Mr.エレクトの独り言 「風潮被害」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「風潮被害」

この頃つくづく、今まで「騙されて来た」、もしくは「まんまと嵌められた」・・・と感じる。

そう、「政治について語るのはダサい」だとか、「政治がどうだこうだと愚痴をこぼすのはみっともない」だとか、「政治に対して興味や関心を持つのはカッコ悪い」だのと言った、誰かにとってのみ都合が良く、なおかつ一方的に流布されて来た風潮とやらに・・・。

良く考えてみれば、その国家に属する国民であれば、自分の生活を左右するのは「家内の機嫌」や「親や親戚の顔色」も重要かも知れないが、それ以上に重大なのが「政治の在り方」・・・なのである。

そしてそれは、別に何も「人任せにするのが良くない」などと言った教訓的なものなどではなく・・・。

そもそも、政治とは、すなわち国家の未来を左右し、国民の生き死にを左右し、更には圧し掛かる責任と重圧にも耐え、それを撥ね退けてまでも成し遂げなければならない大事業である事を考えれば・・・。

命を賭ける価値すらないこんな世の中において、これ程までにエキサイティングな仕事が他にあろうか?・・・と、私には思えてならないのである。

よって、そんな刺激的な職業を「誰かに任せよう」などと言う考えは、もったいない・・・否、それを「誰かに奪われる」なんて、本来は悔しくて堪らないとさえ感じなければ絶対におかしいのだ。

・・・とは言え、一部を除き、あの無能な輩どもの姿を見せられ続ければ、誰もそんな職種に憧れなど抱きようはずがない事も現実ではあろう。

しかるに私は、彼らが無能だとは思わない。

何故なら、彼らは決して無能なのではなく、自分のちっぽけな利益のためなら国民や他人を平気で地獄に突き落とす、目先の計算だけには滅法強い下品で醜悪な生き物であり、それは無能と呼ぶべきではなく、むしろ「恥知らず」と定義付けられるべき存在だからなのである。

・・・となれば、ますますそんな恥ずかしい職業になど就きたくないと誰もが思ってしまう事も、やむを得ない状況ではあろう。

しかしながら、歴史を紐解いてみれば一目瞭然なのだが、現在世に知られる英雄の大半は、政治家もしくは国の在り方を大きく変えた者か、多くの人を突き動かす権力なり実力なり魅力の持ち主ではなかったか。

・・・もっとも、歴史は勝者によって常に書き換えられるものではあろうが・・・。

また、それは何も「誰もが政治家になるべき」と言っている訳ではなく、例えばプロ野球の様に、国会中継もゴールデン・タイムに放映し、「あいつはもう駄目だから次の選挙では落とせ」だとか、「あの新人は素質があるからこれから応援しよう」だとか言った具合に、もっともっと国民が政治に関心を・・・否、熱狂さえしたって良いのではないだろうかと、私は思うのである。

・・・ただし、サッカー・チームのサポーター同士の喧嘩以上に、その熱が高まり過ぎるであろう事も、充分に危惧されようが・・・。(--;)

だがしかし本来、政治とは、それ程までに関心を持たねばならない事柄であると言う事も厳然たる事実なのだ。

よって私は、「あいつらになんぞ任せておけない!!」と、今の若者達がもっと政治に興味を示し、どんどん政治の世界に関わって行く事が望ましく、いやそうでなければ日本に未来は無いとさえ言い切れるのである。

ゆえに、昔の小学生なら「昨日のドリフ観た?」・・・であったが、これからは「昨日の国会中継観た?」・・・が、小学生の合言葉となるべきなのだ。

政治家・・・すなわちリーダーの為すべき仕事とは、外敵から国民の生命や財産を守り、すべての国民が公平に(←平等にではなく)豊かになる事を目的とすべきであり、それが出来なければ、いくら国民人気(もしくは組織票)で票が集まったとて、それでは「プロ失格」以外の何物でもないのではなかろうか。

ましてや、それを増税だTPPだと、国外に利益を供出したり、国内のある一部の特権階級のみに利益を供与し続けるなどとは、ふざけ過ぎにも程がある!!

自国民すら幸せに出来ない人間が、グローバルだ何だと言う資格なんぞ何処にも無い!!

もしこれが世が世なら、打ち首もしくは腹切りを何百万回申し付けても足りない程の所業ではないか!!


ウフフ、実に素晴らしい・・・。

政治とは、一人の人間がその一生を賭けてやり遂げるに値する仕事・・・。

政治とは、一人の人間がその腕を一本失う覚悟で取り組むべき仕事・・・。

さあ、怒れる若者達よ、もっともっと積極的に政治に関わろう!!

そして、既得権益にしがみつき政治家の名を汚す老害どもを駆逐するのだ。

繰り返しになるが、政治家・・・すなわちリーダーの為すべき仕事とは、外敵から国民の生命や財産を守り、すべての国民が公平に(←平等にではなく)豊かになる事を目的とすべき仕事・・・なのである。

真っ当なものが評価を得て、そうでないものは淘汰される、そんな当たり前の世の中こそが、人類の目指すべき、まだ見ぬ理想郷の姿ではないのだろうか?

人間のみに与えられた、弱肉強食の世界に生きる動物が持ち得ない特性とは、「本能に基づく個体欲求を超えて、集団内において出来る限りフェア(公平)であろうとする精神」・・・以外の何物でもない。

・・・と、私は考えるものである。