Mr.エレクトの独り言 超個人的“J-POP”観

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

超個人的“J-POP”観

J-POPなんて言葉、生まれて初めて使うのだが・・・。(←それは言い過ぎ)

もちろんこれは、後からJ-POPの仲間入りをさせられた昭和のシンガー・ソング・ライターには当てはまらないと言うのが大前提である。

それにしても、何て言うのだろうか、私にとって昨今のJ-POPとは、“やさしさ成分”のみで構成されているって言うか、“誰かを傷つける可能性ゼロな安全な部品”のみを使用しているだけ・・・だとしか思えないのだ。

そしてその結果、そこには孤独感を味合わされる事もない代わり、何かを代償にして勝ち取る喜びもなく、ただただこころの葛藤から目をそらし続けているだけで、かと言って更に高度な快楽を強く求めている訳でもない・・・と言う風にしか私には感じられないのである。

平和だからって幸せな訳ではなく、安定しているからって幸福な訳でもない。

それらは、ただ単に幸福な位置に留まっている・・・すなわちその場所に居ると言う事実があるだけであり、“困ってない”状態であると言うだけに過ぎないのだ。

・・・とは言え、まあ誰も好き好んで困りたくはないものではあろうが。

しかるに、幸福感とはあくまでも、平常心・・・と言うか、こころが日常的に在る位置から上向きに上昇した場合の、なおかつそれが元あった位置と比較してどれだけ変化したかと言うその差異からもたらされるもの。

ゆえに、日常が平和であれば更にそれを大きく上回る快楽やサプライズ的な喜びを必要とし、その逆に日常が牢獄に繋がれた囚人の如しであれば鉄格子の外に出て太陽の光を浴びる事のみでそれを得る事が出来るかも知れないものなのだ。

よって、その振幅や起伏の度合いが少ない場合は、当然の事ながら、その喜びも薄いのではなかろうか?・・・と、私の様な人間は考える次第なのであるが。

・・・否。しかしまた、それらの考えを更に一歩推し進めてみるならば・・・。

その程度のささいな喜びや、安心感が継続する事によって得られる安定に浸る事で幸福感を感じられると言うのであれば、それは何とも燃費の良い人生であろう事か・・・とも。

いずれにせよ、現世を無難にやり過せば、あの世かどっかで誰かに褒めてもらえるか、何かしら素敵なプレゼントでももらえるのであろうか?・・・などとも想像してみたり・・・。

だがしかし、人間にとって一番悲しい事は、与えられた肉体の能力なり精神の許容量を使い切らずに死ぬ事である。

・・・と、私が考えるだけであるが。

何にせよ、“繊細”と“臆病”との違いと言うか、その処世術に長けた危なげの無さは、物足りなさを通り越して気持ち悪い程でさえあるのだ。

生きているのか死んでいるのか解らないオタマジャクシがプカプカ浮かぶ水槽・・・。

それが私にとっての、偽らざるJ-POP観である。

J-POP好きな方には本当に申し訳ないのだが、“困った人”・・・だとでも思って許してね。(^^;)