Mr.エレクトの独り言 人間の皮を被った獣の教育

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

人間の皮を被った獣の教育

親(あるいは親代わりの人間)から受ける影響を甘く見る事なかれ。

抵抗出来ない状態で毎日毎日繰り返し刷り込まれ続け、押し付けられる一方的な価値観。

こればかりは、実際に味わってみなければ解らないだろうが・・・。

生活力の無い子供にとって、親・・・すなわち生殺与奪権を握る者に逆らう事は、死を意味する。

そして、その抑圧を撥ね付ける事も、ましてやその要求に応え得る事も出来ない子供は、現実と理想とのギャップに苦しみ、劣等感に苛まれた挙句、まるで死人の様な顔をして、鬱になったり引きこもったり・・・。

あるいは、本来は親に向けるべき怒りの矛先を、自分を認めてくれない社会への恨みにすり替えてしまうのだ・・・。

ちなみに私は、あまりに生命力及び精神力が弱かったせいで、親の要求にまるっきり応える事さえ出来ず、ゆえに「何故?どうして?」と疑問を持ち続け、親も私を見放した(=あきらめてくれた)お陰で、今も何とか生きている状態ではあるのだが、やはり20代の前半まではキツかった・・・。

この世は、良くも悪くも弱肉強食。

・・・と言うか、弱肉強食と言う名の自然の掟・・・すなわち“獣社会の正義”を大義名分として振りかざし、ある一部の人間達のみに利益をもたらすために都合良く仕組まれた競争社会。

よって、親が子供に、この競争社会で生き抜き、そして勝利を得る事こそが生きる術であると教える事も必然。

・・・ただしそれは、この弱肉強食の競争社会に疑問を持たず、支配体制に絶対服従する事と同義。

そもそも、自分のために、そして自分の家族のため、自分の家系のために一生懸命勉強したり努力する事は当然であり、それを一概に否定する事は出来ない。

だが、自分が競争に勝つ事は、誰かしら他人を蹴落とす事になるのだと言う事も、また事実。

・・・否。おそらく勝ちさえすれば問題無いのだ。勝ちさえすれば・・・。

しかし、その競争に負けた者は・・・。

もちろん、かと言って私は何も、弱肉強食の競争社会を認め、そのレースに積極的に参加する人々を、一方的にに悪いと決め付けたい訳ではない。(・・・今回の所は。)

ただしそこに、競争社会に打ち勝つ事こそが人間としての価値を高める素晴らしい行為であるだとか、さもそれが一人前の立派な人間になるための正しい道であるかの様な思想ならぬ妄想を植えつける様な、教育とは名ばかりの脅迫、及び洗脳をする様な真似だけはやめて欲しいと願う次第なのである。

だってそれは、人間の本性である利己的な欲望を満たすために自ら弱肉強食の競争に参加し、その結果、“獣としての勝利”を得ただけに過ぎないのだから・・・。

それとも、それが本当に“人間としての勝利”だとでも思っているのか!?

だから私は言うのだ。

これぞまさしく、“人間の皮を被った獣の教育”に他ならない・・・と。

支配者の目論みにまんまと乗せられ、競争社会における僅かな利益奪取やチンケな地位向上にやっきとなって、奴隷階級の者同士での競い合い奪い合い罵り合いをひたすら繰り返し、ただただ盲目的に一生を終える。

・・・そんな野蛮な生き物が、立派な人間であろうはずなどないではないか。

もっとも、そんな見栄っ張りな奇麗事や一見上品に見える建前など言わない親であれば、まだましなのだ。

人間の本性(利己心)に正直だったり、人間の皮を被る事さえしないむき出しの獣の如き親ならば・・・。

もしそうであれば、子供はそんな尊敬に値しない親など当てにせず、同様な環境に置かれている仲間達、もしくはマンガや音楽などから、人生におけるもっと大事な何かを学ぶ機会を得る事が出来たかも知れない。

例え、劣等生や落ちこぼれと言われようが、下品だとか幼稚だと馬鹿にされようが。


人間ならば・・・。

獣ではなく人間を育てるべきなのだ。

人間の親ならば・・・

せめて、「困っている人が居たら、自分の出来る範囲で良いから助けてあげなさい。」

・・・だとか

あるいは、「もっと一生懸命勉強なり努力する事によって、人より優れた能力を身に付けて、その力で世の中の困ってる人を一人でも多く救ったり幸せにしてあげられるような、そんな素晴らしい人間になりなさい。」

・・・と、教えるべきではないのか?


立派な人間とは?

本当に価値のある人間とは?

そして、人間の親が子供にすべき事とは・・・。

人間の皮を被った獣を育てる事では、絶対にない!!