Mr.エレクトの独り言 「時間軸論」序説

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「時間軸論」序説

歳を取ると・・・と言うか、(何かしらを得ている訳でもなければ自ら積極的に頂いたつもりもないゆえ、もっと正しく言い換えるならば、)長く生きていれば、自ずと物事を判断するためのモノサシも増えると言うもので・・・。

特に重要なのは、やはり“時間軸”・・・すなわち、物事や人が時間を経るにつれ変化して行くと言う事がよりリアルに感じられる様になる訳でありマシテ・・・。

今にして思えば、10代から30代半ばくらいにかけての私は、その時その瞬間しか見えなかったと言うか、自分にとって今面白いかどうか?と言う事しか判断基準がなかった様に思う。

もちろん、ある意味においては、その瞬間瞬間にベストを尽くして生きていたからと言えなくもないが、その反面、実に刹那的な生き方をしていたとも言えようか・・・。

実際、将来の事はもちろん老後の事なんて、まるで考えていなかった・・・と言うか、考える余裕もなかったのだ。

また、思うにそれは、思い出したくなる楽しい過去があまりにも少な過ぎ、ましてや明るい未来などとても思い描ける心境ではなかったと言う事が大きな原因だったのではなかろうか。

つまり、今現在この時しか居場所が無く、それゆえに今この瞬間に意識が集中し、執着するしか術がなかったのだと思うのだ。

・・・と、そんな事を考えていると、更に色々な事に気が付いた。

たとえば、「昔は良かった」と言ってる人間は、必ずしも「昔」のすべてが良かったと言っている訳でもなく、あくまでも自分にとって気分が良かった、あるいは都合が良かった時代の一側面のみを指してそう言っているに過ぎないのである。

そしてそれは、過去や現在を比較するだけではなく住んでいた土地でも同様の事が言え、「日本に住んでる今よりも、昔アメリカに住んでいた頃の方が暮らしやすかった」と、時間軸と地軸がミックスされている場合も往々にしてあるがゆえ・・・。

それらをもっと正確に言い表すならば、本来は「自分にとって気分や都合が良かった時や場所が良かった」・・・とすべきなのである。

ゆえにそう考えてみると、「昔は良かった」と言ってる年寄りは、実は懐古主義でも何でもなく、実際には利己主義でしかないって事が良く解るだろう。

何故ならば、その人は今居る場所や時代が性に合わず、それゆえに自分にとって生きやすく気持ちが良かった過去や他所の土地に思いを馳せているだけに過ぎないのだから。

いや別に、それが悪いとかどうとか言いたい訳ではないのだが・・・。

しかるに、振り返りたくなる過去や思いを馳せたくなる土地がない人間はどうすれば良いかと言えば、今この瞬間か未来、もしくは今この土地かどこか他所の土地に思いを馳せるしかない訳で・・・。

そのどちらも見つける事の出来ない人は、この世からオサラバするしかないのであろう。

さて、そんなこんなで、こんな私も振り返りたくなる過去ってやつがいくらか蓄積されてしまった訳であるが、それを振り返っても仕方ない訳で、かと言ってあとわずかしか残されていない未来に希望を抱く程の夢想家・・・否、妄想家でもない上に、東京からは離れられないときてるから困ったもの。

・・・とまあ、そんな戯言はこの辺でやめにして・・・。

振り返るべき過去があると言う事は、若い頃の様に「今がすべて」と言う程、過去も未来が塞がっている訳ではないのであるからして、自ずと過去から今現在への時間の経過と言うものを常に認識出来る状態にあり、それこそが“時間軸”と言うモノサシなのである。

・・・と、いつもの事ながら前置きが長くなったが、その“時間軸”と言うモノサシを使って物事を判断するとどうなるか?と言う事を、次回は解説してみたい。

(つづく)
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