Mr.エレクトの独り言 「親のこころ子知らず」

Mr.エレクトの独り言

自主レーベル及び、日本人中古貴重盤ショップ、『エレクトレコード』オーナー、Mr.エレクトによる独舌日記!!

「親のこころ子知らず」

あれは、私が中学から高校に進学する寸前の事だったろうか・・・。

実家は二階建てだったのだが、二階の三分の一は父の仕事である表具店(障子や襖の張替え)の資材置き場、後の三分の二は一時期ではあるが経営していた画廊のスペースが設けられていた。

また、実家は立地的にも国道二号線から交叉点を入って2~3軒目にあり、看板を出していれば目立つ場所にあったゆえ、画廊をやっていた時は、絵こそあまり売れなかったらしいが、額縁は結構売れていたらしい。

しかし、父は職人こそ雇っていたが実家で表具店の仕事をしながら、そして母も同じく実家で薬局を経営しつつ、その合間に画廊の接客もせねばならず、先行投資として額縁を仕入れて常備しておかなければならない事の金銭的負担もあり、ある時期から画廊は開店休業状態となっていた。

そこで、元々は一階に、姉こそまあまあ部屋らしきものはあったが、私と弟の部屋は庭に面した廊下を増築して作った部屋らしきものしか与えられておらず、それもそろそろ手狭になって来たと言う事で、二階の画廊を改築して私達三人兄弟に個室が与えられる事となったのである。

ところが、当初私が入る予定だった部屋に対し、急に姉がこちらの方が良いと言い出したため、当初姉が入る予定だった部屋に私が入る事となってしまったのだ。

なってしまった・・・と言うのには理由があり、やはり姉は女の子ゆえに大事にされており、私と弟の部屋は大したリフォームがなされている訳ではないのだが、姉が入る予定の部屋はすみからすみまで綺麗にリフォームされ、しかも廊下側の壁(元々古い作りゆえ窓がある)の上下に、花柄の壁紙が貼付けられているのであった。

これがどう言う事かお解かりになるだろうか?中学~高校生くらいの年頃の少年にとって、しかも初めて与えられた個室が、まるで女の子みたいな花柄の部屋なのである。(もっとも、面積的には大した比率を占めている訳では無いのだが・・・。)

当然、私はごねた。

ただし、父は幼少期から畏怖すべき存在であったゆえ、母に向かって・・・。

「こんな女みたいな部屋いやじゃ~!!」(広島弁)・・・と。(←女の子向けに作ったんだから当然なんだけどネ。)

そんなこんなで、いやいやながらも自分の荷物を運び終え、初めての個室での生活が始まった。

・・・とは言え、早く家を出たかった自分にとっては、個室を得る事=自分独りの世界に浸れる場所を獲得した瞬間であり、これは非常に嬉しい事であったのも事実ではある。

するとその数日後、私は母から、「父が花柄の壁を白く塗り潰してあげると言ってたわよ」(←標準語変換済)・・・との旨を告げられた。

だがその時の私には、個室を得た喜びもあったが、既に何日かそこで生活していたゆえ、それはそれで「親と言えども自分の部屋に入って欲しくない」と言うこれまた思春期にありがちな感情が発生し、「別にもう、あのままでええよ」(広島弁)と、当初のヒステリーは何処へ行ったのかと言わんばかりのそっけない態度を取ったのだ。

そして、仕事場で仕事をしている父へ、母がその事を伝えに行き・・・。

私のつれないこころ変わりに驚いた父が、仕事を中断して私の前に姿を現したのであるが・・・。

その光景は、今でも私の目に焼きついて離れない。

何とその時、あっけに取られた顔をした父の右手には、白いペンキの入ったバケツがしっかりと握られていたのだ・・・。

それで私はすべてを察した。

そうか・・・父は、花柄の壁をいやがる思春期の子供の気持ち・・・否、私の自分勝手な言い分をちゃんと理解してくれていたのか。

幼少期、いつも父は姉や弟ばかりを可愛がり、私はいつも怒られてばかりいたゆえ、私は父に嫌われているものと思い、死ぬまでこころの交流を持つ事のなかった父ではあるが・・・。

しかも、父に似て口下手ゆえ、私はその時も「ごめん」の一言すら発する事なく、二階にある自分の部屋にさっさと戻ってしまったのであった。

むぐぐぐぐ・・・。(TT)

あの時の父の気持ちを考えると、自分は何て冷たい仕打ちをしてしまったんだと、今でも悔やまれてならない。

・・・と、最近、その時の父の様な気持ちにさせられる出来事があり、突然この日の事を思い出してしまったのでありマシタ。

おしまい。(:;)