Mr.エレクトの独り言 「放棄園」③

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「放棄園」③

前回、(おしまい)と書いたけど、まだ続くのでありマシテ・・・。

ところで、今回の事件に対してや①で書いた文章を読んで、怒りや悲しみの感情を抱いた方は、人間としては基本的に正常な感覚を持った人だと思いマス。

しかるに、そうでない人(・・・ただし、自分の知らない人が死んでも実感が沸かないと言う、自己の本心を偽らない人は除き)、すなわち死んだ子供達に自分の気持ちを重ね合わせてもなお、何ら哀れみの情さえ芽生えない人が居るとすれば・・・。

それはおそらく、この弱肉強食の人間社会において獣的価値観に基づく“力”を行使する事によって利益なり快楽を得ている既得権益者か、もしくはその全く逆に、むしろ死んだ子供達よりも自分は弱い存在であると自覚させられ続けている者であろう。

要するに、そもそも“可哀想”であると言う認識なり感覚は、あくまでも自己の幸福度や充足度を基準として、自己と同等の苦しみを背負った者、あるいはそれ以下の者に対してにしか生まれ得ないと言う事なのだ。

よって、前者にとっては「だからどうした?」でしかなく、後者にとっては「俺の方が可哀想だ!!」となる訳なのである。

また、前回述べた通り、ある一線を踏み外してしまった駄目人間に対して怒りをぶつけても、自己の不快感の解消にしかならず、体力がない私などからしてみれば、問題を根本的に解決しようとする態度とは程遠いその様な行為を繰り返す人々に対しては、「ああ、この人達は何かある度にいちいち怒るのが好きな人達なのだな。」・・・と判断する次第。

実際、良く考えてみれば、今回の件にせよ秋葉原での一件にせよ、自分を苦しめるその元凶(←弱い自分自身も含め)を見極め、せめてそれら(or自分より強い者)に直接復讐するなり、あるいは弱さを克服するために厳しい現実に立ち向かうなりと言った行為をせず、自分より更に弱い者や無関係な者を犠牲(=巻き添え)にすると言う、不毛な弱肉強食の負の連鎖が繰り返されている事こそが問題な訳で・・・。

あれ?・・・となると、その様なあまりにも弱すぎるゆえに他者に迷惑をかけてしまう人間に対し、ただやみくもに怒りの感情をぶつけるだけの私達ってのも、もしかしたら、自分より弱い人間に無茶振り(無理強い)する事で、弱肉強食の負の連鎖に少なからず加担しているのではないのか?・・・とも。

否・・・、もちろん積極的には虐めに加担しているつもりなどないのであるが、知らず知らずのうちに、弱者を迫害し、その弱者が更に弱者に危害なり被害を加えてしまう事を無意識のうちに後押ししているのではないだろうか?・・・と。

それもこれもすべては、口では「虐めは良くない」と言いつつも実は無意識のうちに自分も弱肉強食の社会に服従してしまっている事、そして人間及び自己が持つ獣的(利己的)本能に対しあまりにも無自覚なせいであろう。

100パーセントの自己責任論を説くのであれば、今回の事件で言えば「助けも呼べない子供が悪い」となり、秋葉原の一件で言えば「自分の身を守る能力のない被害者が悪い」と言う事にはならないのだろうか?

・・・と言うのは、もちろん暴論に過ぎないと言う事は重々自覚してはいるが・・・。

そうやって突き詰めて考えてみると、「じゃあ一体何が、誰が悪いって言うの!?」・・・テコトになる訳で・・・。

日頃は弱肉強食の理論に虐げられていながら、自分もそれを否定し逆らう事なく獣的本能で服従し、立ち向かうべき元凶から目をそらし、自分より更に弱い者に対し弱肉強食の理論を振りかざし反社会的な行為によって危害を加えた犯人も当然悪いが・・・。

自分も含め、その問題を人間が持つ獣的(利己的)本能に基づく弱肉強食の負の連鎖であると言う事を認識する事もしないどころか、自分のこころの内にも脈々と根付くその思考回路に対し疑問を抱く事はおろか自覚すらせず、ただただ“自己の不快感を解消する事”で良しとする、その態度にあるのではないだろうか・・・と。

だがしかし、それでも良いのだ。

貴方がその、弱肉強食の論理を受け入れると言うのであれば。

・・・だとすれば、貴方はおそらく、私が冒頭で述べた「この弱肉強食の人間社会において獣的価値観に基づく“力”を行使する事によって利益なり快楽を得ている既得権益者」なのであろう。

もしくはその全く逆に、むしろ死んだ子供達よりも自分は弱い存在であると自覚させられ続けている者・・・すなわち、そう言った理不尽な要求に対し、それに応える能力もなければ逆らう気力すらも芽生えない程に虐げられ続けた者・・・であろうか。

いずれにせよ、弱肉強食の世の中とは、力のある者は幸福を得る事が出来て、力のない者は降伏する以外に道はないと言う、実に生きやすい理想的な社会であると言えよう。

ただし・・・。

優れた獣的能力を持った者、そして自己の獣的本能に無自覚な者にとってみれば・・・の話ではあるが。