・・(以下参照)
■「Kのオッサン」(前編)
■「Kのオッサン」(中編)
■「Kのオッサン」(後編)

思えば10年前・・・都内に三軒あった店のうち最初に作った渋谷店と当初はお墓の裏にあった新宿店を統合し、現在のビルに移って来た訳なのデスが、その間、階段部分に置いてある荷物が盗まれる事件がちょこちょこあり、その殆どがKのオッサンが当店に顔を出す時期と符合していると言う事実がありマス・・・。

基本的には、病院や○○○を行ったり来たりしてるせいか、姿を現す事は少ないんだけどね。

それにまあ、盗まれるつっても、元々盗られても良いものっちゅうか、大したものを置いてる訳でもないから、まあ良いっちゃ良いんだけど・・・。

ただ、そんな中でもショックだったのは、梱包に使うエア・パッキン(通称プチプチ)が盗まれた時かな。

まとめて買うと安いんで、トイレット・ペーパー・ロールを超巨大化した様な形状のものを買うんだけど、いくらか使って減らさないとデカ過ぎて店内に入らないんで、大抵はドアの外に置いたままにしてて、でも流石にこれを盗まれた時は「こんなものまで盗るか!!」・・・と、大憤慨したものデスよ。

・・・しかしまあ、すべてがKのオッサンの仕業でも無いとは思うけど・・・。

・・・と、そんなこんなで最近もまた、大したものじゃないけど外に置いておいたものが盗まれちゃったのデス。

以前にも述べたが、店内に泊り込みで仕事をしている関係上、私は一日に一回、2~3食分の食料を買いに山を下りて・・・じゃなくてビルの5階から下界に買い物に行くんだけど、冬は暖房点けてるせいで室内が暖かいから、買い置きの食料は100円ショップで買ったプラスチックのカゴに入れて、冷蔵庫代わりにドアの外に置いておくのね。

それで、生鮮食品なんかは1日で食べきるか残れば捨てるんだけど、いわゆる乾物なんかは余ったものが入れっぱなしになってる訳。

その時も確か、魚肉ソーセージと、生おろしにんにくと、缶詰2~3個と、あと徹夜仕事のクライマックス時に飲むブラック・コーヒー(もしくは微糖)のボトル缶なんかが残ってたはずなのよ。

そしたら、それ全部、しかもカゴごと盗まれちゃって、もうなんか悔しいってより悲しいって言うか、「飯喰うにも困ってんのかよ!?」ってな感じで、まあそれでも、それが人助けになったなら良いか・・・みたいに思う事にした訳デス。

・・・そんな事件が起きた数日後、久々にKのオッサンが現れて、「文庫本が300冊くらいあるから見に来て欲しい」との事。

本音を言えば、文庫本なんか買ってもチマチマ売るの大変だから断ろうと思ったんだけど、映画のDVDなんかも少しあるって言うから、明日の昼か夕方に行くと約束したんデス。

ほんで当日、Kのオッサンの部屋を訪問する際、「まさか、うちで盗んだプラスチックのカゴを平気で部屋の中に置いたままにしてたりしないだろうな・・・」と、おそるおそるドアを開けた訳なんだけど・・・。

何と!!

・・・盗まれたカゴらしきものは、室内にはありマセンでした。(^^;)

何せ、あの食料をKのオッサンが無断で持ってちゃったって事、こっちは薄々知っているとは言え、明らかな証拠を見せられるってなあ、やっぱ気まずい感じになっちゃうからね~。

・・・と、それは良いとして、肝心の文庫本の方は、もう古本屋を呼んで殆ど処分しちゃったそうで(←いつもそうなんだよね~)、そこにはたった30冊くらいしか残ってなくて、映画のDVDも某国製の海賊盤だったもんで、仕方ないから「今日は、せめて文庫本の1~2冊くらい買って帰りマスよ」って事で、私は壁際に置いてある本の束を物色させてもらってた訳なんデスが・・・。

背後でガチャっと、冷蔵庫のドアを開ける音がしたのね。

・・・そうか、以前に2回ここを訪れた時にも、コーラを出してくれたり、「俺はビール飲まないから」って缶ビールをお土産にもらったりしたんだけど、今日も何かくれんのかな?なんて思ってたら・・・。

差し出されたのは何と、どう考えてもうちで盗まれた食料カゴに入ってた、ブラック・コーヒーのボトル缶(500ml)そのものなんだよね~!!・・・(--;)

しかも、Kのオッサン曰く、「これ、あんたの好きなやつだ。」「おりゃ(俺)、コーヒー飲まねえからさ。」

・・・トノ事。

アハハハ・・・コーヒー飲まない人が、私のためにわざわざ、ブラック・コーヒーを冷蔵庫で冷やして用意してくれてたって訳ね。

・・・てか、それ以前に「あんたの好きなやつ」って、何ソレ!?(@@;)

オッサンが何で、私の好みまで知ってんの?・・・って話。

そもそも、自分の好きな飲み物を教える程、親しくした覚えは無いよ~!!

・・・てな感じで、一瞬絶句して固まってしまった私でありマシタが、「今日は要らないデスよ」と、丁重にお断りイタシマシタ。

だって・・・。

「それ、元はボクの所有物だっちゅうの!!」(←こころの声)

トホホ・・・。(TT)

「音楽の力」

同業者サンのブログで知りマシタ。

ここまでに至る経緯を想うと、言葉を失いマスね。

人間が持つ潜在能力の偉大さ、そしてそれを引き出す事を可能とした、音楽が持つ力の素晴らしさを感じマシタ。

■「No Hands Guitar Player」

http://youtu.be/KDLvlicXBV8

「原発の利権構造に見る売国行為とは?」(キッシンジャーに追記アリ)

そもそも、「国を愛する」、そして「国を守る」とはどう言う事か?

それは、国土の自然と資源と産業とを守る事であり、国民の健康と安全と生命を守る事に他ならない。

本来、国家を動かす立場にある人物が為すべき仕事とは、家族の長と同様、国土の自然と資源と産業によって産み出された収穫物を、すべての国民に“公平”(←平等ではなく)に分配する事である。

以前にも述べたが、各々の集団内において、真に尊敬されるべきなのは“分け与える者”であり、“独り占めにする者”などでは絶対に有り得ない。

要は、独裁が悪いのではなく、独占と言う行為が良くないのである。

ゆえに、国家の役割とは何であるかと言えば、人間が生きるために最低限必要なライフ・ライン(命綱)である水や食料を確保する事であり、産業や経済の活性化に必要不可欠なエネルギーやお金の巡りを良くする事であろう。

また、これはグローバリズムと言う名の世界植民地化政策を推し進める死神キッシンジャーの言う、「食料をコントロールする者が人々を支配し、エネルギーをコントロールする者が国家を支配し、マネーを支配する者が世界を支配する。」の、そのまま逆を行くものである。

よって、経済を活性化させるために必要不可欠であるお金(物々交換券)を扱う銀行業、そして国民の暮らしや産業を支えるエネルギーである電気販売事業等は、仮に百歩譲って民間企業に任せるとしても(←そうするつもりはもちろん無いが・・・)、必ず国家の監視下に置き、国民生活を無視した造反行為があればすぐに取り締まれる様な立場に位置づけておかなければならないのだ。

それを、高級官僚(政府=行政府=行政機関の役人)どもが手前の天下り先や利益確保のために、特定の民間企業に“独占”させている事によって、国民生活を無視した東電の傲慢な体質や原発の在り方を生じさせているのが現状なのである。

事実、東電の原発事故処理のために税金(国民の財産)が投入され、電気料金の値上げをも受け入れざるを得ない状況にあるその元凶は、すべてその“独占行為”、もしくはそれを容認するどころかむしろ推し進める事によって利益を得る事を可能とするその構造にあるのだ。

何せ、原発一個作れば、そこに群がる既得権益者に莫大な利益が流れ込むのだから、それを一社に独占させておけば、互いに癒着し続ける事も簡単な話なのである。

しかも、電気料金の価格設定には必要な経費をすべて含んでも良いとされており、そこに利益が上乗せされているのは当然としても、その経費部分には“原発安全神話キャンペーン代”すなわちマスコミや御用学者や政財界への口止め・・・もとい、広告料や寄付金等がまるまる含まれているのであるからして、良く聞く論法に「私達国民も原子力発電の恩恵を受けている」と言うものがあるが、そのお陰で電気料金が半額にでもなっているのならばともかく、実際には恩恵を受けているどころかボッタクリに遭っているのがその実状であり、これまで原子力利権に群がる寄生虫どもを喰わせてやって来たのは、皮肉にも実は私達国民自身であったと言う事なのだ。

更には、その電気料金には原子力発電によって産み出された廃棄物の処理費用が含まれていない事はおろかその処理方法さえも未だに決まっておらず、もしも電気料金にその処理費用が含まれていたならばその料金ももっと高額となったはずゆえ、危険な上に値段も高い原子力発電を私達国民が認める様な事など元より有り得なかったはずなのである。

つまり、原子力が夢のエネルギーだと言うのは、極一部の既得権益者層にとってのみの話であり、実際、事故が起きた現在、その処理費用を(貯蓄するなりして)捻出するべき東電は、相変わらず高額の給与や株主配当を維持したままで、電気料金値上げと言う形で私達国民にそのツケを押し付けようと言うのだから、こんなふざけた話がどこにあろうか!!

ましてや、原子力発電所を建てるために地元の農民や漁民を買収し、地方の産業や自然を破壊し、一旦事故が起きれば水や食料の安全・・・すなわち国民の健康や安全や生命さえもが危険にさらされるのである。

だからこそ、水や食料やエネルギーやお金に関しては、もし仮に民営化するにせよ、それを国家(=行政機関の無責任なバカ役人ではなく、国民の信託を受け選挙によって淘汰される立法府の議員)が監視監督し、いつでも命令を下せる立場においておかなければならないのだ。(それは日銀も同様である。)

そう考えると、現在、日本のすべての原発の保守管理を某国(イス・・・)の一民間企業に任せていると言うその事実が、如何に愚かな行為であるかと言う事もお解かりになるであろうか。

テロ等の危険を考えれば、本来ならば自衛隊が護衛したって良いくらいに重要な施設だと言うのに・・・。

そして、以上の事を踏まえて考えるならば、橋下氏の目論む水道事業の民営化・・・しかもそれを外国の企業に任せると言う事が、如何に売国的な行為であるのかと言う事もお解かり頂けよう。

(水事業を外国の企業に任せる事の危険性に関してもっと詳しく知りたい向きは、モンサントと共に悪名高い、ベクテル社のボリビアにおける水事業についてお調べ頂きたい。)

すべては、安全神話を流布し金のなる木(=原発)を日本中におっ建てまくった連中、すなわち国民を少々危険な目に遭わせても自分達の懐が潤えば良しとする高級官僚(政府=行政府=行政機関の役人)とその仲間である自民党、経団連や東電、ゴミ売り新聞を初めとするマスコミ、御用学者らに、その責任がある。

まさか、ここまで酷い目に遭わされておきながら、「騙される方が悪い」などと言った詭弁を受け入れる国民など居ないであろう事を、私は願う。

国家の在り方を決定する立場にある者が真の愛国者ならば、ライフ・ライン(命綱)を手放したりなどするはずがないし、ましてやそれを他人や外部の者に任せっきりになどするはずがないのだ。

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★銀行も東電と同様に、返済不可能となった債務者の担保を安く売り払う事で赤字を装い、最終的には税金(国民の財産)で救済される仕組みになってマスよね。

参考記事
■「“虚業”無“情”」

「ファシストは橋の下で生まれた」

もし仮に、マスコミの偏向報道が見る者を特定の方向へ誘導しようとするものであるとするならば、逆に、それを注意深く観察していれば、彼らの意図する目的も見えてくるのではないか?

特に、ゴミ売りたかじん系の番組には、それが顕著に現れている様に思う。

ちなみに、その頃は見てもいなかったし放映されていたかどうかすらも知らないが、まず最初にコイズミ・フィーヴァーがマスコミによって仕掛けられた。

そしてその次は、総理が次々と交代した挙句に、アソーソーリの漢字の読み間違いを過剰に報道しまくる事で、ついに国民は自民党に愛想をつかし、政権交代が実現する。

あの時、たかじんは確かにこう言っていた。

「いっぺんやらせてみれば良いやん」・・・と。

そして、大震災と原発事故が起き・・・。

官僚と自民党と経団連・東電とマスコミがスクラムを組んで推し進めて来た(甘い汁を吸い続けて来た)原発の処理や後始末を、時の政権与党である民主党と私達国民が背負わされているのが、現在。

かくて、今やゴミ売りたかじん系番組及びマスコミは手のひらを返したかの如く、民主党を叩く事にやっきになっている。

民主党が、マスコミを支配する在日系の人達に支えられて政権交代を成し遂げたと言うのが本当であれば、これは一体どう言う事か?

果たして、マスコミをコントロールする、真の黒幕とは一体?

(しかしまあ、あいつらと来たらホントに、人種間抗争を煽るのが好きだよね~。)

更には、昨今の橋下アゲアゲ報道の数々。

個人的には、学校行事における公務員の造反行為は許されるべきではないとは思うが、しかしそれは「新幹線の中で騒いではいけない」と言った、あくまでも公的な場所において当然守られるべきモラルやマナー的なものに過ぎず、その新幹線の行く先に関してまで、私は同意するつもりは毛頭無い。

橋下氏の掲げる憲法9条改正、大阪都構想、首相公選制、参議院廃止・・・これらは、どれを取ってみても、政治主導すなわち三権分立の正常化を目指す小沢・民主党とは大きく異なり、橋下氏及び維新の会の独裁政権樹立と(戦争の出来る)強い国家作りを目論んでいるゆえの政策であるとしか考えられない。

世界の潮流としては、リビア等に見られる通り、独裁政権を倒して民主化(と言う大義名分の下に実際には内政干渉と金融支配)が行なわれていると言うのに、これは一体どうした風の吹き回しだろうか?(←皮肉デスよ)

また現在、私が一番気になるのは、首都直下地震が起きるであろうとの警告を過剰に煽るマスコミと(重要な時には何の役にも立たない)バカ学者どもの存在である。

あんたら、いつからそんなに親切になったんだい?

そんな事したら、被害が最小限に食い止められちゃうよ?

推測するに、その理由は三つほど考えられる。

一つには、首都直下地震こそ起きないが、橋下氏の掲げる大阪都構想を実現するために、少なくとも首都機能を分割せよとの世論を高めるため。

二つ目には、いずれ本当に首都直下地震が起され・・・もとい、起きて、大阪都構想が現実のものとなる。

三つ目には、やはり本当に首都直下地震が起される予定・・・もとい、起きる可能性が高いとの理由を名目に、重要な人物を今のうちに堂々と非難させるため。

・・・と言った所であろうか。

いずれにせよ、あまり歓迎したくない予想ばかりだが、まあこれは私の妄想話と言う事で片付けて欲しい。

・・・とは言え、マスコミが生んだスターであり、安倍元首相推しのゴミ売り系(CアイA直属)番組一押しの橋下氏の事である。

おそらくは、コイズミ劇場を更に上回る日本破壊劇のシナリオをたずさえた同氏が、最初の日本国元首となる日も、そう遠くはないのではないだろうか。

日本国民がネット上の少数意見には目もくれず、大マスコミの報道に一喜一憂させられているそのうちに・・・。


ルサンチマンは、橋の下で生まれ・・・。

ファシストは、ルサンチマンから生まれる。


もしも東京がやられたら、関西の人達、後を頼みマスよ。(:;)

「現実」

最近、特に痛感した事がある。

それは、人間は大きく分けて二種類存在し、一方は見たくない現実をも直視しようと努めて生きていく人であり、もう一方は見たくない現実から目を逸らし続けて死んでいく人である・・・と言う事だ。

もっとも、現実を直視したからと言って、それを克服しようと考えるか、そしてまたそれを克服する事が出来るかどうか?と言う点においては、全く別問題ではあるが・・・。

しかるに、何かを克服するにせよ、何かを解決するにせよ、まずは現実を直視しない事には、正しい克服方法も解決方法も見出せるはずなど無いのである。

ましてや、他人の自発的な意志によって為される悪事や、その元となる悪意は、見てみぬ振りして放置していれば勝手に無くなると言った性質のものではないのだ。

よって、ただただ怖いものや嫌いなものを自分の目の前や脳内から排除した所で、それは単に破滅の瞬間を遅らせる時間稼ぎに過ぎないのである。

憎むなら、とことん憎まねばならない。

憎んで憎んで憎み尽くし、その対象物の隅から隅までを調べ上げ、それを完全に根絶し葬りさらなければ、真の克服や解決など絶対に成し遂げられはしないのである。


・・・ところで、「ビルダーバーグ会議」を御存知だろうか?

これは、Wikipediaにも掲載されている事なので、マスコミの捏造や偏向報道でも(←隠蔽こそしているが)、インター・ネット上のデマでも妄想でも無いと言う事を、先に述べておく。

~以下、Wikipediaより一部を引用~

ビルダーバーグ会議は、1954年から毎年1回、欧米各国で影響力を持つ王室関係者・欧州の貴族や政財界・官僚の代表者など約130人が、北米や欧州の各地で会合を開き、政治経済や環境問題等の多様な国際問題について討議する完全非公開の会議である。ビルダーバーグ・クラブ、ビルダーバーグ・ソサエティとも呼ばれる。「陰のサミット」と呼ばれることもある。出席者リスト、議題は公表され、欧米のジャーナリストも招待されるが、会議での討議内容は非公開であり記事になることはない

また、日本を含めて、非欧米諸国からの参加者は中東、イスラエルを除きほとんど存在しない

ビルダーバーグ会議は欧米の王族、貴族、企業家などの代表者による会議であり、非欧米諸国からの出席者は少なく、日本人の出席者が確認されたことは無い。

出席者のおよそ2/3が多国籍企業ないし多国籍金融機関の経営者、国際メディア、およそ1/3が各国の政治家と言われている。毎年、アメリカから30人、欧州各国から80人、国際機関などから10人とも言われている。また、著名な大企業であっても自薦では参加者を送ることができないと言われている。

1991年の会議には、当時アーカンソー州知事だったビル・クリントンが招待された。クリントンは会議の1年半後の1993年1月にアメリカ大統領に就任した。1993年の会議にはイギリス労働党のトニー・ブレアが招待された。ブレアは会議の4年後の1997年5月にイギリス首相に就任した。

~以上、引用終了~


上記をお読みになり、何を感じただろうか?

・・・そう、これは我が国に当てはめれば、高級官僚(政府=行政府=行政機関の役人)、そしてその仲間である米国隷従の政治家(自民党清和会)、経団連(更に言えば日銀や民間銀行、東電なんかも含む)、権力の犬たるマスコミ等、日本を実質的に支配する既得権益者層が集まって会議をしている様なものであり、ただ少し違うのは、それが世界規模で(ほぼすべて)白人によって行なわれていると言う事実・・・である。

考えてみて欲しい、日本においてこれらの既得権益者層が、自分達の利益を差し置いて私達国民の幸福や健康や安全のために奉仕した事が一度でもあっただろうか?

経団連のやってる事一つとってみても、それは明白であろう。

そしてそれは、ビルダーバーグ会議に参加する支配者層の白人も同様である。

本当なら、彼らがその気になりさえすれば、飢餓や疫病で苦しむ世界中の子供達を救う事ぐらいたやすい事であるはずなのだ。

・・・が、彼らは決してその様な、自分達富裕層にとって何の得にもならない事に手を差し伸べたりなんかしない。

実際には、飢餓で苦しむ子供達を救おうとせっせと募金に勤しむのは、私達庶民だけなのである。

・・・そのお金の殆どが、募金を集める偽善団体の会員への報酬や分不相応に豪華な本部ビルの建築費に使われているとも知らずに・・・。

民主主義国家は山ほどあるが、民主主義が本当に生かされている国など殆ど無いのが現実。

我が国にせよ、国民が選挙によって立法府の議員を選ぶ事こそ出来るが、それは表向きの話で、実際には官僚独裁体制に過ぎないのがその実態である。

事実、高級官僚どものやりたい放題を阻止するために特別会計の実態を暴こうと独りで闘っていた石井紘基氏は“何者かに依頼されたヒットマン”に暗殺され、政治主導をマニフェストに掲げる民主党の小沢氏は殺されこそしないものの有罪と成り得る事実が存在しないにも関わらず検察やマスコミから総攻撃を受けているのが、その現状なのだ。

もっとも、小沢氏が不審な死を遂げる様な事があれば、同氏の周りにはその遺志を継ぐ者達が大勢居るゆえ、そう簡単に手を下す事も出来ないのであろう。

しかしまた、かと言って、そんな状況の中で本当の事など言えるはずもなく、せいぜい「シロアリがどうこう」などと言う譬え話を持ち出す程度が関の山なのだ。

(ちなみに、ムネオ氏逮捕の理由は、おそらくロシアとの独自外交を推し進めた事が原因であろうか。)

これまで、(選挙による)国民の信託を受けていないどころか何の責任も取らない高級官僚(政府=行政府=行政機関の役人)どものお陰で、どれだけ私達国民が酷い目に遭わされて来た事か・・・。

薬害エイズしかり、原発事故しかり・・・。

更には、高級官僚の仲間である米国隷従の政治家(自民党清和会)、経団連(更に言えば日銀や民間銀行、東電なんかも含む)、権力の犬たるマスコミどもも同罪である。

しかも、事故や被害の責任を国に追求した所で、その際に支払われる賠償金の元となるのは税金、すなわち元々は被害者である私達国民の財産なのだ!!

今回の、原発事故による電気料金値上げも、意味合い的にはそれと同類であろう。

さんざん甘い汁を吸っておきながら、いざ事故が起きたら、その後始末は大した恩恵など受けていないどころか単にぼったくられ続けてきただけの私達国民にすべて押し付けようって魂胆か!?(@@;)/

(金の成る木=原発ビジネスに関しては長くなるので、また後日。)

現実を直視せよ!!

真の元凶は誰なのか!?

マスコミで日夜報道され続ける悪役か!?

それとも・・・?

そもそも、マスコミは誰の(利益の)ために存在しているのか!?

それらを踏まえて考えれば・・・。

自ずと答えは出るはずである!!

<参考記事>
■「銀河鉄道911~見たくないものだからこそ見る」(タイトル改題)
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