Mr.エレクトの独り言 一億総表現者時代

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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一億総表現者時代

インター・ネットの隆盛は、社会に様々な変化をもたらしたが、特に顕著なのが、個人がホーム・ページを持ったり、プログにて日記を公開する事により、自分の意見を述べたり、表現活動をする事が、かなり容易になったと言う点であろうか。

それまでは、少数の人間にしか読まれぬ、顧みられぬ表現行為は、よほどの強い信念か、資金力が無い限り、陶汰されていくのみであったのに。

基本的に、私は、何らかの表現行為をしなければ生きていけない様な人間の事が好きである。

とは言え、ただ生きていると言うだけで、満足出来る、存在意義を認められていると感ぢ、充足感を得る事の出来る人間は、間違い無く、幸せな人生を送っているがゆえ、何らかの表現行為をしなければ生きていけない人種と言うのは、明らかに、不幸せであり、自分を理解して欲しいと願っており、自分なり社会の現状に不満を持っている、あるいは、こころに傷や欠陥を持つ者である。

・・・と言うのも、かなりの暴論ではあるが、そう考えると、あらゆる人が表現行為を気軽に行なえる現代と言うのは、かなり幸せな時代であると言えよう。

そうなると、自殺や人殺しも大幅に減ると思えたりもするのだが、そうでも無いのだろうか?

それは、逆に、ネットの書き込みが、自殺を肯定、促進したり、余計な争いを生み、殺人の引き金を引くからだろうか。

何にせよ、意外に、こころに傷を持つ人間、こころが不安定な人間、こころが病んでいる人間と言うのは多いものなんだなと感ぢる昨今ではある。

しかし、まあ、表現行為なんて、しょせんゴマカシでしか無く、死んだこころは再び息を吹き返す事など無く、失ったものや、本当に求めてやまないものが得られる訳では無いのだが、かと言って、何もせずにいる事も、また苦しいがゆえ、無駄と知りつつ、一縷の望みを託してしまうのだろう。

“完全な理解”など、絵空事だ。

ところで、そもそも、人間と言うのは、何故に、この様に傷つき、捻じ曲がり、歪み、病んでしまうものなのだろうか・・・。

表現行為にさえも、虚しさを覚え始めた今日この頃。

そろそろ、根本的なメスを入れるべき時が来ているのでは無いだろうか。
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