Mr.エレクトの独り言 自由と言う名の匿名のもとに・・・

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

自由と言う名の匿名のもとに・・・

更につづき・・・

しかし、ここまで述べた事は、あまりにもっともな意見なので、私としては面白く無い。そこで、もう一歩踏み込んで、色々考えてみた。

まず、論争においては、相手に対する好き嫌いの感情を抜きにしなければならない。そうでないと、あの無礼なコメンテーターの様に、本音は「おまえが嫌い」だと言う事を言いたいだけなのに、もっともらしいことばかり言うから、視点、すなわち自分の立ち位置を明確に出来ない論調となるのだ。

自分が好きな相手でも間違ってる事はあるし、嫌いな相手でも正しい事はある。また、自分の事を好きな人間だから正しいとか、自分の事を嫌いだから間違いと言うのも、これまたオカシイ。物事の基準と言うのは、好き嫌いとは全く別な所にある。もちろん、正しいから好き、間違ってるから嫌いと言う判断なのであれば、その順序からして問題無い。

そう言う意味では、相手の意見に対し、反対の事ばかり言うのだから、反論と言う言い方は当たっているが、何を言っても反発するのでは、マトモな論争になどなり得ない。

ただ、これは言っておきたいが、有名人の発言に対し、その内容や質に関わらず、ありがたがる人間が多いと言う現実は、忘れてはならない。ゆえに、その意見が少数だからとか、無名人だから、と言う理由で、頭ごなしに否定するのも、これまた良くない事である。実際には、有名人であるがゆえに本当の事を言えなかったり、大多数の側になればなるほど、本音を言えなかったりするのだ。

そもそも、匿名での発言を認めている場において、匿名である事は非難するに当たらない。今回の件は、ただ相手を嫌いと言うだけで、自分の立ち位置を明らかにせず、あげ足を取るだけのためと言われても仕方ない、反論するためだけの反論であった事と、他人の家に土足で上がり込むかの様な、失礼なもの言いが問題だったのである。

すべての人間が、何もかも知っていて、何ひとつ間違いを犯さない訳では無いのだから、正当な批判や反論と言うのはあって良い。しかし、その間違いを指摘したり、自分の考えとの違いを論ぢるのは自由だが、相手の人格まで否定したり非難したりするべきでは無い。

否、それをしても良いが、公の場で相手を辱めるのであるから、発言者にも、それなりの責任と覚悟が要求されるべきだろう。

ネット社会での匿名発言の良い所は、誰にも気兼ねせず本音を言えると言う事であるが、どうも、自分だけは安全な場所に居ながら、他人を傷つけるためだけに用いられている事が多いようだ。

匿名も良いだろう。自由な発言も良いだろう。だが、正当な理由も無く、ただ単に相手を貶めるためだけの発言と言うのは、批判する価値すら無い、低俗な行為である。

自由であると言う事は、無法な行いや無礼なふるまいをすると言う事とは違うのだ。