Mr.エレクトの独り言 「死刑の是非」⑦(若干訂正アリ)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「死刑の是非」⑦(若干訂正アリ)

今回は、いつぞやの小学校襲撃殺人犯及び、「自分をほめてやりたい」と嘯いた根○敬似の親戚殺人犯等、厳罰に処される事も辞さぬ、・・・と言うか、自ら死刑執行を望む、ある種、自殺願望とも言える殺人を犯した者達について・・・。

自殺するなら、他人を道連れにせず、独りで勝手に死ねば良い・・・と言う、至極真っ当な意見は、ひとまず置いといて。・・・さて、彼らを死刑に処せば、すべては丸く収まるのだろうか?・・・と言う疑問が、私にはある。

もちろん、これら以外のすべての殺人事件においても、百歩譲って遺族は若干なりとも溜飲を下げる事が出来るかも知れないが、犯人を死刑に処した所で、死んだ人が生き返る事など未来永劫在り得ない訳なのであるからして、殺人が起きた後で犯人をどうこうした所で、後の祭りである事には変りないのではないか・・・と。

話を元に戻そう。まず初めに、彼らの様に、死刑を望む者を、その望み通り死刑に処してやると言うのは、あまりにも手前勝手過ぎる、ふざけた話ではなかろうか?・・・と言う点がひとつ。

・・・とは言え、先に述べた通り、死者は生き返らないし、遺族も死刑を望んでいるのであれば、それもまた良し・・・なのではあろうが・・・。

また、そもそも、被告が反省しているのかしていないのかと言う点に関しては、裁判で下される量刑に影響を与えはするが、刑期を終えれば、本当に反省していなくとも釈放せねばならないと言うシステム自体に、問題はないのだろうか?

すなわち、不可抗力で起こしてしまう事件を除き、犯人の自省の度合いの少なさ(あるいは、皆無さ)から、再犯の恐れや可能性があるにも関わらず、犯人を娑婆に出して良いものか?・・・と言う事である。

刑期とは、もちろん見せしめの意味合いも含んではいるのであろうが、犯した罪の種類や大きさ、及び世の中に与える影響、法律で定められた基準からではなく、各人それぞれの資質や人間性その他を踏まえ、「本当に反省するまでに必要な期間」から、算出すべきではないのだろうか。

・・・と言うのは、机上の空論と言うか、理想論に過ぎないと言う事も解っては居るのだが・・・。

ゆえに、明確な意志・・・と言うか、覚悟を持って殺人を犯した彼ら、死刑(自殺)志願者を反省させる事など不可能ゆえ、死刑に処すしかない・・・と言う理屈も、納得行かないではない。

だがしかし、そんな彼ら、更には、その逆に、犯した罪を後悔し反省しているにも関わらず死刑に処される殺人犯を、ただ殺してしまうのは、あまりにももったいないのではなかろうか?・・・と、私は考えるのである。

(つづく)

★次回、「死刑囚、または死刑制度の利用価値」について・・・。