あれは、私がコンビニの店長をしていた時の事だった・・・。
17歳か18歳だったろうか、高校を中退し、まるで家出をして来たかの様に上京してきた少年の話。
店ではもちろん普通に高校生も雇っていたし、見かけ的にも特別に変な所はなく、別段グレた様子もない彼を、私は雇った。
そして数日後、別のバイトに急に休まれてしまい(←当時、ホントに困らされた・・・)、急遽代わりのバイトを探さなければならない事態が起きたのだが、まだ上京したばっかりで何をやってるでもない彼からも「いつでも出れマス」と言われていた事もあり、私は彼に代役を頼む事を思い立った。
・・・とは言え、当時はまだポケベルの時代。しかも、奴の部屋には電話がない。しかしながら、しょせんコンビニのバイトなんで、店のごくごく近所に住んでいる事から、私は直接、彼の部屋に出向いた。
思えば、高校卒業後~一年間バイトした後に上京し、風呂無しアパートに住んでコンビニの深夜バイトをしていた私である。そんな私が彼に自分の若い頃を見る思いだったと言う事は想像に難くない。
・・・ところが、彼の住居を見て、私は驚いた。
先の理由からも、これは決して彼を馬鹿にして見下したいがために言う訳ではなく、その風呂無しトイレ共同のアパートは、今にも倒壊しそうな超オンボロ・アパートで、管理人の婆サンに教えてもらった彼の部屋は夏だと言うのに扇風機さえあるのかないのかと言う状態で、その時、私の脳裏に強く印象が残っているのは、ちっぽけなラジカセから、ザ・○ルー・ハーツの曲が大音量で流されていた事だったろうか・・・。
ちなみに同バンドに関しては、私の様に、スターリンにハマり、ハードコア・パンクをその登場からリアル・タイムに聴いていた世代にとっては、非常に微妙な位置づけにあり、その評価が真っ二つに分かれる所なのだが、その例に漏れず、私にとっても特に興味の対象であると言う訳ではなかった。
そんなこんなで、その後わずか2~3週間もしない頃だったろうか。バイト・・・と言うか仕事に対する彼の態度に対し、私は軽く注意を促した。
自分の若い頃の境遇に近い事ももちろんであるし、○ルー・ハーツに対してはそうでもないものの、パンクやロックが好きな私にとって、それは彼に対する“親心”以外の何物でもなかった。
確か、こんな事を言ったのだ・・・。
「君が好きな○ルー・ハーツだって、ロックって言う仕事をきちんとやっているんだ。いくらバイトだからって、そんな態度ぢゃあ、ましてや他の仕事なんてきちんと出来ないよ」・・・と。
私にとっては、世間からは良い印象を受けないであろう高校中退と言うハンデのある彼に対し、せっかくうちで働いてるんだから、ここにいる間に、せめてバイト程度の仕事はきちんと出来る様になってもらいたいと本気で願う一心からであった。
だが、彼は猛烈に私に反抗するや、バイトもさっさとやめてしまったのである。
その時の彼の印象は、まるで狂犬・・・あるいは人間に決してこころを許さない野生の狼の如し・・・であった。
・・・と同時に、たかがパンク好きのコンビニの店長風情が、まるで“若者の理解者気取り”で、「何とか彼を一人前にしてやろう」などと思い上がった考えを抱いた事を、私は大いに恥ぢた。
今思えば、彼が育った境遇も、私の様な中途半端な中流家庭のおぼっちゃまには想像もつかない程、文化的にはレベルの低い家庭だったのだろう。(・・・繰り返すが、これは決して彼を馬鹿にしたり見下したくて言ってる訳ではないので、誤解しないで欲しい。)
誰も生まれたくて、その親の元に生まれた訳ぢゃない。
まるで、狼に育てられた少年・・・。
もしも貴方が、それは親や家庭等、その人間が育った環境のせいではなく、あくまでも本人のせいであると言うのであれば、将来貴方に子供が出来た時、数年間私に預けてみて欲しい。仮にその子供が超ひねくれて育ってしまった時、貴方が私に「あんた(育ての親)のせいで私の子供はこんなにひねくれてしまったんだ!!」・・・と、必ずや言わせてみせよう。
おそらく、そんな劣悪な環境で育った彼にとって、○ルー・ハーツは神様の様な存在であり、自分の人生を明るく照らす唯一の光であり、未来を切り開く夢や希望の象徴でもあったのだろう。
何度も言うが、○ルー・ハーツがどうだこうだと言う事を私は言いたいのではない。
誰にも、そしてどんな環境に育った人間にも、それぞれに好きなものや憧れの対象、そして十人十色の価値観があるのだ・・・と言う事。
だから、自分にとって、それがどの様な位置を占めるものであろうとも、頭ごなしに馬鹿にしたり見下したりしてはいけないな・・・と。
そうする事は、むしろ自分の優越意識や驕り、想像力の範囲の狭さを露呈する愚かしい行為に過ぎないのだ。
彼の目に映ったあの時の私は、管理社会に組み込まれ、奇麗事の呪文を繰り返すだけの“優秀な奴隷”・・・すなわち、“自由の敵”だったのであろう・・・。