Mr.エレクトの独り言 Mr.エレクトの「ステッペンウルフ物語」(プロローグ)

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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Mr.エレクトの「ステッペンウルフ物語」(プロローグ)

人生には転機と言うものがあるのだが、音楽の嗜好にも転機と言うものがあると、私は考える。

まず最初に訪れたのは中学生時代、主にテレビによって耳に入る歌謡曲やアニメ主題歌を卒業し、ラジオを聴き始める事によって好みの対象となって行ったのは、いわゆるニュー・ミュージックと言われるポップス的装飾を施したフォーク系シンガーやグループの音楽であった。

そして、聴き始めこそ、アリスや松山千春だったものの、甲斐バンドを好きになってからは、甲斐よしひろのラジオによって日本語のフォークやロック、そして古い時代の歌謡曲やGSにも興味を持つ事となる。

そしてその後は、ラジオからはRCサクセション、主に音楽雑誌から情報を得て東京ロッカーズやアナーキー、広島でも深夜に放映されていた「ファイティング’80s」によってモッズ、女性週刊誌からザ・スターリン、DOLL誌から日本のハードコア・パンク・・・と言った具合に、順調にポピュラー・ミュージックを聴けなくなって行く訳であるが・・・。

しかるに、他の音楽が全く聴けなくなる程にハマった日本のハードコア・パンクも、’87年頃になると、ただただスピード(スラッシュ)化の波に飲み込まれて行く事で私は興味を失い、’88年4月にEXECUTEが解散してしまってからは、ハードコア・パンク系のライヴを観に行く理由が無くなってしまったのである。

今にして思えば、この時期が私の音楽人生の第二の転機であった・・・。

そこで私は、中古レコード屋で古い歌謡曲や’70年代の洋楽のレコードを買い漁ると共に、それまで観に行く機会のなかった友川かずきや長谷川きよし、再結成した頭脳警察等、割とメジャーなアーティストのライヴに足を運ぶ様になり、その年末に観に行ったマイナーなバンドのライヴでマリア観音に出会う事となる訳である。

そしてまた、この時期の重要な出来事と言えば、主にヨーロッパのレーベルからSTOOGESのセミ・ブート盤が乱発されており、私はその殆どを購入させられる事になるのだ。

元々、PISTOLSやDAMNEDがカヴァーしてると言う事で、高校時代に「FUN HOUSE」とベスト・アルバム「NO FUN」を入手し、上京してからは「RAW POWER」も買い、「SEARCH&DESTROY」なんかは当時から大好きな曲ではあったが、本当にSTOOGESにハマるきっかけとなったのは、「RUBBER LEGS」と言う1973年頃のリハーサル音源を収録したアルバムを聴いてからであった。

このアルバムには、「パンクのゴッド・ファーザー」だの何だのと持て囃されるIGGYのカッコ良い姿など何処にもなく、むしろ涙や鼻水をたらしながら女や他人にすがる駄目男の実像があからさまに曝け出されており、私はその人間臭さに強くこころを惹かれたのである。

また、この頃大好きになったものに、TELEVISION、リチャード・ヘル、ジョニー・サンダースなどがあるのだが、実は、すっかり記憶から消し飛んでいたグループがひとつあった。

それが、今回のタイトルにもなっている、ステッペンウルフである。

実は最近、自宅にあるレコード・コレクションを少しずつ切り売りしているのだが、LP棚の洋楽専用コーナーを漁っていると、ステッペンウルフのLPが意外と多い事に気がついたのだ。

調べてみると、後期作品の一部を除き、国内盤や輸入盤が混在してはいるものの、ベスト・アルバムはもちろんの事、ジョン・ケイのソロ・アルバムさえも含め、殆どのアルバムが揃っているではないか。

ドアーズだって、全部揃ってないと言うのに・・・。(もっとも、ドアーズは最初の2枚と最後の1枚以外は不要であるが。)

いや~、ほんの一瞬だけど、実は結構好きで、中古レコード屋に行く度、見た事ないものをコツコツ買ってたんだよね~。

それにしても、ステッペンウルフって、キミ~!?・・・って感じでしょ?

あれれ?何だか長くなりそうなので、今日はこの辺で・・・。(^^;)

(つづく)
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