Mr.エレクトの独り言 「発する事と伝える事」②「怠惰な共犯関係(受け手編)」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「発する事と伝える事」②「怠惰な共犯関係(受け手編)」

まず最初に、受け手側にとっての“怠惰”とは?

世の中の現状を見渡してみれば、一目瞭然。

それが消費者の需要(潜在的なもの含め)に合致したものであると言う事も大きな要因ではあるが、派手な広告戦略を展開し、メディア等に露出の多いものほど良く売れるのが現実である。

“安心感”と言う要素もあるにはあるが、行列が出来る店うんぬんの理屈も同様。

殆どの人は大抵、安易に目に入るものや簡単に手に入るもので満足を得る事が出来るがゆえ、「何処かにもっと面白いものはないか?」、あるいは「自分にとってもっと適したものがないか?」と、更にその道を追求したり、裏通りの路地に足を踏み入れたりなんかしないのだ。

もっとも、それらは元々、私達消費者を研究し尽くした上で開発された商品なり作品なのだから、それもむべなるかな・・・ではある。

ただし、消費者に受け入れられ、なおかつ飽きさせないでおくためには、消費者のレベルやニーズの“ちょっと上のランク”である事を演出し続ける事も忘れてはならない。

つまりは、それら供給する側(実際には搾取する側)の至れり尽くせりな“過剰なもてなし”こそが、消費者の怠惰さを生む元凶でもあるのだが、逆に言えば、それらは消費者の怠惰さに付け込むがゆえに帰結した結末であるとも言えよう。

すなわち、片や消費者から金を巻き上げようとする者と、(金こそ支払うものの)“楽して快楽を得ようとする者”との共依存的共犯関係が、そこでは見事に成り立っているのだ。

まあ、金まで払った上にわざわざ苦労しようなんて消費者がどこに居るのか?ってな話でもあるが、中には自らの能力や努力によって快楽を探し求め、喜びを得る事に快感を覚える者も少なからず居るのである。

またそれらは、人類が狩猟から農耕(収穫の日を待つ)へ、そして実力が問われる社会から資産の量こそがものを言う(力を発揮する)社会へと、自らの利益を守る事のみを目的とした既得権益者達によって、この世の中が作り変えられてしまったと言う事実とも無関係ではない。

しかるに、そんな資産至上主義社会や貨幣制度のおかけで、能力のない者でも快楽を得る・・・否、与えてもらえるのだから、それはそれで幸福な世の中だと言えるのかも知れないが・・・。

・・・とは言え、その実態と言うか、正体はと言えば、毎日毎日誰か(支配者)に頭を下げて得た金で、今度は自分が誰かに金を支払って頭を下げさせて、プチ支配者気分を味わおうって行為に過ぎない訳で・・・。

そりゃ美味だわな~。

要するに、“怠惰な消費者”=“搾取され続ける裸の王様”・・・って所か。

(つづく)

★次回は、③「怠惰な共犯関係(発信者編)」を予定しておりマス。