コイズミ政権時代に、労働者派遣法が改正され、企業は社員を堂々と奴隷扱い出来る事となった。
よって会社の上層部は、不景気による業績不振を末端に押し付け、自分達はそれまでと同様の報酬を維持する事が可能になったって訳だ。
本来は、社長を初めとした社員全員が耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び、業績回復に向けて一丸とならなければ、苦境を乗り越える事など出来まいに。
・・・否、本当ならば、余生を安心して過ごすに十分な報酬を既に得ている者が自ら身を引き、これから結婚したり子供を生み育てなければならない若い社員、そしてまた子供は既に自立しているものの残されたマイ・ホームのローンをこれから先も支払っていかなければいけない中年社員等・・・すなわち会社の未来を、そして国家の経済を今後も支えていかなければならない世代に、その報酬を分配していかなければ、日本はますます貧しくなって行くばかりではないか。
そもそも、お宅の会社で製造している、例えば自動車や電化製品を買うのは誰だ?
自動車工場に勤める社員が電化製品を買い、家電メーカーに勤める社員が自動車を買うのではないのか?
それを、口さえあれば飯は喰えるからと言って、豚が自分の手足をちぎって喰えばどうなるか?
不景気・・・すなわち誰も餌を運んで来てくれなくなった時、足の無い豚はどうやって餌を探して来る事が出来ると言うのか。
「衣食足りて礼節を知る」と言う言葉もあると言うのに、衣食は十分足りているのに、一体どこまで強欲なんだ。
もちろん、まだまだ現役で働いたり陣頭指揮を執りたいと言うなら、それも良いだろう。
だがしかし、兵士達を飢えさせておきながら、何が名将か?
・・・否、手前がいつまでも肥え太るためだけに社員を奴隷扱いするなどとは、それがまともな経営者のやる事か!?
社員が居なければ会社など成り立たないし、奴隷が居なければ王など必要無いって事が解らないのか?
日本における“ものづくり”の精神は、その“情熱と執念”の他に、技術者(生産者)としての“誇り”と、そして出来上がった商品なり作物に対する“愛情”と、それを使う人や食べる人に対する“思いやり”で成り立っているのである。
その様な彼ら社員を粗末に、そして更には奴隷扱いする様な人間は、経営者失格の烙印を押されて然るべきであろう。
いつから、こんな世の中なってしまったのだろうか・・・。
働かざるもの喰うべからず。
働かずして飯を喰うのは、豚小屋の豚だけで充分だ。
ましてや、社員を奴隷扱いする・・・すなわち自分の手足を喰らう浅ましい豚ともなれば。
いつか手足を喰い尽くしたその果てには・・・。
どこからか飛んで来たハゲタカに対し、為す術も無く跡形残らずついばまれ尽くしてしまう事であろう。
・・・外資と言う、ハゲタカに。
そして、その時初めて知る事となるだろう。
TPOを間違えたら、どうなるか。
・・・否。
TPPまで受け入れたら、どうなるか・・・を。