Mr.エレクトの独り言 2012年09月

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「認知支配と権威主義の賜物」

あのアイドルは整形してるだの、あの芸能人はどうのこうの・・・なんて裏ネタは大好きなくせに・・・。

偉い人が悪い事をするはずがない・・・と思い込む。

優秀な人が間違うはずがない・・・と信じ込む。

そこまで悪どい事をする人間なんか居ないはずだ!!・・・と思いたがる。

恐怖と願望によって、現実を捻じ曲げる。

恐怖と願望に囚われ、現実に対して見てみぬ振りをする。

人間は地球上でもっとも優れた生き物であるはずだ・・・と。

自分の人生は幸せであるべきだ・・・と。

見たくないものは・・・見ない。

信じたくないものからは・・・目を逸らす。

見てみぬ振りする事で・・・現実を否定する。

学んだつもりになっているが、実際にはただ覚えこまされたに過ぎない。

自らの意志で得たつもりになっているが、実際には押し付けられたに過ぎない。

「考えている」のではなく、過去に教わった「方程式(考え方の方法論)」を用いて、「あらかじめ用意された答え」を導き出しているに過ぎない。

検問を受けた後の限られた情報のみを取り入れて、判断を下す。

そしてその判断が間違いないと言う事を、疑いもしない。

困らないから気づかない。

困ってないと信じ込む。

常日頃、宗教に嵌る人達を馬鹿にしているが・・・。

自らも、認知支配と権威主義に依存し隷従しているだけだった。

信じる者は救われる。

疑わなければ信じていられる。

自分は間違ってないはずだ・・・と。

自分は自由な存在であるはずだ・・・と。

自分の人生は幸福であるはずだ・・・と。


<オマケ>
■ぽえむ「家畜の一生」

「似非保守劇場の幕開け」

以前からゴミ売りたかじん系番組が持ち上げまくっていた事からも予想されていたが、やはりAベックスならぬABEX氏が新総裁に・・・。

マスコミも毎日頑張って、某国の悪口ばかり吹聴する事に余念が無いし・・・。

言論統制のための法律も準備万端となれば・・・。

あとは「球場快晴」を待つだけか・・・。


人間(私や貴方)が偉いんじゃない。

過去に偉い人間が居ただけだ。

男が、あるいは女が偉いんじゃない。

過去に偉い男もしくは偉い女が居ただけだ。

そしてまた、○国人が偉いんじゃない。

過去に偉い○国人が居ただけだ。


まるで漫画の様に、まるで映画の様に、まるで芝居の様に・・・。

シナリオ通りに進み行く・・・。

計画通りに突き進む・・・。

コイズミ劇場の総仕上げ。

強い奴(アメちゃん)には逆らわず・・・。

ムカつく隣人とコロ試合。

「夏の現金な贈り物」

またまた遅ればせながら・・・。

この夏、マリア観音の元メンバーのご家族及びご親族様より、菓子折りと、「活動資金に充てて下さい」との事で金一封を頂きマシタ。

そこで、この場を借りて御礼申し上げたいと思いマス。

本当に、ありがとうゴザイマシタ。m(_)m

エレクトレコード代表/Mr.エレクト

「遅ればせながら・・・」(木幡東介ワンマン・ライヴ、無事に終了イタシマシタ。)

やっと少し復活イタシマシタ・・・がしかし、またすぐに次のノルマが・・・(^^;)

それでは本題。

お陰様で、9月9日の木幡東介ワンマン・ライヴ、無事に終了イタシマシタ。

ご来場下さった皆様、誠にありがとうゴザイマシタ。

お店及びスタッフの方々、大変お世話になりマシタ。

今回のライヴは、ドラム・ソロに始まりSE+ドラム・ソロ~間髪入れずそのままアコギ+ギター・シンセによる弾き語りに突入、(うろ覚えデスが)7~8曲くらい演奏した後、少し休憩を挟み、後半は引き続き弾き語りで5~6曲程度演奏~やはりそのままドラム・ソロ/SE+ドラム・ソロ演奏になだれ込み、終ってみればスタートより約3時間近く経過~実質演奏時間(おそらく)2時間30分超の、非常に濃厚なものとなりマシタ。

内容的にも、ドラム・プレイは細やかな描写を伴う繊細な表現方法は控え、身体的能力を活かした力強いパフォーマンスによって演奏技術獲得の成果をいやおうなく見せ付ける手法を全面に押し出し、弾き語りにおいても昨年まで行なっていたバック・トラックSE+エレキ・ギター(+ギター・シンセ)の形式からSE無しのアコースティック・ギター+ギター・シンセへと替える事により、ヴォーカル含め更に肉体酷使を強いる生々しくかつ訴求力の強いスタイルに変貌したものと思いマス。

また、ドラムと弾き語りとの両方を観せる事により、まるで打楽器を思わせるトリッキーかつリズミックなギター・カッティングに顕されている、メトロノームに囚われた機械的もしくは数学的発想による不自然な変拍子ではなく、複雑でありながらも個々の人間それぞれに備わった個別の生命リズムに基いた独自のビート感(鼓動)が演奏内容に一貫して体現されている事が、より伝わりやすくなったのではなかろうか・・・とも。

更に特筆すべきは、新たに付け足された「みなしごのバラード」を想起させる単音弾きのもの哀しいイントロから始まり、外圧から逃れるためにこころの内に築き上げた精神の牢獄(=ユートピア)に自らを幽閉し堂々巡りの苦悩と葛藤に身悶える様を残酷なまでに描いた「犬死に」における、そのあまりにもな絶望の深さを激しく露骨に曝け出す慟哭の如き歌唱。

そして、「菊のいる空」においては、間奏等の演奏パートにはギター・シンセをメインに用る事で二度と戻れぬ過去の楽しい記憶に想いを巡らせ白昼夢に耽溺する現実逃避の一時を克明に描き、歌唱パートにおいては通常ならば電気増幅器に依存する部分さえをも人間が発する肉声のみを原材料として力づくで構築したかの様な、言わばそこに生き物が存在する気配の濃さがいやと言う程に発揮された弾き語りによるソロ演奏における“うた”の在り方、ひいては“作品創りの原点追求の成果”とも呼べる「己が分身を生み出すかの如き全人格的表現」の完成及び達成にも、また一歩近づけたのではないかと考える次第でありマス。

いずれにせよ、名前(社会的名声)や地位(過去に得た栄誉)によって権威付けされた“力”ではなく、その人間自身が自らを鍛え上げる事によって獲得した“力”、すなわち運命によって宿命付けられた可能性の範囲内から自らを如何に、そしてどれほど脱却させる事が出来るのか?との命題に対し如何に真剣に取り組んだか・・・。

それこそが、舞台上に立つなり人前に著作物を晒す(=日々の進歩の成果を自らの意志で世間に公表する立場にある)表現者の務めであると私は常日頃から考えておりマスので、そう言った切実なる動機に基く表現行為なり作品を渇望する方は、是非とも足をお運び頂き、自らの審美眼によって判断を下される事を希求してやまないものでありマス。

★なお、上記ライヴの模様は、吟味した後に何らかの形で発表させて頂きマスので、その際には、またヨロシクお願いイタシマス。m(_)m

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<ライヴ告知>

★次回ライヴは、本年3月に行なわれたマリア観音のライヴにてベースを担当して下さった清水玲氏と木幡東介によるデュオに、水晶の舟様を共演に迎えて行なわれマス。

■Yellow Vision+エレクトレコード共同企画
「科戸の風」

2012年10月18日(木曜日)

阿佐ヶ谷Yellow Vision(03-6794-8814)
http://www5.ocn.ne.jp/~yvision/newpage2.html
杉並区阿佐ヶ谷北2-2-2阿佐ヶ谷北2丁目ビルB1
(JR中央線阿佐ヶ谷駅北口を左、徒歩1分。)

出演

水晶の舟
- official web site -

マリア観音(木幡東介/清水玲)
Rei Shimizu Blog
マリア観音オフィシャルWEB SITE

開場:19時00分/開演:19時30分
料金:2500円(1drink込み)

前記事に告知動画をアップ!!■マリア観音(木幡東介)次回ライヴ情報

■マリア観音(木幡東介)ライヴ情報!!

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Yellow Vision+エレクトレコード共同企画
マリア観音(木幡東介)ワンマン・ライヴ

「脱権力の地図 絶滅動物記」第一章


2012年9月9日(日)


阿佐ヶ谷Yellow Vision(03-6794-8814)
http://www5.ocn.ne.jp/~yvision/newpage2.html
杉並区阿佐ヶ谷北2-2-2阿佐ヶ谷北2丁目ビルB1
(JR中央線阿佐ヶ谷駅北口を左、徒歩1分。レンタルビデオ店ピープルの隣のビルB1)

開場:19時30分/開演:20時00分
料金:2500円+drink

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原稿青字8

「脱権力の地図~絶滅動物記」第一章

下層階級による反植民地音楽のための習作!

同時代性皆無
懐古趣味皆無
娯楽性皆無
商品価値皆無
文学性皆無
集団帰属意識皆無
共同幻想皆無

因襲的偏見の重圧から自らを脱却させる試み。

既成観念によらず自身の悟性を用いて自主的にものを考える態度。

いったいどこから来てどこに行くのか?
どのような人が良いと感じるのか?
あるいは自らがそれを喜ぶのか?

社交芸術としての技術とは?
これをロックと呼べるのか?
それとも模倣以下の個性なのか?

言うなれば、これは25年前に始めたマリア観音というロック・バンドを出発点とした探検の記録なのだ。

木幡東介


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克服すべきは病苦か?解離か?疎外感か?それとも愛情飢餓か?
絶え間無い葛藤と自己闘争との渦中で屹立する孤独な魂に捧ぐ!


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★皆様のご来場、こころよりお待ちしておりマス。m(_)m

2012年9月9日(日)木幡東介ワンマン・ライヴ開催告知動画完成!!


■「2012年9月9日(日)木幡東介ワンマン・ライヴ開催告知動画~マリア観音」
http://youtu.be/4BOTbt5CWrY

Yellow Vision+エレクトレコード共同企画
マリア観音(木幡東介)ワンマン・ライヴ

「脱権力の地図 絶滅動物記」第一章

2012年9月9日(日)

阿佐ヶ谷Yellow Vision(03-6794-8814)
http://www5.ocn.ne.jp/~yvision/newpage2.html
杉並区阿佐ヶ谷北2-2-2阿佐ヶ谷北2丁目ビルB1
(JR中央線阿佐ヶ谷駅北口を左、徒歩1分。レンタルビデオ店ピープルの隣のビルB1)

開場:19時30分/開演:20時00分
料金:2500円+drink

「不眠“勝”に囚われて」

「一日が48時間あれば、借金なんてあっという間に返せるだろう」

・・・とは、私の言葉であるが、毎日不規則な生活をしていると、自分の仕事はネット上にレコードを出品して売る事なのか、あるいは眠気(=疲れ)と闘う事なのかが解らなくなる事がある。

・・・と言うのは、ちょっと言い過ぎであるが・・・。

ところで、世の中には、不眠症に苦しんでいる人が多く居る様で・・・。

しかるに、眠らなくても良ければ、あるいは眠る時間を削る事が出来ればどんなにか幸せだろうと考える私にとってみれば、そんな夢の様な状況を手に入れられるとは羨ましい限り。

・・・と言うのも当然の事ながらジョークで、こんな私でも決まった時間に起きなければいけない日ってのが時にはあり、しかしなかなか寝付けずに焦る事もたまにはある。

もっとも、基本的には疲れたら寝る・・・と言うか、疲れて倒れるまで寝ない(横にならない)ので、横になった時はすぐに寝てしまう事が多いのであるが・・・。

また、私の友人知人にも不眠症で苦しむ方が数人おり、しかし彼らは異口同音にこう言うのだ。

「眠ろうとしても眠れない。」

更には・・・。

「眠ろうと思えば思う程、眠れなくなる。」

・・・と。

なるほど、彼らは皆、不眠症と闘っているのだな。

だがしかし、ちょっと待って!!

そもそも不眠症のメカニズムを大雑把に解析するならば、「身体は疲れているのに頭が冴えて寝付けない状態」なのであるからして、「不眠症と闘う」などと言う自分を興奮させる様な行為をすれば、更に眠れなくなるのは必然。

・・・と言うより、当初の目的は「眠る事」であったはずなのに、この場合、それがいつの間にか「不眠症(=眠れない事)と闘う(=克服する)」事が目的となってしまっているのではなかろうか。

言うなれば、これこそが「手段の目的化」ってやつなんでしょうね。

そう、乱暴に言い切るならば、不眠症に苦しむ人ってのはおそらく負けず嫌いなせいで、眠る事よりも不眠症に打ち勝つ事(=余計に眠れなくなる行為)を優先するあまり、自らが堂々巡りのどろ沼に陥っているのではないか?・・・と。

もっと言うなら、小さな負けに拘るあまり、真の目的(=眠る事)を見失い、最終的な勝利を獲得する事を放棄してしまっているのではなかろうか?・・・とも。

そこ行くと私なんぞ、不眠症の方とは逆に「寝ないでいる事」に挑戦し続けるのが日常で、しかも最長36時間も起きていれば必ず負ける(=寝てしまう)瞬間が訪れる訳デスから、言わば日々負け続けな状態であり、その様に自分の能力の限界をいやって程思い知らされ続けていれば、その逆に「寝なければいけないのに眠れない時」においても、「不眠症と闘う」なんぞと言う愚かな挑戦などしない訳で、「もう駄目だ、敵わない・・・」と、眠る事をさっさとあきらめて白旗を掲げちゃう訳デス。

するとあら不思議、「素直に負けを認める」と、こころが穏やかになるのか、自分でも気づかないうちに寝てしまっているのでありマシタ。

そしてまた、「素直に負けを認める」=「現実を直視する」=「自分の能力の限界を知る」事であるとも言えましょうか。

要は、不眠症に苦しむ人は、私が眠気に日々負け続けていると言う現実を認めているのとは正反対に、さんざん不眠症である事を自称(自覚)しているにも関わらず自分は不眠症に打ち勝つ事が出来るものとでも思い込んでいる訳デスよ。

だからその時、私はこうも考えるのデス。

「ああ、この人は、(不眠症に)苦しみ続けるのが好きなんだな。」

・・・と。

つまり、何だかんだ言っても、その人にとっては現在の状況が「心地良い」のだと思いマスよ。

実際、真の目的(=勝利=問題解決=眠る事)を達成する事よりも、「負けない事=不眠症と闘い続ける事」の方が重要なんでしょうから。

ゆえに、「自ら望んで地獄に留まろうとする者を救う事など誰にも出来ない」・・・とも、私は考える訳デス。

人間に限らず、生き物のあるべき姿とは、「活き活きと生きる事」以外には在り得ない。

・・・と言うのが今の私の考えでありマスから、苦しみの中に身を置く(=現状に依存する)事によって、真の目的を達成するために為すべき闘争から目を背け続けるヒトには、たとえ何万言を費やしても馬の耳に念仏となるだけの事。

おそらくは、飽きるまで、あきらめるまで、現在の状況に嫌気が差し、自らがその苦しみから逃れたいと思い立つまで、その地獄(=不眠症)に終りが訪れる事などないでしょうね

あるいは・・・。

永遠の眠りにつくまで・・・。