Mr.エレクトの独り言 「リーダーの心得」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

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「リーダーの心得」

現在、店に泊り込み、徹夜でネット・オークションにレコード等を出品するのが当方の仕事状況である。

そして、これはもちろん非常事態であり緊急事態、すなわち異例ギュラーな事ではあるが・・・。

そもそも、毎日夜になれば家に帰ると言う行為自体が、人間にとって正しい生き方なりあり方であるかと言えば、別にそうではなく、例えば遊牧民・・・とは言い過ぎだから言い直すと・・・出稼ぎもしくは単身赴任の超短い版だと思えば、これはそんなに異常な事でもないのである。

要は、所変われば常識も変わる・・・つまり国や人種が違えば自ずとその基準は異なり、またそれは日本国内においても出身県、引いては各家庭毎に大いに異なって然るべきものなのだ。

そう言う意味において、物心ついた頃から死去するまで、私にとってはこころの交流が無いどころか、自己闘争を終えて“許せる”心境に至るまでは憎しみさえ感じていた父の影響を、私は知らず知らず受けていた様である。

・・・と言うのも、私の父は職人で自営業、更には実家に仕事場も併設されていたため、夕飯こそ家族揃って食べるものの、(毎日そうであったと言う訳ではなく季節にもよるのだが・・・)その後、私達子供がテレビを観たり風呂に入ったり母にそろそろ寝なさいと言われる夜遅い時間になるまで、父は仕事場で独りもくもくと仕事をし続けているのであった。

つまりそれ、すなわち一家の長であり権力者である父が、その集団内では一番働き者であると言う事が、私が育った家庭の常識だった訳なのである。

また、私の家庭は父と母が喧嘩どころか口論さえする事がなく、必ず相談の上で、しかし最終決定は父が下すと言うのが日常であった。

考えるに、人は、親なり保護者の、もしくは育った環境における常識が、自分に幸せなり安定をもたらすものであればそれを踏襲し、その逆に不幸なり不快をもたらすものであればそれに逆行するかあるいはそれに逆らえず自分もその真似(=負の連鎖)をしてしまうかの、いずれかであろうと思われる。

そう言う意味において、幼少期にそんな父の姿を見せ続けられた私にとっては、家にも帰らず夜を徹して働く事など当然であり、経営者(=リーダー)である私が一番の働き者であるべきと言う事が、言わば“常識”であると言う事なのだ。

よって、リーダーすなわちその集団のトップに立つ人間が為すべき事もせずして、ただ偉そうにしている姿を見るのは、そんな私にとっては非常に腹立たしく感じられるのである。

・・・とは言え、それはもちろん私の常識であり価値観でしかないのだから、それを強制しようとも思わないし、あちらがそれ(=異なる価値観)を受け入れる事も有り得ないであろう。

ゆえに、これはあくまでも私個人の考えでしかないと言う事を大前提として言うのだが・・・。

リーダーの心得とは、それが割の良い立場などでは全然無く、むしろ誰よりも働き、責任の重圧にも耐えつつ、最も損な役回りを引き受ける覚悟が必要なのである・・・と断言出来るのだ。

そう考えれば、私がいつも何に対して不満を覚え、何に対して怒りを感じているのか?・・・その根本理由がお解かり頂けるかと思う。

・・・もっとも、そんな愚痴をこぼした所で、「いやならここ(そこ)から出ていけ!!」と言われるのが関の山だが・・・。

しかるに、外部(=他所の家庭)からとやかく言われるならばそれは内政干渉であるが、内部(=家族なりその集団の構成員なり国民)からその様な不満や怒りが噴出するのは当然であり、そう言った自浄作用が機能不全になっている事こそが、現在の我が国の不幸であるとも考えられる。

例えば、某国そのものが悪い訳でもなく、某国人すべてが悪い訳でもなく、某政党に所属する議員すべてが悪い訳でもなく、官僚や公務員すべてが悪い訳でもなく、東京電力の社員すべてが悪い訳でもなく・・・。

それらの組織なり集団に巣食い、その権力の一部を握るリーダー及び上層部こそが真の元凶であり、それを外部からではなく内部の人間が追及し排除出来ない事にこそ、問題があるのだ。

国民的アニメ「サザエさん」で言うなら、波平は満員電車に揺られて毎日働きに出ている訳で、もしもこれが毎日働きもせず飲んだくれていながらカツオに説教なんぞしていると考えたらどうだろう?

おそらくは、遅かれ早かれ、カツオに復讐されるであろう事は目に見えている。

・・・か、どうかは知らないが。(^^;)

いずれにせよ、もし仮に、私達がリーダーの資質を疑う様な人間に雇われ、使われ、支配されているとするならば、それに勝る不幸は無いであろう。

家庭の問題は社会の問題であり国家の問題である。

なので、もしかしたら、義務教育時の子供には授業参観と言うものがある様に、子供にも父親が働く姿を見せた方が良いかも知れないね。

「昼間のパパは~ちょっと違う~」・・・ってやつデスよ。

ただし、家ではママに怒られてばかりで、会社でも上司に怒られてばっかの方も居るでしょうから、その辺はケース・バイ・ケースでありましょうが・・・。
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