Mr.エレクトの独り言 「流行語怠症」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「流行語怠症」

他人を侮辱する際に、流行語を使用するのは良くない。

・・・と、これはあくまでも私がそう考えているだけの話ではあるが・・・。

何故なら、他人を侮辱する際に流行語を使用すれば、自分の頭を使わずして望むべき目的を簡単に達成出来てしまえるからである。

・・・自身の持ち得る現時点での能力や努力の有無に関係なく、言葉で相手を打ち負かす・・・と言う目的を。

しかも、流行語と言うものは多くの人が使用しているからこそ“流行”と言う冠が付いている訳で、要するにその言葉を使用する事によって、まるで世間の大半の人々が自分の味方に付いてくれたかの様な錯覚にも陥り易いのだ。

これでは、自分の価値観は誰に否定されようとも絶対に正しいのだと言う信念や自信の下に勇気ある罵倒が行われているのでもなんでもなく、多勢に無勢・・・すなわち数の力を借りて目の前に居る相手を問答無用で打ち負かそうとしているだけに過ぎない。

流行語を使用すれば、他人を侮辱する言葉を自分の頭で考えなくて済む。

流行語の力を借りれば、他人より自分が正しく優れているかの様な気分を味わえる。

流行語を使用する事で得られる愉悦や恩恵は、一度知ってしまうと、なかなかそれを断ち切れない。

・・・それもそのはず。

だって、労せずして誰でも手軽に快楽や利益が得られるのだから。

そりゃ、使うだろうよ。

だけど、そうやって流行語に依存し頼り切ってばかり居ると言う事は、常に数の正義によるジャッジに服従し続けると言う事でもあり・・・。

いつしか、流行語・・・すなわち多数意見を疑うどころか、自分で物事を考える事さえ出来なくなるのではなかろうか。

・・・否、安易に流行語を濫用する事自体が、自分で考える事を放棄する以前に、自分の価値観を確立しようと言う人間として真っ当な在り方から目を背けた怠惰な精神に基づくものなのであるからして、そもそもそんな人間は、自分で考える事が出来ないのではなく・・・。

自分で考える事を“しない”のであり・・・。

それは、それが如何なる理不尽な要求であろうとも、目の前の困難に対して決して抗わないと言う事でもある。

・・・とは言え、そう言った人達をも弁護するならば・・・。(←私は常にフェアでありたいがゆえ)

おそらく彼らは、これまでの人生において自分で物事を考える必要性・・・がなかったのであろう。

そして、自分で物事を考える必要性がないとはどう言う事であるかと言えば・・・。

一口に言えば、困った事がない人間・・・もっと言えば、自分の存在を否定された事がない程に優秀(=平均値を大幅に下回る事がないと言う意味で)か、もしくは生育環境が精神的な意味において裕福であったために理不尽な抑圧を受けた事がなく、それゆえに世間の価値観(=多数意見)をどうやったら覆す事が出来るだろうかなどと必死に考えあぐね頭を悩ませた経験がなかったのではないかと推測される。

・・・あるいはそうでない場合・・・すなわちその逆に、仮に親や世間及び多数意見による迫害を受け続けた者であっても、今度は自分がそれを誰かに行うと言う、負の連鎖を断ち切れぬ最悪なパターンもあるにはあるだろう。

・・・と言うか、実際には後者が殆どなのであるが。

いずれにせよ、流行語を口にする事で他人を貶めていい気になっている人間に対して、私には哀れみの情しか芽生えない。

ああ、おそらくこの人は、過去に親や世間からこの様に苛められてきたのだな・・・と。

自分の考えを持つと叩かれる。

自分の考えを持つと怒られる。

自分の考えを持つと嫌われる。

だから、流行語の威を借りて、権威を傘に着て・・・。

大多数の側につく。

強い者の側につく。

必ず勝てる側につく。

しかるに、本当にまともな人間ならば、権威に縋って他人を侮辱する前に、きちんと自分自身の意見を述べるべきであろう。

もしも、自分の考えと呼べるものが本当にあるのならば。

・・・と、これはあくまでも私がそう“考えて”いるだけの話ではあるが・・・。


それにしても、流行語こそが“思考停止”の元凶であるにも関わらず、その“思考停止”と言う言葉自体が流行語になってしまっていると言う、この現実・・・。(TT)