Mr.エレクトの独り言 「音楽の限界」(リズム編)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「音楽の限界」(リズム編)

リズムは揺れてしかるべき。

ただし、その“揺れ”が主題に沿っているかどうか?・・・と言う点が重要。

例えば、リズム・マシンの如く、楽譜の通り1ミクロンもずれずにドラムを叩いたとすれば・・・。

「アア キョウハトテモタノシイイチニチダッタナア」

・・・となってしまう訳である。

・・・とは言え、もちろん元々その楽曲が、通常の楽譜で使われるオタマジャクシを10分の1の小さな単位まで分割したもので構成されていれば、話は別かも知れない。

しかしながら、いずれにせよその楽曲の主題が人間の感情に基づくものであるのならば、その微妙な揺れや乱れさえもが正確かつ精密に楽曲(=音符の並び方)に反映していなければ、その主題である感情を的確に伝え得ないのではないか?と、私は思うのだ。

よって、嬉しい時には嬉しいなりに、悲しい時には悲しいなりに、あくまでもその感情の動きや起伏に沿った揺れは、あって然るべきなのである。

そうすれば、先程の例文も・・・。

「あぁ・・・(余韻=記憶を辿る瞬間)、今日は、とっても楽しい一日だったな~・・・(余韻=快楽を反芻する瞬間)」

・・・と、なる訳である。

しかるに、当然の事ながら伝えたい事が何であるか?・・・と言う点が最重要課題であるがゆえに・・・。

例えば、規則性や規律正しさに美や快楽を見出そうとする場合は、可能な限り、リズムの“揺れ”や“乱れ”は排除されねばならない。

要は、主題に沿っているかどうか?目的に合っているかどうか?求める結果に適合しているかどうか?・・・と言う点がどれほどの度合いで満たされているかどうかって事が肝心なのだ。

ゆえに、理想を述べるならば、元々の楽曲が通常の楽譜で使われるオタマジャクシを出来得る限り小さな単位まで細かく分割したもので構成されており、なおかつそれを実際の音として正確かつ緻密に再現出来る事が望ましい。

・・・と、それ以前に、そこには主題との因果関係・・・すなわち主題を楽曲(音符の並び方)に変換する際の写実的なデッサン力が伴っていてこその話ではあり・・・。

また、余談ではあるが、商品を作る場合はこれとは全く異なり、デッサン力よりもむしろデザイン力と言うかデフォルメ力?・・・つまり、より多くの人の趣味嗜好に適合する事を可能にするため主題は出来る限り広く浅く薄めるべきであり、複製しやすく大量生産しやすい様に誰にでも製造もしくは再現出来るシンプルさ(=部品の少なさ)が求められる・・・にしても、もちろんどこかに一つだけで良いからキラリと輝く魅力(=売りとなる部分)が備わってなければ話にならないが・・・。

さて、話を元に戻して。

“偉業”(賞賛を受ける事)は偶然に左右されてもたらされる場合が多いが・・・。

“異形”(前例のない前衛)は必然に基づいて表されなければ意味がない。

要するに何が言いたいかと言えば・・・。

“品質”を高める事は重要ではあるが・・・。

“本質”を極めた所で儲かりゃしない!!・・・テコト。

そしてそれが、そもそも音楽・・・と言うか、受動的娯楽の限界なのである。