Mr.エレクトの独り言 「死刑の是非」⑤(またも修正したりなんかして・・・。)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「死刑の是非」⑤(またも修正したりなんかして・・・。)

え~、今回は、抑止力としての死刑について・・・。

まあ、無いよりはあった方が良いに決まってるだろうよ。それに、無いったって、何ひとつお咎め無しって訳にもいかないだろうし。

“見せしめ”としての効果も否定出来ないしね・・・。

ただし、人によっては、3日自由を奪われるだけでも耐え難い事かも知れないし、ましてやそれが懲役10年だったり、更には法律が改正されて終身刑を課せられるかも知れないとでもなれば、さっさと死刑にしてくれた方が楽だって考えるかもよ。

・・・テコトは、死刑は抑止力にならない事もないけど、それすら人それぞれって事かな。例えば、殺人犯に子供が居れば、本人を死刑に処すより、そいつの大事な一人息子の首をギロチンで落とすって脅した方が、抑止力としては効果的だったりしてね。

あっ!!あっちの“ムスコ”をちょん切るってんぢゃないわよ~ん!!(^^;)

とは言え、先にも述べたが、「自らの死を覚悟してでも殺したい場合」もあるから、殺人を完全に防ぐってのは無理な話だよね。

しかし何だろ?計画的な殺人っちゅうか、何年も前から殺したくて仕方なかったってな場合を除けば、カッとなって殺したりとか、思わず殺してしまったってな場合もある訳で、そう言う時の心理状態まで、心身喪失って言われたら、殺された方はたまんないよね~。

仮に、その時、善悪の判断がつかない状態だったっとしても、そもそも、そんな風に簡単に理性を失ってしまう事、それ自体が重大問題なんぢゃないの~?

・・・とまあ、それは置いといて。

そう考えると、人は殺すが自分は死刑になりたくないってな具合に、ばれない様に人を殺そうとする事が、一番凶悪なのかもね。

理性的かつ、超冷静な精神状態で人を殺す訳だし・・・。

そもそも、人を殺すだけでも大変な作業なのに、「人を殺してはいけない」って言う固定概念や潜在意識を覆す事の方が百倍難しいって言うか、すごくエネルギーが要る事だし、それを極めて正常な、善悪(←この世の真理と言う意味ではなく、あくまでも法律的にと言う意味で・・・)の区別がハッキリした状態、すなわち正常な意識で行えるって事は、ある意味、本人(自分にとって)は“正しい事をしている”つもりだったりもするんだよね~。

更に言えば、刹那の怒りや憤りに身を委ねるならばまだ楽だけど、そこに立ち塞がるハードルを乗り越えるためには、ある種の病的な執着心を積み重ねたその延長線上か、そう簡単には揺るがない強(狂)固な信念の持ち主でない限り、そうたやすい事ではないって事。

よって、もしも、まともな神経でそれを為そうとするならば、そこには、それを後押しする“理(あるいは、利)”がなければ、絶対に無理なのだ。

要するに、自分は健康で裕福で充分幸せなはずなのに、それでも人を殺せる(人を犠牲にして、更に利益を得ようとする事の出来る)様な人間ってのは、正真正銘の外道だって事かな。

まっ、「殺したい」との意識が芽生える事は日常茶飯事ゆえ、そんな短絡的な思考回路に関しての是非は別として、幽霊嫌いな私としては、殺したら化けて出られるかも知れないのが怖いから、絶対に人なんて殺せないよ。

オバケのQちゃんが登場するんなら、かあいいから良いけどね!!(^^)/

(つづく)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。