Mr.エレクトの独り言 溺れる者は笑われる・・・(職人的技術尊重主義)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

溺れる者は笑われる・・・(職人的技術尊重主義)

実は私もそうであるが、現在している仕事を禁止されるなり奪われたら、他に出来る事が何もない。

言うなれば、これは転職出来ない天職である。

そして、出来る事が何もないと、当然の事ながら出来る仕事も限られてくる。

出来る仕事が限られてしまうと、仕事にあぶれて金を稼げなくなる可能性が増してしまう。

しかし、それで良いのだ。

出来る事が何もない、もしくはきちんと出来ないのに、あれをやりたいだとかこの仕事をしたいなどと贅沢を言うべきではない。

・・・否、言うだけなら構わないが、ある一定の品質をクリア出来ない状態のまま、その職種に就くべきではない。

そもそも、やりたい事なりしたい仕事があるならば、まずはそれをするに相応しい知識なり技能を身につける事が先決であるはずなのだ。

ところが、コイズミ改革における労働者派遣法の改革によって、企業は安い賃金で使い捨てに出来る労働者を堂々と雇える様になり、終身雇用が一般的だった頃に比べ、技術を身に付けさせたり能力を開発するだとか言った、言わば社員を育てる事をしなくなったと言う。

何と愚かな・・・。

目先の賃金をケチるあまり、会社と運命を共にする人材を育成する事によって得られる技術力なり開発力、すなわち自社の将来の発展を担うべき本当の財産をどぶに捨てるとは・・・。

ましてや世の中は猛スピードで変化しているのだから、いつまでも同じレベルのモノしか作れない会社は、時代の流れに淘汰されてしまうのが関の山であろう。

思うに、この様な使い捨ての感覚を持った会社の社長と言うのは、自らが会得習得獲得した技術によって身を立てたり財を成したりのではなく、親子代々の世襲によって現在の地位に就いたのはなかろうか・・・。

要は、この資本主義社会における特権階級であったがゆえに、本当に金を生み出す元が何であるか・・・すなわち個々の人間が持つ技術力と言うものに重きを置く発想が、元よりないのではないかと。

よって、使い捨てされる社員に愛社精神など芽生えようはずもないし、実際に自分の代りなどいくらでも居る様な仕事に誇りなど持ちようがないのである。

またこれは、政治家や官僚・公務員にも言える事で、彼らの仕事は日本を安心して暮らせる豊かな国にする事であるにも関わらず、(政治家こそ選挙で落選させられるが)身分と給与が保障されているがゆえに、国民と共に喜びや苦しみを味わう覚悟、及び運命共同体としてこの国をより良くして行くと言う事に心血を注ぐ責任を負わないのである。(←もちろんすべての人がそうであるとは申しマセン。)

これがもし仮に、政治家や官僚・公務員の給与を国民の年齢別平均所得に相応する額に定めるとでもなれば、彼らも少しは国民が潤う様に努力しようって気にもなるのではなかろうか。

・・・とは言え、運命を人任せ、会社任せ、国任せにしていた私達にも責任がある。

いずれにせよ、船が沈んでも自分だけは死なない船頭が操縦する船に乗船しているのだから、今のうちに泳ぎを覚えておかなくては・・・。

だって、もはや浮き輪を買う余裕すらないんだもの!!(TT)