Mr.エレクトの独り言 「自慢話復権論」②

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「自慢話復権論」②

(①のつづき・・・)

それが自分の好きな人や興味のある人もしくは家族や身内等であろうが、そのまた逆に自分の嫌いな人間であろうが、そう言う事とは全く無関係に、他人の自慢話・・・それも幸福に対し、私達はあまりにも盲目的に嫉妬し嫌悪し過ぎなのではないだろうか?・・・と言うのが今回のお題。

例えば、「自分、ポルシェに乗ってるんスよ」と言われた場合、ただその表面的な事象のみを捉えて、何でもかんでも「コイツ、偉そうに自慢しやがって」と考えるのは、貧乏人(発想が貧困であると言う意味も含めて)の悪い癖だと私は思うのだ。

何故なら、それは単なる事実の報告に過ぎないからである。

・・・とは言えもちろん、発言者の側には、「自分は貴方よりすごいでしょ?」との優越意識や、「自分を褒めて!!」と言う気持ちが少なからずある事も否定は出来ない。

しかるに、ポルシェに乗ってるだとか持ってるだとかと言う、その物理的な事実のみで人を妬んだり羨んだり憎んだりしてしまうって事は、あまりにも早計にして単純過ぎる思考反応なのではないか・・・と。

これがもしも、その本人が毎日毎日バイトに明け暮れて、自分で苦労して稼いだお金でポルシェを買ったのであれば、そのお金の使い道の趣味の善し悪しは別として、私達は素直にその努力や労力に対し敬意を表明してしかるべきではなかろうか?

しかしまたその逆に、その車が、自分では何の苦労も努力もせずして、金持ちの親だか何かにポンと買ってもらったものだとしたら、それは自分の能力や労力に“拠って”獲得したものではない訳であるからして、それは元より自慢話・・すなわち自分の手柄話などではなく、言わば“依慢話”とでも呼ぶべき事柄なのではないかと私は思うのである。

ちょっと考えれば解る事・・・そもそも、生まれた家庭や家系、生まれた地域や国籍などは、その本人が自分自身の努力で獲得した手柄や功績などではないのだから、その人物自身が素晴らしい訳でも偉い訳でも全然ないのだ。

まあしかし、百歩譲って、それは本人の運命や運勢が良かったせいだと言えなくもないが・・・。

・・・であるにも関わらず、自分が生まれた家系や国籍を、まるでさも自分の手柄や功績であるかの様に自慢する様は、何と卑しくみっともない姿ではなかろうか。

・・・否、先も述べた通り、それは自慢話でも何でもなく、単なる依慢話、もしくは威慢話に過ぎないのだ。

よって、その様な、他人に自慢し得る“自分自身の力によって獲得した手柄”を何も持ち得ない人種に対して私達は、軽蔑や哀れみをくれてやれば良いだけの話。

もちろん、厳密に言えば生まれついての素質や素養、生育環境による格差と言うものは明らかに存在しはするが・・・。

ゆえに私は、むしろもっと前向きに、誰もが盛んに(卑しい依慢話などではなく)自慢話をするべきであり、他人はそれに対し嫉妬するのではなく、逆に憧れ、尊敬し、自らを鼓舞する励みとし、どんどんその真似をすべきなのだ・・・と考える次第なのである。

自ら行動する人間、自らの力で何かを獲得しようと努力する人間、自らの力で何かを成し遂げようと日々困難と格闘する人間・・・。

その様な人達に対して、何の努力もしようとしない人間が嫉妬心を抱くなど、とんでもなく傲慢かつ愚かな話ではなかろうか。

人間とは本来、当人の出自などではなく、自身がその人生において自ら為した行為や成果によってのみ、評価もしくは断罪されるべきなのだ。

(③につづく)
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